厳しい向かい風
山羊の獣人が取り押さえられて数日後。
俺たちはスノウ・ベルの行方を追っていた。
事件の首謀者がスノウであるということを知って以来、アルは落ち着きが欠けてしまっている。
自分の兄がギルドの存亡をかけた大事件を引き起こしたとは信じたくないようだ。
とある休日の昼下がり、俺はミラたちと一緒に日用品の買い出しに来ていた。
相変わらず一部の店は閉じたままだがよく通う店の一部は残っているのが不幸中の幸いだ。
「ねえ、あれなんだろう?」
そんな中、何かを見つけたミラが俺の腕を引っ張った。
その視線の先には……
「おい!金は出すって言ってるだろ!なんで売ってくれねえんだよ!?」
「うるせぇ!獣人に売るものなんかこの店にはねえんだよ!」
「なんだと!?」
買い出しに来たのであろうアルが店主と口論をしていた。
周囲には野次馬が少しずつ集まってきている。
これ以上野次馬が押しかけてくると面倒になりそうだし、なんとかして解決しておこう。
「おっちゃん、それ俺が買うわ。全部でいくら?」
「えーっと……六百五十ルートだ」
口論を繰り広げる二人の間に割って入り、千ルート札を一枚差し出した。
獣人に売るものはないと言ってアルを突っぱねていたがさすがに人間である俺が相手なら問題はないだろう。
「ありがとな!助かったぞ!」
ひとまず一件落着したところでアルは俺に頭を下げてきた。
「なんで喧嘩してたの?」
一部始終を見ていたミラはアルに質問を投げた。
「ウチ、今日は買い出しをしようと思ってたんだけどな。どこの店に行ってもウチに何も売ってくれねえんだ」
「お店の方から断られちゃったの?」
「そう。さっきので四件目だ」
商人たちが獣人相手の商売を拒否しているのか。
これは事件とは別に大きな問題が出ているな……
「今日の買い出しはそれだけか?」
「いや、まだもうちょっと買いたいものがある」
「そうか。じゃあ俺たちも一緒に行ってやるよ。ミラたちもいいよな?」
「いいよ」
「アタシも特に問題なし」
というわけで今日はアルの買い出しの手助けをすることになった。
普通の人間じゃないと買い物すらできないなんて嫌な風潮が出来上がったもんだ。
一通りの買い出しを終え、俺たちはアルの家を訪れた。
「お姉ちゃんおかえりー!」
「おかえりー!」
玄関が開く音に反応してルイ君とリリーちゃんがアルの懐へ飛び込んできた。
「ただいまー。ちゃんといい子にして待ってたか?」
外ではあんなに激しく口論していたアルもルイ君たちの前では優しいお姉ちゃんに早変わりだ。
兄弟愛を感じずにはいられない。
「お腹すいたー」
「おやつはないのー?」
「はいはい、ちゃんと買ってきたから待て」
ルイ君たちにおやつを与えて大人しくさせたアルはぐったりと椅子にもたれかかった。
「アンタ、何かしたんじゃないの?」
「ウチは何もしてねえよ」
悪行を疑うオズに対してアルは食い気味に答えた。
彼女は前科こそあるがそれ以来何かをやらかすような素振りは見せていない。
本当に何もしていないと見ていいだろう。
「じゃあどうして……」
「たぶん、最近事件を起こしてるのが獣人たちのグループだからだろうな」
確かに、薬を売っていたのも薬屋の婆さんを襲ったのもこの事件の首謀者もすべて獣人だ。
ここに来て一気に不信感が募ったか。
「ひどい話ね」
「まったくだ。変な奴らのせいで関係ないウチらまで嫌な目に遭わないといけないんだから」
とばっちりを受けたアルはかなり憤っている。
かわいそうな話だ。
「別にウチだけがそういう扱いを受けるのはいいんだ。今まで泥棒やってたんだからな」
アルが悲しそうな目で明後日の方向を見ながら呟いた。
「でもさ、ルイやリリーがウチみたいに扱われるのは嫌なんだよ……だってルイたちはウチと違って何も罪を犯してないんだぞ。なのに周りから冷たくあしらわれるなんていくら何でも残酷すぎるじゃないか!」
アルの本音を聞いた俺たちは何も言葉を返せなかった。
「ウチらは獣人として生まれちゃいけなかったのか……?」
感極まったアルはとうとう顔を覆って泣き始めてしまった。
