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37. お人形遊び

「え? なに?」


シェリルが目を瞬いた。


「お人形遊びは楽しいのよ」


 リアナは少し大きい声で繰り返した。

 シェリルに聞かせるためというより、自分が納得するためだった。



 子どもはお人形遊びを楽しむ。


 大人もゲームを楽しむ。



 どんなによいプレーをしても、画面の中で実際に戦ったのは自分ではない。自分は操っただけだ。


 だというのに、手に汗握り、心臓がばくばくして、身体の中からアドレナリンが放出されるのを感じる。

 自分は戦っていないのに、ただ操っているだけなのにだ。



 戦っているのは、プレイヤーではない。



 だがそれでも、人はマリオを操ることを楽しむ。


 スーパー・マリオのマリオだ。


 プレイヤーの名前はだれひとり残らない。

 残るのは「マリオ」という名前だけだ。


 それなのに、無駄な行いなのに。

 人はマリオをプレイする。



 マリオは自分が操られていると思っているだろうか。


 走ったり、飛んだり、戦ったりしているのは、自分ではないと認識しているだろうか。



 マリオは自分が操り人形(マリオネット)であることに気づいているだろうか。



――気づいていない。


 いや、気づくことはできない。



 なぜならば、マリオには感情や思考する力がないから。


 マリオは人の創作物だから。


 ただの画面の中の虚構。欺瞞。



 マリオには感情はない。



 ならば、リアナには?



 リアナには感情はあるのか。


 人の創作物であるリアナには?


 感情があるのか。


 感情はない――。



――いや、ある。


 ない。


 ある。



 ラセルがすき。



 これは感情だ。


 いや、感情ではない?


 ならば何であるというのか。



 リアナは思考の淵に落ちていた。

 遠いところで、「リアナ、だいじょうぶ?」と呼ぶシェリルの声が聞こえた。



 ラセルがすき。


 きらい。


 ちがう。


 すき。


――ほら、感情はある。


 それは真実か。


 すき。


 きらい。


 すき――。



――やめろ!



 男の声がリアナの脳裏で響いた。



――やめろって!



 ラセルの声だ。


 いや、違うかもしれない。


 男の姿は見えない。



――どうして?



 リアナは問うた。



――どうしてやめないといけないの?



 リアナの手には白い花が一輪、握られていた。


 マーガレットだ。


 マーガレットの花びらの三分の一ほどが散っていた。


 その花びらはリアナの足下に落ちている。



――どうしてやめないといけないの?



 男が答えないので、リアナはもう一度繰り返す。



――運命は定まっているからだ。



 男の声が言った。



――どういう意味?



 リアナは虚空へ向かって問う。



――運命が定まっている、ってどういうことなの?



 男は答えない。


 だが、まだリアナの声の届く範囲にいるはずだ。


 風が吹いているように。

 極めて透明なガラス窓から景色を眺めているように。

 急斜面をスキー板をつけて滑っているときに感じる力のように。



 見えないけれど、そこにある。



 感じられないけれど、男はそこにいるのである。



 男が口を開けたのがリアナにはわかった。



 男は言った。なにかを――。



 リアナにはそれが聞こえない。



――もう一回言って!



 風が吹いた。



 マーガレットの花びらが一枚、飛ばされていった。



「リアナ、しっかり」


 シェリルが椅子から腰を上げて、リアナの肩を揺さぶっていた。


「ちょっと、だれか――! 来て!」


 シェリルが叫んだ。

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