ヴィヴィアンとの対談
ミラはオズと一緒にシャロンさん探し、俺はレオナルドさんと一緒にヴィヴィアンさんの待つ場所へと向かうことになった。
レオナルドさん曰く、屋敷を訪れた来客に応じる場所は決まっているんだそうだ。
屋敷の当主であるレオナルドさんの姿を見た使用人たちが次々に挨拶してきた。
滅多に帰ってこなくても屋敷の主の顔って覚えられているものなんだなぁ。
「そんなにかしこまらなくてもいいのにねぇ……」
当のレオナルドさん本人は困ったように頭を掻いている。
これが魔法使いの中での権力者だとはとても思えない。
「さあ着いた、ここが客間だよ」
レオナルドさんに案内されたのは綺麗に磨き上げられた扉の前。
ここがマーリン家の屋敷の客間らしい。
「やあ、ヴィヴィアンはいるかな?」
扉の側で警護をしていたのであろう男の使用人にレオナルドさんは確認を取った。
「はい、ヴィヴィアン様は中でお待ちになられています」
使用人は簡潔に答えた。
「彼女と話をしたいんだ。ここを通してもらいたい」
「わかりました。どうぞお通りくださいませ」
使用人が扉を開け、客間の様子が明らかになった。
洋風の備品や壁に掛けられた絵画の数々はいかにも貴族の嗜みといった雰囲気だ。
そしてその奥では青みがかった銀髪の女性が一人掛けのソファで背筋を伸ばして座り、此方を待っている。
ヴィヴィアンさんとの二度目の対面だ。
前回は偶然の出会いだったが今回はこちらからの要望によるものだ。
「ようこそ。私はあなた方が来るのを待っていました」
「どうぞ、こちらへ座って下さい」
ヴィヴィアンさんに言われるがままに俺とレオナルドさんはヴィヴィアンさんと向かい合う様に座った。
前回会った時と違わず、固い雰囲気の人だ。
その眼差しは氷のように冷たくて、その奥では何を考えているのかさっぱり読み取れない。
「貴方が私と話をしたいと仰っていた方で間違いないですか」
「はい。タカノって言います」
「タカノ君は私の代わりにミラの世話をしてくれているんだ」
レオナルドさんの紹介にヴィヴィアンさんは一瞬目を細めたように見えた。
「では本題に入りましょう。今回は私と話をしたいとのことですが」
表情を繕いなおしたヴィヴィアンさんは与太話など一切抜きにすぐに話題を切り出した。
「はい。俺、どうしても貴女に確かめたいことがあるんです」
「私にですか」
「ええ、貴女にです。こういうことは裁判所で話すよりもこっちの方が話しやすいでしょうし」
ヴィヴィアンさんの声は抑揚がなくてどこか冷たい。
「どのようなことでしょうか」
「なぜ今になって訴えを起こしたんですか?本当はもっと早く訴えることだってできたんですよね」
俺の問いを聞いたヴィヴィアンさんの表情が一瞬固まったように見えた。
「本当は裁判所で尋問されるようなことだとは思うんですけど……何かお考えがあるなら俺に聞かせてはくれませんか」
「……いいでしょう」
ヴィヴィアンさんは静かに語り始めた。
「確かに貴方の仰る通り、ミラが家出をした時点でレオナルドさんを訴えて親権を停止させる申立を行うことはできました」
そういえばヴィヴィアンさんはレオナルドさんのことをさん付けで呼ぶんだな。
夫婦の間でも距離を置いているんだろうか。
「ですが私の中で私の監視から外れたミラがどのような行動を起こすのかを見たいという興味が湧いたのです。だからすぐには訴えを起こさず、捜索の手を出しながら様子を見ることにしました」
こんな冷淡な人にも好奇心ってあるんだな。
意外だ。
「貴女は、ミラのことをどう思っているんですか」
「数日前までは、マーリン家の管理物に過ぎないと考えていました」
やはりそうか。
ん?今『数日前までは』って言ったな。
どういうことだろう。
「でも今は違います。今の私にとってミラは『愛すべきかけがえのないただ一人の娘』です」
意識が改まったとでも言いたいのだろうか。
しかしそれまでの行いや思想とあまりにかけ離れすぎている。
そんなに簡単には信じられない。
「じゃあ、それまでの考えを改める動機はなんだったんですか」
意識が改まるということは何らかの外的要因があったということだ。
いったい何がきっかけになったというのだろう。
