0-2 雨衣のお客さん
12月28日の雨衣家。
少年・雨衣蒔苗は自室のデスクにて受験勉強そっちのけの上の空だった。
「ふっ、恋かね?」
ぽけーっとしていたら、妹が声を掛けてきた。
「……入ってくる時はノックしてね。ボク、一応受験生だよ」
「でも、おぬしよ。開いたノートはまっさら。その様子だと勉強は一向に進んでないとみえる。疑いようもないソレは恋……ふっ、我が兄は青春楽しんでいるようじゃねーか」
どこでそのヘンテコなセリフ回しを覚えたのだろうか。
動きもいちいちオーバーだ。窓際に立って外を眺めながらキメ顔で言った。小学5年生は何かしらポーズを取っていないと落ち着かない年頃みたいだ。
「お兄ちゃん、最近なんだか変。具体的に言えば4日前の12月24日クリスマス・イヴ……詳しくはwebへ→」
「はいはい」
おませな小学生は服の中からあんパンを取り出して窓の外を見るように促してくる。雨衣は少し伸びた髪を女子みたいに指でくるくる弄りながらテキトーに対応した。
「アレを見な。奴さんの乗ってきたのはMK-2020の最新モデルの魔導車だぜ。人生で一回は乗ってみたいなー」
「まぁ、一般庶民のボクらには夢物語の話しだね。というか、家の前に停まってる……何で??」
「うん、お兄ちゃんにお客さんだって」
「それを早く言いなさい」
「えへっ」
小学生の妹に振り回される少年は1階のリビングに向かった。
◇
雨衣のお客さん。
百華魔法学園の創設者にして現・学園理事長の鏑木一。
お洒落に白スーツを着こなした40代のダンディなおっさんが来訪してきた件について。
百華魔法学園といえば、近未来的最先端の魔法学園として世界中からも注目されている。
海上に浮かぶ魔法学園として有名で、現在地が東京湾で創設は10年前。この10年間で世界でトップを走る魔法士をたくさん排出してきている。
噂によれば仮想世界をシミューレションによる訓練、放課後に解放された異世界クエストが、魔法生たちの自主性を促進させ技術向上を図れるのだとか。
当初、ゴブリン退治やダンジョン攻略が現代魔法社会に役立つはずないじゃん乙wwwと魔法社会の誰もから笑い者にされていたが、ソレが大成功してしまっているものだから開いた口が塞がらなくなった。
今やどこの企業も団体も喉から手が出るほどに百華の魔法生たちを欲している。
冒険が、ロマンが、少年少女たちを大きく成長させる。
まさに夢物語のような魔法学園が百華である。
まぁ、そんな凄い魔法学園のお偉いさんが雨衣を訪ねて自宅にやってきた。付き添いの人を1人連れてやってきたものだから、さあ大変だ。
雨衣の両親はお茶と菓子の準備をしてまもなく失神してしまいそうになっていた。
ダンディなおっさんは挨拶を済ませて本題を話した。
「さて、雨衣くん。私がやって来た理由はなんとなく察しているだろう。用件は3つだ」
その1つ目。
「まずは、私の娘の力になってくれてどうもありがとう。あの日、あの子一人じゃ事件は解決できなかった。君の勇気は称賛に値するよ。娘もとても感謝している。今日は恥ずかしがって顔を見せないと言っていたからね、だから娘の分も含めてお礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
それは12月24日のお話し。
少年少女がボーイミーツガールの物語。
その物語が雨衣蒔苗の人生を大きく変えた。
どういった経緯で一般庶民と魔法界の住人が聖夜に出会ったかなんて聞くのは野暮だろう。
運命の悪戯だった。
ただ、あの日あの事件で雨衣が鏑木エルに出会っていなかったら、彼らの物語は紡がれなかっただろうし、少女は救われないまま東京も消滅していた。
それほどの大事件を人知れずして少年少女は解決した。
そのお礼をエルの父親でもある鏑木一がしに来たのだ。ヒトの子の親として。魔法社会の人間としても。
残る用件は2つ。
それは悪いニュースと良いニュースだ。
「先に悪いニュースから話そう」
大方予想はできるも雨衣は身構えた。
「君の魔法によって発生した被害額は軽く見積もって100憶はくだらないみたいだ」
「お、終わった……」
無慈悲にも雨衣の人生終了のお知らせ。
少女の力になりたかった。一のために十を犠牲にした結果、ひょんなことから少年が魔法を手に入れてしまって空回りしたパターンだった。
尚、雨衣が何をしでかしたか一部紹介すると……東京の交通機関を麻痺させたことである。
車やバイク並びに車庫にあるバスや電車等、魔導機に至っても無断運用してくれてどうもありがとうコノヤローと沢山の声が上がってきている。
