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11、第3王女が婚約者を奪った理由【ウィルヘルミナ視点】

 エルミナの後ろ姿が見えなくなると、思わず安堵のため息をついた。



(……いまのうちに、少しでも自分の方の仕事を進めておこう)



 私も中庭を出て建物に入り、自室に戻る。


 侍女たちは部屋まわりに待機させていた……はずなんだけど。



(…………ん?)



 私の部屋の前で。

 何やら侍女たちがあわてふためいて、ちらばった紙を拾い上げている。


 何だろうと1枚拾って、血の気が引く。

 これ、軍事関連の超機密事項。

 しかも第2王女イルネアの仕事だし!



「申し訳、ございません!! ウィルヘルミナ殿下っ!!」

「ご不在なので何も受け取れないと、イルネア王女殿下には何度も申し上げたのですがっ……」


「イルネア姉様も、私に仕事を押し付けに来たのね?」


「押し問答の末に癇癪(かんしゃく)を起こされて、書類をこのようにばらまかれておいきに……!!」



 頭がくらくらする。


 ────婚約者に呼び出される少し前に、イルネア姉様が私の部屋に来ていた。



『私、夜会に出るから支度と化粧で忙しいのよ。あなた、やりなさい』



 そう言って仕事を押し付けようとしてきて、わけがわからなかった。



『なに言ってんの、姉様の仕事でしょ』


『夜会への出席の方が差し迫ってる仕事よ! あなた! 結婚決まってるんだからいずれ王国の仕事しなくて良くなるじゃない!! やりなさいよ』


『いや、結婚しても妃としての仕事があるわよ!? 

 それより、そもそもこの仕事については引き継ぎを受けていないから何一つわからないし、私には決裁権がないわ。

 時間がなくてできないなら国王陛下か管轄の重臣たちに相談してよ』



 私は何度でも言い返し、断固受け取らなかったのだ。


 それで私が部屋にいないタイミングを狙っておしかけてきたのか。



 …………それでも私は断固突っ返すけどな!!



「あなたたち、大変だったわね。姉と闘ってくれてありがとう」



 まずは留守を守ってくれた侍女たちをねぎらう。



「ウィルヘルミナ殿下……」


「書類がそろったら、国王陛下のところに持っていくわ。イルネア姉様のとった行動もあわせてご報告します」



 ホッとした侍女たちの顔。



(あの人、そんなに新調したドレスを貴族たちに見せびらかしたかったのか……)



 こんな醜態を見せてまで。

 本当に……もう……あの馬鹿姉は……。


 侍女たちが集め、そろった書類を数えながら、私は深く、ため息をついた。



(せめてアルヴィナ姉様がいたら)



 もういない人の名前、ほぼ私のせいでこの国からいなくなった人の名前を、いまさら思う。



 ────私は、美人に生まれた。

 美人に生まれてしまったせいで、下世話な連中に、アルヴィナ姉様と比較されることになった。


 それも王女としての器などではない。



『身体ならアルヴィナ殿下、顔ならウィルヘルミナ殿下』



……という、反吐(へど)が出るような比較だった。



(完璧な相手がほしいなら、架空の理想の異性のことだけ語っていればいいでしょう。

 なんでわざわざ、生身の人間の私たちを勝手に品評してくるの?)



 王女という、常に注目の的になる生まれのせいで、当たり前のように周りに容姿や胸の大きさをどうこう言われるのが嫌だった。


 私に向けられた『褒め言葉』の中にそれが入り込んでくることもあったし、本人たちは内輪で話しているつもりの言葉が結局こちらの耳にまで届くということもあった。


 姉妹で比べる物言いをする人が多かったのだけど、中でも『一番美人』の私と『一番胸が大きい』アルヴィナ姉さまが比べられた。


 美貌がどうこう、胸の大きさがどうこう、色気がどうこうなんて、結局は誰かの身勝手な性欲基準。


 いま思えば、そんなものを押し付けられても、

『誰が何と言おうと私は魅力的だけど?』

と拒絶すれば良かった話。


 それでも、どう言われているのか気になってしまった。

 周りの目には敏感な年頃だ。



『いやまぁウィルヘルミナ殿下も色気が出てきたが、身体も入れればアルヴィナ殿下だよなぁ』


『やはりアルヴィナ殿下の方がそそられるな。一晩お相手をしていただきたいものだ』


『ウィルヘルミナ殿下はきっと夜も、あの美しいお顔のように楚々として恥じらうのだろうな。それを組み敷くのも楽しそうだが、アルヴィナ殿下の方は情熱的に楽しめそうだ』



と、勝手なイメージで私と姉に優劣をつける会話を大人の男たちがかわすのを聞くたび、プライドを傷つけられ、自分のことが嫌いになり、鬱屈が溜まっていった。



 ────だから私は、アルヴィナ姉様の婚約者を奪った。


 腹いせのためであり、私の方がアルヴィナ姉様より女として上だと、自分自身に証明するためだった。



 だけど……。



(……男からの評価なんかに踊らされて、あんなアホな男を奪うなんて、ほんと馬鹿みたいだわ)



 34歳の『大人の男』である婚約者の実態は、すぐに私の曇っていた目を覚まさせた。


 姉様は真面目な人だとか言ってたけど、あの男はほんとただ年取ってるだけ。

 自分が大人で偉いと思っているだけの中身子どもだ。


 自分は17歳の婚約者にはしゃいでるくせに、婚約破棄を言い渡すときには姉様に説教したらしい。

 笑っちゃう。



(……て、私が何も言えることじゃないか)



 憂鬱な気持ちで私は書類を抱え、国王の部屋に向かった。



 あの人はもうこの国にはいない。

 いなくなったのは馬鹿な私のせい。


 だったら、せめてこの国で自分の仕事をする以外にない。


 アルヴィナ姉様よりも遥かに劣る自分の力じゃ…先行き不安しかないけど。



   ◇ ◇ ◇

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