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42. 五段階評価

――この国が滅びる……?


 リアナには訳がわからなかった。

 リアナだけではないだろう。だれもがラセルのことを理解できなかった。

 


「予言ですか」 


 代言人が訝しげに問う。

 これもおそらく彼らが打ち合わせていた台本通りではないのだろう。



「医師がどうやってたくさんの患者を救えるようになるか、知っていますか」


 ラセルが問うた。

 その目は代言人を見ていたが、言葉は法廷にいるすべての人へと向けられていた。


「勉強をして、ですか」

「必要最低限の勉強は必要です。しかし、机上の学問では学べることはすべてではありません」


「ならば、どうするというのですか」


「患者を治しながら人を救えるようになるのです。もしくは、患者を殺しながら」



 法廷が静まり返った。



「――殺しながら……ですか」


 代言人が静かに言う。


 ラセルが頷いた。


「しかし、患者が死んだからといって医師が殺人を犯したことにはならない。しかし、老衰や遺伝病でないかぎり、ほとんどの場合、患者には助かる可能性があります。しかし、その患者を助けられる医者と助けられない医者がいる」


 言葉を紡ぐラセルの目は、どこか別の次元を見ているようだった。


「成功ばかりしていては、なにが成功をもたらしたのかわからない。成功しかしていない人間の成功論は、ただの空虚な結果論でしかない。失敗をしなければ、成功の理由を知ることはできない。よい医者は、成功と同じくらい、失敗を繰り返して、よい医者になった」


 やっとリアナにもラセルがなぜこのような話をしているかが理解できた。


 弁明の最後で、なぜ医者の話をしているのか。


 その理由を悟れる者が、この法廷に何人いるだろう。



 欠伸をしている傍聴人がいた。

 彼はまさかこの国の王女が自分の姿を見ているとは思ってもみないだろう。



「試さなければ、それが毒になるか、薬になるかはわからない。どれほどの量で毒になり、どれほどの量で薬になるかもわからない。そして、試さなかったら、それで救える患者は永遠には救えない。救える可能性があっても」


 ラセルははじめてリアナのほうを向いた。


 静かな法廷で、ここにただふたりだけが存在しているかのように、しばらくふたりは見つめ合っていた。




   *




「これって、普通、どれくらいかかるの?」

 

 シェリルが問うた。


「早いときは一瞬、長いときは一刻以上かかるときもあるわね」


 リアナは、法吏が出ていった扉を見ながら、そわそわしながら言った。


「そんなに長いのね」


 シェリルがため息をつく。


 法吏が一度、退出してから、しばらく経っていた。


 ガストン・レイズの証言やラセルの弁明、その他の上申書を鑑み、判決を下すためだ。


 いつまたあの扉から法吏が現れるかわからない。


 そして、それは判決の時である。



 リアナは走り出したいほど狼狽していたが、傍聴人らは皆が楽しく談笑を楽しんでいる。法廷はうるさいくらいだった。まるで、演劇の幕間だ。


 

「禁固刑とか懲役とかの年数ってどうやって決まるのかしら」


 シェリルが言った。

 終助詞「か」はなかったが、これは質問だろうと思ってリアナは答えることにした。


「トレオン法の場合、条件によって減刑していく形を取っているわ。たとえば、殺人を犯したら二十年の懲役――みたいな感じに一定の年数が決まっているけど、どんな動機で殺したか、自首したか、どんな方法で殺したか――といった条件を考慮して減刑がされていく。それで、最終的に懲役十二年――というふうに判決される」


 リアナの説明を聞きながら、シェリルがうーんと低い唸り声を発した。


「自首したか否かははっきりしてるからいいとしても、動機や殺害方法って、どうやって数値化しているのかしら」


「家族の敵討ちだったら十年減刑、無差別殺人だったら減刑なしで二十年の懲役のままって感じよ」


 また、シェリルが低く唸った。


「それはそうだろうけど――その……それって、数値化していないわ。たとえば、四つ星レストランと二つ星レストランがあったとして、四つ星レストランの料理は二つ星レストランの料理の倍、美味しいっていうわけではないでしょう?」


「まあ、たしかに」


「で、一つ星レストランは二つ星レストランの半分のおいしさしかない――そんなこともない。そもそもおいしさに基準なんてないでしょう?」


 言われてみれば、シェリルの言うとおりだ。


 五つ星だからといって、二つ星レストランの二倍以上美味しい料理が出てくるわけではない。料理によっても異なるだろう。


 五つ星レストランがパクチー料理の店だったら、パクチーが食べられない人にとっては、すべての料理がまずいことになる。


「学校の成績の評価も、わたし、納得いかないのよね」


 シェリルが唇をとがらした。


「五段階評価でわたしが四だったからって、わたしは一の評価の人の四倍、その科目が理解できているわけではない」


「……」


「逆も然り。わたしと十点しか違わない人が四で、わたしが二だったりする。それなら、四の評価の人より二十点低い人の評価はマイナス二になって、二十点高い人は評価は八になるわ」