わずか十五歳の少女が自分の出生で葛藤している。
この年頃になれば自然と考えることなんだろうけど、それでも彼女の抱えているものはあまりにも重すぎる。
「ここで事件を起こした一部の獣人たちのせいでお前たち善良な獣人まで偏見の目で見られて差別されちまってる。それは俺たち人間の悪い癖だ。残念だがこればかりは俺たちの力でもどうにもならない。だからこの現状を打開するには、お前たち獣人の力でなんとかするしかないんだ」
「ウチらが……?」
「そうだ。お前たち獣人の力には俺たち人間では太刀打ちできない」
獣人の何かに特化した力、例えばグレイさんの嗅覚やアレンの怪力、アルの脚力のようなすごい能力は俺たち人間にはない。
だから獣人たちにその能力をフル活用されたら人間に勝ち目はない。
「獣人たちの力で解決できれば、きっと人間たちも見る目を変えてくれるはずだ」
「でも、人間たちには魔法使いがいるだろ?そいつらに頼ればいいじゃないか……」
アルがすっかり自己喪失してしまっている。
ダメだ、それじゃあダメなんだよ。
「魔法使いの力があればなんとかできるかもしれないけど、それだと獣人はずっと差別を受け続けることになるぞ」
「そ、それは嫌だ……」
「でもお前だけの力で解決しようと思うな。グレイさんやアレンみたいに善良な獣人はお前以外にもたくさんいる。それに、今はこんなでも獣人に力を貸してくれる人間だっているはずだ」
俺はミラたちの方へ視線をやった。
彼女たちは何も言わずに頷く。
「ミラたちは猫さんの味方だよ」
「心配することは何もないわ。オズ家の当主とマーリン家の子がアンタたちにはついてるんだから」
魔法使いの中でもこれほど頼りになる存在もそうそうない。
「二人に比べれば頼りないだろうけど俺だってお前の味方だ。だから人間の目なんて気にせずに思いっきりやればいいんだ」
「みんな……」
アルは断じて孤独ではない。
心強い仲間たちがいる。
「ミラたちにも何かできることはない?」
「そうだな……そうだ!薬屋の婆さんの手助けをしてやってくれないか?」
アルはほんの少しだけいつもの元気を取り戻すとミラたちに話を持ち掛けた。
「薬屋のお婆さん?」
「ギルドで唯一薬を作れる人でしょ?あの人がどうかしたの?」
「婆さんが襲われてケガしちまったんだ。このままじゃ薬が作れねえ」
事情を知ったミラとオズは顔を見合わせた。
「薬を作れる人といえば……」
「いるわね、アタシたちが知ってる人の中に」
俺たちが知っている薬を作れる人……
そうか、その手があったか!
薬学に精通し、そして薬の作成を行えそうな人物。
その人物の名は……
「レオナルドさんか」
ミラの実父、レオナルド・マーリンさんだ。
彼の力があればギルドが置かれている危機を打開できるかもしれない。
「そう、アイツがいれば薬を作ることができるわ」
「でも、今お父さんはここにはいないよ?」
「いなけりゃ呼ぶのよ。アンタ、紙と字を書けるものはある?」
「おう、ちょっと待っててくれ」
オズが早速行動に乗り出した。
思いついたことをすぐに実行できる彼女の行動力は本当に頼りになる。
アルが紙とペンを差し出して数分後、オズは一通の手紙を書き上げた。
さらに魔法を使い、手紙に何かの印を刻み込んだ。
「それはなんだ?」
「オズ家の紋章だよ。家紋が刻まれた手紙は魔法使いの中では強い効力を持つの」
ミラが説明してくれた。
そういえばオズは魔法使いの中の最高権力者の片割れだったな。
もう片方はその手紙を送ろうとしている相手だけれども。
「魔法使いの姉ちゃん、やっぱりすげえ奴なんだな」
「当たり前よ。アタシはオズ家の当主なんだから」
アルにおだてられて上機嫌なオズは蝙蝠のような使い魔を呼び出した。
「これをレオナルドのところまで大至急届けなさい」
オズの命令を受け、使い魔は手紙を持って外へと飛び出していった。
あとはレオナルドさんからの返答を待つのみだ。
まだだ、まだここから挽回はできる。
この事件、必ず俺たちの手で解決して見せるからな。




