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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第7章 狼おじさんと猫の少女
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おじさんの料理教室

 というわけで、俺はアルと一緒に料理を作ることにした。


 「とりあえず手持ちの材料は何があるのか見せてくれ」

 「わかった。台所は向こうだぞ」


 アルに言われるがままに台所に行き、何が使えるのかを確かめた。

 しかしそこにあったものは……


 「肉ばっかりだな」


 そう、肉ばかりなのだ。

 とりあえず肉料理のバリエーションに困ることはないだろうけれども、これでは栄養の偏りが心配だ。

 

 「お前、ちゃんと野菜も食べてるか?」

 「食べてるぞ。週に二回ぐらい」


 少なすぎるわ!!

 もっと食べろもっと!


 「肉の食いすぎで腹がもたれたことはないか?」

 「あー、たまにあるな」


 やっぱりか。

 これだけ偏ってれば若くても腹がもたれるってもんよ。


 「野菜とか果物みたいな植物は身体の調子を整えたり食べ物の消化を助けたりする力がある。言い換えれば薬のようなもんだ」

 「へー、そうなのか」


 とりあえずは知識を与えよう。

 そうすれば野菜を食べることへの関心も高まるだろう。


 「ちょっと買い出しに行くぞ」

 「今からか?」

 「食材が肉に偏りすぎてんだよ。これじゃ作れるものが限られすぎてる」

 「それなら仕方ないな。よし行くか!」


 物分かり自体は結構いいんだが元の知識のなさが問題だ。

 現地でもいろいろと教える必要がありそうだな。


 というわけで食材の買い出しにやってきた。


 「野菜ってどんな奴を買うんだ?」

 「スープの具にできる奴が欲しいから根菜とかかな」

 「コンサイってなんだ?」

 「野菜は物によってどの部分を食べるかが違うんだ。葉っぱを食べるものもあれば茎を食べるものもある。で、根っこの部分を食べる野菜のことを根菜って言うんだ」

 「なるほどー」

 

 冬場の根菜スープは身体を温める定番の料理だ。

 ガキの頃はよくお袋が作ってくれたっけか。


 「味はどうしたい?」

 「辛くなければどんなのでもいいぞ。リリーは辛いものが食えないんだ」


 味の好みを把握することは料理を振る舞うに当たってとても重要なことだ。

 作る前に聞いておいてよかった。


 「さて、次は野菜の選び方を……」


 途中まで言ったところで何か見覚えのある人影が複数俺たちの後ろを通り過ぎて行ったような気がした。

 なんだかかなり必死の形相に見えたがたぶん気のせいだ、誰かの空似だろう。


 「どうかしたか?」

 「たぶん、なんでもねえ」

 「ふーん……ならいいや」


 野菜選びには少しばかりコツがある。

 例えばこっちの世界には『竜の牙』と呼ばれる野菜がある。

 向こうの世界でいうニンジンにそっくりな野菜だが、鮮度の見分け方はそれとほぼ同じで色が濃く手触りの滑らかなものが良質だ。


 「お前、いろいろ知ってるんだな」

 「同じ値段で買えるなら新鮮な奴の方がいいからな。店の人に聞けばいろいろ教えてくれるぞ」

 「マジか!」


 俺も鮮度の見分け方は市場の人に教えてもらった。

 コミュニケーションの機会にもなるし、アルがこの街に早く溶け込むための手段にもなるはずだ。


 「いやぁー、たくさん買ったなあ」

 

 そりゃそうだ、一週間分まとめて買ったからな。

 さて、素材を調達したところで改めて料理開始だ。


 「肉の調理なら問題ないけど野菜の調理法なんてさっぱりわかんねえな」


 お前さっき丸焼きかごった煮しかできねえって言ってただろ適当なことぬかすな。

 いや待てよ、その二つしかできないということは調理器具も触ったことないんだよな。


 「包丁の使い方は分かるか?」

 「あー、なんかいろいろ切る奴だよな」


 とりあえず包丁の用途は分かるようだ。

 次はそれを持っているかどうかが問題だ。


 「それ使いたいんだけど持ってる?」

 「ちょっと待ってろ……」


 よかった、持っているらしい。


 「持ってきたぞ!」


 すぐに戻ってきたアルが手にしていたそれを見て俺は絶句した。

 それ、屠殺とかで使うようなめっちゃごつい包丁じゃねえか。

 

