翌日のこと
今日は休日。
丸一日使ってミラの世話を焼くことができる。
無論、オズやレオナルドさんも一緒だ。
「おはようミラ。昨日は眠れたか?」
「うん」
「調子はどうだ?」
「楽になったよ。ありがとう」
そうか、薬が効いたみたいで何よりだ。
後でレオナルドさんに作り方を教えてもらおう。
「そうか、レオナルドさんにお礼を言わないとな」
「そうだね」
ミラは俺たちに心を開き直してくれたみたいだ。
これなら学校に復帰できる日も近いだろう。
「久しぶりに外に出てみるか?」
「うん、少しだけなら……」
大きな関門をあっさりと乗り越えることができてよかった。
「おはよー……ん!?」
オズは久々に部屋の外で見るミラの姿に驚いていた。
わからなくはないぞ、四日間も頑なに引きこもっていた子がこんなにあっさりと出てきたんだからな。
我ながらすごいことをしたと思っている。
「さて、久々にみんな揃っての飯にするか」
全員揃っての食事は実に五日ぶりだ。
まだ朝だけど少し気合を入れるか。
「お父さん」
「うん?」
朝食を摂りながらミラがレオナルドさんに声をかけた。
「昨夜の薬、お父さんが作ってくれたって本当?」
「本当だよ。作り方を教えたのが私で、実際に作ったのはタカノ君たちなんだけどね」
「そうなんだ、ありがとう」
ミラからの感謝の言葉を受けたレオナルドさんが椅子にもたれながら上を仰いでいる。
たぶん泣きそうになってるのを堪えているんだろう。
娘がかつての明るさを取り戻しつつあることが嬉しくて仕方がないのだろう。
「じゃあ、俺はミラと一緒に買い物行ってくるから」
少し遅めの朝食を終え、俺はミラと一緒に買い物に出かけることにした。
久々に外に出ることに多少抵抗があるのかミラは俺の後ろに隠れるようについてくる。
「やっぱり外は怖いか?」
「お友達と会ったらどうしようかなって……」
なるほどな。
ちゃんとしたわけもなく休んでいると自然とそういうことを考えるもんな。
「大丈夫だ。その時は俺が上手く説明してやるから」
せっかく見せてくれた外へ出ようとする意思を曲げてしまってはいけない。
過保護かもしれないがミラの不安を煽らないことが今の俺にとって最重要事項だ。
「どうだ、久しぶりに見る外の景色は」
「何も変わってないんだね」
そうだ、ミラの言う通り外の景色はこれまでと比べても何も変わっているところはない。
俺たちがどれだけ揺れ動こうとも、いつもの景色まで変わってしまうことはないのだ。
休日の買い物もこれまで通りに進んでいく。
買い物は一週間分の食料、その他の生活用品、そして各々の嗜好品の順だ。
嗜好品はミラなら書物、オズなら酒だ。
ミラは日頃与えている小遣いでちょくちょく買っているから大抵はオズが飲む酒を買うことになるんだが。
今回も案の定、ほとんどが酒だ。
「トモユキは何も買わないの?」
ミラに聞かれて俺はふと考えた。
そういえば嗜好品を買い集める時、俺の分は特に何も買っていなかった。
これまでなんとも思っていなかったがミラにとっては不思議なことなんだろうか。
「そうだなー……特に何も思いつかないんだよなぁ」
今更自分の嗜好を見つけようと思ってもすぐに見つけられるはずもない。
今の俺がやりたいこと……
そうだ!
「なぁミラ。俺に文字の書き方を教えてくれないか?」
ここに来てからずっと俺が個人的に抱えている問題が一つあった。
俺はこの世界の文字を読むことはできるが書くことはできないということだ。
書ける文字はかな文字と漢字、あとはアルファベットぐらいだ。
「文字を?」
「そう、前に日本の文字の書き方を教えたから、そのお返しをしてくれよ」
文字は書けるようになって損をするものではない。
いずれは俺自身が文字を書かなければならない時も来るだろう。
むしろこれまでそういう場面がなかったのが奇跡だと言いたいぐらいだ。
「じゃあ、帰ったら教えてあげるね」
「そうか。ありがとうな」
帰り道、俺とミラはとある場所を通りかかった。
俺は久々に大荷物を抱えている。
普段は買い物をするとオズが直接召喚魔法で荷物を家に送ってしまうからこういうのも久しぶりだ。
「ミラ、この店覚えてるか?」
「覚えてるよ、トモユキと初めて会った場所だよね」
約一年前、俺とミラが初めて出会った飲食店だ。
彼女がじっと看板を眺めていたのを今でも鮮明に覚えている。
「せっかくだし、何か食べてくか?」
「うーん……お姉ちゃんとお父さんはどうするの?」
それもそうか。
「じゃあ、また今度一緒に食べに行こうか」
「うん、約束だよ」
今度はオズも連れて行こう。
そして俺とミラが出会ったときのことでも話してやろう。
「次はこの一文を書き写してみて」
「おう」
ミラの持っている学術書を見ながら俺は久々にペンを握って記されていた文字を書き写していた。
書いてあることは読み取れるがさっぱり意味は分からない。
こんなものをよくミラは理解できるな。
こうして俺はある程度の文字、とりあえず自分の名前ぐらいは書けるようになった。
文字の読み方がわかるのとそれを書けることは似ているようでまったく別の問題だ。
俺は読むこと自体はこの世界に来た時から読むこと自体はできたが、書くことはこうしてミラに教えてもらうまではさっぱりできなかった。
「本を読んでそれを書き写していれば、すぐに覚えられるよ」
文字を覚えることは根気が必要だ。
毎晩少しずつ練習してみるか。
まさか大人になってからこうして子供に勉強を教わるなんて思わなかったなぁ。
人生って本当に何があるかわからないもんだ。




