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閉鎖的コミュニティの中で見る些細な夢

区切れなかった……ここまで書かないと区切れなかった……\(^o^)/




「さて、キミ」

(うっ)

 イヤミ上司……もとい、ピルツの森の関係者っぽい男が、こっちを見てる。

 中年の、黒髪の男。背が高く、やや細身の体に上品な仕立ての黒の上着がとても良く似合ってる……こういうのも、所謂イケおじの一種と思っていいんだろうか。なまじ見た目が良いから、この軽い態度と口振りや、言葉に含まれるトゲが『オレサマ系で格好良い』と魅力的に感じる人も…いるかもしれない。

「初めまして。俺の名前はヒュース」

 イケオジもどきはオネエさんにさっきまで向けてたニヤニヤ笑いを引っ込めて、来客用のにこやかな笑みを浮かべて自己紹介をしてくれた。

(でも残念、笑顔の下からイヤらしさが見えてますよ)

『頭が良くて性格の悪い人間が、自分より頭の悪いヤツを見る時』の顔って言えば分かるかな。目が全然笑ってない。愉快そうな口調から、人を小ばかにしてる態度が隠しきれずに、薄ら透けて見えてる。

明確な悪意でなくとも聞いてるだけで気分悪いわ。しかもオネエさん、いつもあんな口撃受けてるの……?

「……を聞いてるんだが?」

「えっ?」

 少し強めの声が聞こえて、ハッと我に返る。いけない、自分の考えに耽っちゃってた。

「ゴホン、キミは耳が少々……悪いのかな?」

「…………」

 言葉面だけ聞けば気遣っているように感じられるだろう。でも、ヒュースの口調にはほんの少し嘲笑いが混じってる。言外に『耳が遠いんだな』とバカにしてる。

「……ええと、」

笑顔のままで繰り出される慇懃無礼な態度にムッとしない訳じゃないけど、でも……これは話を聞いてなかったあたしが悪い。

「すみません、ちょっと疲れてボーっとしていたみたいで……もう一度お伺いしてもいいですか?」

 困ったような笑顔を作って、極力、腰の低い態度で聞き返した。

 ヒュースも苦笑を作ろうと唇をひん曲げて

「全く、人間というのは本当にか弱いねえ」

 と…………いやいや、謝ってんだから質問の中身を教えて頂戴よ。しかも今、ちいさーく『ハッ』って鼻で笑ったでしょ!

「キミの名前を聞いてるんだが?」

 なんだそんな事か。全く、勿体ぶらないでさっさと教えて頂戴っての……。

「名前ですか?あたしは……」

 何気なく答えようとした名前を、

(おっとお!!)

あたしは寸での所で喉奥に押し留めた。


(な…名前……)


(言えねえ……!)


 じわっと背筋に冷や汗が浮かぶ。

 気付いたあたしグッジョブ!超ファインプレー!


 だってあたし、前回召喚された時にバッチリ名乗っちゃってたもの!!




 以前、パームに召喚された時……あたしは一部の人達に、聖女として認識されてた。諸国の王様とか貴族とか城仕えのえらーい魔法使いとか、そういう人達に。

そんでもって聖女だから、何度か城に呼ばれたりもしたし、彼らの前で自己紹介する事もあったワケで。

 名前……何度も口にしてた。

 かつて、このピルツの森でも『聖女』として自己紹介をした覚えがある。

もし……もし『聖女』の名前と存在を覚えてる人が残ってるとしたら……?


(……で、でででででも、どうする?)

 ヒュースが目の前で答えを待ってるし、傍にはオネエさんもいる。外の見張り役を始め、クロステルには沢山のキノコの精霊がいる。

 本名何て絶対言えない、でも答えない訳にもいかない。

(本名じゃなきゃ良い訳でしょ?ペンネームみたいなのでもいいんでしょ?ああでもどうしよ、何て名前にしよう!?)

 いざとなるとパッと出てこない……!

(ヤバい、ヒュースの顔が不審がってきてる……!?)