 「もしかしてそれしかない感じ?」

 「そうだけど」


 むしろなんでそっちの方だけ持ってるんですかね。

 まあ、ないものは仕方がない。

 不便だがこれでも調理できないことはない。


 「まず野菜を切ってくぞ」

 「おう!ところでなんでわざわざ切るんだ?」

 「一口で食べられるぐらいの大きさに分けた方が食べやすいだろ?」

 「なるほど」


 まさか今まで全部そのままかぶりついてたんじゃないだろうな。

 今までまともな調理をしたことがないアルには基礎の基礎から教えていかないといけないのは分かっていたがまさか切り分ける理由から説明することになるとは思わなかった。

 これは骨の折れる作業になりそうだ。


 「その持ち方だと指切っちまうぞ」

 「マジか。どうやって持てばいい?」

 

 「これってどうやって調理すればいいんだ?」

 「あー、それはだな……」


 調理器具の使い方講座から始まった昼食作りはこれといって大きな問題も起こらず順調に進んだ。

 問題があるとすればアルの知識のなさが尋常じゃないことだ。

 そんな彼女は何かを串に通して火にかけている。

 お得意の丸焼きを作っているようだがなんだかものすごくゲテモノな気がしてならない。


 何やら天井の方から物音がする。

 そんなに清潔感のある家でもないし、ネズミでもいるんじゃないだろうな。


 「あの足音はルイとリリーだな。たぶん屋根の上を走ってるんだろ」


 足音の主がわかるなんてすげえな。

 流石は姉だ。

 

 「そろそろやめさせてくるか。ちょっとここ離れるから後は頼んだぞ」

 「はいよ」


 アルは台所を離れた。 

 

 「あぁ、死ぬかと思った……」

 「子供だと思って舐めてたわ……」


 数分後、アルと入れ替わりにグレイさんたちが戻ってきた。

 全員顔を真っ赤にして息を切らしている。


 「獣人さんってすごいね!」


 疲労困憊なグレイさんとオズとは対照的にミラはテンションが上がっている。

 彼女的には楽しかったようだ。


 「悪いなあ台所空けちまって。まだウチにできることってあるか?」

 「無い。あるとすれば火の番と完成後の味見」


 調理がほとんど終わってしまったので本当にそれぐらいしかやることがない。

 アルはぽかーんとした様子で俺のことを見てくる。


 「もう料理ができるのか?」

 「いや、最後の二つが特に重要な仕事なんだ。手伝ってくれ」


 火の番も味見も調理とは一見無関係に見えて非常に重要な過程だ。

 火をかけすぎればこれまでの工程がすべて台無しになるし、味見をして食べられるものであるかどうかも確かめなければならない。

 

 アルはじっと鍋を見つめている。

 彼女の隣でルイ君とリリーちゃんも同じように鍋を見ている。

 この様子なら火の番は問題なさそうだ。


 「で、鬼ごっこはどうだった?」

 「ルイ君もリリーちゃんもすっごく足が速くってついつい魔法使って対抗しちゃった……」


 ミラは照れ臭そうに語った。

 魔法を使ったと言っているが何をしたんだろうか。


 「魔法って、具体的には?」

 「地面凍らせたりとか、あと姿を消したりとか」


 やることがえげつないな。

 それでも捕まるとか猫の獣人ってヤバくね?


