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「太歳」後始末 その1

 草木も眠る丑三つ時、闇の中を二人の男が走っていた。

 双方、フード付きの貫頭衣で頭から膝下までをすっぽりと覆い、素顔を隠している。

 両者ともに、この場では招かれざる客、すなわち侵入者だ。


「お、おい、大丈夫なんだろうな……」


 二人組の片割れが、不安の滲む声を漏らした。

 背は低く、黒衣越しでも分かるほど横に幅が広い。

 短足低身長の肥満体だ。

 フードの隙間から僅かに見える口元は青白く、いかにも神経質な形に歪み、体力もあまり無いようで、ゼイゼイとみっともないほどに喘いでいる。


「安心しろ、ここまで来ればもう心配はない」


 もう一人が、小男へ嘲笑混じりに返した。

 こちらは対称的に、ひょろりと細長い長身痩駆である。

 ねっとりとした印象を与える声に、シュウシュウと奇妙な音が混じる。


 そして、その眼前には、重厚な鉄扉が待ち構えていた。

 宝物庫である。


「見ていろ」


 長身の男が、注射器を取り出した。中身は紫色の液体だ。

 鋭利な針を躊躇いなく首筋へ刺し、ポンプを圧し込む。得体の知れない薬剤が身体へ注入されると、変異はすぐに始まった。


「カハアァッ……」


 強い酒を飲み干したような快楽の息を吐くと同時、ベキベキと音を立てて骨格が変形し、長身がさらに細長く伸びる。

 肌を鱗がびっしりと埋めつくし、短く縮んだ手足には爪が生える。蛇男だ。


「シュシュシュッ……」


 鎌首をもたげた蛇男が、宝物庫の壁へ貼り付いた。

 微かな凹凸を爪に引っかけ、高い壁を駆け登る。

 そして、蛇体をくねらせて侵入者を阻む鉄格子の隙間を抜けていった。

 あとは、内側から鍵を開けるだけだ。


 呆気ないほど、目的は達成された。


「さぁ、準備はいいか。あとは私が封印を解き、お前にこれを憑依させる」


 蛇男が震える小男の前へ、厳重に貼られた封印の札を引き裂き、人間の頭ほどもある壷を差し出した。


「し、しかし……」


 臆病風に吹かれたか、はたまた残された最後の良心が邪魔をするのか、躊躇している。


「何を躊躇っている。今のままで良いのか?

 お前をバカにした連中を見返してやりたいのだろう?

 この中に封印されたモノは、お前を無敵の存在へ変えてくれるのだぞ」


「そ、そうだ……俺は生まれ変わるんだ!!」


 魔の化身たる蛇の言葉は、最後の枷を簡単に外す。

 愚か者めと蛇男が呟いた嘲りは、もはや耳に届かなかった。


「では、行くぞ。

 天に水、地に眼、黒い風にまじるルアルバの歯、流れ出る水宙にただよい、夏に葉なく、冬に土地緑に変わる、ルアルバの手!!

 裂ける空、念の気、時に逆らう!!

 エスタル・アビス・マ・カ・ラ!!

