アレンの意地
この日、俺たちはかつてない緊急事態に見舞われていた。
なんと監獄から脱獄囚が出たという。
それもただの脱獄囚ではない、監獄の中でも特別な場所に入れられていたというのだ。
俺たち機動隊に武装指令が発令された。
俺たちはすぐに武器と防具で身を固め、脱獄囚がいるという現場へと急行した。
「なんだアイツ……」
脱獄囚と思われる人物をその目にして俺は驚愕した。
相手はすごい鬣があるライオンの獣人だ。
それはともかくとして奴はデカい、とにかくデカい。
見た感じはアレンと同等、あるいはそれ以上の体格を誇っている。
そんな大男が巨大な腕を振り回して周囲のものを見境なく破壊している。
「アレンは奴の確保に向かえ!それ以外の奴らは民衆の避難誘導だ!」
グレイさんが鬼気迫る表情で指示を出した。
いつになく焦っているように見える。
それにいつもなら複数人を確保に向かわせるはずなのに、今回はアレン『のみ』だ。
「あのライオンの獣人はなんなんだ?」
「知らないのか?奴はレオネル・キングハート。三年前にアレンが逮捕した『破壊王』の異名を持つストリートファイターだ」
この世界にストリートファイトが存在していたのか。
これまで見たことなかったから知らなかった。
「ストリートファイターがどうして逮捕されるんだ?」
「強すぎたあまりに敵がいなくなった結果、通り魔になっちまったんだ。過去にもファイトと称して数百人の人々を無差別に襲っている」
共に避難誘導をしていたクルセイダーの一人が説明してくれた。
なんて物騒な奴なんだ。
アレンは一人であんな奴を捕まえたのか。
「そこまでだレオネル!もう一度監獄に送ってやる!」
破壊活動を続けていたレオネルの前にアレンが立ちはだかった。
俺たちではどうにもできなさそうな現状、アレンだけが頼みの綱だ。
その隙に俺たちは近くにいた民衆をレオネルから遠ざけるように誘導し、路上封鎖をかけた。
民衆もレオネルの危険さを知っているが故に誰も野次馬をしようとはせずすんなりと誘導が進んだ。
「待ちわびたぞアレン・ドール……そろそろ準備運動にも飽きてきたところだ」
アレンの存在に気が付いたレオネルは首をゴリゴリと鳴らしながらアレンを挑発した。
あれだけ壊して準備運動だと?
なんて奴だ、完全に気が狂ってやがる。
「テメエ……どうやって脱獄した?」
「知りたきゃ俺と戦えェ!!」
レオネルの頭には戦うことしかない。
もはや会話という概念が存在しないにも等しいだろう。
「今度こそ、その二本の角をへし折ってやる!!」
レオネルはアレンに狙いを定めると爪を立てて飛びかかった。
腕がデカいだけに爪の長さもすさまじい。
下手したら俺たち人間が使う果物ナイフはあるんじゃなかろうか。
対するアレンはハンマーを構え、鋭いアッパースイングで迎撃した。
爪とハンマーの頭身が激突し、生身と衝突したとは思えないほどの轟音が周囲に響き渡る。
「相変わらずの馬鹿力だな。それでこそ俺をそそらせる!」
「勝手にそそってろ」
狂った笑みを浮かべるレオネルに対してアレンは冷静に言い返した。
あんな奴に因縁を付けられるなんて気の毒だ。
「ウオオオオオ!!」
「オラアアアア!!」
アレンとレオネルが激しく火花を散らしている。
その光景を目にしても俺たちは誰も加勢することができない。
いや、その場にいた全員が『加勢すれば自分が死ぬ』ことを肌で感じ取った故に手を出せなかった。
純粋なパワーはどちらも互角。
アレンに迫れるレオネルがヤバいのか、それともそんなレオネルと戦えるアレンがすごいのかわからない。
一進一退の攻防が続く中、ついに形勢が傾いた。
「グオオオオオオン!!」
レオネルはおぞましい咆哮と共に爪を突き立てようとする。
「フンッ!オラァッ!!」
アレンはハンマーの柄で爪を受け流すとレオネルの腕を掴んだ。
そして腕を固めて背後を取り、無防備になった背中へハンマーをフルスイングで叩きつけた。
屈強なレオネルといえどもさすがにこれは効いたようで衝撃の余波で吹き飛ばされ、建物に衝突して外壁を木っ端微塵に粉砕した。
これは決まっただろう……
と思った矢先のことだった。
「やるじゃねえか……それでこそ戦い甲斐がある」
余裕そうな台詞と共にレオネルが砂埃を払いながら瓦礫の中から立ち上がった。
なんてタフネスだ、並大抵の奴なら骨折どころか即死してもおかしくないぞ。
「馬鹿げた体力は牢獄にいても衰え知らずか……」
アレンは呆れたようにため息をつき、再び戦闘態勢に入った。
興奮状態になっているのか、普段よりもかなり鼻息が荒くなっている。
「フハハハハハッ!!」
レオネルはあれだけ暴れて疲弊するどころかむしろどんどんテンションが上がっていく。
一方でアレンは体力を温存するように防戦へと切り替えている。
民衆が姿を消し、この場にいるのが俺たちクルセイダーのみとなったところで俺はグレイさんを探し出した。
「あんな奴にアレンはどうやって勝ったんスか?」