 こういう時に限って、頭の中には関係無い単語や文章が浮かんでは消えていく……ああもう、名前を考える邪魔しないで!何が『カリフラワーの上手な虫除けの仕方』よ、何が『日曜に出来る手軽なお庭DIY』よ!これ絶対、パームに来る直前の図書館で読んだ本が影響してるわよね!『今期の注目ドラマ』……ドラマはここじゃ見れないっての!『俺のステータスが全部カンストして嫁もマックス人数揃ってるんだが』これは面白かったけど今はそれどころじゃなーい!!

 顏に強張ったような笑顔を貼り付けたまま脳みそはフル回転。図書館で読んだ本が次々と頭の中を駆け抜けていく。

 大人の女性を演出する為に読んでた婦人雑誌、気になってる映画の情報誌、なろう系の小説……。

「キミさあ、」

(あっ…)

 ヒュースが何か言おうとしたのと同時に、やっとあたしの頭の中に単語が閃いた。それを逃さないように必死で捕まえ、声として放つ。


「と、ともえ!!」


「あたし、悠木十萌って言います!悠々の木、十個の萌えって書いて結城十萌です!」

 よっしゃ何とか答えられた!よくやったあたし!!

 難問をどうにか切り抜けた自分の頭に対して、思わずガッツポーズしたくなった。

 ゆーきともえ、咄嗟に出たにしては結構良い名前なんじゃない?やっぱり二度目の召喚となると切り抜け方も一味違うわよね、うんうん、もう大人だもん問題だって自力で対処して突破出来ちゃうんだからね!

……なんて脳内で盛大な歓声を上げていると、目をまん丸にしてるヒューズがゆっくりと首を傾けた。

「……申し訳ないが、君の名前は分かった。だが、その『書く』とはどういう事かな?名前の音を何かに例える、とでも?」

「………………あ」


(パームは漢字文化じゃなかったあああ!!)


 喜び勇んだ歓声はたちまち掻き消え、とんでもない失態に頭を抱えて蹲りたくなる。

 そう……異世界パームは中世ヨーロッパ的なファンタジー世界。文字はアルファベット表記だし魔法文字や古代文字なんかも悉くオクシデンタルだった。つまり、西洋的ってこと。

 あたしは……英語が得意な方じゃないけど、召喚の際に特典でもついたのか、パームでの会話や読み書きに不自由はしなかった。

だけど……だから……だから漢字表記なんて、一度も目に掛かった事なんて無くて……!!

落ち着き掛けていたあたしの背中に、再び冷や汗が戻って来る。

(もうこうなったら勢いだ、押し切れ!)

「あれえ、そうなんですか?」

 声のトーンを一段上げて、明るく笑顔で口角上げて……!

「何だろう、つい伝えなきゃって口が回っちゃったんですかね?」

 わざとらしい態度かもしれないけど、お願いだから気付かないで、余計な事も聞かないで……!

「ふーん…」

 あああ…ヒュースの視線が痛い……!あからさまにジロジロ見てくる……観察されてる……。

 じりじりと劣勢を自覚しつつ、それでも大手会社の受付嬢みたいな笑顔を心掛け、必要以上に委縮しないよう背筋を伸ばす。オドオドしてると、きっと余計に怪しく思われるからね……。

「トモエ、だっけ?キミってさあ、」

(……っ!)

 笑顔のバリアだけじゃやっぱり防ぎきれなかったか、とうとうヒュースが口を開いた。

そこから出て来るのは質問か追及か……とあたしが身構えた時、


「ヒュース様。申し訳ありませんが」

 滑らかな低音がヒュースの言葉を遮った。

「この者を、長達に見せねばなりませんので」

(オネエさん……)

「……」

 格下と思われるオネエさんの言葉に、ヒュースは目を細めてオネエさんを見下ろす。オネエさんも大分背が高いけど、それ以上の高さから放たれる彼の視線は静かな威圧を滲ませている。

「……まだ、時間があるんじゃないか?」

(うわ、)

