~権力者とお近づきになんてなりたくありません!~
子供の頃、シャレオッティな趣味を持ってる人は大人っぽいと思ってました。今も思ってます。
三十路になったら二度目の転生
〜権力者とお近づきになんてなりたくありません!〜
1.三十路と異世界、二度目の招来
信頼している仲間に背後から刺されたら、どう思います?
………………いや、信頼してるとはちょっと違ったかな?だって向こうはハッキリあたしの事を嫌ってたし、あたしも彼女が好きじゃなかった。お互い、同じ冒険パーティに所属してただけ。
それに、刺されたっていうのも正確じゃない。
あたしは刺されたんじゃなくて、突き飛ばされた。
…でも突き飛ばされた先が危険な場所だったら、刃物で刺されるのと同じぐらい重大ニュースだと思うのよ。
ああ…それより何より、その時一番あたしが言いたかった事は。
『おのれ勇者ぁぁぁあああ……!我が、我が滅びるというのか…この我が…!……このままでは終わらぬ……終わらぬぞ……!』
「諦めろ、魔王!お前は消えるんだ!」
『全て……道連れだ……人も獣も世界も、あらゆる物を穢し、殺し、荒れ地にしてやろう…!我の肉体に残る暗黒の力を全て…解き放って……!!』
「そんな事させるものか!この世界の平和のために、人々の笑顔のために……私は、貴様を倒す!」
『ググ、クハハ………!やってみよ、勇者よ!!』
「これが最後だ……行くぞ、魔王!!!」
今まさに勇者と魔王の闘いが佳境、クライマックス目前っていうこのタイミングで。
一大イベントそっちのけで、勇者ご一行のサブキャラ同士が殺し合いって!
タイミングを考えろ!!
(あたしがいなきゃ魔王が倒せないって知ってるでしょ……!!)
そうして言いたかった事を口に出す前に、そのまま世界が暗転。
遠くから、声が聞こえる。
「すみません、あの……起きて下さい」
女の人の声に、あたしはハッと我に返った。
目の前には眼鏡を掛けた女性が立っていて、困った顏でこっちを覗き込んでいる。
その胸元にネームプレートがプラプラと揺れてる……司書さん。そうか、この人司書さんか。
そりゃそうだ、ここは図書館なんだから。
「先程からウトウトなさってたんです。そのままですと眠ってしまった時に本が傷みますから…」
あ、と手元の本を見下ろす。眠気に負けて頭が下がってたせいで、案外本との距離が近くなっていた。
確かにこの体勢で寝落ちたら、本の上に突っ伏してたかも…。声を掛けてもらってよかった。
「す、すいません」
謝りながら、思わず手の甲で口元を拭ってしまった。だってヨダレ出てたら恥ずかしいし。
「いえ…」
そう答えながら、司書のお姉さんがクスっと笑った。良かった、怒られはしなさそう。
「すいません…起こしてもらえて助かりました」
「お疲れだったんですね」
優し気に笑ってお姉さんは仕事に戻っていく。土日なのにお仕事してて偉いなあ。
「ぁふ……」
隠しきれない大欠伸が出て、鼻から声が漏れる。……平日の疲れが残ってるのかな。今週は職場もトラブル無かったし、平和だったんだけどな。
それとも昨日グータラし過ぎたからか……土曜日ヒャッホー!って一日家から出なかった。スナック菓子と冷蔵庫にあったお惣菜と水とビールで過ごした。
アウトドアな趣味もないししょっちゅう遊び倒す友人もいないし、恋人もいない。インドア趣味バンザイ、お家大好き。……だけどさすがに女性としてどうなのか。
そう思ったので、大人の女性として余裕のある趣味をするべく図書館に来ました。
読書のために外出するなんて、ちょっと余裕のあるオトナみたいじゃない?
料理本とか編み物の本とかフラワーアレンジメントとか、ちょっとオシャレじゃない?
