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2 戦いたくはない



 振り向くと、女の剣士が剣を引き抜いた状態で立っていた。


 俺は驚く。

 存在すら気づかなかった。

 気配を消していたのか.....。


 身長は俺より低いが、女にしては高い。

 軽い鎧を身に纏い、すらりとした体格だ。


 目が血走ってて怖い。猛禽類みたいだ。


 でも可愛いな。

 ガチガチの鎧のせいで胸の大きさはよくわからないけど、顔はかなりタイプだ。

 ショートカット に鼻筋のよく通った顔。

 髪の色は燃え盛るような赤色。


 この人が、この闘技場に倒れた人の山を作ったのかな。

 この大会の勝者、みたいな。


「おい、お前、顔を見せろ!」

 女剣士が怒鳴る。


 そう言えば、俺はさっきからフードをかぶっていた。

 自分の顔も見せずに相手と会話するのは、やっぱり失礼だよな。

 前の世界でもそうだったし。


 俺は徐にフードを脱いだ。


 突然、会場が急にしんと静まりかえった。


 ?


 え、何?

 俺の顔、そんなに期待外れだった?


 いくら俺がイケメンじゃないからって、そこまで態度に出すのは失礼じゃない?

 俺だって傷つくよ、本当。


 でも、それにしてはずいぶん敵対心の強い顔がのぞいているような。


 

......ちょっと怖いんですけど、なんでみんな黙ってるの?



『く、黒髪だ!』


 実況が、馬鹿でかい声で叫ぶ。

 俺はまた耳を塞ぐ羽目になった。

 


「悪魔だ! 悪魔が現れたぞ!」「きゃああ、みんな殺される!」「なんておぞましいの! 」

 

 会場の人間が、口々に悲鳴を上げる。

 さっきとは打って変わって、攻撃的な言葉だ。


 黒髪? 悪魔? なんじゃ、それは。


 ちなみに、この黒髪は日本人由来の地毛です。


 そういえば、と周りを見渡すと観客はみんなカラフルな髪の色をしている。


 前に立っている女剣士だって例外ではない。

 目を見張るような真っ赤だ。


 女剣士は俺をが振り向くと、一瞬びくっとした。

 そんなに怖いか、この黒髪が。


 女剣士は猛然と刀を自分の前に添える。

 すると殺気みたいなものがブワッと溢れ、女剣士の周りに風を巻き起こした。


 雰囲気あるな。

 魔法とか飛び出してきそう。


 天使がじりじりと後退りしている。


「強いぞ、こいつ」


「ああ、わかってる!」


 剣を振ったことのない俺にもわかる。

 彼女は相当の実力者だ。


 本物だ。

 殺気だけで、身震いしてしまうほどに、彼女の目力は凄まじかった。


「貴様! 空から降ってきて怪しいとは思ったが、……この悪魔め!」


 彼女の声には、憎しみがこもっていた。

 初対面なのに、そんな目で睨まなくても......。  


「おい、この人間は怪しい奴じゃねえぞ! 天使の俺様が保証してやる!」


 隣で天使が必死に説明してくれる。


 でも、天使、一つだけ言わせてくれ。

 喋るカピパラの方が数百倍怪しい……。


「とぼけるな! 空から降ってきても無傷のその体! そしてその混じり気のない黒髪! それが全部お前を悪魔だと証明しているようなものだ!」

 毅然と、女剣士が言い放つ。


 どうやら、女剣士は俺たちが悪魔だと本気で信じてしまっているらしい。


 異世界転移初日から悪魔呼ばわりとは、ついていない。


「そうだ、レッド、やっちまえ!」「さっさとレッドに殺されてしまえ、この化物!」「悪魔だからってびびるなよ!」


 さっきまで逃げようとしていた観客たちが、レッドの声で息を吹き返したように叫び出す。

 すごい盛り上がりようだ。


 それほど、このレッドという剣士はみんなから期待されているということだろう。

 忘れていたが、この会場に気絶者の山を築いたのはおそらく彼女なのだ。


 観客の声を聞くに、目の前の女騎士の名前はレッドというらしい。

 髪が赤いからレッド?


 安直な名前だな。

 


 それにしても困った。

 どうやら、俺は今、その悪魔とやらの存在のせいで会場中から目の敵にされているらしい。


 日本では髪染めてる奴らは不良だったけど、この世界ではどうやら逆で髪を染めてない奴の方が不良らしい。

 文化はいろいろあるからな。


 今はとりあえず目の前の敵に集中しなければ。

 集中、集中……。


 相手は剣士と言っても女だから、筋肉量はそれほどでもない。

 しかし天使が言っていた通り、簡単に倒せるような柔な相手ではなさそうだ。


 

 ———うん、正直にいおう。勝てる気がしない。


 土下座?