 ヒュースの言葉は穏やかだったけど、その中には明確な圧力が込められている。

質問を装ってるけれど要は『格下が意見すんな、邪魔すんな』って言ってる。

「ピルツの森の懐に、危険なモノを入り込ませるわけにはいかないだろ。お前の持ち込んだモノなら尚の事な……ディリティリオ」

 ヒュースは笑顔を浮かべたままそう言ってのけた。その態度にあたしの笑顔が強張りそう。

(オネエさん……あたしを庇ったせいでイヤミ言われてるんだ)

 ディリティリオという名のオネエさんに対して申し訳ない気持ちになる。

感謝と同情を込めた目でチラリとオネエさんを見上げたら……それらの気持ちは吹っ飛んだ。

(……笑ってる?)

 薄らと……分かるか分からないか、ってぐらいにほんのりと、オネエさんは口角を持ち上げてた。

「申し訳ありませんが、長達を、お待たせするわけにはいきませんから」

 ヒュースの言葉にやんわりと、でも一歩も引かずに返答してる。

(……この顔見た事あるわ。職場でたまに見かけるわ……)

イヤミな上司にイヤミで返す時の「言ってやった」感。

嫌いな相手を正論でやり込めた時の優越感。

『貴方の事情は分かるけれど、でも、私の方が正しいの。貴方は間違ってるの。ね?分かるでしょう?』って顔を、オネエさんは浮かべてた。

(あ…あたしを庇ったワケじゃなかったのね……)

 オネエさんはやっぱりヒュースのイヤミにカチンと来てたんだ。

どうにかヒュースをやり込めたくて、だからさっきのタイミングで声を上げたんだ。

(……そっか……庇ってもらえてちょっと嬉しかったんだけどなー……)

 ちょっとだけしょんぼりしていると頭上で「そうだな」とヒュースが同意した。

「長達の意向が最優先なのは仕方ない。さ、行くといい」

 ヒュースは長い腕を優雅に動かして、自分の後ろにある館の扉を指し示した。

 両開きの扉の左右には、やっぱり番兵が二人立っている。

 彼らの目がジロリとこっちを睨む…………うう、ちょっと怖い。

「さ、着いてらっしゃい」

 オネエさんの声に促されて、あたしは渋々館の扉を潜り抜けた。



 館の見た目は所々から菌糸が飛び出してる以外はフツーの建物。だけど、内側はフツーとは程遠い。

床板は一切無くて、土の中から直接、菌糸で編み上げられた壁だの柱だのが飛び出してる。全室土間みたい……って言ったら分かるかしら…。

 建材は全てが白。採光性は……微妙。常に日の影が落ちてて薄暗くて涼しくて……言っちゃ悪いけど、ピルツの森の精霊達によく似てる。

 館は大きいけど部屋数は多分少ない。特に一階は、扉をくぐって直ぐの大広間が面積の大部分を占めてる。

 ピルツの森で何か問題が起きると、その度に長と呼ばれる古株の精霊達がその大広間に集まって解決策を考える……らしい。

(うわ……)

 今も、館に入って来たあたしを見極めるために二十人近い数の精霊が待ち構えていた。

 どの顔も、判で押したように揃って小難しい顔をしている。……あれ?

(お婆さんがいる)

 長達は年代こそ初老から老人まで幅があるけど、ほとんどが男性だ。その中で女性がいるなんて……珍しい。

 表情も笑顔までは浮かべてないものの、柔和な顔付きで、他の精霊よりは話を聞いてくれそう。

(で……長老は、と)

 長達は八の字に広がってあたしを待っていた。その奥に置かれた椅子に長老が座っている。菌糸で編まれた椅子は装飾を施され、地味な色合いの館の中で、唯一美しい色合いを持っている。

 長老はひょろ長い老人だった。ヒュースも細身だけど、それよりもずっと細い。

貫頭衣を纏っていて、そこから伸びる手足や顔はぎょっとするぐらい真っ白だ。

白髪はこざっぱりと整えられてる。

(これがほんとのマッシュルームカット?……なんちゃって)