「ああやってひたすら防御してカウンターを繰り返したんだ。レオネルのタフネスは怪物だが奴には学習能力がねえ、そこを突ければ勝機はある」
アレンとレオネルの戦いを見ていたグレイさんは何かを思い出したように目を見開き、屋根の上から様子を見ていたアルをハンドサインで呼び出した。
「なんだ?まさかあそこに突っこめなんて言うんじゃないだろうな?」
「んなわけねえだろ。まずは話を聞け」
早とちりするアルを諫めてグレイさんは改めて言い聞かせた。
「いいか、昔レオネルはアレンに逮捕されたときに身体のどこかに傷を負っている」
「その古傷を見つけ出せ。お前の視力ならできるだろう?」
「わかった。やってみる」
アルは急いで建物の屋根へ飛び移った。
「ハァ……ハァ……」
アレンは徐々に疲労が見え始めていた。
頼むぞアル、早くレオネルの古傷を見つけ出すんだ。
幸いなことにもレオネルはアレンとの戦闘に夢中になるあまりアルの存在には気が付いていない。
「どうしたァ!昔のお前はもっと暴れてくれたじゃねえかよォ?」
疲れ知らずのレオネルはなおもアレンに激しい攻撃を加える。
追い詰められたアレンは攻撃を防ぐことので精いっぱいだ。
アレンは手にしていたハンマーを投げ捨て、レオネルと両腕を組み合ったまま互いに譲らず一歩も動かなくなった。
「もっと本気でやりあおうぜ……昔やりあったみてえによぉ」
「断る……!その結果街がどうなったかはお前も覚えてるだろう!」
「覚えてるぜ!最高に楽しかったぞ!」
力をこめすぎたアレンの血管が切れ、腕から血が噴き出し始めた。
そろそろ肉体の限界が近い。
「見つけたぞ!奴の古傷は右の脇腹だ!」
アルがレオネルの古傷を見つけた。
ほんの十数分程度の出来事のはずだがもう何時間も待ったようにすら感じられる。
「アレン!奴の右の脇腹を狙え!」
グレイさんがアレンに指示を送った。
「ッ!?ウオオオオオオオオオオ!!」
指示を受けたアレンは雄叫びと共に蒸気機関車の如く鼻息を噴き出し、周囲を真っ白に染めると腕を組みあったままレオネルを力ずくで押し始めた。
対するレオネルはまだ余力を残していたアレンに驚きつつも足を地面に張って応戦する。
だがそれもわずかに及ばず、少しずつ後ろへとずり下がっていく。
この戦いを見守っていた俺たち全員が同じことを考えていただろう。
『真っ向からの肉弾戦でアレンに敵う者はいない』
「馬鹿な……まだ力が残っていたというのかァ!」
「お前を取り押さえて牢獄に送るのが俺の今の仕事だ……ここで引き下がったら機動隊の主力の名が泣くんだよォ!!」
驚愕するレオネルに対してアレンは阿修羅のごとき表情で宣告した。
そして組んでいた右腕を解き、レオネルがよろめいた隙を狙って左腕で身体を引き寄せて渾身のショルダータックルを右の脇腹へとぶちかました。
タックルをまともに受けたレオネルは大きく後退し、片膝をついて脇腹を抑える。
「俺は負けんッ!貴様と戦えるのが俺だけならばなおさらなァ!!」
アレンの猛進は止まらない。
レオネルの右の脇腹を狙って執拗に攻撃を繰り出す。
自らの弱点に気づかれたレオネルは一転して防戦に入り、形勢が再びアレンへと傾いていた。
自分が攻めているときはあれほど強かったレオネルも守りに入ってしまえばいくらか弱く見える。
そしてついに……
「グホアアッ……!?」
アレンの渾身の肘鉄が直撃し、それが致命の一撃となってついにレオネルは地面に崩れ落ちた。
勝った、アレンは勝ったのだ。
「うぐッ……!うおお……」
レオネルが力尽きたのと見届けたアレンはスイッチが切れたように力なく膝をついた。
俺やアルたちは慌ててアレンの元へと駆け寄る。
「アレン、大丈夫か!?」
「牛!?しっかりしろ!」
俺は満身創痍のアレンの右肩を担いだ。
上半身だけなのにも関わらずその身体は金属の塊のように重い。
「馬鹿野郎。俺の心配よりもレオネルの拘束の方が先だろう」
「大丈夫だ。グレイさんたちがすでに行動に入ってる」
言葉通り、すでにグレイさんたちが専用の拘束具でレオネルを身柄を確保している。
それを見たアレンは一息つくように息を吐いた。
「そうだ。奴には聞かなければならないことがある」
アレンはボロボロの身体を引きずるように歩き、レオネルの側へと進む。
「レオネル、俺の勝ちだ。約束通りどうやって脱獄したのか聞かせてもらおうか」
「真っ白い猫の獣人が俺の拘束を解いたんだよ。『好きなだけ暴れてこい』ってな」
アレンの問いにレオネルは答えた。
「ソイツの名は?」
「聞き忘れた」
「そんなことだろうと思った」
レオネルが語った情報量はとても少なかったがかなり重要なことが判明した。
この事件の黒幕、スノウ・ベルは『白い猫の獣人』だ。
アルの兄であるというのが真実なら性別まで絞りこめる。
ごく最近レオネルを解き放ったのならば奴はまだこのギルドのどこかに潜んでいるはずだ。
必ず居場所を暴き出してやる。




