葛藤する猫
今回は途中でタカノ視点から三人称視点になります。
アレンとレオネルの死闘から二日後、俺たちはこの街のどこかに潜伏していると思われるスノウ・ベルを捜索していた。
アレンは戦いのダメージが癒えず、一時的に離脱してしまった。
いろいろと混乱しているが決して物事は悪い方向にばかり向かっているわけではない。
ミラやオズたち魔法使いが作った薬が出回り、毒に犯されていた人々がようやく回復して続々と市場に復帰し始めた。
これは商業を生業とする人々の街であるギルドにとっては何よりも大きな朗報だ。
俺たちクルセイダーがスノウの行方を追っている中、アルだけはなんとも浮かない顔をしている。
事情が事情なだけにいろいろと複雑な思いをしているのだろう。
何せスノウは『アルの兄』なのだから。
「実の兄を追いかけるっていうのはそんなに辛いか?」
「仕事は仕事だし、そこの踏ん切りはついたんだけどさ。ルイたちにこのことをどう隠そうかなって考えるとさ……」
ルイとはアルの弟だ、さらにその下には妹のリリーちゃんもいる。
『隠す』とはどういうことだろうか。
「もしかして、ルイ君たちはスノウのことを知らないのか?」
「兄貴はウチがまだ小さいころに家を出て行ったんだ。その頃まだルイは赤ん坊だったし、リリーは生まれてすらいなかったから兄貴のことは何も知らないんだよ」
そういうことか。
「兄貴を逮捕すれば絶対にその名を知られることにはなるだろうし、でもルイたちには自分が罪人の兄弟だっていう意識を持ってほしくないんだ」
ただでさえ姉のアルが元犯罪者だっていうのにさらに大罪人が自分の兄でしたっていう展開はきつすぎるな。
「なあ、ウチはどうすればいいと思う?」
そんな重すぎることを俺に相談されてもなぁ……
なんて答えるのがいいのかさっぱり見当もつかない。
「俺にはわからねえな」
「そりゃあそうだよな……」
アルは俺の発言があらかじめ分かっていたかのようにため息をついた。
「俺以外の奴には相談したのか?」
「いや、オッサンだけだ」
「グレイさんにも相談してみればいいのに」
「狼かー。アイツに話すのはなんだかなー……」
もっと信頼しろよ。
仮にもお前を今の地位につかせた張本人だぞ。
「まあ、オッサンがそういうなら狼にも相談してみるよ」
「そうしてみろ。人に意見を聞いてみるのは大事だからな」
――――――――
「なあ、狼」
「あ?なんだ?」
「ウチの話を聞いてくれねえか」
その日の夜、アルはグレイに恐る恐る話を持ち出した。
「飯なら今日は奢らねえし、下のガキどもの面倒は週末まで待ってろ」
「ちげえよ!」
いつものことかというような反応をしたグレイに対してアルは食ってかかった。
彼女はいつもグレイに対して頻繁に飯を集ったり弟たちの世話の手伝いを頼んだりしているが今回はそうではない。
舞台を変え、グレイとアルは喫茶店前のベンチに並んで腰を下ろした。
「悪い悪い、さっきのは冗談だ。で、話ってなんだ?」
「あのさ、実はスノウ・ベルってウチの兄貴なんだよ」
「……は?」
まさかまさかのカミングアウトだ。
グレイは驚きのあまり普段は鋭い目を思わず丸くした。
「マジかよ……」
「ああ、信じたくはないだろうけど本当だ」
「で、ここからが本題なんだけどさ」
アルは声をほんの少し震わせながら話をつづけた。
「えっと……その……ルイたちは兄貴のこと何も覚えてなくて、だから兄貴のことをウチらの兄貴だって教えるべきなのかなーって……」
グレイには彼女の意図がよくわからなかった。
「もし下のガキどもにその事実を知られたとして何か問題があんのか?」
「ウチは元犯罪者だろ?ただでさえ姉が犯罪者だっていう肩書を持ってんのに実は兄貴がいてそれも犯罪者だってなったら負担かけすぎるんじゃねえかなって」