着ている貫頭衣はくすんでいて、老いて朽ちていく侘しさを感じさせる。同時に、彼の生きた年月の長さも。

「ディリティリオ」

「はい」

 長の一人がオネエさんの名前を呼んだ。

その話し方は、以前ピルツの森を訪れた時から印象が全く変わらない。彼ら特有の冴え冴えとした、あたしの苦手な話し方。

「それが、近くにいたという人間か」

「はい」

 人を『それ』呼ばわり……でも、彼らの中に格上とか格下とかそういう意識は無いのよね。

「ヒュース……」

 甲高い、息が漏れるような音がした。一拍おいて、それが長老の声だと気付く。

「はい」

 振り返るとヒュースが館の中にいた。いつの間に……!

「扉を、閉めよ」

 凄く聞き取りづらい、弱々しくて今にも死にそうな声だったけどヒュースはちゃんと聞き取れたらしい。

 仰々しく頷くと、開け放たれていた館の扉を閉めた。

扉の合わさる重い音に、少しだけ息苦しい気持ちになった。

振り向いたヒュースには余裕の笑みが浮かんでいる。

自分のいる場所はアウェイだという気持ちが膨らんで、思わず横に立つオネエさんの顏を盗み見た。

「………………」

オネエさんの顏は、この大広間にいる誰よりも凍り付いた無表情をしていた。そこからは何も読み取れない。

(何でこんな顔してるんだろ……)

 その表情を疑問に思わない訳じゃないけど、でも先ずはあたし自身を守る方が先だ。


「お前は何者だ。何故森にいた。正直に答えろ」

 長の一人、がっちりした四角い顔のおじさんが単刀直入に切り込んで来た。

「あたしの名前は…悠木十萌です。何であそこにいたのかは……分かりません。気が付いたら倒れてたんです」

 オネエさんにも話した事を繰り返す。

「嘘を吐いているのではあるまいな」

 はーい、嘘を吐いてまーす。……何て言うわけないでしょ。

「いえ……大きな獣みたいなのがいて、驚いていたら急にそれが倒れて……何が起きているか分からなくて、そしたらオネエさ、ゴホン、この人が現れて……」

 そうだ、足腰の疲れに回復魔法を掛けてくれたお礼として、オネエさんの株も上げてあげよう。

「この人に、色々親切にしてもらったんです。足の手当までしてくれて……」

「余計な事をしおって、ディリティリオ。コイツがそのまま弱っていけば、正体を現したかもしれないものを……やはり貴様は頭が足りん」

 右側にいた褐色の肌の爺さんが忌々し気にオネエさんを詰る。

え、そこって詰る所!?褒める所じゃないの!?

 あたしの傍から「チッ」という舌打ち…………違うの、フォローを入れたつもりだったの、まさかオネエさんが責められるなんて思ってなかったの、だから睨むの止めて、ごめんってば!

 肩を縮こまらせていると、スッと手が上がった。

 その手の持ち主は、唯一の女性の長。

「どうした……ムハモア……」

 長老から促されるとムハモアさんは「ディリティリオ」とオネエさんに声を掛けた。他の長の堅苦しさと違って、彼女の声は柔らかくて可愛らしい。

「そのお嬢さんはどこに倒れていたのかしら」

「アミエーラの林ですわ」

 ムハモアさんの言葉にだけは、オネエさんも素直に答えてる。

「アミエーラ……」

 ムハモアさんが頬に手を当てじっと考え込んでいる。

「このままでは埒があかぬ。力づくでも吐かせるが良かろうて」

 長の誰かがおっかない事を言い出した。え……そんな事になったらあたし全力で逃げ出すわよ。

「笑い茸を食わせ続ければ死ぬまでには口を割るだろう」

「巡りの緩やかな毒をもっているのは誰だ、少し肉を寄越してもらえ」

「血の気が止まって手足が腐れ落ちれば、素直になるだろう」

 よし、逃げ出す準備をしようか!

