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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第6章 ミラを巡る戦い
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母の想い

 レオナルドさんの使い魔に導かれてミラとオズの元へたどり着いた俺は早速ミラに交渉を持ち掛けた。

 

 「えぇ……お母さんが?」

 「一回だけでいいんだ。話し合ってみないか?」

 「嫌!」


 だよなぁ。

 ミラにものすごい勢いで拒絶された。

 すべての元凶と正面から向き合えって言うのがそもそも無理な話というものだ。

 オズもどうしようもないといった表情で黙って首を横に振っている。


 「あら、貴方がミラちゃんの保護者さんですか?」


 偶然出会った女の人が俺に声をかけてきた。

 青髪の綺麗な人だ、でもどうして俺のことを知っているんだろう。


 「えーっと……誰ですか?」

 「この人はシャロン!うちの使用人さんだよ!」


 本人が名乗るよりも先にミラが紹介した。

 そうか、この人がシャロンさんなのか。


 「なるほど、ヴィヴィアン様がミラちゃんとの会談を望んでいるのですね」


 事情を把握したシャロンさんはすぐにミラの方を見た。


 「ミラちゃん。一回だけお話してあげることはできない?」

 「嫌……」


 あれ?

 なんか俺が頼んだ時よりミラの態度が軟化してるぞ。


 「私からのお願いだって言ってもダメ?」

 「うーん……」


 シャロンさんの頼みとなるとどうも断り切れないようだ。

 なんか悔しいなあ。


 「じゃあ、どうすればお母さんとお話できそう?」

 「か、顔を見なくてもいいのなら……」


 珍しい。

 あんなに頑固なミラが折れたぞ。


 「よし、じゃあオズに頼んで顔を見ずに済むようにしてもらおう。できるか?」

 「えぇ……まあ別にいいけど」

 「決まりだ。ミラ、話し合ってはくれないか?」


 かなり迷ったようだがミラは黙って首を縦に振ってくれた。

 ごめんな、俺たち大人の都合で振り回してしまって。


 「すみません。手を煩わせてしまって」

 「いいですよ。これぐらい些細なものですから」


 俺がお礼を言うとシャロンさんははにかんだように笑いながら謙遜した。


 「実はミラちゃん、私の頼みは断れない部分があるんです」


 そうだったのか。

 わかっててそうしたのなら実に強かな人だ。


 「後は頼みます。ミラちゃんの側にいてあげてくださいね」


 今度はシャロンさんが俺に頭を下げた。

 ここから先は彼女の関わりようのない領域の話であることも理解しているのだろう。

 俺は黙ってシャロンさんに背を向け、ミラたちの後を追った。

 

 シャロンさんのおかげもあって顔を直接見ずに済むようにするという条件でギリギリ交渉を成立させることができた。

 さあ、いよいよ運命の再会の時だ。



 「じゃあ、頼むぞ」

 「はいはい」


 オズによってミラに魔法がかけられた。

 ミラは今視界が塞がれて真っ暗になっているはずだ。

 彼女が転ばないように俺が手をつなぐ。


 「そうですか……ミラには私の顔が見えていないのですね」

 「はい、本人の希望ですのでそこは了承してもらえないですかね」

 「わかりました。本人の希望なら仕方ありません」

 

 ヴィヴィアンさんにも事情を説明した。

 案外あっさりと了承してもらえてよかった。


 ミラを客間のソファに座らせた。

 俺は隣に座り、ミラと手をつなぎ続ける。


 「ミラ、私の声がわかりますか」


 ヴィヴィアンさんはミラに静かに声をかけた。

 約一年ぶりに聞く声に若干怯えるような仕草を見せつつもミラはゆっくりと首を縦に振る。


 「そうですか。覚えていてくれて母は嬉しいです」

 