「裁判を起こす数日前、私はレオナルドさんにこう言われたんです。『君は愛情の向け方を間違えている』と。当時の私には言葉の意味が理解できませんでした。子供を立派に育て上げることこそが親の務めであり、そのように育てられることが子供にとって最上の幸せであると考えていたのですから」
なるほど。
ここまで聞く限り、ヴィヴィアンさんがかなり独り善がりな愛情を向けていたことは確かなようだ。
「ですが実際は違っていたようですね。レオナルドさんからたびたび話を聞いてようやくそれを理解できましたよ」
レオナルドさん、そんなに話をしていたのか。
俺たちの知らないところで説得を試みていたんだな。
「私とヴィヴィアンは教育に対する考え方が異なっているということはタカノ君も知っている」
俺の隣で黙って会話を聞いていたレオナルドさんが口を開いた。
「ヴィヴィアン、君は自分が今までしてきたことが間違いだとは思っていないよね」
「ミラにとっては過酷だったのかもしれないと今では反省しています。ですが間違っていたとは思っていません」
うーん……せっかくこうやって話し合いの機会をいただいたわけだし、ここははっきりと言ってしまうべきだろうか。
「ヴィヴィアンさんは仮に親権を勝ち取ったとして、その後はミラに対してどう接するつもりですか」
「ただ厳しく接するのではなく、彼女自身の意思を汲んだ教育を施していこうと考えています」
「お言葉ですけど……それだとミラはいつかまた家出を決行すると思います」
ヴィヴィアンさんはショックを受けたように目を見開いた。
「何がいけないというのですか」
「ミラはまだ七歳ですが周囲の年上の子供たちと比べてもその学力は突出しています。確かにこれは貴女の施した教育の賜物かもしれません。ですが周囲の同じ年代の子供たちに比べてあまりにも遊び心がないんです」
「遊び心?」
「そうです。ミラぐらいの年代の子供の交流というのは基本的に遊びを通じて行われるものなんです」
俺たちといるときは話は別だが、ミラが俺の目の届かない場所で遊んでいるという話を聞いたことがない。
休日も大抵は読書をしているか、図書館あるいは学校で勉強をしているかのどちらかだ。
「ミラは俺と出会ってからも学校に通うようになるまで同年代の友達がいませんでした。これはあくまでも俺の推測なんですが……家出をする前からそうだったんじゃないですか?」
ヴィヴィアンさんは何も答えない。
これは図星だと解釈してもいいだろう。
「子供に確かな能力を付けさせるという点では貴女のしたことは完全な間違いではないと思います。でも、その代償としてミラは同年代の子供たちとのコミュニケーション能力が著しく欠けてしまったんです。誰よりも優れた能力があったとしても、ずっと誰とも打ち解けられずに孤独を感じながら生きていくのって、それってあまりにも残酷だとは思いませんか?」
ミラとは全く違う生き方をしていた俺には彼女の気持ちは少しもわからない。
でも、彼女は心のどこかに寂しさを感じていたのではないだろうか。
「……確かに、貴方の仰ることは理解できますね」
俺の言い分を聞き届けたヴィヴィアンさんは静かに相槌を打った。
とても冷たい人間だと思っていたが少しばかりは人間らしい温情もあるのかもしれない。
「ミラは何をしているのですか。もう一度だけ直接会って話をしたいのです」
ヴィヴィアンさんは俺に話を持ち掛けてきた。
まさかまさかの直談判だ。
「ミラは今……」
「シャロンに会いにここに来ているよ」
俺の言葉を先行してレオナルドさんがヴィヴィアンさんに伝えた。
「そうですか。できたらで構いませんので、ミラをここに連れてきてはもらえませんか」
俺は考えた。
ミラにとってヴィヴィアンさんは深いトラウマを植え付けた元凶そのものだ。
直接顔を合わせるのすら拒むほどに嫌がる彼女が果たして話に応じてくれるだろうか。
今のヴィヴィアンさんなら毒気はある程度薄れてはいるが……
「大丈夫、私がヴィヴィアンと話を繋いでおくよ。だからタカノ君はじっくりミラを説得してみてくれ」
「……わかりました」
「道案内は私の使い魔にさせよう。頼んだよ」
レオナルドさんに後押しされたら試してみるしかないよなあ。
がんばれ俺、たぶん今年一番の頑張りどころだ。




