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「太歳」後始末 その4

「あとはお前たち二人だ。覚悟してもらおう。大人しく、この村正の錆となれ」


 長尺刀の切っ先を突き付け、鳥羽が冷酷な声で宣言した。

 その傍らに立つ依子の両手で、再び釵が旋回し唸りを立てる。


「撲殺か、斬殺か、刺殺か。死に様くらいは選ばせてやるぜゲス野郎ども」


 入間も鉄槌を肩に担ぎ、シュレック子爵は呪剣を誇示するようにひと振りした。


 彼らの手にする四つの得物が、一斉に小肥りの男と白衣の青年に向く。

 絶体絶命であるはずだが、マダは余裕を崩さなかった。

 表情に狼狽や憔悴は欠片も浮かばず、相変わらずの飄々とした笑みがある。


「いやはや、素晴らしい。なかなかの強さだ。

 だが、残念なことに、彼らはまだやられてはいないよ」


「……どういう事だ?」


 依子が怪訝な顔で眉をひそめる。


「こういう事さ。ナーガ、ヤクシャ!!」


 嘲笑うように高らかと、死したはずの従者の名を呼ぶ。それに呼応したか、二つの屍がむくりと立ち上がった。


「ひ、ひ、人使いが荒いぜ。いい、いくら死なないったって、痛えもん、は、痛えんだぜ」


 裂けた舌をもつれさせて、顔面を二つに割られたヤクシャが悪態をつく。

 額から鼻筋まで通った真紅の切断面を、ピンク色の肉が蠢いて接合していく。


 鉄槌を受けて頭を失ったナーガの蛇体も、四方八方に飛散した肉片のひとつひとつが、杯のように血を溢す首の断面に寄り集まっていく。砕けた頭部が再構築されているのだ。

 地霊に穿たれた胴体の大穴も、ヤクシャと同じように蠢く肉が塞いでいく。


「そう言うなヤクシャ、死の痛みを味わうのもまた貴重な経験だ」


 瞬く間に、肉の立体パズルが完成し、傷ひとつ無い蛇頭が現れた。

 最先端の再建医療でもこうはいかぬであろう、完全なる復活だ。


「この力、まさか太歳か。そのために君達は恵比寿を唆したんだな」


 シュレック子爵が、珍しく声音に怒気を込めた。

 性格的に破綻した男ではあるが、それでも元は同じ組織のメンバーだった者だ。それを百鬼が利用した事実は、誇り高い性格の彼の逆鱗に触れる行為である。


「その通り、私の研究にはどうしてもこれが必要だったのでね。

 親兄弟からは疎まれ、君たちの組織内でも爪弾きにされ、誰からも必要とされないカスのような男だったが、おかげで実にいい仕事をしてくれた」


 端整な顔に凄まじい悪意を込めて、マダが笑っている。

 白衣のポケットから取り出されたのは、得体の知れない液体で満たされ、封印の札が貼られたガラス容器だった。

 その中ではピンク色の小さな肉片が漂っている。

 太歳のサンプルだ。


「しかし、太歳さえ回収できれば、あとはもう用済みなのだ。これは、君たちを誘き寄せる罠だよ。

 我らに散々辛酸を舐めさせた、ファウストの三幹部と鉄槌のイルマ、この四人を彼が道連れにするだけでも大金星さ」


 マダが、恵比寿の後頭部に手を廻した。一瞬、鮮血が飛沫く。

 ずず、ずず、と音を立てて、うなじから肉に潜った異物が引き抜かれていく。

 それは表面に奇怪な紋様が刻まれた、長く太い鉄針だった。


「封印を解いた。彼は既に太歳に喰われ、その肉体と精神を取り込まれている。

 後始末は、かつての仲間である君達に任せるとしよう」


「おえ、ええ……っ!!」


 恵比寿の肉体が震え、げぼりと嘔吐した。

 吐瀉されたのは食物や胃液ではなく、血混じりのゼリーのような半透明のブヨブヨとした肉塊である。

 表面には、人間のそれと酷似した目玉が、びっしりと開いていた。

 小柄な体躯のどこに納まっていたのか、その目玉のついた大量の肉が小さな虫や雑草、砂利や小石に至るまでを取り込み、ドロドロに溶かして消化しながら、津波のように進軍してくる。