グレイはため息をつくように低く唸り声を上げた。
「お前はどうしてえんだ?」
「え?」
「本音だよ本音。お前は弟たちにその事実を知られたいのかって聞いてるんだ」
「そりゃあ、できれば知られたくはねえよ」
「なら答えは簡単だ。向こうから気づくまでこっちから何も言わなけりゃいい」
アルから心情を引き出したグレイは淡々と言い放った。
「知られたくねえのにも理由があんだよな。下のガキどもに変な気負いをさせたくない意外にもよ。それにもし犯罪者の兄妹だって知られたらさ、周りに冷たくされるんじゃねえかって心配なんだ」
案の定、アルの口からは弟たちの将来を心配する言葉が出た。
彼女は少しばかりぶっきらぼうではあるが内心では弟たちを大切にするとても兄妹想いなお姉ちゃんなのだ。
「確かにスノウ・ベルは酌量の余地もない大罪人、それは否定しようのない事実だ。俺だって弟たちに背負わせたくはない。でもお前は違う。今のお前は過去の悪行にケリをつけてこうしてギルドの平和のために頑張ってるじゃねえか」
「狼……」
グレイはアルを励ますように語った。
「自分の過去に目を向けるのはそろそろやめにしろ。下のガキどもにとってお前は『ギルドの平和を守ってるすごい奴』なんだ」
「ウチが……すごい奴?」
「そうだ。お前は弟たちにとって『元犯罪者』じゃなくて『平和を守るヒーロー』なんだ。だから下のガキどもが大変な時はヒーローのお前が助けてやればいい」
「そんなこと言っても、ウチ一人で大丈夫か?」
「心配すんな。このギルドにいる間はお前がヤバいことになったらその時は俺が助けてやる。俺だけでどうしようもないときはタカノたちだってお前を助けてくれるはずだ。だから一人で抱え込んだりするんじゃねえ」
思いがけない温かい言葉にアルは肩を震わせた。
これまでは弟たちは自分一人で守って行かなければならないという重圧がのしかかっていた。
もう思い悩む必要がない、そう思うと涙が止まらなかった。
「おいおい泣くんじゃねえよ。まるで俺がひでえことしたみたいに見られるじゃねえか」
グレイは困ったようにフォローを入れてアルの肩に手を置いた。
人相の悪さ故にそうみられがちなこともあってかなり焦っている。
「ウチ、ルイとリリーを守ってやれるかずっと自信がなくて……不安で……」
「まあ、その……なんだ、お前もいろいろ苦労してたんだな。もっと早く気づいてやれなくて」
「うわあああああああ!!」
気遣いの言葉がさらにアルの感情を昂らせ、彼女はとうとう声を上げて泣き出してしまった。
この狼、不器用である。
「狼のバカ!こういうときだけ優しいこと言いやがって!普段からもっと優しくしろってんだ!」
本音がどんどんあふれるアルに対してグレイは若干戸惑いつつもクスリと笑った。
「バカはお前の方だろ。こうしねえと俺の優しさのありがたみが薄れるだろうが。気が済むまでここで泣いとけ。下のガキどもの前でみっともねえ顔しなくても済むようにな」
グレイは自らの膝をアルに貸した。
アルはグレイの膝に縋り付き、我を忘れて幼子のように泣きじゃくり続けた。
「気が済んだか?」
「おう!なんか気が楽になったぞ」
何分も膝を貸し続け、アルはようやく気分を落ち着かせて泣くのをやめた。
「最後にこっちから一つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
珍しいグレイからの質問にアルは意表を突かれた。
「もしこのギルドにスノウが潜んでいるとしたら、どんな場所だと思う」
「うーん……そうだなぁ……」
アルは幼少期の記憶を思い起こした。
スノウはどんな場所を好んでいただろうか。
記憶に残っている景色、猫の獣人の習性、そこから導き出される答えは……
「兄貴が潜んでいるとしたら、そこは……」