 あたしが大広間の精霊の数を確かめようとした時、


「アミエーラの林は勇者と縁のある場所。もしや聖女が出現したのかもしれません」


 大広間がしん……と静かになった。

 爆弾を投げたムハモアさんを始め、全員の視線があたしに集まる。

 怪しげな魔力の源を探していたと思ったら、実は魔力の正体は聖女だった……なんて予想外だよね。

「……せい、じょって、何ですか」

 記憶喪失と言い張ってるあたしとしては、こうやってとぼけるしかないワケで。

 さあ、精霊達はどう出るか……。

「長老。教えてあげてはどうですかな。この世間知らずの娘に」

 沈黙を破ったのはヒュースだった。

「幼子でも知っている話を知らないなんて、とてもじゃないが話にならない。この中で一番聖女について詳しいのは、長老、貴方だ。それに……この女も話を聞いているうちに思い出す事があるかもしれません」

 飄々とした話し方の中に、一定の距離と敬意が透けて見える。

「……よかろう」

 重々しく頷いてから、長老がゆっくりと唇を動かし始めた。


「儂は代々この森を統べる、長の家系に生まれしモノ……。以前に聖女が召喚された時も…儂はこの森に存在しておった……。当時はまだ、一人前の長と認められなかった為に……聖女をこの目で見る事は、許されなかったが……」

(……以前の聖女)

 確かめなくちゃいけない事があった。

 話の邪魔にならないよう、控えめに手を挙げて質問する。

「あの……その聖女って、どんな存在なんですか?何かお仕事とか、あるんですかね……」

「余計な質問をするな、黙って聞いておれ!」

 案の定、長の連中から叱責が飛んでくる。長老は……少し黙り込んだ後、またゆっくりと話しだした。

「この世界に、危機が訪れた時……異世界より聖女が現れ……選ばれし勇者と共に、世界を救う……」

 そう、それが聖女の役目。

聖女とは、誰かが大掛かりな召喚魔法を使って異世界から呼び寄せた人間の事……時空を渡って来た人間は、強大な力を手にする事が出来るから。

あたしの時は世界を脅かす魔王を退治するため、が召喚の理由だった。

「だが、以前に召喚された者は……失格者の烙印を押されたと聞いておる……」

(失格者……?)

 そんな話聞いた事が無い。

 それじゃこの時代は、あたしが召喚された時よりずっと先の世界なの?それともずっと昔の世界……?

「ああ……今でも覚えておるぞ……先代の長老や長の話を……随分幼い聖女だと言っておった……当時は青年であった……クロウン王に、仕えるのだと……」

(クロウン!)

 クロウン・スピクタクリ……一緒に魔王を倒そうと約束した、勇者の名前。

(あいつ、王様になったの……?)

 あたしの知ってるクロウンは高貴な出でも権力志向でも無かった。それが……どうして。

「恐らくは、幼さ故に過ちを起こし……聖女の資格が無くなったのであろう……」

(過ち!?何の事!?あたしは間違いなんて……起こした覚えは……)

 それに長老の口振りからすると、彼が長老になるより前、長になるよりも以前の、半人前だった頃に『あたし』がやってきた事になる……年齢が合わない。

キノコの精霊の老化速度がめちゃくちゃ早い、とかならともかく、十五年で半人前の精霊がシワシワの長老になったりするだろうか。

「以前の聖女が来たのは……一体、どのぐらい前なんですか……?」

 応えたのは長老ではなくヒュースだった。

「五十年前だ。俺が意志を持ってから……五度目の夏だったか」

「……ご、五十年……」

 与えられる情報量に脳みそが付いて行かない。

人生二回目の召喚で、飛ばされた先は五十年経ってましたって?

 チームメイトみたいだった勇者は王様に?

