オズ様の初挑戦
今回はオズ様視点で話が進んでいきます。
拝啓、亡きお父様お母様。
アタシ、クラリス・オズはオズ家の十四代目当主としてオズ家と魔法使いの発展に身を捧げてきました。
今はわけあってタカノというオッサンの家に居候しています。
そこにはどういうわけかマーリン家の娘のミラもいるので退屈はしません。
ある日、酒を飲み歩いて悪酔いして帰ったのが原因でオッサンの怒りを買ってしまったらしいです。
それはもうこっぴどく怒られました。
というより二十二年生きてきて初めて一般人に説教を喰らいました。
さて、問題はここからです。
オッサンが働きに出ている間の家事をすべて任されてしまいました。
アタシは生まれてこの方家事というものをしたことがありません。
サボったら追い出されるそうです。
どうしたらいいのでしょう。
「んじゃあ仕事行ってくるから。サボったらわかってんだろうな」
「そ、そんなことするわけないじゃん!」
アタシに説教を垂れたオッサンことトモユキに念を押された。
いくらアタシの素行が悪かったからってさすがに疑いすぎじゃないの?
家の玄関が閉まった。
これで家にはアタシ一人……
「ねーオズのお姉ちゃーん。退屈だから一緒に遊んでー」
忘れてた、ミラがいるんだった。
『俺の仕事中はミラの面倒をお前が見ろ。そこはどういう風にしてもかまわん』
そうだ、どういう風にしてもいいんだった。
「じゃあ外でちょっとした冒険でもしてみよっか」
「冒険!?」
さすがちびっこだ、ちょろい。
それに冒険はアタシの本懐だ。
近所を歩き回るぐらいでも十分かな。
「でもちょっと待ってね。洗濯しないといけないから」
「えっ、お姉ちゃんがお洗濯するの?」
珍しいものを見るような眼差しを向けられた。
アタシってそんなにだらしなく見られてるのかな。
「トモユキと約束したのよ」
「もしかして昨日のことで怒られたの?」
なんで子供ってこんなに勘が鋭いんだろう。
ミラはあの時あの場にはいなかったはずなんだけどなぁ。
「ア、アハハ……まあね」
思わず変な笑いが出た。
さて、洗濯物を抱えて外へ出たのはいいけど。
「盥と板……?」
盥とでこぼこした板が置いてある。
これってどうやって使うんだろう。
「どうしたの?」
言えない、使い方がわからないなんて言えない。
「早くお洗濯終わらせようよ」
「も、もちろん……」
た、確か盥に水を注いで…
面倒だから魔法で出せばいっか。
「この板どうするんだろ」
「それを使ってねー、服をごしごし洗って汚れを落とすんだよ」
うわー、面倒臭そうだなー。
でもやるしかないのよね。
「……」
面倒臭い。
想像していたよりもはるかに面倒くさい。
服の汚れってこんなに落とすの難しいんだ。
「洗った服はこっちに置いてね。ミラが干しておいてあげる」
え、干すの?
外で干してたらアタシのパンツとか周りに見られちゃうじゃん。
それって超恥ずかしくない!?