 さっき俺たちと話をしていた時とは声色が少し違う気がする。

 冷たさが薄れて、ほんの少しだけ温かさを感じる。


 「大きくなりましたね」


 最後に姿を見たのが一年前、ミラぐらいの子供ならそれぐらいの期間でも目に見えて成長する。

 子供の成長を喜ぶのは俺たちと同じようだ。

 でも当の本人にはヴィヴィアンさんの姿は見えていないので愛情の一方通行になってしまっている。


 「私の元を離れていた間、何をしていたのですか」


 ヴィヴィアンさんはミラから情報を引き出すように語りかけた。

 本当はすでに知っているのにわざわざ彼女に確認するということは話を広げたくて仕方がないのだろう。

 

 ミラの手を握る力が強くなった。

 かなり緊張しているらしい。


 「大丈夫だ。お前が話したいことを好きに話せばいい」

 「そうそう。これまでにあったいろんなことをお話してあげて」


 俺とオズはミラに助言した。

 レオナルドさんとヴィヴィアンさんはミラの言葉を固唾を飲んで見守っている。


 「えっとね……ここを飛び出して、ギルドの街に入ってからすぐにトモユキに出会ったの」

 

 あれって家出してすぐのことだったのか。

 もう少し時間が経ってからのことだと思っていた。


 「トモユキは出会ったばかりのミラにご飯食べさせてくれて、一緒に街を歩いてくれて……いろいろしてくれたよ」


 今思えばいろいろなことがあったよなぁ。

 慣れない自炊に挑戦したり、ミラのために就職を決めたり……


 「好きな本がいっぱい読めるし、学校に行っていろんなお友達と一緒にお勉強もできるし。それに、今はトモユキとオズのお姉ちゃんと三人で一緒に暮らしてて……すごく楽しいよ」


 ヴィヴィアンさんはミラの体験談を始めこそ静かに聞いていたが次第に表情が崩れ始めた。

 自分の知らないところで元気にしていたことは嬉しいのだろうけど、自分の元にいたときのことを否定されて悲しさを覚えている、そんな感じの表情だ。


 「アタシ、一年前にミラと顔を合わせたときに正直ビックリしたんです。だって、以前のミラは今よりもずっと内気で大人しい子だったから」


 オズが会話に口を挟んだ。

 ミラが内気で大人しい子だったとは知らなかった。

 つまり俺と出会って今の性格に変わったということか。


 「そうたったのですか」

 「では、私の話を聞いてくれますか?」

 「うん……」


 少し話をして緊張が解れたのは、ミラはヴィヴィアンさんとの会話をすんなりと受け入れた。


 衝撃の言葉が飛び出した。

 ここに来て和解とはどういう考えなんだろう。


 「最初は貴方を立派に育て上げることこそが母である私の務めであると考えていました」


 そうだったのか。

 つまり自覚がなかったってことだな。


 「その務めを果たすべく、私はミラに厳しい教育を施しました。でもそれが原因でミラは私に反感を覚え、一年前にここを出ていったのですよね」

 

 「当時の私はなぜ貴方が反感を抱いたのかを理解できませんでしたが今になってようやくわかりました。結果として私は貴方に学力と魔法の素養を与えることはできましたが他のすべてを奪ってしままったからですよね」


 「取り返しのつかないことをしてしまったのは重々承知しています。本当はもっと外に出て遊びたかったですよね、もっとお友達が欲しかったですよね」

 

 ヴィヴィアンさんの声が次第に震え始めた。

 彼女の胸中はきっと罪の意識で満ちているだろう。


 「ッ!……ッ!」


 ミラは目から涙を溢れさせ、声にならない嗚咽を漏らしていた。

 過去に受けた仕打ちに対する悲しみ、怒り、恐怖、いろいろな感情が入り混じった涙だ。

 これまで彼女にとって畏怖の対象であり、絶対的な敵であったヴィヴィアンさんが初めて自分に対して理解を示したことにいろいろな意味でショックを受けているに違いない。

 