「極めつけに面白いのがここからでね。君が借りパクした魔導車の中に魔法大臣の新車が含まれていたってこと。もう車を盗まれた当の本人はブチギレ案件だ。わはは、今もアイツの顔を思い出しただけでも傑作だったね! ナイスだよ雨衣くん!」
「こほん、理事長……」
「おっと失礼。少し話がそれてしまったね」
などと、おチャラけて見せるダンディなおっさん。
いやいや笑えない話だ。付き添いの女性は彼の秘書か何かだろうか。彼女が止めてくれなかったら意識が持たなかった。
すでに両親は今の話でノックアウト寸前で顔を青ざめさせていた。妹は「流石お兄ちゃん。ってことは同じ血族の私にも眠れる力が……っ!?」と武者震いしていた。(違う)
「まぁ、こうなったもんはしょうがないよ。何も犠牲なくしてハッピーエンドなんて甘い世界じゃないんだ。そうだろ?」
「で、でも……ボクは……やり過ぎました」
「けど、必死に娘の力になりたかったんだろ? その想いがあったからと私は信じたいね」
「……はい」
まぁ、重たい話はここまで。
「か、鏑木さん、この子はいったいどうなるんですか? 100億だなんて、そんな額の借金を我々は返せれませんよ……っ!!」
「ふ、不良少年になってしまった蒔苗ちゃんが一生ブタ箱で暮らすなんてお母さんイヤよ……っ!?」
「ふえっ、それじゃお兄ちゃんとゲームできなくなるじゃん!! アオリカートできなくなるじゃん……っ!?」
「………」
雨衣の家族は各々が彼の身を案じていた…と思いたい。
「まーまー落ち着いてください。これはあくまで悪いニュース。まだ良いニュースは伝えておりませんし、雨衣くんも少し考えてみてくれたまえ。あの事件から4日も経っているのにも関わらず、君は今日も無事に生活ができているのは何故かな?」
12月24日の非日常から日常に戻れたのは何故か?
一般人が魔法を使ったということだけでも大問題という。細かい説明は省くが、普通は一般人が魔法が使えるはずがないのだから。
金髪巨乳のお姉さんから魔法のアメをもらった? もっとマシな説明をしてくれ、そうだ一度あの少年の身体を解剖してみないか? という危険な状況だったそうだ。
だがしかし、そうはならなかった。
「あなたが動いてくれたから……??」
「まさにその通りだよ雨衣くん」
さて、用件の残り1つ。
良いニュースについて。
「雨衣くん。百華の魔法生として、来年私の学園に来るつもりはあるかい?」
まさか思ってもみなかった勧誘。
本当なら夢のような話しだ。一般人が魔法学校に通うなんて聞いたことがない。
「ボ、ボクが百華の魔法生にですか……っ!?」
「あぁ、百華の魔法生になってくれたら、キミの借金は私が肩代わりしてあげてもいい。何故そこまでするのかと問われたら、キミには100億円以上の価値があるからだ。
キミには特別な魔法がある。百華の魔法生としてやっていける逸材だ。英雄になれる素質が十分にあるんだぜ。だからその才能を腐らせるのはもったいないって話しさ」
と、肩を竦める。
「うまい話で耳を疑いたくなるよね。何か裏があるのじゃないのか……ってね。だけど、キミにとっても私にとってもプラスにしかならない話ばかりなんだよ、これがさ」
雨衣たちが納得するまで学園理事長は付き合うつもりだった。
彼の秘書子が銀のアタックケースから学園のパンフレットを取り出して、もう一度雨衣にとって有益な情報を説明していく。
雨衣の場合、
まず借金を百華が肩代わりをしてくれる。これに関しては雨衣の借金が消えたわけではなく、雨衣はこれから3年間、百華の魔法生として学業に励んで行くことが前提の条件だが。
一般人お断りな魔法社会において、その中でも選ばれた者しか入れない(入試合格者の判断基準は謎で話題が尽きない)百華の魔法生になれる。それだけでも人生勝ち組だと噂される程。
しかも、異世界クエストで夢のような体験ができる特典付きだ。
それと、あまりこれについては不安にさせたくない情報だが、
雨衣蒔苗という一般人は魔法が使える。故にこれから雨衣はいろんな組織から注目され狙われることもあるだろう。
よって、そうならないために理事長は情報操作、隠ぺい工作、各界に圧力を働きかけた。当分の間はそういう余計な心配しなくていいみたいだ。雨衣家には鏑木一がバックにいる。それだけで効果は絶大なものになる。
「もちろん、おんぶにだっこはいけない。雨衣くんが自分の力でまた誰かを守れる英雄になっておくれよ。それが私の本心だ」
さて、次に理事長が雨衣を百華に招き入れるメリットについて。
「私が得するのは1つ。ズバリ金さ!」
正義感からとかそういうものでない回答。
いや、娘を助けてくれた感謝もお礼がしたかったのも本当ではあろう。
しかし、魔法学園を入学させるのもただじゃない。
