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7.疑惑

 次の日、リアナは父王と遅い朝食をとった。


 リアナはもっと早く起きていたのだが、父と話したかったから、父が起きだしてくるまで、朝食を食べずに待っていたのだ。


 父は疲れている様子だった。


 昨夜は舞踏会のあとの宴にも顔を出し、夜遅くまで接待していたようだ。

 リアナは母と一緒に途中で退出していた。王女の身分だからそれができるが、父が退位したあとは、リアナが切り盛りしなければならなくなるのだろう。


 疲れた父に話をするのは気が引けたが、聞きたいことがいくつかあった。

 その中のひとつは、父がラセルになにを言及したのかということである。


 どう話を切り出そうかとリアナが迷っていると、幸いにも父の方から話が振られた。


「昨日、ラセルとダンスをしなかっただろう。なぜだ?」

「それは――」

「喧嘩でもしているのか」

「あ、いえ――」


 そう曖昧な返事をしてから、「そうです」とリアナは同意した。

 喧嘩をしているつもりはなかったが、喧嘩かどうかと問われれば否ではないだろう。


「早いうちに仲直りしておきなさい。近々、おまえたちを正式に婚約させようと思っていたところだ」


 え、とリアナは言葉を失った。


 婚約?

 婚約って――。


 ラセルと?

 わたしと、ラセルが?


 リアナの頭の中で「婚約」という文字が何度も反芻される。


 父が顔を曇らせた。


「――ラセルと結婚したくはないのか」


 遊びだったのか、と父は片眉を上げた。


「……いえ――そういうわけでは――」


――ないのだが……。 


 ラセルに振られた、とは言い出せない。

 いや、言うべきか。


 リアナが迷っていると、父は言葉を続けた。


「あの青年は(さと)い。極めて賢明――王族の一員としても、次期国王の父親としても、まったく申し分ない。はじめは、子どもの恋心だろうと思っていたが、リアナ、おまえはなかなか人を見る目があるらしいな」


