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パワハラ上司はタヒねばいいと思うよ

サブタイトル付けてもらいましたー。多謝!

「はあ……」

 驚きと感嘆と、ちょっとの懐かしさ。

それらが混ぜこぜになって、溜息に変わり、唇から零れ落ちる。

目の前に聳え立つのは白い建物……ピルツの森の中心地であり、森に存在する精霊達が集う場所。

「クロステル……」

(十五、六年ぶりだ)

 前に召喚された時にも、数回立ち寄った事がある。

とはいえ大分昔の事だから、印象的だったところ以外は結構忘れちゃってるけど。

(珍しいっていうのと、キレイだって思ったのは覚えてる……ああ、でも昔と全然変わってないなあ)

 クロステルからは数えきれない程の細く白い糸が放たれて、周囲の樹木に絡み付いている。この糸が三階建ての高さほどもある、大きな建物を紡ぎあげているなんてかなり珍しいよね。来る度に、しげしげと見入ってたっけ。今だって、余裕があるならばじっくり見ていたい。


(余裕があるならば……)


「ちょっと、早く来なさいよ!なにグズグズしてんのよ!」

 オネエさんが入り口の傍であたしの事を呼んでる。けど……ごめんなさい。

(無理……無理!あたしの足がもう丸太!元から大根だけど、今はもう丸太……!!)

 仕事はほぼデスクワーク、日頃碌に運動をしてなかったあたしの足は、久しぶりの山歩きに速攻で音を上げていた。……太腿が熱を持っててジンジン痛い、脹脛は浮腫んでパンパン……きっと毒素やら何やらかにやらがみっちり詰まってるに違いないわ。チョンと突いたら爆発四散しそう。

 ヨロヨロとゆっくり歩いてると、余りの遅さに焦れたのかオネエさんがこっちに引き返してきた。

「遅いわよ!」

「ご……ごめんなさい……普段、身体を動かす機会が無くて……久しぶりに山歩きしたから、足が…」

 そして多分、腰にも来そう。足を庇ってたせいで、腰回りの筋肉をヘンに使ったのかしら……。

うう、二十代の頃は多少の無茶も利いたのに……今はもう、身体が『無理なモノは無理!』って主張してきてる……。

「……アンタ、随分ひ弱なのね。人間ってもう少し強い生き物の筈でしょ?」

「仰る通りで……」

 異世界『パーム』の世界観や生活レベルは、中世ヨーロッパに近いかもしれない。まあ、魔法という便利なものが存在しているから……どちらかというと、あたし達の想像する『中世ヨーロッパのファンタジー世界』って方が近いかな?

 だから、この世界の人々はお金持ちでもない限り、よく動きよく働くわけで……。

(ああ……っ!移動も探索も逃げるのも、何をするにも体力が足りない……!)

 体力付けないと……!とあたしが心の中で頭を抱えていると、不意に


『サナティオ』


 耳に優しいイケメンボイスが聞こえたと思ったら、あたしの足の周りにポウッ…と幾つもの白い光の球が現れた。

柔らかい光の球が足に触れる。光がふわりと解けるのと同時に、痛みと熱が引いた。

「これで大丈夫でしょ。さっさと歩きなさい」

(治癒魔法……)

 この世界に回復魔法は何種類かあって、サナティオはその中でも比較的簡単なものだ。

 簡単な分、大した効果はないんだけど……足先から腰辺りまで纏わりついていた疲労と痛みは綺麗サッパリ消えていた。

(このオネエさん、魔法技術が高い)

 簡単な魔法って、気軽に使える反面で雑な施術になりがちで、効果範囲や威力の大小が曖昧になりやすいのよね。

例えばだけど……お湯を沸かそうとコンロの火を付ける時に、『中火にして途中で強めの弱火に』とか『最初は強火にしてから、徐々に弱火にしていこう』とか、あんまり考えないでしょ?危なくない火力なら、それで構わないもの。

 簡単な魔法とか、日常で使う魔法もそんな風に『危なくなければOK』『効果が出れば良い』ってなりがちで、それを防ぐには『丁寧なイメージ』か『高いコントロール能力』のどちらか、或いは両方が必要。

(オネエさんはどっちなのかな……)

 靴の中で足の指をワキワキと動かしながら、先を歩くオネエさんの背中を見る。

ああ、全然痛くない、嬉しい。

「あの、」

 あっ、しまった、何となく声を掛けたけど。このオネエさんの名前知らなかった。

「なによ」

 オネエさんが振り向いてくれた事にホッとしながら、素直な気持ちを口に出す。

「足、全然痛くなくなりました。ありがとうございます」

 助かります……と言いかけたところで、オネエさんが妙な表情をしてるのに気付く。

(え……なんか凄く微妙な表情してる……)

少女漫画みたいに『驚いたようにハッと目を見開き、頬を紅潮させ唇は何かを言おうと半開きになって』……なんて、お礼を言われた事に驚いてついでにハートも奪われました!的な展開は有りえない。