「じゃ、生きてたら、また会おうぜ

 ……オン・マリシエイ・ソワカ!!」


 ヤクシャが爪の生えた太い指で印を結んで真言を唱える。隠行を司る摩利支天の真言だ。

 三人の魔人の姿が霧に包まれたように白く薄らぎ、大気に霧散していく。


「テメェら、待ちやがれ!!」


 怒号を発して入間が飛びかかろうとするものの、鉄槌は空振りして、空しく地を打つばかりだ。

 完全に逃げられた。


「仕方ない。少々癪に触るが、今は太歳を倒すのが優先事項だ」


 呼吸を整え、シュレック子爵が呪剣を構え直す。

 そして、獲物を狙う猛獣のように地を蹴った。


 タコかイカの触手のように、伸縮自在にうねくる肉を切り払いながら突撃を仕掛ける。

 太歳の本体である、恵比寿を直接叩くつもりだ。


「おいおい、一人で無茶すんなよ!?」


「心配しなくても良い。ものは試しだ」


 入間の声を背中で受け流し、数秒で間合いを詰める。

 肉の猛攻を掻い潜った身体には、素肌はおろか、マントや帽子にすら傷ひとつ無い。


「斬首に処す!!」


 ギロチンから作った大剣を、横薙ぎに叩き込む。

 細い身体に見合わぬシュレック子爵の豪腕と、大重量の刃が合わされば、人間の首など簡単に斬り飛ばされるはずである。


 だが、


「……これは?」


 薄皮一枚といったところで、剣は首を断つことなく、停止してしまった。

 見えない手に四肢を捕まれているような感覚が、子爵を支配する。

 身体が動かない。


 そして、恵比寿の口からは、抑揚の無い小さな呟きが延々と垂れ流されている。

 読経にも似た調子だが、分かる人間には分かる。

 邪悪な殺意を込めた、呪いの詠唱だ。


「……す」


 恵比寿の口から漏れる声が、少し大きくなった。


「し、ね……みん……な、ころし……やる……」


 最初は吐息のような、耳を澄まさなければ聞き取れないほどに、途切れ途切れの小さな響き。


「死ねぇ!!俺を馬鹿にした奴ら全員、皆殺しだ!!」


 やがてそれは明確な、喉から赤血を絞るかの如き怨嗟の声となった。


「うっ!!」


 貴族の末裔を自称する魔術師が、苦悶の声を発する。


 毛細血管が破裂したように、涼しげな瞳に血の筋が走った。

 そして、頑強な縄で力一杯絞められたように首に青紫の痣が浮かび、四肢の付け根に近い部分から血が吹き出す。

 黒魔術による攻撃だ。


「シュレックー!!」


 盟友の窮地に、風を裂いて依子の両手から釵が飛んだ。

 手裏剣のように高速回転しながら飛来し、恵比寿の喉仏と心臓に、二つの金属棒が突き刺さる。


「ぐぎぁ、い、いい痛ええっ!!」


 迸る絶叫。

 涙と血反吐と鼻血で顔面をどろどろに染め、恵比寿が激痛にのたうち回ると、シュレック子爵を戒める拘束が緩んだ。


「すまない、助かった」


 束縛から逃れ、子爵が安堵の息をつく。

 負傷はしたが、戦闘の続行は可能である。


「どうやら、マイナス感情の爆発で自分を喰ったはずの太歳を逆に支配したようだな。

 どうしようもない糞馬鹿だと思っていたが、私は少しお前を見直したよ、恵比寿」


 依子が投擲した釵にかわり、今度は鎖鎌を手にする。


「ぢぐじょおお、依子テメェまた俺をナメやがるのかぁ……!!」


 血混じりのだみ声で唸りながら、体勢を立て直した恵比寿が再び呪詛を放つ。

 釵を強引に引き抜くと、肉体に穿たれた穴は瞬時に塞がる。

 視認可能なほどの濃密さで空間を歪めるドス黒い波動と、獲物を捕らえんと蠢く肉塊が、雪崩のように四人へ襲いかかった。


 もはや今の彼は、この世への理不尽な怨念と災厄を撒き散らす、不死身の深淵そのものとなってしまったのだ。

 野放しにするわけにはいかない。


「ナメてはいない、褒めているんだ。だからこそ、私達はお前を侮らずに本気で倒す。それが、一応は仲間だったお前への敬意だよ。

 ……と思ったが、この美しい私を貴様ごとき軽はずみな不細工が呼び捨てにするな。馴れ馴れしい」


 冷酷な毒舌を吐きながら、依子の白い指が九字を切り、印を結ぶ。


「我が鉄鎖、明王の羂索(けんさく)なり。

 ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン、不動霊縛法!!」


 風を裂いて、鈍色に光る鎖が蛇のように迸り、恵比寿の全身をがんじがらめに拘束する。

 羂索とは不動明王が手にする、人に害をなす霊や魔物を縛る法具であり、明王の加護は外敵を退け、魔の身動きを封じると信じられてきた。

 そして、霊縛法は名前の通り、その明王の力を利用して悪霊・妖魔を縛る退魔術だ。


 その力は絶大で、鎖に巻かれた恵比寿がいくら絶叫と共に身をよじろうとも、拘束が解ける気配はない。


「ぐぁあ、離せえぇ!!」


「そう言われて離す馬鹿があるか。

 明久、返りの風を吹かせるのはお前に任せたぞ。シュレックは封印だ!!」


 鎖鎌を握る指が白くなるほど力を込めて、依子が仲間に目配せする。


「ああ、任せておけ。入間さん、急造コンビで悪いが、俺に合わせてくれるか?読むのはこれだ」


 鳥羽の手から入間へ、小さな冊子のようなものが渡された。

 ポケットに収まるほどのメモ帳のような大きさだが、そこにはびっしりと細かい字で祭文が記載されていた。


「……なるほど、分かった」


 入間も意図を察して、簡素に返事をし、冊子に目を通す。

 そこに記載されていたのは、呪詛返しの文だった。

 返りの風を吹かせる。

 つまり、呪いを跳ね返して相手を自滅させるという事である。


「もえん不動明王、火炎不動王、波切不動王、大山不動王、吟伽羅不動王、吉祥妙不動王、天竺不動、天竺坂不動、逆しに行ふぞ、逆しに行き下せば、向こふわ血花にさかすぞ、みぢんと破れや、妙婆訶!!」


