表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

3 国の様相


 闘技場の外は、案外整備されたものだった。


 商店街だから特別賑わっているということもあるのだろうが、それにしたって街はちゃんと栄えていると言える。

 前の世界ではみたこともないような植物とかお肉が売られていて、それを横目に俺と天使は商店街を駆け抜けた。どうやら、植生は前世と似たようなものであるらしい。


 もっと下町らしい汚らしさをイメージしていたから、いい意味で期待を裏切られたと言える。


 フードを深々とかぶった俺と天使は通行人に訝しげに振り替えられることは何度もあったが、まさかそれが悪魔の髪色をしているとは思わなかったのか、声をかけてくる人は誰もいなかった。

 

 どうやらレッドさんからはうまく逃げ果せることができたようだ。

 後ろを振り返って、もう誰も追いかけてはこないことを確認してから、俺と天使は町外れの店の物陰にとりあえず身を隠すことに成功した。


「災難だった。まさか黒髪見せるだけでこんなに目の色変えて追いかけ回されるなんてな」


 天使はゼイゼイと肩で呼吸している。

 天使という身分にかまけて、だらしない体を放置しているからそうなる。

 情けないものだ。


 一方、俺はというとあれだけの距離を全力疾走してきたのにもかかわらず軽く息を切らしただけだった。

 やはりこの世界に来てから、いい意味で体の調子がおかしい。

 うまく言葉では言い表せないが、体のうちから力が湧き上がってくるようなイメージだ。

 

 表面的には前世と変わらない肉体に見えるのだが、内的な力がだいぶ上がっているようだ。


「ああ、俺様も噂には聞いていたが、まさかここまでとは思わなかったぞ」


「噂? お前、こうなることを予測してたってことか?」


「あくまで可能性の一つとしての話だ。髪が黒い人間が珍しいということは、先輩の天使から聞いたことがあったのでな。まあその時、俺様は下々の奴らのことなんて爪の垢ほど興味がなかったからただの世間話として聞き流した。今思えば、結構いろんな話をその先輩から教えてもらっていた気がする」


「それ絶対重要だろ、ちゃんと聞いとけよ」


 どうせ誰がどこでのたれ死のうがどうでもいいとか思ってたんだろ。


「まあ、なんにしても、このままじゃ二人ともいずれ街の人に捕まっちまう」


 その点に関しては天使も同意見であるようで、神妙に肯いている。

 実際、それが今一番の問題なのだ。


 明日にもなれば、変な小動物を連れた悪魔が闘技場から逃げ出したことが町中の人に伝わっているに違いない。

 闘技場にいた観客だけで、ざっと一万人は俺たちの顔を見ている。

 比較的隠れやすいこの物陰だって、いつ誰に見つかってもおかしくはないのだ。


「まず貴様、その髪をどうにかしたらどうだ? フードで隠すのにも限界があるだろう」


「ああ、染料をどこかの店で適当に買わないとな」


「水と食料も確保しなければな。どちらにしても、金がいる。今日は最悪野宿でいいとしてもこの国で一日過ごすのに最低限必要な金がどれぐらいか、ちゃんと調べる必要があるな。国は栄えているみたいだし、金の信用度はそれなりにあるだろう」


「金か......」


「ここまでくる途中で見たところだと、この国のお金を俺様は知らなかったが......もしかして、貴様はこの国カネを見たことがあったりするか?」


 天使は危機意識からかポンポンと意見を言っていく。

 この場に際しても、冷静な状況分析だ。


 アホだと思っていたが堕ちても天使、ちゃんと頭が働くとことは働くらしい。


 ちょっと見直してあげないとな。


「残念ながら、俺も知らない通貨だな。まあそこら辺の金銭感覚はそのうち身につくだろ。でも金銭感覚以前の問題があるぞ」


 俺は空っぽのポッケを広げて見せる。

 そう、俺たちは今天下の無一文だ。


 いくら金についての知識があったところで、金がなければまるで意味がない。


「さっき商店街を通っている時、偶然質屋見かけたぞ」


 天使が教えてくれる。


「その頭についてる輪っか、売れないか?」


「おまっ! な、何を言っているんだ貴様あああああ! これは俺が天使であることを示す、大事なトレードマークなのだぞ! そもそも体と切り離せんわ!」


 全力で怒鳴られる。

 

