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23. だれにも言えないこと

 人に言えないことがある、とシェリルが言ったことは、リアナには意外だった。


 この友人は自分に対して極めて正直であると思っていた。

 いじめられていたこと、気になっていること、親との(いさか)い――そんなものをすべて話してくれている。彼女に隠し事をされているとは思ったことはなかった。


「そんなのたくさんあるに決まっているわ」

「たとえば?」

「言えないことがある、って言っているのに、その例を挙げろって命令かしら、王女様?」


 たしかにシェリルの理屈は通る。


「そうね、ごめんなさい」


 リアナは素直に謝った。


「でも――そうね、たとえばわたし、靴を隠したり、蛙の死骸を鞄に入れたり、ドレスを破いたり――そんなことをする人たち、死んでしまえばいい、って思ってた」


 言えないことと言いつつ、シェリルは話してくれるようだった。やはりこの正直な友人が好きだなとリアナは思う。


 上品な口調で美人は続ける。


「本当にそう思ってたのよ。殺したいわけではなかったわ。あんな人たちのために、自分が人殺しになるなんてまっぴら。けれど、死んでくれたらどんなにすばらしいことかしら、って思っていたわ。それか不治の病になるとか。ええ、こちらのほうがよいわね。わたしを苦しめている十倍も百倍も苦しんでしまえ、って。そう思っていたわ」


 殺す、人殺し、苦しんでしまえ――美人の口から(つむ)がれる洗練された話し方には、どれも不釣り合いな言葉だった。


「でも、こんなこと言えないでしょう。家族にも恋人にも。恋人に言ったら愛想を尽かされてしまうかもしれないし、家族に言ったら心配させてしまう。それか、はしたない、って怒られるかも」

「たしかに」

「別に隠したいわけでも、言いたくないわけでもない。むしろ、言いたいのよ。言ったらすっきりするでしょう、人の悪口ってとくに。まあ、実際、悪いことをしている人を悪いと言っているのだから、悪いことを言っているわけではないのだけれど。それでも、正しくても言ってはならないことがあるし、言わないほうが利点が多いことってたくさんあるわ。だから、話したいけど、話さないのよ。それか、話す必要がないとも言えるわね」


 シェリルは早口でまくし立てた。まだ、いじめっ子たちにされたことを根に持っているのかもしれない。

 いや、根に持って当然だ。彼らからは謝罪もされていないと聞いている。


「ほかにも言えないことなんてたくさんあるわ。()になっても、恥ずかしくて家族に言えないでしょう。お医者様にすら言いたくないことじゃない。あなたと一夜を共にしたい、と恋人に言えない人もいるでしょう。ラセルもそんな感じなのではないの?」


「ラセルは――そのどちらでもないと思うけど――」


 そうかしら、とシェリルは肩をすくめる。


「男はだれでも好きな女性とは同じ寝台で目覚めたいものよ。痔であることがばれるのが恥ずかしくて、夜を共にできないというのもあるでしょう。それか、男の方の大事な場所に大きなホクロでもあるのかも。それを見られるのが嫌だとか――」

「ちょっと、シェリル――!」


 リアナは思わずシェリルの言葉をそのまま想像してしまった。

 そのイメージをすぐに頭の中から消去する。たしかに、創造するだけで恥ずかしい。


「やっと、笑顔になったわね」


 シェリルがにっこりと微笑んだ。

 リアナは自分が笑ってしまっていたことに気づいた。


 シェリルはリアナを元気づけるために、わざわざお嬢様には似合わないお下品な言葉を連ねてくれていたのだ。

 やはり、リアナが気づかないだけで、自分のことを思って行動してくれている人がたくさんいる。


――ラセルにも……なにかそのようなことをさせてしまっていたのかもしれない。


 なんだろうと考える。


 真っ先に思い浮かんだのは、もちろん、リアナのためにチョコレートを手に入れるため、ラセルに毒を売らせてしまっていたことだ。

 頼んだわけではない。だが、扉の開閉も、お茶も、食事も、風呂の準備も――ありとあらゆることが頼んだことではない。頼んだことではないけれど、やってもらったことだ。


 侍女が「あなたのためにお茶を準備したのですよ、感謝してください」などとは言うはずがない。

 もし言われたとしても、強制された感謝は真の感謝とはいえなくなる。


 リアナが自分で気づかなければならないことなのだ。

 知らず知らずにリアナはそんな優しい人たちの(かせ)となっているかもしれない。


 身の回りの世話をしてくれる人や、実際に顔を合わせる人だけではない。


 食事に出てくる野菜を育てたり、牛馬を飼ったり、スプーンやフォークを作ったり、王宮を修理したり――多くの人間が自分の衣食に間接的に関わっている。王宮を作った人もいる。そして、彼らは死んでいるだろう。だが、彼らの存在なしにはリアナの住居はなかったのである。


 彼らすべてに感謝しなければいけないとはリアナは思わない。彼らは対価として金をもらっている。侍女もそうだし、彼女らは王女と仲良くなるというお家の利益のために行動をしてくれているともいえる。

 リアナに優しくすることは、彼女らや彼女らの家の利益になるのだ。


 だが、すべての人間に感謝はしないが、頼んでなくても自分のために行動している人がたくさんいる。


 そして、それらには気づこうとしなければ、気づけない。


――ラセルが教えてくれないならば、自分で探すしかない……。


「シェリル、まだ時間ある?」


 リアナは立ち上がった。


「ええ、今日はもうなにもないわ。宿題はしなければいけないけれど」


 でも最悪、体調が悪かった、って言えばいいわ、とシェリルは付け加える。


 リアナはシェリルの靴を見る。彼女は高いヒールを履いてはいなかった。


「ちょっと付き合ってくれる」

「なんなりと、お姫様」


 シェリルが気取って言った。

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