四ノ巻17話 人殺し、と彼は言った
誰も何も言わなかった。誰もが息を呑んで聞いていた、至寂の話を。崇春と百見でさえそうだった――初めて聞かされたのだろう――。
ただ一人、渦生だけが顔を背け、苦味に耐えるように目をつむっていた。
やがて、紫苑が息をつく。
「人殺し。と、いうわけか」
目を伏せ、笑みを含んだ顔で――なぜか寂しげな笑みで――そう言った。
「てめえ……!」
目を剥いてにらむ渦生を、しかし至寂は手で制した。目を伏せたまま。
「善いのです……善いのです。真実、そのとおりです」
顔をしかめ、大きく舌打ちをし。紫苑から顔を背け、渦生は言った。
「仕方がなかった、他にやりようもなかった……放置もできなかった、さらに言やあ怪仏事件、司法や警察で扱えはしねぇ――そうなると怪仏の存在から証明しなきゃならねえ、科学で証明不可能な怪仏を――」
片手で顔を覆い、つぶやく。
「……どうしようも、なかった」
変わらぬ表情で紫苑は言う。
「勘違いしないでほしい、僕は責めているわけじゃない。親近感を抱いたんです」
表情の消えた顔で、まっすぐに至寂を見る。
「僕と同じだ。僕と紡と」
至寂が口を開ける。しかし、言葉はその口から発されはしなかった。
百見が口を開く。
「それは、どういう――」
紫苑は手で言葉をさえぎる。
「見てもらった方が早いだろう、君の力でね。さて、お話に時間を取られた。急ごうか……ああ、僕の話だが、動画なり通話なりでそちら、至寂さんらにも見聞きしてもらっていい。……そうしてくれ」
背を向ける紫苑を先頭に、かすみたちは再び歩き出した。
ただ、至寂はその場に立ち尽くし、渦生もそのそばに立っていた。
渦生が煙草を取り出し、くわえる。至寂にも一本取って差し出す。
頭をかがめた男たちの煙草を、百円ライターの火が同時に焦がす。
やがて二本の白煙が細く昇るのを、振り返ったかすみは遠目に見ていた。