入学してもらうからにはそれ相応の対価が必要。雨衣という100億以上の価値は百華の利益に繋がる。ただそれだけだと断言した。
清々しいほどこの上ない理由だった。
「雨衣くんも大人になればわかるさ。世の中はお金も少し意地汚いほどが丁度いいってことをね」
「は、はぁ……」
「当然ながら学校なんてものを経営していくにはいろいろお金が掛かってくる。ちなみに、百華は入学金はいらないし全生徒の授業料は免除」
「えぇっ、本当ですか……っ!?」
話に食いついたのは雨衣の父・啓介だ。まぁそんなことはスルーして。
「はい嘘はつきませんよ。
じゃあ、雨衣くん。私はどうやって学園の利益を得ているか? 答えは簡単だ。百華の魔法生というブランドを欲しがっている奴らに限定的に情報を高額で売りさばけばいい」
開いたパンフレットのページの『広大なファンタジー世界でキミもクエストをクリアして英雄を目指そう!』っていうキャッチコピーはギャグかと思った。
学園理事長曰く、自分にしかできない裏技みたいな魔法で仮想世界のシミュレーション空間を作ることができるみたいだ。
そこで、魔法生たちは日々いろんなシミュレーションして訓練ができるらしい。
特に魔法生たちに人気なのが幻想世界イルステリアの放課後クエスト。
少年なら誰もが憧れる異世界ファンタジーの世界。
「イルステリア……」
ぽつり、と雨衣は言葉を漏らした。
それに反応しニヤリと笑う学園理事長。しかし、そこについては追及しなかった。
それよりも学園理事長の金儲けの話の続きをだな。
「まぁ、とにかく魔法社会の連中はがめついんだよ。百華の魔法生の情報を提供しろとしつこく要請してくる連中にタダでくれてやるほどキミ達の価値は低くなくてさ。だったら、最低でも1億の金でも用意してこいと冗談半分で一蹴してやるつもりが、奴ら我先にとその数十倍なんて額を普通に出してきやがった。
もう、まさに私の時代がきたとはこのこと。私はキミ達がクエストなんかで活躍した記録とかを奴らに億を超える値段で売りさばいてお金儲けしようと考えたわけさ。
ある生徒なんか1クエストに1兆以上の値が付いたこともあるんだぜ?」
「あの……それってボクたちに言っていいことなんですか?」
「はい、言っちゃ駄目ですね」
秘書子がズバリ指摘した。
話を脱線させるなと怒られるおっさんが目の前にいた。
鏑木学園理事長の人間性を垣間見た瞬間でもあった。
「と、まぁ半分冗談だけど…どうだい? これでわかっただろ? 君と私がお互いにメリットしかなくウィンウィンな関係だってことをさ」
「クエストで活躍できなかったら、借金は返済できないってことですよね……?」
「まぁ、そういうことになるかな。でも、実際問題、活躍しようがしなかろうが百華のクエストってだけで今は最低でも数百万の価値は付く。あぁ、でもさ……君がこの3年間で必死になって頑張りさえすれば絶対に100憶なんてあっという間だ。私の全財産を賭けたってもいい」
「………」
「大丈夫さ。君は一度大活躍をしているんだ。それともなにか、君と私の娘が人知れず戦った12月24日は夢物語だったのかい?」
「違います。あの日のことは夢なんかじゃない……です」
「なら、大丈夫さ。自分を信じて挑戦してみなよ。雨衣蒔苗くん」
「は、はい……っ!!」
「よし、良い返事だ。合格!!」
何が……?とは皆まで言うまい。
用件を済ませた学園理事長は帰り際に、雨衣にこう伝えた。
あの高級魔導車の窓から顔を覗かせては、
「雨衣くんのその真っすぐな目、私は嫌いじゃない。娘は不思議がっていたよ。変わった奴がいると。あの誰にも心を開かなかったエルたんがね、自分から私にそう言ってくれたんだ。そうだね、君たちは12月24日に出会ってなんともロマンチックな話じゃないか……うん。娘も来年は百華に入学予定だが、そう易々と君たちの交際は認めてあげないんだからな!!」
「………」
そんな捨て台詞を吐いて飛び去って行った。
最後まで面白いおっさんだった。
こうして雨衣が家から近い一般の公立高校から百華魔法学園に急遽進路を変えて、来年の3月に一般推薦枠として少し時期遅れの形式上だけの入学試験が開催されることになった。
ほぼ入学は確定。
あとは、独学になるが魔法についての知識を身に付け、ランクの高いクラスを目指すだけ。
入学したら当然のようにクラス分けがあり、それは入学試験の成績順で決まるそうな。高難易度のクエストなんかはAクラスに入らないと受けられないと言われ、雨衣は残り3カ月間を必死に猛勉強した。
その結果は残念おしくも【E】だったけども、必ずAクラスに成り上がるために静かに闘志を燃やしていた。
何はともあれ、
雨衣蒔苗は百華魔法学園へ入学することになった。