14、王女は友達をつくりたい
◇ ◇ ◇
「改めまして、トリニアス王家第1王女のアルヴィナと申します。お2人とも、先ほどは助けてくださってありがとうございました」
いろいろな処理が必要になってイーリアス様は一旦離脱し、カサンドラ様とライオットさんと3人で馬車に乗ることになった。
この2人は私の護衛ということになるらしい……。
女性なのはありがたいけれど、イーリアス様が離れてちょっと寂しい。
「いえ。こちらの警護に不備があり、殿下の御身を危険にさらしましたこと、本当に申し訳ない限りです」
「イーリ……いえ、ホメロス将軍に確認せず私が先に出てしまいましたせいですわ。
ええと……ライオット様は、軍の方なのでしょうか?」
「アイギス・ライオットと申します。ホメロス将軍の部下で、伯爵位を持っております。恐い思いをなさったことと思いますが、これより後は万全の警備を尽くします」
カラメルソースのような艶のある茶髪に、セピアがかったブラウンの瞳。
背が高く、落ち着いた印象の端正な顔立ちの女性だが、男物の軍装がよく似合う。
髪は前下がりに切り揃えられている。女性の短髪、男装、軍隊への所属……確かベネディクト王国もトリニアスと同じ〈大陸聖教会〉の教えを国教にしているから、すべて宗教的には禁忌のはず。
それが黙認されるほどの例外……それだけ高い戦闘力を持つ女性ということだろうか。
(弾丸を受けた楯……魔道具よね? 私の前に一瞬で現れた、あの速さも〈身体強化魔法〉?)
他人の身体に〈身体強化魔法〉を無詠唱でかけられる時点で、確かに相当な使い手と見て良い。
「大丈夫ですわ。皆様が身を呈してお守りくださったおかげでもう恐怖はございません。大変ありがたく、感謝しております。
……カサンドラ様とは、およそ2週間ぶりほどでしたね」
「そうですね。殿下はお元気でいらっしゃいましたか?」
そう歯切れの良い口調で返したのは、カサンドラ・リュキア・フォルクス。
漆黒の髪に、艶やかな褐色の肌、それから印象的な金色の瞳に眼鏡をかけている。こちらも長身の美人だ。
エキゾチックで華やかな顔立ちだけど、ハスキーな声や立ち居振舞いから、中性的な印象を受ける。
クロノス王太子殿下の補佐として、先日のトリニアス訪問にもきていた人だ。本来なら護衛などする立場ではないのだけど……。
「とても元気です。ホメロス将軍閣下に良くしていただきましたので……。
あの……カサンドラ様。トリニアスにいらっしゃる間は、うちの者たちが本当に申し訳ございませんでした」
「ああいえ。全然問題ありませんでしたよ! お気になさらずに」
「本当にお恥ずかしいことで……王太子殿下にもご迷惑をおかけいたしました」
「あははは、本当にお気になさらないでください」
彼女はベネディクト王国での身分こそ侯爵令嬢だけど、その母君は、南の大陸で有力な国家であるリュキア王国の王女。
来訪したベネディクト王国の一行の中では、実は、クロノス王太子殿下に次ぐ重要人物だった。
……のだけど、交渉会議の場に出ていたうちの国の面々は誰もそれを把握していなくて。
私が最初に気づいて、あわてて兄に挨拶に行かせた。
おまけにその後、カサンドラ様を口説こうとした貴族が、王太子殿下直々に追い払われるという、ものすごく恥ずかしい事態が起きたり。
「それより殿下。先ほどは早々に、トリニアス軍の偽装と見抜いて宣言してくださってありがとうございました。トリニアスの国王陛下にお手紙まで書いてくださって」
「いえ、カサンドラ様……そうでなければご迷惑をおかけしてしまいますから」
トリニアス王国の軍部がまた暴走しないように牽制するため、急遽私が父宛に書いた手紙を、別の汽車でいま運んでもらっている。
「いえいえ。本当に感謝しかありませんよ、殿下。あの偽農夫の短い言葉でよくお気づきになりましたね?」
「そうなんです! 私、睡眠をちゃんととってさえいれば、多少は頭がまわるのです」
「……?」
「最近はイーリアス様のおかげで毎日8時間は眠っておりましたので!
まともに眠れていなかった頃は毎日父や兄に罵倒されていましたが! というか眠れなかったのは……」
「あ、あの?」
「…………いけない……ものすごく個人的な恨みつらみですので……あの、どうぞお忘れください」
「あ、あの……殿下? 相当過酷な労働環境だったんですね??」
カサンドラ様にも同情されてしまった。
それはともかく。
私がさっきあの場でトリニアスの偽装だといち早く気づいたのは、私がトリニアス人だったからだ。
ベネディクト側の方々も、少し調べたら同じ結論に至っただろうけど、狙われた私が可能な限り早くそう宣言することが大事だと思ったのだ。
(国家による“戦争”にはならないかもしれない。だけど軍部の暴走による“軍事衝突”までは起きうるわ。そうすれば、また人が死ぬ)
『何もしない』ことのほかに、私にはもうひとつ大事な仕事ができた。
『絶対に殺されない』ことだ。
「えー……では殿下。ここからの行程を私カサンドラ・フォルクスより説明させていただきますね。
これより我々は、ベネディクト王都の王宮へ向けて馬車で移動します。途中2泊いたします。私とアイギスは王宮まで同行いたしまして、王宮でホメロス将軍と合流となります。
予定どおりいけば夜間の到着になりますので、その翌日、我が国の国王に謁見、その後王太子と宰相よりご挨拶させていただきます。それからは、結婚式の日まで王宮にご滞在ください。
結婚式ののち、新居のお邸に移っていただきます」
うなずきながら聞く。だいたいイーリアス様から聞かされていた通りだ。
「王女殿下は、ベネディクト王国は初めてでいらっしゃいますか?」
「はい、ライオット伯爵」
「アイギスでかまいません」
「では、アイギス様。私、母国の外に出るのも実は初めてなのです。道中の国々もとても興味深く見てまいりましたが……こちらの国は本当に街が綺麗ですね」
「ありがとうございます。気に入っていただけるなら嬉しいのですが」
「ええまぁそれは(……悪評流される国よりは全然……)」
うん、あぶない。ふとしたときに闇が出てくるのなんとか抑えないと。
(でも、2人とも、護衛とはいえ普通に接してくれているし、きっとこちらの国で私の悪評はまだ届いていないのね。上層部は諜報で知っているのかもしれないけど……)
あれ?
と、いうことは……?
(私、この国でだったらお友達作れる!?)
それに気づくと、唐突にテンションが上がった。
(私が既婚者になったらきっと言い寄ってくる男性もいなくなるはずだし、トリニアスほどの悪評はきっと流れないわ。
……子どもの頃、物語で読んだように、平和に女のお友達同士でお茶しておしゃべりとか、ピクニックとか……)
「殿下、どうかなさいましたか?」
「い、いえ?」
しまった。想像だけでちょっと顔がにやけてしまった。
(とはいえ、この2人に私がいきなり『お友達になって』って言うのはダメよね……2人は仕事中なのだし、もし嫌だと思っても私の方が立場が上だし断りにくいわ)
もう少し仲良くなってから? それとも仲良くなっても、王女から友達になってほしいなんて言われたら迷惑かしら? ううん……悩ましい。
(もう少し対人スキルを上げないとダメね……)
すごくいまさらなことを考えていたら、「あ」と気づいた。
「どうかなさいました?」
「ジョウキキカン……見せてもらうのを忘れてしまいました」
「「………………?」」
◇ ◇ ◇