 最初に鳥羽が印を組み、祭文を読む。

 それを入間が引き継いだ。


「もえ行け、多へ行け、枯れ行け、生霊、狗神、猿神、水管、長縄、飛火、変火(へんび)、其の身の胸元、四方(よも)さんざら、みぢんと乱れや、妙婆訶!!

 向こふは知るまい、こちらは知り取る、向こふわ青血、黒血、赤血、真血を吐け、あわを吐け!!」


 不動王生霊返。

 呪詛を行った相手へ逆に血を吐かせ、木っ端微塵に粉砕し、地獄へ叩き落とすという、明確な殺意が込められた文が、二人の口から流れ出す。


 不動王の吹かせる返り風が、呪いを徐々に反転させていく。

 恵比寿の両目が血走り、全身にミミズのような太い血管が浮かび、ピシピシと骨がきしむ音がする。

 顔面の穴という穴からは、ドス黒い血がこぼれ落ちた。


「「息座微塵に、まらべや、天竺七段国へ行なへば、七ツの石を集めて、七ツの墓を付き、七ツの石の外羽を建て、七ツの石の、じょう鍵下して、みじんすいぞん、あびらうんけん妙婆訶と行ふ、打ち式、返し式、まかだんごく、計反国と、七ツのぢごくへ、打ちおとす、唵あびらうんけんそばか!!」」


 鳥羽と入間の詠唱が重なり、祭文を読み終えた瞬間、恵比寿の肉体が弾けた。


 四肢が、胴体が、頭部が。

 火薬でも仕込まれていたかのように、肉体が内側から粉々に爆散する。

 黄ばんだ脂肪と、赤茶けた筋肉組織が飛び散り、厭にてらてらとした色の内臓がグチャグチャに潰れて、地面に貼り付いた。

 だが、それらの一つ一つは表面に目を開き、活動を止める事なく、元通りになろうと蠢いている。

 まだ生きているのだ。


「皆、下がれ。あとは私がやる」


  シュレック子爵が踊り出し、小瓶に入った緑色の粉をぶちまける。

 魔を祓う儀式に使用されるハーブ類の粉末だ。


「ザラマンデル・ゾル・グリューエン!!」


“火霊燃ゆるべし”の意を込めた言に反応し、聖なるハーブから火炎が立ち昇り、蠢く肉片を真っ赤な魔物の舌のように舐めていく。

 やがてそれは、内部に五芒星が置かれた円の形となった。

 悪魔を封じる火の魔方陣だ。


「火の大天使ミカエルの力によりて、聖ジョージの守護によりて、我すべての悪の種子と子供らを神の永遠に定めたる深き淵に帰せん。

 火の大天使ミカエルの助力によりて、聖ジョージの守護によりて、我、憎みたる者達を神の永遠に定めたる深き淵に帰せん。

 万物の造り主たる神の御名にかけて、アーメン!!」


 力強い声で、聖句を叩きつける。


 ヒイィーーーーッ!!


 炎の壁の向こうで、鬼哭のような音が響いた。

 それは太歳の断末魔か、それとも依代となった恵比寿の怨念の声だったか。

 その声も燃え盛る火に飲まれ、底無し沼にはまったかのように、硬いはずの地面へ無数の肉片が沈んでいく。

 やがて、火が消え失せると、そこには丸い円状にむき出しになった地面と、焼け焦げた草木だけが僅かに残された。

 それが太歳の、そして利用されるだけ利用され人としての生を終えた、哀れな男の墓標であった。


「全く、胸糞悪い……」


 苦い顔をしながら、依子がぺっと唾をはいた。

 任務は成功したが、なんとも後味の悪い結果である。


「で、アシュヴィン先生、あんたはこれからどうすんだ。何なら俺らのところで保護してもいいぜ?」


「……いや、私はファウストに身を寄せるよ」


 ドクターの身を案じた入間の提案を、本人は拒否した。


「あそこは友人の時田もいるし、研究の虫のフォルキュアス様なら、私の参加を喜んでくれるだろう。

 何より、マダを止めるのは私の使命だ」


 監禁生活で心が弱っていたが、解放されたことで、彼も本来の強さを取り戻した。


 アシュヴィンとマダ。

 医療の神と悪徳の魔神の名をもつ、善と悪の兄弟。

 彼らの戦いもまた、宵闇の時代を混沌のなかで進歩させていく、一ページに刻まれるのだ。

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