 エスタル・アビス・マ・カ・ラ!!」


蛇男が、鋭い声で呪文を読み上げる。


 ルアルバの呪文。

 伝心の術とも呼ばれる。

 北ドイツのリューベックに伝わる、本来は運勢強化に用いられるが、この世に出たいと強く願うものを呼び起こしてしまう危険性を孕んだ術である。


 直後、壷の口から大量の肉片が飛び出した。

 青黒い血管がピンク色に透き通った組織の下で蠢いている。

 表面にあるのは、無数の目玉だ。

 そのギョロギョロとした目が、一斉に小男へ向いた。


「う、うわ」


 悲鳴を上げる暇すらない。

 口、目、耳、鼻。

 アメーバーのような不定形の肉片が、勢いよく顔面へ貼りつき、穴という穴から侵入していく。


 やがてそれは、脳や内蔵や血液だけでなく、心までも侵食し、男を全く別の生き物へと造り変えていくのだ。






 ここは九州の某県某都市の駅前。

 鶏肉のから揚げやハモ料理など、それなりにアピールポイントはあるものの、基本的には田舎であるが、夕方の飲み屋街ともなれば、それなりに人が多い。

 そのなかを全身黒ずくめの男が歩いていた。


 照らされた夕日の中で、帽子とハットが黒々と、切り絵のように鮮やかに浮かんでいる。


 後の世ではよく知られることになるが、この時代のこの地域ではまだあまり見慣れない存在である。

 道行く人々がその姿をもの珍しげに振り返る。


「なんだこの町、分かりにくいんだよクソッ。さんざん迷ったじゃねぇか」


 元は城下町なので、小さな道が至るところに毛細血管のように張り巡らされている。どうやらそれにやられたらしい。

 ガラの悪い言葉で吐き捨てながら、ようやく目当ての店を見つけたか、男がちいさな居酒屋の扉を開けた。


「いらっしゃい。えっと、イルマさんですかね? 奥の座敷でお連れ様がお待ちですよ」


「あいよ、あんがと」


 一瞬ぎょっとした表情を見せたが、すぐに愛想笑いを浮かべた店主をてきとうに受け流し、言われた通り奥の座敷へ入る。


「やぁ、しばらくぶり。お先にやってるよ」


 そこで待っていたのは、黒髪の美女と、切れ長の目をした美男と、ケープ付マントの怪人である。


 三人ともタイプは違うが美男美女なので、嫌でも目につく。

 というか悪目立ちしている。

 そこに黒ずくめの男が加わり、店内の客の視線がさらに集中した。



「ああ、久しぶり。桐山さんと、あとは鳥羽さんに、シュレックさんだっけか」


 妖怪や黒魔術師を狩る自警組織『同盟』の狩人、入間誠。

 そして、その提携組織『ファウスト』の三幹部、桐山依子、鳥羽明久、マックス・フォン・シュレック子爵。


 四人の強者が、田舎町の片隅に人知れず勢揃いしていた。



 90年代に「魔術師ハルマン」の手で魔術や妖怪の存在が公表され、その後数十年、多くの戦争と、それによる科学と魔術の融合によって、世界は爆発的に発展を遂げる。

 そんな混沌の時代において退魔師たちは自警団を組織し、魔法を使う犯罪者や犯罪妖怪を狩る「狩人」となった。


 これは、その黎明期にあたる頃の物語である。




 依子は既に酔いが回っているのか、焼酎をちびちび舐めながら赤い顔をしている。


 その横で静かにワイングラスを傾けているのはシュレック子爵だ。


 鳥羽だけは酒を飲まず、烏龍茶である。

 どうやら今日はハンドルキーパーらしい。

 田舎は車がないと何かと不便なのだ。


「ささ、まずは一杯」


 ビールを注いだグラスを、入間が依子から受けとる。


「この間の猿神の件以来か……あんたら三人が動かなきゃならん事態なの?」


 ファウストが拠点を置くS県比良坂市と、その隣のF県見島市は霊的地場が強く、良くも悪くも魔術結社が密集する土地だ。

 近隣の敵対組織への牽制が必要なため、この三人が揃って拠点を離れることはあまり無いはずである。


「まぁそれなりに事情はあるが、何も比良坂と見島の人類を守る者は私たちだけではない。

 うちと協力関係の『まぼろし』は言うにおよばず、他にも『梁山泊』や『白狼団』、それに『ゲブラー』といった組織がいる。たまには彼らに任せておけばいい。

 ところで灯上くんは元気かね?」


 シュレック子爵が意外な人名を出した。


「灯上……灯上残花のこと?」


「ああ、最近メル友なのだ」


 大鉈と陰陽術を武器とする、同盟の女狩人だ。

 ファウストのメンバーとは何度か仕事をしている。


「なに、ああいうのがタイプ?

