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5 とりあえず宿


 あれ、いない。


 さっきの物陰に戻ってみると、天使が消えていた。


 二時間ほどで戻ってくると言ったが、待ちきれなくて俺のことを探しに行ったんだろうか。

 すれ違ったとか。

 

 もしくは、誰かに連れていかれた可能性もある。

 闘技場からつけてきた誰かに襲われ縛り上げられて、荷車で持ち去られる。

 十分にあり得る。

 

 あまり考えたくはないがな。



「おう貴様、 遅かったではないか」


 そんな心配をしていると、後ろからヒョッコリ現れた。


「何処行ってたんだ? 一応心配してあげたんだぞ」


「あつかましいやつだ。こいつらの相手をしていたのだ」


 天使は、顎でクイっと後ろを指し示す。

 厳しいヒゲむじゃらの男が三人ほど、大の字になってのされていた。


「『珍しい動物見つけたぜ、奴隷商に売れば大儲けだ、ウヘヘヘヘ』と襲ってきたから、全部気絶させておいた」


「それ......まさか、全部お前がやったわけじゃないだろうな?」


「ん、全部俺様がやったに決まっているだろう? ただの雑魚だったからな。天使様に叶うわけがない」


「......そうか。まあ、怪我がないんならよかった」


 天使はなんでもないことのように倒した敵の懐を漁っている。すごいたくましさである。

 もしかすると、天使一人だけでもこの世界うまく生きていけるんではないだろうか。


「それにしても奴隷商って言ったか。そんなものまであるのか、この世界は?」


「さあ、俺様もこの盗賊達から聞いただけだからよくわからない。暇ができたら探してみるのもいいんのではないか?」


 さすが中世である。

 奴隷の考え方は前世ではもうなくなっていたが、歴史を辿れば奴隷がいなかった頃の方が珍しい。

 人間の本能的なものと、奴隷は切り離せなさそうだ。

 

「そうだな。是非とも行ってみるか」


 正直興味はあった。

 奴隷というものがこの世界においてどの程度の立ち位置を占めているのか、最低限知識のないままでこの先不都合が起きるかもしれない。

 奴隷に限らず、知識は貪欲に集めなければ。


「こいつら、大したものを持っていないな。———なんだこれ、ポイ」


 盗賊と思われる男の身包みを剥がすとき、天使が変な形の石ころを後ろに投げる。

 紫色の、親指ほどの大きさの石だ。

 いらないとは思うけど、一応ポケットにしまっておく。


 結局、盗賊は本当に大したものは持っていなかった。

 三人合わせて銀貨数枚と、盗賊用のナイフ、パン、水、くらいだ。


 食料は買った分があるのでその場に置いておいた。


「こいつらは、殺しておこう」


 天使が倒れている盗賊の首をナイフで切ろうとしているとこを止める。


「生かしといてやれ、無意味な殺生はよくない」


「甘いな」


 ズシャッ、と天使は盗賊用のナイフで一瞬で盗賊全員の首をはねた。

 あたりに血が飛び散る。


「なっ!!」


 太刀筋はきれいで、三人いっぺんに首が飛ぶ。


 生で人が殺される瞬間を見たのは、これが初めてだった。

 返り血が服につく。

 

 天使の行動には、躊躇がまるでなかった。


「何してんだよ、お前っ!!」


 天使は平然と頭から先のない盗賊を見下ろしている。


「何って、襲われたのだぞ? この者たちも、負けたら死ぬ覚悟だってしているだろう」


「だからってなあ!」


 俺が天使に掴みかかると、天使は俺を見て滑稽そうに笑った。


「こいつらがまた俺たちを襲ってきたらどうするんだ?」


「その時また追い返せばいいだろ!」


「善良な一般市民が襲われたらどうする? 目の前の盗賊は殺されて欲しくないけど、他人なら奴隷に売られてもいいのか?」


「それは......っ!!」


 反論できない。

 天使は、掴みかかった俺の手を無造作に跳ね除ける。


「殺らなければ殺られる。それがどの世界でも共通の原理だ。貴様は前世、平和なところに居すぎたせいで大事なことを忘れてしまっているのかもしれないな」


「......!」


 俺は言葉に詰まって、天使を睨む。


 草むらに息絶えている盗賊たちをもう一度見つめる。

 死んだ人間はグロい。

 当たり前だ。

 体が拒絶しているのがわかる。


「貴様が見ているのは、猫の死体と変わらん。同族だろうが他種族だろうが一つの死だ。この程度でうろたえていては、この世界で生きていくのは無理だぞ。貴様の世界と違って、おそらくここはそんなに甘くない」


 天使の言葉は、正しいのだろう。

 人間は平気でスーパーでパック詰めにされた牛肉を食べるけど、牛がパック詰めの人間の肉を食べたと知れば吐き気がする。

 

