遅刻魔
「やべえ、遅刻しそう……」
約束まで後20分。待ち合わせ場所まで電車で30分。男には得意先との打ち合わせが待っている。すでに1回遅刻している男にはとって、2回目の遅刻はどうしても避けたい。だが、男にはなんとか正当に言い訳できる方法を持っている。
男は学生の時からよく遅刻していた。入学式や定期試験、部活の集合、受験、デートの約束。どんなに重要な予定でも必ず遅刻していて『遅刻魔』と呼ばれていた。
だがそれは毎回、正当な理由で許されていた。
『人身事故の影響で現在運休しております』
『車両故障の影響で遅延しております』
――不謹慎な話だが男にとっては救いの言葉だった。
男が遅刻しそうになると毎回、遅延や運休が発生する。そうすればそれを言い訳にできるからだ。
「そろそろだろう……」
苛立つ気持ちを抑え、じっと待つ。
しかし、なかなか遅延も運休も発生しない。さらに電車もなかなか来ない。1分1秒が永遠と続いてるように感じられる。
『電車が参ります。危ないですから――』
ついに電車が駅に近づき、男の期待は裏切られてしまった。
「チッ……今日に限ってマジかよ……」
悪態をつくと急に視界が傾く。
あたりに轟く金属を擦り合わせた音。耳をつんざく警笛。女性の甲高い叫び声。
結果として男は得意先に間に合わなかった。そのかわり、2度と行かなくて済んだ。いや、2度と行けなくなったのだ。
そして、聞こえてくるあの言葉。
『人身事故の影響で現在運休しております』
その救いの言葉は男には届かない。
「助かった……。これで運休を理由に遅れられる」
ホームにいた男がそう呟いたのは誰も気がついてない。
『遅刻魔』は新たな人に憑依する。