……まあ、そういう本を読んでる時に寝ちゃったんだけど……。
(オシャレな本は十分読んだ!はず!ちょっと気分転換…)
別の本を見よう、とあたしは立ち上がり周りを見回した。幾つもの本棚があり、沢山の本が詰まっている。
哲学、経済、経営、啓発、ルポ、伝記……。
(伝記か)
ひらり、とまるで花びらが風に舞うみたいに、頭の中に映像が浮かび上がる。
大きな大きな図書館。
長方形の室内は体育館の何倍もの広さで、四方を支える柱は大樹のように太く、等間隔に並んだ支柱には細やかな装飾が施されている。
支柱の間にずらりと並ぶ棚の中にはみっしりと本が詰まり、その背表紙はアンティークショップなんかで見かける古いヨーロッパの本みたいに、緑や赤のラインが入ってる。
指を掛けて引っ張り出すと掌にずっしりした重さ。歴史の重さだ。
輝けし王国、クロワールの……。
(懐かしい思い出だ)
もう十五年も経つのに、未だに胸の奥がキュッとする。痛みはしないけど、心の柔らかい部分が抓られるような気持ち。
異世界に召喚され、無理矢理な形で送り返された。
信じていた仲間だっていたのに、助けてくれなかった。
子供だった自分にはどうしようも出来ない後悔と、裏切られた辛さ、戻れない寂しさ。
……けれど時は流れる。あたしは学生から大人になった。
こっちに戻って来たせいか、魔術は使えなくなったけど、でも文明と科学と、元の日常はあたしの手の中に帰って来た。家族も、生活も。
過去が思い出になっていくうちに、張り裂けそうな胸の痛みも心の傷も全て、時間が包み込んでくれた。
人間、生きていれば忘れられない思い出の一つや二つは抱えて生きていくもの……あたしにも、それが出来ただけ。……ちょっと苦い思い出だけどね。
パーティの一員だったジーダ王女に<鏡界の湖>…ゼーガイレに突き落とされ、異世界の境界を越えて無理矢理この世界に送り返された事も。
あたしが湖に落ちる所を見ていたのに、助けてくれなかった勇者の事も。他の連中も。
仕方ない事だわ、だってあの時は皆若かったんだもの……ほとんど十代後半だった。勇者だって……十八だっけ?まあ今のあたしより十以上若い。
ひよっ子よ。未熟者。
あの裏切りのせいで若かったあたしの性格はちょっと歪んじゃったけど、でも、まあ、今はこうして職に就けてご飯も食べられてるワケだし。
…と、そこまで考えたところでお腹がグーと鳴った。
(……お腹空いてるから思考が迷走してるのかも?)
本を返したら、ご飯食べに行こうかな。そう思ったあたしの背後で、バサッと音がした。
「何?」
振り返ると一冊の本が落ちている。薄茶色の装丁の……随分古い本みたい。
誰か落としたのかな。
落ち方が悪かったせいで、ページが開かれた状態で床の上にうつぶせになってる。……これじゃあの司書さんが悲しむかも。
優しそうな司書さんの顏を思い出しながら本を拾い上げる……ん?
「何これ……」
紙面にはあるべき筈の文章が無かった。いや、文字はあるんだけど…。
「文字が、動いてる…?」
まるで水の中を泳ぐ魚のように、文字達が列をなしてページの中を移動してる。
文字の魚の群れはあたしが見ている前でみるみる速度を増し、やがて文字の勢いにつられるようにページが震え出した。
ページがビクンビクンと引きつけを起こし、綴られている本から飛び出す。
一枚、また一枚、一枚……その速さも尋常ではなくなっていく。
まるで本の中から紙吹雪が飛び出してくるみたいだ。でもこれは小さな紙片じゃない、大きなページだ。
千切れたページの中では文字が泳いでる、ページと文字以外の風景が見えない、あたしの周りをページが埋め尽くしてる!
「……!」
思わず叫び声を上げたけど、周囲の人は知らんぷりしてる…まるであたしの声が聞こえてないみたいに。あたしの姿が見えてないみたいに!
「……!……!!……!!!」
ページ達はまるでドームのようにあたしをすっぽり包み込んだ。
光も声も遮られ、真っ暗になり――やがて、マントを取り払うかのように急に視界が開けた。
「……!」
白い光が目を突き刺してきて、思わず半眼になりながら周囲の様子を伺う。
鮮やかな緑は植物の色。
瑞々しい茶色は大地の色。
ここは森だ。見覚えがある。
ずっと前に足を踏み入れたことがある……ここは、ピルツの森だ。
「……」
間違いない。
だって体に魔力が溢れている。
あたしは傍にある倒木に掌を向けた。キノコだらけになっている倒木は、カビと湿気でちっとも燃えそうにない。
だけどあたしは火炎放射器のイメージを掌に重ねながら、小さく呟いた。
「……炎舞」
ゴッ
……という音がしたかと思うと、倒木は無くなっていた。瞬間的な火力が高過ぎて灰も残らなかったんだろう。
倒木のあった場所に、焼けた跡が微かに残っているだけだ。
間違いない。
だってこれは、あたしがこっそり使っていた魔法だ。
ここは異世界、パーム……。
「また、召喚されたの…?」
呆然と呟く。
チチチ…と鳥の声。
サヤサヤと葉擦れの音。
平和極まりない明るい森の中。
気持ちが落ち着いてくると、腹の底から湧き上がって来たのは怒りだった。
「…………」
握った拳が震える。
奥歯がギリギリ鳴っている。
アンタ達の不義理を、こっちは呑んでやったのに。何であたしがまたこっちに来なくちゃいけないのよ。
悔しい気持ちを押し殺して、何とか「ちょっと苦い思い出」にしてやったのに。
あれから十五年も経ってるのに!
「ふざっけんなぁ――――――!!!!!」
叫び声に驚いたのか、鳥が飛び立つ音がした。
司書のお姉さんの胸はDカップです。
お姉さん、白いブラウスに黒いブラを合わせてしまい失敗しちゃったわ、と内心思ってたそうです。