 父がラセルを褒めている。

 どういうことか、とリアナは目を(みは)った。


 いままでも父はラセルを(けな)したことこそなかったが、彼がお気に入りというわけではなかった。


「――お父さまは、わたしと隣国のセドリック王子との結婚を望まれていると思っておりました」

「ああ、はじめはそのつもりだったよ」


 父はあっさりと認める。


「たしかに他国の王子との政略結婚には利点がある。だが、セドリック王子は見目こそ麗しいが、頭はそれほど切れない。為政者に大切なものがいくつか欠けている」


 いままで、父は、さりげなく隣国の第二王子セドリックを観察してきたという。それで、聡くない者は王配や王の父親になるにふさわしくないと結論づけたようだった。


「わが孫に阿呆になられてはかなわぬ」


 などと父は言った。


 リアナは拍子抜けした。


「ならば、お父さまは、ラセルになにもおっしゃられていないのですね」

「わたしが彼に何を言うというのだ?」


 父は怪訝(けげん)な顔をした。

 本当になにも言っていないらしかった。


 父にはなにも言われていない、というラセルの言葉は真実だったのだ。


 となると、さらに謎が深まる。


――なぜ、ラセルはわたしを振ったのか……。


 やはりイリアス皇帝が関係しているように思われた。

 ラセルに振られてすぐに、前世での推しが現れるなんて奇遇すぎる。


「お父さま、昨日、イリアス皇帝とお話しされましたか」

「ああ」

「皇帝がトレオンにいらっしゃった目的をご存じで?」

「とくにこれという理由はおっしゃらなかった」


 やはりリアナへの応答と同じらしい。


「毎年、こちらは建国記念の式典に皇帝を招待していたのだが、一度もいらしたことがなかったことを気にしていたようだ」

「それで、今年、いらっしゃったというわけですか?」


 そうだろう、と王は呟く。


「でも、はるばる、ラングヴァルトからいらしたのですよ。そんな単純な理由だとお思いですか」

「ほかに、どんな理由があるというのだ」


 父はリアナのほうは向かず、皿のスープに目を向けていた。


「――単なる噂ですが……イリアス皇帝は昔の恋人を殺した犯人を捜しにトレオンに来たという話を耳にしまして――」


 父が顔をあげた。


「それは、まことか」

「いえ、噂ですが――」


 シェリルから聞いたということは言わないことにした。政治のしがらみにはできるだけ友人を巻き込みたくない。


 王はしばらく食事に手をつけずに考え込んでしまった。


 その間、リアナもなぜイリアスはシェリルにだけ別の対応をしたのだろうと考える。


 政治に関わるリアナと父には、訪問の目的を曖昧にし、シェリルには具体的に話す――。

 そうすることにしたイリアスの真意はなにか。なにか魂胆があるのか。


 それにシェリルが言った「口の使い方」という意味も、リアナにはまだわからなかった。

 シェリルはどんな話術を心得ているというのだろう。


「なぜ、皇帝はその殺人犯がトレオンにいると思っている?」


 しばらくして父が呟いた。


「詳しいことはなにも――」


 聞いていません、とリアナは返した。


「イリアス殿下に殺された恋人がいたという話は聞いていたが、もうずっとまえのことだろう。皇帝は今年、三十五だ。ということは、恋人を殺されたのは十年ほど昔であるはずだ」

「はい」

「――つまり、証拠などというものは、とうの昔に消え去っている」


 ということは――と父王は険しい顔をした。


「イリアス皇帝はなにかを企んでいるな」

「なにか――ってなんです?」

「なんでもあり得る」


 たとえば、と父は手を顎に当てた。


「トレオンを征服しようしているかもしれぬ」


 まさか、とリアナは驚いた。


 イリアスはそのようなことをリアナに言ったが、完全に冗談だと思っていた。

 いや、冗談であるはずである。


「お父さまは、どうしてそう思うのですか」

「二十年前の殺しの犯人の証拠などない。イリアス皇帝に、トレオンが彼の恋人を殺害した犯人を(かくま)っている――などと口実をつけられ、戦争をはじめられる可能性はなきにしもあらず」


 父が言ったことは道理だった。

 

 証拠なんてものはこの世界の裁判では重要ではない。

 「疑わしきは罰せず」という原則も存在しない。


 この世界は、古代ギリシャだか古代ローマだかの段階でしかない。王や神官が法なのだ。証人の話や状況証拠から、彼らが有罪だと思えば有罪である。


 だから、証拠などなくても容疑者は有罪になる。

 十年前にイリアス皇帝の食事に毒を入れた人間など、合理的に導き出されはしないだろう。


 皇帝が犯人がトレオンにいると言えば、いることになってしまう。証拠など必要ない。


 まあ戦争をはじめる理由には証拠など、そもそも必要ないのだろう。

 前世でも、イラクだったかなんだったか――兵器を大量に隠し持っている、という「理由」で侵攻されたのではなかったか。その、大量兵器、は見つからなかったらしいけれど。


「もし戦争になって、負けるのはトレオンであることは明々白々だ」


 父がごくりと唾を飲み込んだ。


 そのとおりだ。大陸一のラング帝国に小国トレオンが勝てるはずがない。


 攻められたら最後、終焉を迎えるだけだ。


「リアナ、今日の予定は?」

「いえ、特には――」


 いつも通り、勉強して、お稽古を受けて、それだけだ。今日は、一番つまらない、質問への受け答えの稽古の日だ。

 臣下や他国の外交官に尋ねられる可能性のある質問への答え方を、すべて頭にすり込むのだ。本当に疲れるし、つまらない。女王になってから、これが役に立つことはわかっているのだけれど――。


「イリアス殿下は宮殿の見学――とくに植物園の見学をご所望された。リアナ、それに付き添って、皇帝の魂胆を探ってみてくれ」

「わかりました」

「案内はガイウスに頼んである。おまえの同行については、わたしから彼に伝えておく」


 ガイウスは王宮が抱えている学者のひとりだ。生物学や博物学に造詣(ぞうけい)が深いという。


「くれぐれも、殿下には、こちらが疑っているということは悟られないように」


 いいな、と父は念を押した。

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