 違うな、ここは……。


 俺は天使にゴニョゴニョ耳打ちをする。


「……本当に、そんなんで切り抜けられるのか?」

 疑心暗鬼の目を向ける天使。


 正直、俺も自信はない。

 でもこういう時に自信ない態度を出したらその時点で負けだ。


「ああ、大丈夫だ、任せとけ」


 親指を立てて見ウインクをしてみせる。

 もちろん強がりだが、天使は少し安心して頷く。


 俺はスーッと息を吸い込み、


「あっ!」

 と女剣士の後ろを指差した。


「あれは、ヘラクレスオオカブトおおおおおおおお!」


 指を刺した方向に、ガバッと女剣士が振り返る。


「いまだ! 走れ!」


 その隙に、俺と天使は出口のある方向に全力でダッシュする。

 ヘラクレスの圧倒的魅力を利用した、恐るべき高等テクニックだ。

 

『おーっと! 黒髪の人間とそのペットが逃げ出したぞ! しかし、レッドは何やら目をキラキラさせて床を這いつくばっている! 一体どうしたというんだ、レッド!』


 会場に実況アナウンスの声が響き渡る。

 しかし、レッドはヘラクレスオオカブトを探すのに夢中でその実況の声にすら気づかない。


 ふふ、こんなにも巧妙なトリックが仕掛けられていることに、誰も気づかないんだろうな……。

 会場がザワザワとし始めた。


「見ろ、レッドが少年のようなまなこで、地面に這いつくばってるぞ! 魔法でもかけられたのか?」「さっきあの黒髪、何か叫んでたわ! 呪いに違いない!」


 心配そうに観客たちが騒いでいる。

 

 この世界にもヘラクレスオオカブトがいてくれて助かった。

 結果オーライという奴だ。


 レッドはしばらく探していたが、ヘラクレスオオカブトがいないことに気がついて顔を上げた。

 しかし、その時俺たちが闘技場を出る通路の入り口に差し掛かったところだった。


 俺たちをみるなりレッドがしまった、という表情になる。


「き、貴様! 騙したな!」


 慌てて、こちらに向かって走り出す。


 しかし、今更気づいても遅い。

 その時には俺たちはもう、闘技場の門を抜けていた。


「悪いな、お嬢ちゃん! また機会があれば会おうではないか!」


 そう得意げに叫んで右手を振ったのは、天使だ。


 作戦を考えたのは主人なのに、ドヤ顔するのはペットとかげせん。


「貴様らあああああ!」


 レッドが叫びながら猛スピードでダッシュしてくる。


 追いつかれては困るので、俺たちも大急ぎで扉から続いている空洞を走り始める。


 狭い空間だが、なんとかもたれもたれ走っていく。


 途中で何度か転びそうになる。

 なんたって足場が悪い。

 時々、ネッチョリとした水溜りに足を取られる。

 しかしそれでも走り続ける。



 せめてコイツに羽があればな。

 背中に乗せてもらえるのに。


 頭の輪っかの代わりに羽はやせよ。



 しかし、そんな悠長なこと願っている場合ではない。

 後ろから、物凄い勢いで迫ってくる女剣士の足音が聞こえる。


 試合会場の外まで追いかけて来んのかよ……。

 彼女を突き動かしているのは、おそらく『悪魔』なる存在に対する個人的な憎しみだ。


 でも今は相手にできない。

 ごめんな、レッドさん。


 それにしても、なんだ、この感覚は。

 俺は、走りながら、この世界に妙な違和感を覚える。

 

 いや、違うな。

 違和感は、この世界に対してじゃない。

 

 自分自身だ。



 目の前の景色が、ビュンビュンと後ろに消えていく。


 速い......よな?


 こんな速さで走ったことは、今までに一度もなかった。


「なんか、体軽いな」


「貴様もそう思うか?」

 天使も走りながら口元を緩めている。

 どうやら、自分の体の変化を感じているのは俺だけではないようだ。


 空の上から真っ逆さまに落ちても死ななかったことといい、一体俺はどうなってしまったんだ? 



「あ、出口が見えたぞ、人間!」


 天使が叫ぶ。


 渡り廊下を走っていると、やっと外の世界に通じていそうな光が見えた。

 希望の光だ!


 しかし、そう思ったのも束の間、俺たちは息を飲むことになる。

 そこには二人の強面の剣士が立っていたのだ。


「そこを止まれ! 試合から逃げ出すことは許さんぞ!」


 二人の剣士は、ばっと前に飛び出すと、槍をこちらに向けた。

 体よりも大きな剣をいとも軽々と、すごい腕力だ。


 無理やりにでも止める気だ。

 もちろん、俺には二人の戦士を相手にするだけの技量などない。

 

 俺には武の心構えとかいうやつが一切ないのだ。

 後ろを見ると、レッドさんは後ろ十メートルほどのところまで追いかけてきていた。


「おい、人間! このまま突破するぞ!」


 天使が叫ぶ。


「意見があったな! 天使!」


 なんか、俺たちすごいスピードで走ってるし、突き抜けられる気がしなくもない。

 少なくとも立ち止まってレッドさんと戦うよりはマシだろう。


「おい、止まれ! 止まれと言っている!」


 全速力で走りつずける俺たちに、慌てたように剣士が叫ぶ!

 まあ、もう頑張っても止まれないスピードなんだけどね。


「いっけえーーーっ!!」

 天使の掛け声で、俺は全力でヘッドスライディングをした。


 ツーっと滑って、一人の剣士の股の間をすり抜ける。

 

 滑りやすい地面だったことが幸いしたらしい。

 剣士が慌てて股を閉じても、俺はもうすり抜けた後だ。


 天使も、四足歩行でもう一人の剣士の剣士の股の間をすり抜けた。


 一人一つしか入れない二つのゲート。

 それを二人で看破したわけだ。


「待てー、お前ら! ——ブッ!」


 振り返ると、レッドは二人の剣士にぶつかって、止められていた。

 ヘッドスライディング用の股穴は、三人目は無かったようだ。


「よし、逃げろ!」


「待て! お前達!」


 剣士の声を無視し、そのまま俺たちは道ゆく人をかき分けて逃げていった。




 

 

 

 

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