 よく考えればおかしな話だ。

 前世、命の大切さを盾に正義を振りかざす奴がたくさんいた。

 そんな奴らを俺は達観して馬鹿にしていた。


 でも実際人の死に立ち会ってみると、それ相応の身勝手な正義感を俺も持っていたことがわかる。

 理性では天使が正しいと分かっていても、体が死体を拒絶するのだ。


「......確かにお前の言う通りだ。切り捨てるものを切り捨てないと、守るものも守れない」


「貴様も、分かったか」


「ああ。でも、俺はやっぱりできるだけ人を殺さないようにするよ」


「家畜は殺すのにか?」


 天使はやはり不可解な様子で俺を見てくる。

 他種族の天使にとってみれば、本当に利己的な考え方だろう。


「理解に苦しむだろうがな。殺さないのは、俺のためだ。俺はどうも前世で甘やかされたようで、人の死をみるのが嫌いなんだ。豚が殺されても毛ほども可哀想だと思わないのに不思議だよな。そういう身勝手な種族なんだと思ってくれればいい」


 天使はそれで納得したように頷いてくれた。


「なるほど、貴様がそこまで言うなら俺様もできるだけ人間の殺生はしないようにしよう。俺様だって何も殺すことが好きなわけではない」


「それは分かってるよ。ありがとう」


 正しいのはどう考えても天使だ。

 わがままに付き合ってもらったことになる。

 

 今回は天使が折れてくれたけど、俺の方が折れなくてはならない時もあるかもしれない。

 譲れるものは、譲って行こう。


 しばらく一緒に行動する以上、価値観の相違なんかはこうやってその都度すり減らして行ったほうがいい。

 ちょっとずつの溝が、いつの間にかいろんなものを壊してしまうことを俺は知っている。


 

「ところで、そろそろ日が暮れる。野宿を覚悟していたんだけど、キーホルダーを売った金で宿に泊まれそうだぞ」


 俺はお金の入った袋を天使に見せた。


「おおー?」


 天使は首を傾げる。

 そっか、天使はこの世界の通貨をまだ知らないのだ。

 早速お金の単位と相場について教えてやる。


 天使は驚いた顔をした。


「———すごいな、相当の値段がつくとは思ったけどあのキーホルダー、まさかそこまでとは......」


 ちなみに、魔導書についても教えてやった。

 衝動が抑えきれず買ったと正直に話した。

 怒られた。

 明日の暮らしも分からない状況で余計な買い物するな、だそうだ。

 もっともな意見なので誤っておいた。


 でも買ってしまったものは仕方がないので、天使が魔法の勉強を手伝ってくれるらしい。

 転移魔法を使ったこともしかり、天使は天使だけあって基本的な魔法には精通しているようだった。


 


 

 宿を探すために闘技場と逆方向にしばらく歩いていくと、ちょうど良さそうな宿に辿り着いた。


「ちょっと、このバックの中に入っててくれ」


 玄関の前で天使に命じる。

 カピパラは怪しまれるからである。


 ちょっと違和感はあるが、ただの大きい荷物になった。


 俺はフードから髪が見えないことを確認して中に入る。


「いらっしゃいませ」

 カウンターに青色の髪のきれいなお姉さんがいた。

 緩くパーマがかけてあるさらさらの髪が少しだけ肩にかかっている。

 

「あの、一晩ここに泊まりたいんですけど」


「一名様ですね。部屋は二つ用意できますが、どちらになさいますか?」


 パンフレットを見せてくれたので、狭いけど安い方を選んだ。

 お金は節約できるところを削らないとね。


「夕食は自分たちのがあるので、用意しなくても大丈夫です」


「わかりました。朝食は食べていかれますか?」


「はい、お願いします」


「ええと、全部で銀貨二枚です」


 袋からお金を取り出して払うと、きれいなお姉さんが急に身を乗り出す。

 何かと思ったらひそひそ声になった。

 


「あの、ここら辺、出かけるなら注意したほうが良いですよ」


「何かあったんですか?」


「それが......出たんですよ。悪魔が」


「へ、へえ。そうなんですか」


 身に覚えのない話だ。


「ええ、これはさっき泊まりにきた冒険者の方が教えてくれたことなんですけどね。なんでも今日の昼間ごろ、突然闘技場に空から降ってきたようなんです。会場中に殺気を放って、『ワッハッハ、人類は皆殺しだ!!』って半狂で暴れまわったそうなんです」


「なるほど。それは凶暴なやつですねえ......」


 本当に身に覚えのない話だ......。


「そんな事件があったので、充分注意してくださいね。見たところお客さんは相当強そうですが、何しろ相手は悪魔ですから。襲われたらひとたまりもないと思いますので」

 

 きれいなお姉さんは心配そうに話してくれる。

 とてもいい人そうだ。


 俺がその悪魔だって知ったら卒倒するだろうな。

 いや、悪魔じゃないんだけども。


「ありがとうございます。気をつけます」


「あ、その重そうなバック持ちますよ?」


 背中でもぞもぞ何かが動く。


「いえ、けっこう」


 俺は鍵を受け取ると、お礼を言って部屋に直行した。

 狭い方の部屋を選んだはずだが、予想よりは広かった。



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