(嘘でしょ……)

 浦島太郎が竜宮城から帰って来た時って、こんな感じだったのかな……。

 呆然としているあたしを見ながら、ムハモアさんが冷静に続けた。


「あのお嬢さんは聖女を見ていたのかもしれません……或いは」

 彼女が『聖女』であるかもしれない。


「なに……っ!?」

 大広間がざわついた。あたしは頭から冷水をぶっかけられたみたいにハッと我に返った。

「あの女が聖女だと!?人間の年増じゃないか」

 馬鹿々々しい、と一笑に伏すものがほとんどだけれど、ムハモアさんの指摘が事実だと知っているあたしは笑えない。それでも表情筋を一生懸命に動かして、理解できない、といった態度を演じる。

「魔王の力が日々強くなっているという現状。突然、強大な魔力が感知され、しかし誰もその源を見ていない。そして恐るべき魔力と同時に、記憶が曖昧だという彼女が現れた。……私の考えは愚かしいかもしれません。けれど、間違っているという確かな証拠もありませんよ」

 ムハモアさんは一つ一つ丁寧に現状を取り上げていく。……つまりあたしの首を締め上げていく。

「聖女だという証拠も無いぞ、この森に災いをもたらす魔物の手先かもしれん!」

「いや……けれどもしこの娘が本当の聖女だったとしたら、危害を加えるのは……」

「見過ごせぬ、だが手先であれば放っておく事も出来ぬ」

「殺せば終わる!」

「聖女だったらどうする、魔王を止める手立てを我らが潰すのか!」

 大広間は喧々諤々、色んな声が荒ぶり、いきり立ち……止まらない。皆が自分の意見を好き勝手言ってる……って今殺すって言った!?物騒な意見は止めてよ!

「バカばっかりね…」

 オネエさんが苦々しく呟いた時。


「聖女か災いか、見極める手段はあります!」


 ヒュースの声が喧噪を割いた。

 ヒュースはゆっくりと、堂々とした足取りであたしとオネエさんの横を通り過ぎ、長老の元へ近寄っていく。

「クロウン王の収める国の傍にエルフの里がある。そこには大陸に散らばる至宝の一つ、カトプトロンが収められています。神々の住まう山の頂、氷の水晶を切り出して星の粉で磨き上げた宝玉の鏡は、覗き込んだ者の本当の姿を映し出すと言われている」

 長老の傍に辿り着いたヒュースの指が、あたしに向けられる。

「エルフの里へ行けば、あの者の正体が分かるはずです」

「………………よかろう」

 長老が頷く。

 えっ、ちょっと待ってその話の流れだと、あたしエルフの里に行かなくちゃいけないの!?この森からあのエルフの里まで行くの!?かなり遠いよね……!?

 顔色を変えたあたしに、ムハモアさんが優しく笑って言った。

「エルフの里が恐ろしいのですね。大丈夫、道のりは少々遠いですけれど、私の親族から何人か、貴女の供に付けましょう。彼らがいれば無事に里まで辿り着けますよ」

(ムハモアさん……!)

 聖母のような笑顔に気持ちが浮上しかけたのに、ヒュースがそれを深海まで叩き落す。

「いや、彼女を里に連れていくのは別の者だ」

彼はあたしに向けていた指を横にピッとずらし

「ディリティリオ、お前が彼女を連れていけ」

 そう言った。


「は……っ!?」

 そう反応したのはオネエさんかあたしか、はたまた二人同時だったのか。

「冗談でしょうっ!?」

 立ち上がって拒否したのは間違いなくオネエさんだったけど。

「こんなコのお守りをしてエルフの里まで行けっていうんですの!?無理に決まってるわ!」

 憤慨しているオネエさんに、ヒュースが冷静に答える。

「無理かどうかはお前が決める事じゃない」

 そう言って傍にいる長老へ顔を向ける。

「長老。半人前であるディリティリオに一人前になる機会を与えてやっては?アイツは毒森から生まれた呪われし存在。上手く行けば彼女を里へ連れていくでしょうし……失敗したなら、それまで。我々には何の被害もありません。よく分からん女の為に、同胞を危険に晒すより余程良い手だと思いますが」

 全部聞こえてる……!

 何アイツ!本人目の前にしてヒソヒソ話するなんて!

しかも悪意も悪口も筒抜けだし!隠す気全然ないじゃない!