 理不尽だ、とシェリルは鼻に皺を寄せた。


「一の量を定めないと二も三も決められないけれど、一の量が明確じゃないのよね、こういうのって。それに量ることのできない量っていうのもあるじゃない」


「理解度やおいしさや動機や方法――そんな抽象的なものをどうやって数値化するかってことね」


 何気なく使っている五段階評価――これは、何の意味があるだろう。この数字は何者なのか。


「現象によって評価するならば、いくらか合理的ではあると思うけどね」


 シェリルが提案するように人差し指を立てる。


「現象によって評価って?」


 リアナの問いに、シェリルは次のように答えた。



 成績において、以下のような現象によって、それに数字を当てはめていくというやり方だ。



 まったく問題が解けないときは一。


 教科書を見れば問題が解けるときは二。


 教師の助けを借りれば問題が解けるときは三。


 教科書を見なくても問題が解けるときは四。


 どんな問題でも人に教えることができるほど理解しているときは五。




「――こんな風に、現象に数字を当てはめているだけならば、数字同士の値の相関関係も関係ないし、それぞれの値が独立しているからいいと思うけれど――」


「たしかに――これだと納得できるわね」


 リアナは前世を思い出しながら頷いた。



 大学生だったころ、教授のひとりが、成績は完全に試験の結果でつけると言った。


 彼は成績の評価方法も宣言していた。


 A+は、試験の成績が上位三位の者。


 Aは、試験の成績が上位十位の者。


 Bは、上位二十位の者。


 Cは、上位二十位未満の者かつ赤点でない者。


 落第は、赤点の者。


 たしか、四十人程度の講義だった。だから、下手すると半分の学生がCになってしまう。だから、よいGPAを維持したい学生に恐れられている教授だった。


 しかし、彼の成績の付け方は、「この生徒はAかな」「彼はまあBでいいでしょう」と適当に決める教授よりは合理的である。つまり、まともだ。



「法律も、こういう感じで刑の内容が決められないものなのかしら」


 シェリルは真剣に考えていた。


「自首したか否か、っていうのは確実に現象として固定できるから今のままでも合理的よね。現象が数限りないのは、その他よね――」


 独り言のように呟く友人を見つつ、やはりシェリルは法曹に向いているかもしれないとリアナは思う。


「すべての現象を抜き出したら、その数は一万、十万――ってなりそうだし――。そしたら、覚えるのは無理だし、人が条文を探しきれなくなっちゃうわよね。なんか、百科事典をすべて覚えているような人がいて、ぱぱっと条件を言えば、それに該当する条文を言えるような人がいれば可能だと思うけど――」


 シェリルが言ったそれはコンピュータではないか、とリアナは思った。人ではないが、それはコンピュータの得意技だ。無論、この世界にコンピュータはない。



 法律の条文は法曹によって解釈される。

 解釈ができるように汎用性を持たせるために、法律は抽象的になる。


 だが、この世のあらゆる現象を条件化して、条文にし、それらをすべてコンピュータにインプットすれば――。


 法廷で犯罪の条件だけ入力したら、被告人の刑罰が自動で算出されるようにすれば――。



 いま、地球は西暦何年だろう。


 すでに、法律のAI化が行われているかもしれない。だとすると革命である。


 犯罪者は犯罪を犯すまえに、自分の刑の内容を知ることになる。


 それで犯行を諦めるか、または、それでもなお犯行に及ぶかを考えることだろう。



 MRIがさらに発達すれば、被験者の嘘がすべて見破られるようになる。


 つまり、質問への回答の嘘か(まこと)かが確実にわかるようになるということだ。


 被告と原告の双方が、コンピュータのまえで、百個だか、千個だかの質問に答えれば、それで判決が出て、裁判は終了ということだ。



 そんな技術が、現代の地球では開発されているだろうか――。




 リアナはふと、地球に戻りたくなった。


 前世に戻りたくなった。


 前世では、きっとラセルは重くて執行猶予付きの刑だろう。


 ラセルが皇帝暗殺未遂事件に関与していたという科学的証拠が欠如しているから、薬物の密売の罪で裁かれるだけだ。


 禁固刑も懲役も確実にない。



 執行猶予――それはトレオン法にはなかった。


 どうして、この国にはそれがないのだろう。



 わたしが女王になったら、この国を変えなくては。



 はじめてリアナ王女はそう思った。



「失礼いたします、リアナさま」


 背後で侍女の声がした。


 リアナが振り向くと、彼女は白い花束を持っていた。


「これ――いかがなさいますか」

「いただくわ」


 リアナが答えると、侍女はバルコニー席に入ってきた。


 小さく礼をして、侍女はマーガレットの花束をリアナに渡した。

 十本ほどが綺麗に咲いている。つぼみもいくつかついていた。


「ありがとう。下がっていいわ」


 侍女が去って、シェリルとふたりきりになってから、リアナは花束からマーガレットを一本引き抜いた。


 鼻に近づけてその香りを嗅ぐ。


「ちょっと……リアナ――」


 シェリルが慌てたように言い、リアナの腕に触れた。


「まさか、本当に占う気ではないでしょう?」


「占うわ」


「ラセルの判決を?」


「ええ」



 マーガレットは花びらを散らしてしまうにはもったいないほど、美しく咲いていた。


 この美しさを台無しにする引き換えに、マーガレットは未来を告げてくれるのだ。


 なにかを為し遂げるには代償が必要。


 経験を得るには時間を代償にしなければならない。

 生命が存続できる時間が有限だとすると、わたしたちは命を代償にして経験を得ているといえる。


 喜びを得るためには、命を代償にしなければならない。

 悲しみを得るためにも、命を代償にしなければならない。

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