「あー疲れた……」
全部の洗濯物を板でこすって汚れを落とすのはかなり時間がかかった。
「お洗濯終わったから冒険しよー!」
ミラは元気だなぁ。
「よーし、じゃあ行こっか!」
「うん!」
よし、それでこそ魔法使いよ。
あー遊んだ遊んだ。
それに近所の土地事情を知ることもできたからアタシにとっても有意義だった。
「お姉ちゃーん、お腹減ったー」
忘れてた、昼ご飯もアタシが作らなきゃいけないのか。
流石に食べに行くのはマズいかなぁ。
ギルドまで行くとアイツに出くわす可能性もあるし。
それにしても子供って気分の移り変わりが早いわね。
「よし!アタシが作ってあげよう」
「お姉ちゃんが作るの?」
またしても珍しいものに対する視線を向けられた。
確かアイツは料理本を読みながら料理をやり始めたって言ってたわよね。
「ミラ、お料理の本ってどこにあるか知ってる?」
「えーっと……確かそこの本棚の二段目に置いてあるよー」
「二段目ね。あー、これか。」
なんかあった。
表紙からしていろいろ作れそうな気がする。
「んー、どれ作ろうかなー」
いろいろ載ってて迷う。
どれも美味しそうだ。
「何を作ってくれるの?」
後ろからミラが覗き込んできた。
「いろいろあるねー、どれなら作れるかな」
「いろいろあるけど食材は家にあるものだけだよ?」
「えっ」
「え?」
すっかり見落としていた。
食材はここにあるものしか使えないんだった。
とりあえず食材何があるか確認しておかないと…
うげ、あんまりないじゃん。
なんでこんなに無いの。
何故かワイバーンの肉だけはやたらたくさんあるけれど。
「あ……」
心当たりがあった。
はい、見事にアタシがワガママ言いまくった所為でした。
とりあえず、作るものは決まった。
「えーっと、まずは肉を煮込んで……?」
これ鍋に突っ込むには大きくない?
まあいいか、適当に押し込んどけば。
「いきなりお鍋に入れても火が通りにくいよ?大きいものはまず小さく切り分けるといいんだよ」
知らなかった。
切り分けるのかぁ。
確か包丁があったわね。
「……ッ!」
硬い。
ワイバーンの肉ってこんなに硬いのか。
「お姉ちゃん、このままだと自分の指切っちゃうよ?」
「嘘、マジで!?」
「うん、だから包丁を持ってない方の指は丸めておくと安全だよ」
「指を丸く……?」
想像がつかない。
この指をどうすれば丸く形を変えられるの?
「こうやるんだよ」
停止しているアタシを見かねたのか、ミラが手本を見せてくれた。
ああ、そういうことね。
そんなこんなでほとんどの工程をミラに補助してもらいながら昼ご飯は完成した。
「じゃあ、いただきまーす!」
ど、どうかな……
「うん、美味しいよ!」
よかった…
「自分で作るって言いながら、結局ほとんどミラに手伝ってもらっちゃったなー」
「トモユキがよくミラに言うの。『早く食べたかったらお手伝いしろ』って」
なるほど、如何にもアイツらしい。
「それにしてもいろいろできるのね」
「うん、いつもトモユキがお料理してるところを近くで見てるんだよ」
こんな年端も行かないような子に家事スキルで負けてると思うと今更ながら自分が情けなくて仕方がない。
「なんかいろいろミラにやってもらっちゃって情けないわね……」
「そんなことないよ。誰だって初めてのことって一人じゃ難しいから」
えっ。
なんか妙に達観してるんですけど。
「じゃあもしかしてアタシが洗濯や料理をやるのが初めてだったっていうのも……」
「わかってたよ」
そっかー。
バレてたのかー。
「いつからわかってたの?」
「お洗濯してるのを見てた時からかなー。トモユキに比べたら明らかに手慣れてなかったもん」
子供って想像以上に大人の行動をよく見てるんだなー。
あぁ、ご飯食べたらなんだか急に眠く……
あれ?今何時?
……もう三時か。
一通り家事をしながら生活すると時間が経つのって本当にあっという間だ。
ミラはまだ隣で寝息を立てている。
この時間にやらなきゃいけないことってあったっけ。
「あー、洗濯物……」
そうだ、確か洗濯物って乾いたら取り込まなきゃいけないんだったっけ。
取り込むぐらいなら流石にアタシだってできる。
よし、洗濯物は全部取り込んだ。
さあ、ここからはアタシが一人で自由にできる時間だ。
なにしよっかなー。
そうだ!お酒を……
『夜になるまで酒は飲まない』
そうだった、約束したからお酒は飲んじゃダメだ。
あれ、もしかしてお酒を飲まないとなると想像以上にやることないんじゃ……
「うーん……」
さっきまで昼寝をしていたミラが目を覚ました。
さらば、アタシの自由時間。
慣れない家事に疲れてぼんやりしていたらもうすっかり日が沈み始めていた。
時間が経つのって早いなぁ。
「ただいまー」
来た!