「よかろう……あやつなら、失おうと……悲しむモノはおらぬ…………」

 長老!何言ってんの、一族のトップがイジメに加担するとか普通ありえないよ!?そんな事したら……


「ディリティリオなら丁度良いな」

「俺の一族が無事であれば構わん」

「死んでくれれば寧ろ安心だ」


 ……部下たちもイジメが悪い事だって認識しなくなるじゃない……。この森の精霊達、寄ってたかってオネエさんをイジメてるの……?

「ディリティリオ一人にそんな重荷は背負わせられません。供を付けるなら、私の一族から選びますから…!」

 堪りかねたのかムハモアさんが口を挟んでくれた。

 だけど長老は無情にも「ならぬ」と切り捨てた。

 ……この森の精霊たちは、人に対して「格下」とか「格上」とか、そういう感覚は持ってない。

 ただあるのは、「自分達」と「自分達以外」の二つだけ。そして同じ森にいる仲間でも「自分達以外」と判断したら……。

 ムハモアさんや彼女の一族は「ピルツの森の仲間」だから、危害が及ばないように守る。

 でもオネエさんは……。

「ディリティリオ……」

 長老の掠れた声に、オネエさんはパッと顔を明るくした。もしかしたら前言撤回してくれるかもしれない、長老が森に残って良いって言ってくれるかもしれない、って。

 でも。

「毒森から生まれたお前を、殺さずに置いた恩を……忘れたか……。厚顔にも、お前がその穢れた身で森を彷徨うという……恐ろしくおぞましい、無礼な振る舞いを、我らは許した……今こそ我らの温情に報いてみよ……」

「残念だがディリティリオ。長達の意向が最優先なのは仕方ない」

 ヒュースがニヤニヤしながら扉へ向けて手を振る。

シッシッ、とまるで犬を追いやるみたいに。



「さ、行くといい」




半日後。

 あたしはピルツの森を抜けるべく、山道を踏み締めていた。

隣にはオネエさんがブスッとした顔で歩いてる。不機嫌極まりない、まるで人でも殺しそうなくらい凶悪な顔。

でも、仕方ないよね……あの後、オネエさんは散々直談判しようとしたのに、長老の決定は絶対だから、と取り付く島も与えられなかったもんね。

オネエさんが貰えたものは手紙が一通と謎のアイテム、それから知識。

謀ったヒュースはニヤニヤしながら里に残り、オネエさんは足手まといをくっつけられて、実質島流し状態……。

(って、何であたしが罪悪感や申し訳なさを感じなくちゃいけないの!あたしだって被害者!悪いけどオネエさんの不機嫌に付き合ってあげる義理はない!)

 背後には見送ってくれたムハモアさんの姿が遠く、小さく見える。

(次の樹を曲がったら、ムハモアさんが見えなくなる!彼女に免じて我慢してたけど、曲がった後もオネエさんがブスッとしてるようなら、『着いてこなくてもいい』ってガツンと言ってやるんだから!)

 心に決めて、ドキドキしながら大樹を曲がる。

とうとうムハモアさんが見えなくなって、オネエさんを見上げると――。


「うわあ」


 思わずそんな声が漏れるくらい、満面の笑みを浮かべていた。

 美形が総崩れするぐらいの顔いっぱいの笑顔。笑顔過ぎて不気味なぐらいの笑顔。

 あたしが引いているのに気付かないぐらい喜色に満ちた顔で、声で、態度で。

「やったわあ―――――っ!!」

 オネエさんは天に向かってガッツポーズを決めていた。

「こぉれで自由よ―――――――ッ!!!」



 その後暫く、オネエさんは踊り出しそうなハイテンションで雄叫びを上げ続けた。

 あたし?

あたしはそんなオネエさんの言動についていけなくて、ポカンとしてた。




名前(仮)も一緒に考えてもらったんですけど、候補に(あくまでもネタとして)悠木リ●ルとか悠木トリ●ドルとかありました。

前者は叩かれるし後者はインパクト強いので使えなかったですけど、どっちも爆笑した。

悠木は映画に主演する女優の苗字、十萌は読んでたなろう小説の主人公の名前(勿論架空の作品)です。

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