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水面に揺れる泡(ことば)

作者: 柊 サラ
掲載日:2009/01/24

 ―――ざばん。

 体が浮いた感覚がした後、すぐに落下し始めたことが判った。水に打ちつけられた衝撃に、一瞬意識が遠退く。次に目を開けた時、水面は遥か頭上にあった。

 自分から落ちたわけでもないのに、私はひどく落ち着いている。むしろ、自分の冷静さに逆に驚いた。間違いなく助からないと解っている。しかし、あれほど恐れていた死も、今なら受け入れられそうな気がした。

 体が沈むにつれて、水圧で息が苦しくなっていく。辺りも次第に明るさを失っていった。 

――あの本、読んでおけはよかったな……。

 そのはずなのに、次々と心残りが浮かんでくる。母親や友達には出かけるとも伝えていなかったし、やり残したことがたくさんあったのに……。

 ―――ごぽ……。

 口から、少し空気が漏れる。さすがに、苦しくなってきた。

――そう言えば、ここに来たのも何年ぶりだろう。

 すると、今度は今までの記憶が次々と呼び起こされてきた。母につれられて行った幼稚園や、今までに経験した数えきれないくらい多くの光景が、浮かんでは消えていく。

 頭上に見える私の足から、履いていたサンダルが脱げ、水流に押されて浮かんでいった。

 決して長くはなかった人生で出会った人たち、中には既に亡くなった人の顔が浮かんでくる。そこに、死ぬのかと、他人事のように考えている自分がいた。

 ―――がぼっ。

 ついに、水圧に負けて大半の空気を吐き出した。冷たい水が口の中に入ってくる。息苦しさと水圧に、再び意識が遠退く。

 ふと、あの人の顔が浮かんだ。いつも、どこか悩んでいるようなあの人の顔は、水面に叩きつけられる直前、私が地上で最後に見た光景の中でも、苦痛に歪んでいた。後悔の顔だったのかもしれない。

『あなたに笑っていてほしいの』

 よくそう言っていたのに、結局最期まで聴いてくれなかった。もう、逢うこともできそうにない。

――

「どうして」なんて言わないから、どうか、悲しんだりしないで……。

 水圧と酸欠に意識を失う寸前、あの人を想って、私は残された空気で言葉を紡ぐ。

“さようなら”

――怨んでなんていません。

 そう言った私の言葉が泡となり、地上(みなも)に向かって上っていった。



       ―fin―

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― 新着の感想 ―
[一言] 柊サラ先生、初めまして拝読させて戴きました。 私自体未熟者ゆえ、人様の作品を批評出来るほどのものでありませんが 私なりの意見として申し上げます。 文章の綴り方は素晴らしいものがあり、情景が…
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