 「あんなの普通の人間じゃまず逃げられないわね」

 「当たり前だろ、俺がバテるまで追いかけてくるんだぞあいつら」

 

 経験者は語る。

 グレイさんがバテるまで追いかけられるとか将来有望すぎないだろうか。


 「なあ、なんかグツグツ音がするけど大丈夫か?」

 「すぐに火を止めろ!」


 危ないところだった。

 アルから報告を受けてすぐに俺は台所に戻った。

 

 「最後にちょっと味見だな。薄いと思ったら調味料を足せばいいし、濃かったら水を足して薄めるんだ」

 「どれどれ……熱ッ!」


 猫舌……

 アルは猫の獣人なのにどうしてこんなことを見落としていたのだろう。


 「味はどうだった?」

 「たぶん大丈夫だ」


 よし、これで完成だ。


 「できたぞー。根菜と鳥肉のスープだ」

 

 我が家でも冬になるとよく作るメニューだ。

 

 「こっちはバイパーの丸焼きだ!」


 アルが自慢げに持ってきたのは自分の身体ほどの大きさはあるであろう串刺しになったバイパーを丸ごと焼いたステーキだ。

 バイパーというのは平たく言えばクソデカい蛇だ。

 見た目がかなりグロテスクだが普通に食べられるらしい。

 まさかこんなところでお目にかかることになろうとは。


 「いただきまーす!」


 俺たち七人で揃って昼ご飯だ。

 ルイ君とリリーちゃんはおなかを空かせていたのかすぐに料理に手を付けてくれた。

 

 「お前、料理できたんだな」

 「そりゃあいつもやってますから」

 

 グレイさんが意外そうに尋ねてきたのでつい得意げになって答えた。

 こう見えても料理スキルはそこそこありますから。


 「なるほど。それで嫁の胃袋を掴んだわけか」


 グレイさんが冗談めかしてきたが実際のところ確かにその要素はあるかもしれないな。

 家事スキル、百利あって一害なしだ。


 「これってお姉ちゃんが作ったの?」


 スープに手を付けたリリーちゃんがアルに尋ねてきた。


 「おう、そこのオッサンも手伝ってくれたんだぞ」

 「すごーい!」

 「本当はほとんど俺がやったんだけどな。アルは見様見真似で一緒に作ってただけで」

 「うるせえ!ウチがやったってことでいいだろ!」


 「これ食べられるんだ……」

 「わかっててもなんだか気が引けちゃうね……」


 オズとミラはバイパーの丸焼きを見て戦慄していた。

 正直なところ俺も少しビビっている。

 そんな一方でルイ君やリリーちゃん、そしてグレイさんは何の迷いもなくバイパーの肉に食らいつく。


 「グレイさんは何も抵抗ないんスね」

 「別に。俺は前職でバイパー狩ってたからな。コイツ家畜を襲うし」


 グレイさんは以前害獣駆除をするハンターだったということは知っていたが害獣ってバイパーのことだったのか。

 

 そんなこんなで楽しい昼食の時間が終わるとルイ君とリリーちゃんはすぐに眠ってしまった。

 遊び疲れたのだろうか。


 「なに書いてるんだ?」

 「今日作った料理の作り方、これ読めば思い出せるだろ」

 「なるほどー」


 ミラに文字の書き方を教えてもらってから初めてそれが役に立つ時が来た。

 

 「しっかし、タカノって親父みたいなことしてるんだな」


 べったりとくっついていたルイ君たちから解放されたグレイさんがテーブルに突っ伏している。


 「案外あっさりとできちゃうもんなんスよねぇ…」

 「いつからそういうことやってんだ?」

 「ミラが家に来た時からだからざっと一年半前ぐらいからっスかね」

 

 俺の日常風景を初めて垣間見たグレイさんはぼんやりと明後日の方向を眺めている。


 「猫との鬼ごっこ、訓練のメニューに取り入れてみようかな」


 さらっととんでもないことを言いだしたぞこの人。

 たぶん一部の獣人を除いた連中が死にます。

 

 「ありがとな!今日は助かったぞ!」


 帰り際、アルは俺たちにお礼をしてくれた。

 こっちも様子を見に来た甲斐があったってもんだ。


 「ねえ。また来てもいい?」

 「もちろん。面倒みてくれるなら大歓迎だ」


 オズの問いにアルは気前よく答えた。

 きっとルイ君たちが可愛くて仕方がなかったんだろうな。

 実際俺の目から見ても可愛かったし。


 アルは自由奔放なバカだと思っていたが実際はそうでもなくて、弟たちを大切にするいいお姉ちゃんだった。

 これからも彼女には頑張ってほしい。

 俺もいろいろと力を貸そう。


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