タカノが帰ってきた!
「おかえりー!」
ミラが小走りで出迎えに行く。
もうすっかり父親代わりだ。
「ただいまミラ。今日はどうだった?」
「オズのお姉ちゃんと一緒にお洗濯とお料理をやったんだよー」
「そうかー、えらいなー」
トモユキはミラの頭を撫でながら褒めちぎっている。
いや、初めての家事をやり遂げたんだからもっとアタシを褒めてよ。
その夜、アタシとトモユキはまたテーブルを挟んで対面していた。
今度は説教をされるわけじゃない。
「初めての家事はどうだったよ」
「超疲れた……」
正直な話、こんなのを毎日やれと言われたら気が狂いそう。
「ハッ、だろうな」
それで済ませられることじゃないと思うんだけど。
なんでアイツは平然とこなせるんだろう。
「なんでアンタはこんな大変なことを毎日続けられるのよ」
「そりゃあ、やらないとまともな生活ができねえからだな」
「こんなことしなくても生きてくぐらいできるでしょ」
「やっぱ、お前は何もわかってねえな」
なんか腹立つ言い方ね。
「いいか、飯屋に頼らずとも自分の力で飯を食べられるようにするのが炊事、毎日清潔な服を着るためにするのが洗濯だ」
「一人暮らしなら確かにそこまできっちりやる必要はないだろうけどさ、うちにはミラがいるから俺がやらないといけないんだ」
なるほどねぇ。
「実はな、俺もミラが来るまでは料理も洗濯もまともにやったことなかったんだ」
「嘘でしょ!?」
信じられない。
あんなにテキパキやってるのにミラが来るまでやったことがなかったって。
「本当だ。最初は今日のお前みたいにわけわかんねえって思いながらやってたさ。でも料理なんかはミラと一緒に食べれば一人で食うよりも美味く感じるもんだし、案外洗濯も苦にならねえもんなんだよな。それにミラに汚れた服なんて着てもらいたくないだろ?」
「それはわかる」
めっちゃわかる。
イメージしたくもない。
「親心って奴なんだろうなぁ」
「アンタはミラのお父さんじゃないけどね」
「言うな」
言うわ。
そもそもアンタはミラを拾って面倒見てる赤の他人でしょうが。
「アタシ、勘違いしてたわ」
「何を?」
「今までは魔法使いのトップだからアタシは万能なんだって思ってた。でも実際は違った。本当のアタシは『魔法以外は何もできない』人間だったの」
今日の体験で身をもって思い知らされた。
「どっかの誰かさんの受け売りなんだけどさ『自分が何も知らないということを知る』っていうのは大きな成長だぞ」
まさかこんなオッサンにアタシが教えられることになるなんて。
「お前がいつここを出てくかは知らねえけどさ、もし帰ったら部下や弟子に手料理の一つでも振舞ってやるのもいいんじゃねえの?」
冗談めいてタカノは笑う。
「なんなら家事を一人前にこなせるようになるまでずっとここにいてくれてもいいんだぜ?俺が楽できるし」
これは気が済むまでここにいてもいいっていうアイツなりの優しさなのかな?
「それはそれとして、今日は一日家事をこなしてくれてありがとな」
久しぶりに正面から感謝の言葉を受け取った気がする。
なんだか恥ずかしくて仕方がない。
「ああ、そうそう。最後に一つ」
「何よ」
「洗濯ものは取り込んだら綺麗にたたんでおけよ。んじゃおやすみ」
このアタシが普通のオッサンに負けてるなんてなんか屈辱!
こうなったら家事を完璧にしてアイツを驚かせてやるんだから!