 まぁブスじゃねぇけど、大して色気もねぇだろ。ぶっちゃけアレ抱ける?」


「ふむ、別にそういうわけでは無いのだが……。

 抱けるか抱けないかで言えば抱けるな。割と余裕で。

 いいじゃないかあの獰猛さとか、変な笑い方とか」


本人がいないのをいい事に、言いたい放題である。


「ははははは、お前らいつかセクハラで訴えられるぞ」


 と言いつつ依子も笑っている。


「入間さん、シュレックの言うことは真に受けない方がいい。変人好きなのは本当だが」


 鳥羽が気の無さそうな声で注意した。

 シュレック子爵の妄言には慣れているのだ。


「失礼な、私は芯のあるブレない人間が好きなのだ。それが男でも女でも、善人でも悪人でもな」


「あー、うん、だからそれ変人好きってことじゃね?

 それより鳥羽さんでいいや、そろそろ俺を呼び出した理由聞かせてくれない?」


 入間がビールを手に、本題に入る。


「……正直身内の恥なのだが、うちで封印していた、ちょっと厄介なものがあってな。そいつを持ち出した奴が九州の百鬼の元へ逃げ込んだ」


 鳥羽が端正な顔を苦々しい表情に歪める。

 思い出すのも口にするのも嫌だ、という感じであった。


「俺と依子の方針もあって、うちは基礎訓練として武術や体術を一通り教えているのだが……。

 そいつはろくに訓練もしないし魔術の覚えも悪くてな。それだけではなく、何を勘違いしたのか組織内の女に片っ端から手を出そうとする困ったやつで、長谷川や依子もそいつの被害にあった」


「長谷川って……あの娘相手がいるだろ。ベタ惚れなのが」


 長谷川琴美。

 ファウストに所属する魔女であり、慈悲深い心の少女だ。

 同組織のパートナーである狗賀志郎とは紆余曲折を経て、晴れて恋人同士となっている。


「その通り、私にも結婚して家を継いでやるだの無茶苦茶な事を言ってきた。冗談ではない。百億円積まれてもあんな男の妻などになるか。

 だいたい私の好みは線の細い美少年だぞ」


 依子も、嫌悪感丸出しの顔で吐き捨てた。

 常日頃から冷静な彼女には珍しい。


「挙げ句の果てに、首領にまで手を出そうとしたので、ちょっとボコボコにして叩き出した。殺されなかっただけでも感謝してほしいものだ」


 そして、今度はグフフと意地悪く笑う。

 古武道の達人である依子の“ちょっと”は、実際にはかなり苛烈な責め苦だった事だろう。


「うわぁ命知らず過ぎだろそのバカ……。

 しかし話は分かったぜ。そいつを始末したいから、俺に助っ人を頼んだわけね。その厄介なものってのは?」


太歳(タイソェイ)

 簡単に言えば喋って動き回る肉塊だな。

 ようは、あんた方の言う深淵というやつだ」


 封や視肉等とも称される、中国の方位神もしくは妖怪である。

 日本でも慶長十四年(1609年)、かの徳川家康が治める駿府城に“肉人”なる手足の生えた肉塊が侵入した記録があり、これの正体が太歳だったという説もある。

 主に土中を移動し、占星術においてこの神の方位を犯せば災厄を引き起こし、土から掘り起こせばその者の一族に祟りを成し皆殺しにする、極めて厄介な存在だ。

 一方で 、身体能力を高め不老長寿をもたらす仙薬の材料になるとも言われ、古来より中国では多くの権力者達がこれを追い求めていたという。


「あとは、とある人物の救出も行いたい。魔法薬学のエキスパートなのだが、それに目をつけた百鬼に協力を強いられている。

 敵陣に潜り込むわけだし、こちらもなかなか骨が折れる仕事になるな。で、この市内の山奥に、どうやら太歳とその薬学の先生がいるらしい」


「それだけ聞ければ結構だ。じゃ、一仕事の前に乾杯といこう」


 四人がグラスを合わせ、中身を煽る。

 任務の成功を祈るように。

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