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25. 一縷の光

 リアナは燭台を片手に、ひとり地下道を歩いていた。


 暗い坑道(こうどう)には一縷(いちる)の光もない。蝋燭(ろうそく)の明かりだけが頼りだった。


 蝋燭だけでは不十分であったが、この世界には懐中電灯というものがないから仕方ない。


 この闇に包まれた地下の抜け道は、緊急事態の予行練習として二度ほど通ったことがあった。

 といっても、父や母と一緒に歩いただけだ。そのときは冒険のようで楽しかったのを覚えている。まだ子供のころで、自分が蟻だか、土竜(もぐら)だかになったかのようで、わくわくしていた。


 だが、ひとりでここを歩くのはまったく別だ。

 微塵の楽しさも愉快さも感ぜられなかった。


 低い天井が、崩れ落ちてしまうのではないか。

 両側の壁がどんどん狭まってきて、自分を押しつぶしてしまうのではないか。


 この先には酸素がなくて窒息死してしまうのではないか。

 吸血鬼だかゴブリンだかが現れたらどうしよう。

 

 そんなことを考えてしまう。

 この世界には亜人も獣人も幻獣もいないというのに――。


 地球のある種のモグラやネズミといった地下に住む動物の中には、低酸素状態でも生きていけるように適応しているものがいると聞いたことがあった。

 中には数十分間、酸素がなくても生きていられるネズミもいるという。


 蝋燭の火は煌々と燃えていた。

 火が燃えられるということは酸素があるということだ。


 とりあえずは、人間であるリアナもこの坑道を通れるということである。


 懐中電灯では酸素の有無はわからない。

 原始的な手段を使うことにもいくらかの利点があるのかもしれない。



 カサカサ、と壁が音を立てた。



 リアナは思わず叫んだ。

 それが何かは確認せず、一目散に駆け出す。


 得体の知れない異世界の化け物が自分を追ってきている。


 そういう恐怖心に駆り立てられて、リアナは走り続けた。


 ふと、あたりが闇に包まれる。


 闇に全身を飲み込まれて、またリアナは叫んだ。


 すべてが闇だった。

 闇しかない。


 闇に自分の身体が飲まれてなくなってしまうのではないかと思った。


 自分の息をする音だけが坑道に響き渡っていた。

 息が荒いのは走ったせいか、過呼吸を起こしかけているのか。


――なんでわたし、こんな地下道にいるの……!


 リアナの頭の中の声が叫んだ。


 自分はここでなにをしているのだろう。

 なんのためにここにいるのだったか――。


 パニックを起こしていた。


 ゆっくり息をしろ。


 リアナは自分に命令する。


 蝋燭の火が消えただけだ。

 マッチの予備もある。


 だいじょうぶ。


 わたしはだいじょうぶ。


――ラセル……。


 なにか少しでも彼の役に立てたらと思って、宮殿を飛び出してきた。

 なにも考えずに。

 まるで宮殿の外には、なにか「答え」があるように思って。


 自嘲の笑みが込み上げてきた。


――馬鹿みたい……。


 なぜ自分はこんなことをしているのだろう。

 この行為にどんな意味があるのだろう。


 深く考えもせずに、城を抜け出すことを決意した。

 それに彼のほうは、リアナの助けを望んでもいないかもしれない。


 そもそも、リアナは振られた身なのだ。

 自分と別れたがっている男のために、なにをしているのだろう――。


 リアナはポケットからマッチを取り出し、手探りで火をつけた。

 また、地下道に光が灯る。


 とても弱い光だった。


 だが、この光は、さらに明るい場所へと自分を導いてくれる希望である。


 小さな光はもうひとつあった。


 さっきの客間でのラセルのキスだった。


 きっと嫌いになった人にあんなキスはしない。

 あんな魂を揺さぶるようなキスはしない。


 なにか理由があって、リアナを遠ざけているのだ。


――特に理由はない。


 男の声が聞こえたような気がした。


 イリアスの声か。――いや、その言葉はイリアスのものであるが、声はラセルだったかもしれない。


 蝋燭の火がリアナを地上へと導いてくれる光であるように、あのキスもハッピーエンドへつながる希望であるように思う。



 リアナは再び歩きはじめた。


 やはり坑道は真っ暗で怖い。


 また、壁がカサカサと音を立てたが、今度はリアナは落ち着いていた。


 どうせゴキブリか、ネズミか、クモだろう。


 だいじょうぶ。

 わたしはだいじょうぶ。


 自分を言い聞かせて歩き続ける。


 蝋燭の火が揺れている。


 風があるのだ。


 地上が近い。




 地上に出たリアナは、あまりの眩しさに、しばらく目が開けられなかった。


 しばらく地下にいただけなのに、地上の光は明るすぎた。

 急な光に目が対応することができずにいる。


 夜はゆっくりと明ける。

 空が白みはじめ、暁があり、曙があり、そして日の出だ。


 地球には大気があるから、その酸素や窒素の粒の間を光が拡散する。だから、太陽の姿が見えない夜明けでも光が届いてほのかに明るくなるのだ。


――月では昼でも星が見える。


 そんなことを聞いたことを思い出す。


 この世界の人間は宇宙旅行をする技術を持ち合わせてはいないので、きっと前世で聞いたのだろう。


 大気が存在しない月では、夜から昼への変化は一瞬だ。

 光が拡散しないから、太陽が見えていても、光っているのは太陽だけで、それ以外は真っ暗なのだ。月の空は、昼でも真っ暗なままなのだ。


 だから、太陽以外の恒星――星が昼でも見えるのだ。あとは、昼は地球も光っているだろう。


 昼は空が明るくて、夜は暗い。


 そんなことは、あたりまえのことのようだ。


 だが、宇宙全体から鑑みると、大気がある場所のほうが「例外」だろう。地球やこの世界は例外なのだ。


――ということは……。


 リアナははっとして空を見上げた。


 光に慣れた目の先には、青い空が広がっていた。




「リアナ!」


 樫の木の下で、約束通りシェリルは待っていた。


「まあ、本当に来たのね。どうやって宮殿を抜け出してきたの?」

「ちょっと、ね」


 親友と言えども、地下の抜け道のことは極秘だ。


「ほら、あるでしょう?」


 シェリルが笑った。


「え、ある、って何が?」

「人に言えないこと」


 シェリルはウインクして、リアナを馬車のなかに促した。


「お友達を乗せるわね」


 シェリルは馬車の御者(ぎょしゃ)に言った。


 彼は彼女言った「お友達」が王女だということに気づいて目を仰天させた。


 使用人の反応を面白がって、シェリルがくすくす笑った。

 シェリルは、待ち合わせていた友人がリアナ王女だと御者に言ってはいなかったのだろう。


 御者はなにか言いたそうに口を開きかけた。が、なにも言わないほうがよいと判断したのだろう。

 無言で馬に鞭を当てた。

本文に出てきたネズミはハダカデバネズミです。

老いることのない動物といわれており、遺伝学者が注目して研究しています!

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