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5.結ばれない定め

「麗しのリアナ王女と崇高なるイリアス皇帝――お似合いだ」


 ラセルの言葉を聞いたリアナの心の奥底で、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

 それが顔に出ないように努力する。


「わたしとイリアス皇帝はそんな関係ではありません」


 意図した以上にトゲのある声が出た。


「わたし、今日、皇帝が来ることすら知りませんでした。そもそも、なんでわたしと皇帝が踊っていたことを、ラセルが気にするのです? わたしと別れたかったのはあなたでしょう。イリアス皇帝とわたしが仲よくなっても、ラセルには関係ありません」

「ああ、関係ないな。仲良くしてくれ」


 ラセルは嘲笑するように言った。

 その口調がさらにリアナの怒りを煽る。


「おれたちは結ばれない、そういう定めだからだ」


 また、定め――!


「定めってなに? 運命? だれに定められているの?」


 乙女ゲームのラセルルートはバッドエンドになることのほうが難しい。ならば――定めとはなにか。


「神様? お父さま?」


 リアナははっとした。


「お父さまになにか言われたのね! 何て言われたの?」

「――陛下には……なにも言われていない」

「そんなはずないわ!」


 迂闊だった。

 こんなことに気づかなかったとは。


 乙女ゲームで、父王は恋の障害のひとつだった。


「お父さまに何て言われたの? 教えて! お父さまには絶対に言わないから――」

「なにも言われてない」

「そんなはずないわ」

「陛下には何も言われてない。何度言えばよい」


 ラセルは苛々した顔で舌打ちをした。


「じゃあ、なぜわたしたちは結ばれる運命じゃないなんて言うの?」


 ラセルは大きく息を吸った。それから口を開いた。


「とにかく、おれたちはもう終わったんだ」


 ラセルは、暗くなった植物園にリアナを残して去っていった。


――なにかお父さまが関わっているのだわ……!


 ひとり植物園に残されたリアナは考えた。


――たしかラセルルートでは……。


 リアナは前世の記憶を思い出そうとした。


 乙女ゲームでは父王は、攻略しなくてはならない障害のひとつだった。

 それは思い出せるのだが、その詳細については、記憶に霧がかかっているように、見えそうで、見えない。


 年を取るにつれ、前世の記憶は曖昧になってきていた。

 子どものころが最もよく前世のことを覚えていて、それからどんどん記憶は薄れている。


 十年前に読んだ小説の内容を忘れてしまうように、ただ単に時が記憶を消化しているのか。

 それとも大人になったら子どもの純粋さを忘れるのと同じようなものなのか――。


 最近では、前世の記憶はすべて幼い自分が想像した空想なのではないか、などと思えることもあった。


 なにせ、自分の前世が日本人・国仲理愛であったという証拠はなにもないのだ。

 だれかに前世を覚えているなどと言っても、気が狂っていると思われるだろうし、王女という立場からもそれはまずい。


 「リアナ」は国仲理愛が乙女ゲームで使っていたハンドルネームで理愛のほうが本名で、だから「リア」と呼ばれるほうがしっくりくると思っていた。

 だが、そのうち、「リアナ」と呼ばれる方がしっくりくるようになっていくのかもしれない――。



 リアナは記憶の断片をつなぎ合わせるようにして、乙女ゲームでのラセルルートを思い出していった。


 かなり難しい作業だった。


 なにせ、ラセルは国仲理愛の推しキャラではなかったし、リアナが転生した乙女ゲームは国仲理愛がプレーした唯一の乙女ゲームでもない。



 とりあえずのところ、リアナが思い出せたのは次のようなシナリオだった。


 ラセルは貴族ではあるが、ほかにも青年貴族はたくさんいる。だから、両思いだと知ったあとも、ラセルは自分が最も王女にふさわしい男であると、国王に証明しなければならない。


 それから、父王はどんどん領土を拡大していくラング帝国が、トレオン王国を飲み込むのではと危惧している。

 そこで、トレオン王国が帝国に吸収されてしまうことを防ぐために、国力を強くしようと、隣国のセドリック王子とリアナの結婚を画策しているのだ。婚姻は同盟になる。

 自国の中流貴族の青年と結婚させてもあまりメリットはない。


 実際に、父はトレオン王国の伝統を守ることを最重要事項として掲げている。


――乙女ゲームのシナリオどおりならば……。


 父王がなにかを画策している可能性は高い。


 父王という障害を乗り越えられたら、ゲームはハッピーエンドとなった。婚礼、そしてその後の初夜で物語の幕が下がったはずだ。


 バッドエンドが存在しない疑惑のある、ぬるぬるのラセルルートでは、ハッピーエンドに辿り着けなければ、ラバーズエンドに行き着く。


 つまり、両思いで恋人だけれど、結婚するまでには至らない、という結末である。

 婚約も結婚もできずに物語は終わるのだが、「これからもずっと一緒にいようね、愛してる」みたいな会話がなされる結末だ。


 ぬるぬるすぎたラセルルートの攻略方法の詳細をリアナは思い出せなかった。そもそも気張らなくてもハッピーエンドになれた。


 リアナは思い出すことをあきらめた。


 覚えようとして暗記帳の英単語を覚えられないのと同じで、思い出そうとしたからといって、思い出せるわけではない。


――英単語と言えば……。


 ラバーズとは「lover」の複数形――。

 「恋人たち」とも訳せるし、「愛人たち」とも訳せる。


 「rubber」でもいいかもしれない。こっちのラバーは「ゴム」である。日本語のスラングでもそう言うように、rubberは英語でも「コンドーム」だ。


――ラバーズエンドはLovers EndなのかRubbers Endなのか……。


 一度しかラセルルートを攻略したことがなかったから、ラセルルートのラバーズエンドの詳細は知らなかったが、他のキャラのルートでは、ラバーズエンドでも初夜はあったはずだった。


 乙女ゲームが日本語だったからか、この世界の人は全員、日本語で話す。

 よく考えれば、不思議だ。英語の乙女ゲームに転成すれば、そこでは全員英語を話すのだろうか。


 そんなことを考えながら、リアナは暗くなった植物園を後にした。

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