表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/132

三ノ巻30話  刀八毘沙門天


 ――その頃、斑野高校生徒会室で。


 帝釈天(たいしゃくてん)はその大きな目を見開き、東条紫苑(しおん)の手の上に揺らぐ情景を見つめていた。

「何と……!」


 東条紫苑はとうに席から立ち上がっていた。谷﨑かすみが毘沙門天を――求めていたまさにその怪仏を――発現させた、その瞬間から。

 食い入るように、目でかぶりつこうとするかのように、自らの手の上、黒いもやの中に揺らぐ情景を見つめていた。目を見開き口を開け、笑っていた。鈴下(つむぎ)と同じ表情で。

「く……ははは、ははははは! やってくれる、やってくれるな谷﨑さん! まさに、まさに毘沙門天! しかしまさか、『刀八(とうばつ)毘沙門天』まで()ぶとはね」


 帝釈天が視線を向けると、察したように紫苑は喋った。満面の笑顔のまま、若干息荒く早口に。

「ああ、秘仏『刀八(とうばつ)毘沙門天』――読み方としては『とうはつ』『とうはち』『とばつ』などともいわれるが――そのルーツは毘沙門天像の別バリエーション、『兜跋(とばつ)毘沙門天』にある。かつて中国西域、兜跋(とばつ)国と呼ばれたトルファンに現れ、敵軍から城塞を守護したという姿を模した像だが。その姿は高い冠と長いコートのような鎖鎧を身につけたもの……あのような異形とは程遠い」


 そこで息を継いで続ける。

「これもまた業だよ、人の。ただでさえ武神とされた毘沙門天に、兜跋(とばつ)の音をもじり、八本の刀を持たせた――それだけの業を、さらなる欲望を押しつけた、それが刀八(とうばつ)毘沙門天。その像容は多様であり、一面八()の他四面十()あるいは十二()のものなども見られる――彼女のそれも四面十()か」


 ため息をついた。大きく、(あざけ)るように。

「まさに不気味、異形異相。まるで戦闘と勝利と、力への渇望そのものを、無理やり神仏(かみ)の姿に押し込めたかのような。そうしてそれが押さえ切れず、自らの器すら打ち破り。満ち満ちて(あふ)れ出たかのような姿。実に――醜い」


 再び息をつき、首を横に振った。

 その後、思い出したように言う。

「しかし。まさかあれほどの『力』への渇望が、彼女の中に眠っているとはね」


 帝釈天はそこで口を開いた。

「……けして不可思議なものではないかと。かの娘御(むすめご)は怪仏との戦いを間近に見ておりました。仲間らが戦う中、無力な者として、ただ一人」


 谷﨑かすみは誰よりも力を欲していた。おそらくはその優しさゆえに。友を守り、敵対する黒幕を倒し、全てを終わらせる力を。

 帝釈天はそれを察していた、平坂や崇春らの戦いを見守るかすみの様子から。それゆえ再びまみえたとき、彼女を勧誘した。『戦い』の怪仏たる自らの本地として。

 ふと思う。あのとき本当に、無理やりにでも、かすみを本地としていればどうなっただろう? 

 彼女はそれを受け入れただろうか。そして彼女がこちら側に来ただろうか、それとも帝釈天があちら側に――


 そこまで考えて息をついた。目を閉じてかぶりを振る。――(せん)無いことだ、今さら。

 あのときの勧誘を冗談で終わらせたのは、巻き込みたくはなかったからだ。谷﨑も賀来も気持ちの良い者たちだった――それは平坂や、崇春たちも。

 それが、今や。巻き込んでいる、その渦中、それも中心へ。


 紫苑が言う。その口調はいつもどおりの速度に戻っていた。

「しかし、だ。あれほどの怪仏になると、(つむぎ)一人の手には余るか……彼女なら、死にはしないとはいえ」


 考えていたことを追い払うように小さく咳をし、帝釈天は言った。

「御安心を。すでに手勢を差し向けております故」

「さすがだな。しかし今動けるのは本地のない怪仏ぐらいのはず、どこまで戦力となるか――もちろん本地がないとはいえ、君自身は別としてね――。いや、そうか。彼を動かすか」


 帝釈天は頭を下げた。無言で、深く。

 詮無いこと、詮無いことだった、全ては。紫苑の望み、彼のやり方でこの世を救う、そのことの他は。


 紫苑は満足げにうなずく。

「まさに当意即妙、電光石火の用兵といえよう。見事だ帝釈天、さすがは(たけ)戦神仏(いくさがみ)……そして僕の片腕だよ」

 そうしてすぐ、再びもやの向こうの情景を食い入るように見つめた。握り潰さんばかりの力を八本の腕に込め、刀を構える毘沙門天を。まるで手に入ったばかりの宝物を――あるいはクリスマスか誕生日のプレゼントを――見るような眼差しで。


 帝釈天はその様子を眺め、小さくうなずく。

 それからもやに浮かぶ情景に目をやった。その場の誰もの――紫苑ばかりでなく、もやの向こうの鈴下もかすみも――視線が刀八毘沙門天に注がれる中。

 ひっそりと、倒れた賀来と斉藤を守るように。たおやかな肢体に華のような裾をひらめかせ、吉祥天が二人のそばにいた。


 帝釈天は眉をひそめる。

 奇妙だった。怪仏の本地となり得るほどの業、それは一人が一つしか持ち得ない。一人の人間が複数の怪物を扱うことなど不可能だった。

 無論、同体とされる神仏であれば複数の怪物を扱うことも可能――様々な観音菩薩が同時に複数在ったように、あるいは斉藤が閻摩(えんま)天から地蔵菩薩、勝軍地蔵へと怪仏を変化させたように――だが。

 毘沙門天と吉祥天は夫婦神仏(めおとがみ)、あるいは兄妹(きょうだい)とされる存在。決して同体などではない。それをどうして、一人の人間が()んでいる? 


 帝釈天はなおも眉を寄せ、にらむような眼差しを毘沙門天と吉祥天、そしてかすみへと向ける。

 いったい何なのだ、あの怪仏は――いや、あれらは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