 「娘である貴方の思いに気づけなかった、知ろうともしなかった私は母親失格です……本当にすみませんでした……」


 ヴィヴィアンさんはついに自らの過ちをミラに詫びた。

 この人がミラやレオナルドさんが相手でも敬語を使っているのは、もしかすると家族に対する距離感が掴めていないからか。

 接し方がわからないから、実の娘に激しく嫌われてしまうほど厳しく接してしまったのかもしれない。

 彼女は決して無情な人ではない、ただ愛情の注ぎ方を間違えてしまった哀しい人たったんだ。


 「お姉ちゃん、魔法を解いて……お母さんの顔が見たいの……」

 

 ミラの口からこれまた信じられない言葉が飛び出した。

 ものの数十分前まではあんなにヴィヴィアンさんの顔を見るのを拒んでいたのに。


 「本当に解くけど、それでもいい?」

 「大丈夫。ミラが自分で決めたことだから」


 ミラの強い意志を汲み取り、オズはミラにかけた魔法を解いた。

 閉じていた目をゆっくりと開き、ヴィヴィアンさんの姿を確かめる。


 「お母さん……」

 「ミラ……私の顔を覚えていますか?」

 「覚えてるよ。お母さんは変わってないんだね」


 ミラはヴィヴィアンさんの顔を覚えていた。

 でも、今のミラにとってヴィヴィアンさんは畏怖の対象ではない。


 「私の顔を見ても、恐れを感じませんか?」

 「ううん、もう大丈夫」

 「今のミラにとってお母さんは『怖い人』じゃなくて『ただ一人のお母さん』だから」


 ミラの言葉を受けたヴィヴィアンさんの表情がついに崩れた。

 これまでずっとまっすぐ伸びていた姿勢が前のめりになり、手布で顔を覆って泣き崩れている。


 「ちょっと無理……アタシここ離れるわ……」


 目元を隠しながらオズが退室していった。

 俺も思わず目頭が熱くなる。


 「ミラ、こちらへ来てもらえますか」

 

 目を真っ赤に腫らしながらヴィヴィアンさんはミラに呼び掛けた。

 それに素直に応じるようにミラは俺と繋いでいた手を離し、ヴィヴィアンさんの元へと歩み寄る。


 ヴィヴィアンさんはそっとミラを抱き寄せた。

 本当はずっと前からこうしたかったのだろう、その腕は小さく震えている。


 「お母さんの腕の中……温かくてなんだか不思議な感じ……」

 

 ミラがずっと知らなかったもの、それが母の温もりだ。

 物心ついてから初めて体験する感覚に戸惑っているのだろう。


 「最後に抱いたのはまだ貴方が物心ついたばかりの頃でしたが……こうしてまた成長した貴方を抱くことができてよかった……」


 物心ついたばかりの頃ということはだいたい四年ほど抱いていなかったことになる。

 今どきのお父さんでもなかなかそこまでブランクは開かない。

 というか実際にレオナルドさんはブランクがあまり開いていない。


 「お母さん、この感覚は何?」

 「これは『温もり』というものです。本当なら貴方にまず最初に教えなければならないものでした」


 俺やオズ、レオナルドさんを通じて『親の愛情』を教えることはできたかもしれないが『母の温もり』だけはどうしても教えることができなかった。

 ミラに欠けてしまっていたものを彼女はようやく知ることができたのだ。


 「ヴィヴィアン、もうこの争いは終わりにしよう。今の我々にはもっといい答えがあるはずだ」


 一部始終を見守っていたレオナルドさんがヴィヴィアンさんに話を持ち掛けた。

 その通りだ、両者が理解しあえた今、俺たちにもう争う理由はない。


 「確かに、そうかもしれませんね」


 こうしてミラとヴィヴィアンさんが歴史的な和解を果たした。

 二人にそれぞれ欠けていたものが補われて救済もされたはずだ。

 

 確かに『家族の絆』がこの問題を解決したのだ。

 

 

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