それはよーく分かってるけど……それにしてもすっごい微妙な顔してる……何で……。


「毒塗れの身で治癒の術を使うとは、可笑しなものだな」


 唐突な嘲りを含んだ声に、あたし達の視線が持っていかれた。

 クロステルを警備するかのように、入り口の左右に配置された男性が二人――そのうちの一人が、あたし達を……正確に言えばオネエさんの方を見て笑っている。

 明確にニヤニヤしてる訳じゃない。

口元はほとんど真一文字に引き結ばれてるし、その姿勢はお手本にしてもいいぐらいの見事な直立不動ぶり。優秀な番兵なんでしょうね。

 でもどんなに姿勢が見事でも態度が立派でも、口端に残る歪みと、目の中の嘲笑は隠せない……何て言うか、パワハラしてる上司みたい。

格下を嬲って、自尊心を弄んで、抵抗出来ないって分かってるから安心して相手をバカにしてる人間。

(……この森に人間はいないから、精霊だけど……)

 もう一人の警備男性を見ると、そっちもオネエさんに対して冷たい表情を見せていた。……相方のパワハラを止める気は無さそう。

 オネエさんはといえば、何の反応も見せず淡々と「先程の巨大な魔力、その発信地の傍で見つけました。この人間を長の所に連れていきます」と報告してる。パワハラをスルーして通る気満々ね。

まるで、このやりとりを何時もしてるみたい。

(ふーん…)


 異世界パームには数えきれないほどの美しい景色や珍しいものが溢れていたけど、クロステルもまたそのうちの一つだと思う。

紡がれてるけど繭じゃない。館とは言うけれど、木や石を使ってない。

 茸の菌糸によって作られた建物。

外観は大きなサーカスのテント、が近いかもしれない。

そのテントの上に大きな白い布が何枚も影を落としている。

まるで沢山の、日差し避けのタープが掛かったテント……でも通常のタープと違うのは、設置する為のロープもポールも必要ない事。

テントとタープからは無数の菌糸が伸びて周囲の樹木や岩にくっついている。それによって、タープは空中に支えられてる。

その下をくぐってテントの中に入ると、更に奥に二階建ての建物がある。こっちはタープやテントといった布状じゃなくて、本当に『館』といえるようなデザイン。

ところどころから菌糸が飛び出していなきゃ、本当に白木で作ったのかと錯覚しそうな出で立ち。


「あそこで、長達が待ってらっしゃるわ。洗いざらい話しなさい」

(ええ……存じておりますとも。印象深かったから)

外観こそ洋風だけれど中はモンゴルの家…ええと……そう、ゲルのような使い方をしてたわね。

……で、あたしの記憶が確かなら、その館の一室にピルツの森の重鎮達が勢揃いしてた。長老だけが椅子に座って、その両側に仏頂面の男達がズラーっと並んで……。

(威圧感ばっかりあって、愛想は無くて)

 当時は気まずかったし正直ビビった。

だってこっちはまだ子供だったのよ、学生として甘やかされてたし、社会の荒波だって遠かった。本気の大人とやりとりをする事だって少なかった。

異世界『パーム』に来て間もなくて、カルチャーショックやらホームシックやらに掛かりまくりの子供だってのに、ピルツの精霊達、全然容赦してくれなかった!

 今なら「十代半ばの小娘にもうちょっと気を遣いなさいよ!」って言ってやれるわ!ええそうよ、もし理不尽な事を言われたらちょっとくらい言い返してやりますとも!

(こっちはもう社会の荒波と理不尽に日々揉まれてるのよ!企業戦士の端くれとして、やられたら少しはやり返してやるわ!)

 ……なんて鼻息荒くしてたら、先を進むオネエさんの向こうから「おっ」という軽い声がした。


 闘争心を掻き立てながらオネエさんの隣から顔を出す。

「へえ、こいつが現場にいた女か。だから連れて来た……ねえ」

 オネエさんの向こうにいたのは一人の男だった。

「長は『原因を探して来い』と言ったんだぜ。その女が原因ならともかく……単なる参考人なんだろ?」

 軽薄そうな口振り、ニヤニヤと笑うたびにヒク付く小鼻、人を小ばかにするように八の字を描く眉毛……。


「お前、本当に使えないね」


 イヤミ系上司だ……!

(えっ早速やり返すタイミング!?……いや……いやいや、こういうイヤミ系って一言言ったら十倍にしてくるしそれで目を付けられたらそこからずっとネチネチ言ってくるしちょっとしたチャンスを狙ってこっちを貶めてくるし………………)

 文句を言おうか言うまいか、と悶々としながらイヤミ系上司から視線を外す。彼の背後にあるのは、キャラメル色をした扉。

 あの先には、何人もの精霊がいる……しかも多分、友好的とは言い難い。

(さて、どう言い抜けるか……)


 これから先、数限りなく訪れるであろう修羅場。まずはその一つ目……覚悟しなくちゃいけないわね。





 べっ、別にイヤミ上司が苦手だから、現実逃避してるんじゃないんだからね!





我慢してるからって許容してるとは限らないのです。

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