 なるほど、確かにそのトレードマークが消えたら天使である要素が消えてしまう。

 彼にとっては死活問題だろう。


 まあ、冗談だったんだけどね。



「貴様こそ、そのズボンにつけてある飾りを質に入れればだいぶ稼げると思うぞ」


「これのことか?」


 腰についていた日本製のキーホルダを持ち上げて見せる。

 

 熊が両手を上げて可愛いポーズをとっている、親指サイズのキーホルダ。

 誕生日に友達からもらった奴だ。

 つける場所に困ったので、ズボンの端っこにぶら下げていたのだ。


 そんなに値の張るものではないが、この世界の技術力を考えればこのくらいでも結構な価値があるかもしれない。


 特段思い入れがあるわけでもないし、試しに売ってみるか。

 

 俺は天使には物陰で待つよう言付けて、早速質屋へと向かうことにする。


 ついてきたらなんだかんだためになる事を言ってくれるような気もするが、何せカピパラは目立つ。

 なんなら、黒髪よりもよっぽど目立つ。


 出かける前に、


「次いでに必要だと思うものも買ってきてくれ。あと市場の調査も頼む」


 と注意される。

 天使は案外しっかり者のようだ。


 


 と言うわけで俺は一人、商店街へ向かった。

 逃げてきた道を引き返すだけだから、迷いようがない。


 途中誰かを探している感じの警備兵がいたので、とりあえず草むらに隠れてやり過ごした。

 バレたら面倒だ。


 俺は商店街の一角に、ぼろい質屋を見つけた。

 店員に声をかける。

 無論、フードは深々とかぶったままだ。


 店員は人の良さそうなマッチョのお兄さんだった。


「いらっしゃい、欲しいものでもあったかい?」


「いえ、買い物じゃないんです。これ売りたいんですけど」


 さっきの熊のキーホルダーをお兄さんに渡す。

 お兄さんは受け取ってしばしば見つめると、

 ちょっと待っててくれと言い残して少し慌てたように店の中に引っ込んで行ってしまった。


 お兄さんの態度に、俺は手応えを感じていた。

 あまり表情には出していなかったが、かなり驚いている様子だ。

 

 正直、あんな小さなキーホルダーは端金にしかならんだろうと思っていたが、

 俺が知らないだけでかなり価値のある代物だったのかもしれない。


 しばらくすると、店の中からメガネをかけた元気そうなじいさんが出てきた。

 察するに、この店の店主だろう。


「この人形を持ってきたのは君かい?」


「ええ、そうです」


 じいさんはほうっ、と感心したようにため息をついた。


「お前さん、こんなものをどこで手に入れたんだい?」


「えっと......それは秘密です」


 流石に、異世界で買いましたとは言えない。


「そうかい、教えたくないか。まあ、簡単に人前で話せるような事情ではなさそうだね。

 それにしても、すごい代物だよ。本体は鉄が使われているのかな? こんなに細かいところまで鉄を加工できる技術は、この国にはないよ。それに、外側も鮮やかな染料で塗装してある。まったく、すごい技術だ。お兄ちゃん、もしかして外国から来たのかな?」


「......まあ、そんなところです」


 じいさんの目がギラリとひかる。

 怖いよ、じいさん。

 

 でも、確かに技術はすごいのだろうね。

 なんたって工業大国日本だから。


「それにしても、これはなんて言う生き物なんだい? 毛深くて、耳が丸い。魔獣にしては、ツノの一つも生えていないしねえ」


 この世界には熊はいないんだな。

 ヘラクレスオオカブトはいるのに。


「たぶん空想上の生き物だと思いますよ。僕も偶然人からもらった物なんで、よくわからないんです」


 ちょっと苦しかったかな。


「ふーん、そうか、空想か。そういうことにしておこう。なかなか可愛いじゃないか」


 じいさんの目はギラギラのままだ。

 なんかもう、俺が異世界人だってこともバレてるような気がしてきた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