ギルドの獣人たち
今回は三人称視点の話です。
厳しい寒さが続く冬のとある日。
ギルド周辺に住まう狼の獣人、グレイ・ワイルドは休日を利用してギルドの商店街へ足を運んでいた。
グレイは街の空気から違和感を感じ取った。
どういうわけか、道行く人々が心なしか自分のことを避けている気がする。
それにいつもより獣人の姿が極端に見えない。
今日のギルドは何かがおかしい。
ここで何が起きているのか、グレイは街の人間に聞くことにした。
「なあ、ちょっと聞きてえことがあるんだが……」
グレイは腰の曲がった人間の老爺に声をかけた。
老爺は一瞬立ち止まったものの、グレイの顔を見るなり背を向けて呼びかけに応じることなくどこかへ行ってしまった。
『たぶんそういう奴だったんだろう』と自分に言い聞かせ、グレイは別の人物を当たった。
「ちょっと聞きてえことがあるんだが……またかよ」
外見年齢十五歳ほどの少女に声をかけるが今度も逃げられてしまった。
グレイはここで『自分が周囲から避けられている』ことを確信した。
原因は分からない。
人相の悪さから避けられる傾向にあるというのは理解しているがそれを差し引いても今日は避けられている。
「おい!金は出すって言ってるだろ!なんで売ってくれねえんだよ!?」
行く先で自分の部下のアルセーヌの声が聞こえる。
何を口論しているのだろう。
「うるせえ!獣人に売るものなんかこの店にはねえんだよ!」
グレイはアルセーヌの口論相手こと店主の言葉から何が起きているのかを理解した。
このギルドでは獣人に対する差別感情が激化している。
この原因は明確である。
先日から続いている獣人たちによる大規模犯罪の影響だ。
口論が次第に激しさを増していく。
グレイは不快感を募らせ、拳を握り締めた。
自分の部下が不当に虐げを受けることはグレイにとっては何よりも許せないことだ。
牙を剥き出して仲裁に入ろうとしたそのとき、一人の男がグレイより先に仲裁に入った。
「おっちゃん、それ俺が買うわ。全部でいくら?」
「えーっと……六百五十ルートだ」
自分の部下であるタカノだ。
普通の人間である彼ならば自分よりも仲介役に適している。
そう判断したグレイは前に出ることなく静かに引き下がった。
「やっぱりアイツはどこまでもお人好しだな……」
タカノが真性のお人好しであることはグレイもよく理解している。
アルセーヌを助けてくれたのはありがたかったがグレイの中には何とも言えないもどかしさが残った。
自分の部下の危機を直視していながらそれを自分の力で助けることができなかった。
ましてやアルセーヌに関しては自分が面倒を見ると決めたはずなのに。
グレイはそれが悔しくてならなかった。
「スノウ・ベル……」
グレイはまだ見ぬ黒幕の名を一人呟いた。
ギルドに甚大な被害を与え、そこに生きる人々に偏見を植え付けたそれを断じて許すわけにはいかない。
今日はもうこのギルドにいる理由はない。
そう悟ったグレイは黙って踵を返し、その場を後にした。
――――――――
その頃、時を同じくしてグレイと同じ機動隊のメンバー、アレン・ドールは休日出勤でギルドの巡回警備をしていた。
彼もまた、どうやら街の空気がいつもと違うということを認識していた。
アレンはいつも訓練場として利用している広場へと足を運んだ。
そこは自分たちにとっては訓練場であるがそれと同時に子供たちの遊び場でもある。
アレンにとっては子供たちとの交流は子供を犯罪から守る手段であり、また情報収集の手段でもある。
「よう、お前ら」
アレンは顔なじみの子供たちに陽気に挨拶した。
子供たちは一瞬嬉しそうにアレンの方を向いたが一瞬悩むような表情を見せてそっぽを向いてしまった。
やはり何か違和感がある。
アレンはそう感じずにはいられなかった。
「おい待てよ。なんで無視するんだ?」
アレンは逃げようとした少年の一人を追いかけ、その肩に手を置いた。
「教えてくれよ。なんでみんな俺のことを無視するんだ?」
少年の正面に回り込み、アレンは腰を落として視線を合わせながら改めて訊ねた。
少年は俯いて何も答えない。
いや、何かに押さえつけられて答えられないという方が正しいだろうか。
「別に俺は怒ってねえぞ。ただこの街の空気が変わっちまった理由を知りてえんだ。な?教えてくれ」
アレンに覗きこまれ、少年は恐る恐る口を開いた。
「ご、ごめんねアレン兄ちゃん……」
「お母さんたちが言ってたんだ。『獣人たちに近づいちゃダメ』って」
まさかの言葉にアレンはショックを受けた。
なんとか気を取り直して会話を続ける。
「どうしてダメなのか、それは聞いたか?」
「うん。最近獣人たちが悪いことをしてるからその内他の獣人たちも悪さをするに違いないって」
ショックを通り越してアレンの中に怒りがこみ上げた。
ここで事件を起こしている一部の獣人たちのせいで自分たちまでそういう風に思われていることが不快で仕方がない。
「そうか……なら今は俺のことを避けてもいい。でもそんな理由で獣人の子供たちを仲間外れにしたりはしないでくれよ。それだけは約束してくれ」
アレンの頼みを受けた少年は黙って首を縦に振った。
「よし、いい子だ」
アレンは少年の肩を軽く叩いて笑って見せた。
その笑顔につられて少年のこわばっていた表情が崩れる。
「そうだ。俺も何かお前と約束をしよう」
「約束?」
「よほど無茶な約束じゃなければ聞いてやろう。守れなかったら俺が何か一つ言うことを聞くっていうのはどうだ」
「アレン兄ちゃんが僕の言うこと聞いてくれるの?」
「ああ、守れなかったらの話だけどな」
少年は少し考えるような仕草をすると両手を打ち合わせた。
「じゃあ、この事件の犯人をアレン兄ちゃんが捕まえてよ。できなかったらお仕事を休んで一日一緒に遊ぶの」
「いいだろう。約束してやる」
アレンは右手で軽く胸を叩くと少年と拳を突き合わせた。
力の差がありすぎて少年は思わず身体をよろめかせる。
「そろそろ俺から離れた方がいいだろう。大人になんて言われるかわからねえからな」
「うん……じゃあまた今度!」
会話を終え、アレンは再び一人になった。
「……ウオアアアアアッ!!」
言葉にならないほどの怒りを抑えきれなくなったアレンは衝動のままに広場の石柱を殴りつけた。
その鉄拳はいともたやすく柱を抉り、木っ端微塵に粉砕する。
「絶対捕まえてやるからな……覚悟しやがれ」
血の滲んだ拳を見つめながらアレンはより一層意思を固めた。
『まだ姿を見ぬ事件の黒幕、スノウ・ベルを必ず自分の手でとらえてみせる』
街の平和を取り戻し、少年との約束を果たすために。




