幕間:面会にて
十八時半、俺は夜勤務の連中に業務を交代してその日の仕事を終えた。
この頃は仕事あがりに決まってしていることがある、それは……
「よう、面会に来てやったぜ」
刑務所で服役中の元盗賊のメス猫と面会をしに行くことだ。
身寄りのないコイツの再犯防止のためのお目付け役を俺が買って出たというわけだ。
当の本人には更生の意思があるらしいし、これできっぱりと足を洗うとは言っているが信用しきってはいない。
「また来たのか。頼んでもいねえのに物好きなやつだ」
「テメエこそ、身寄りがいねえから本当は寂しいんじゃねえのか」
「そんなこと考えるわけねえだろ、バカじゃねえの」
コイツ、なんて口の悪さだ。
これも汚れた世界で生きてきた弊害か。
「服役生活はどうよ」
「キッツいもんだぜ。朝は早えし、夕方まで椅子に座って大人しく仕事だぜ?」
「そりゃご苦労なこった」
「ついこの前まで好きなだけ寝て、好きな時間に一仕事して生きてきたんだからたまんねえよ」
テメエの一仕事っていうのは盗みだろうが。
こっちから言わせりゃたまんねえのはお互い様だ。
「でも毎日の飯には困ってねえな。朝昼夜で三度も食えるなんて想像もできなかったぜ」
もしかしてコイツ、前まで毎日の飯すらまともに確保できてなかったんじゃねえよな。
盗賊ならあり得そうな話ではあるが。
「釈放まであと何日だっけ?」
「五十四日」
「じゃあちょうどあと九週間か。それだけ耐えればお前は晴れて自由の身ってわけだ」
正直脱獄せずに一週間もちゃんと服役できていることに驚いている。
とは言ってもまだ刑期は全然終わってねえけど。
「マジか!?じゃあここを出たら何かしてくれるか?」
「職をくれてやる」
「職ってなんだ?ここみてえに手先使って大人しく物作ってるのはゴメンだぞ」
服役中の仕事ってそんなことしてるのか。
それはともかくとして仕事内容は全く別のモンだ。
「俺と同じ仕事だ。クルセイダーになれ」
「ハァ!?元盗賊のウチにサツになれって言ってんのか!?」
まあ、わからなくはないぞ。
犯罪者が一転して犯罪者をしょっ引く今までと真逆の仕事に就けって誘われてんだからな。
「逆に考えろ。俺はテメエが盗賊だから目を付けたんだよ」
「ウチが盗賊だから?」
「そうだ。盗賊なら同じ泥棒が逃げるのに使いそうな道を知ってんだろ?」
「そりゃそうだけどよ」
やっぱりな。
俺の見込み通り、コイツには俺の下につけるだけの価値はある。
「それにテメエは足が速えだろ。ギルド内の犯罪者のケツ追っかけるのが機動隊の仕事だし、ちょうどいいだろ」
「まあ、身体動かせるほうがウチの性には合ってるな」
そうだろうそうだろう。
ここで殺し文句でも決めてやるか。
「それにな、機動隊って三十日ごとに十万ルート以上の給料が出るぞ」
「マ、マジか……」
予想通りの反応だ。
盗賊や詐欺師は金の話に弱い。
「もっとも、真面目に仕事してりゃの話だがな」
「やる!ウチはやるぞ!」
意外なほどの好感触。
これはなかなか期待ができそうだ。
「なら、二つ約束しろ」
「おう、どんな約束でもしてやるよ」
今何でもって言ったな?
まあ、今はどうでもいいか。
「一つ、残り五十四日大人しく服役しろ」
「わかった!」
単純なやつだ。
っていうか金のためなら我慢はできるんだな。
「もう一つ、文字を読めるようにしろ」
「……は?」
こっちも一応予想通りの反応だ。
念のために説明してやろう。
「テメエ、どうせ文字が読めねえだろ」
「バカ言うなよ。数字は読めるっつーの」
数字しか読めねえのが問題なんだろうが。
「数字だけ読めたって他の文字が読めなきゃ意味がねえんだよ」
「なんで?」
やっぱりそう言うよなぁ。
むしろ数字さえ読めれば生きていける世界があるという現実を見せられた気さえする。
「とにかく、毎週一冊本を差し入れてやるから暇なときに読んで文字を覚えろ」
以前に看守に本の差し入れは問題ないことは確認済みだ。
「いきなり本なんて渡されてもなぁ」
「安心しろ。中身はバカでもわかる簡単な話にしておいた」
「ウチのことバカにしてんのか?」
「テメエこそいきなり難しい話を聞かされて理解できんのか?」
「無理だ」
即答かよ。
タカノのところのガキなら難しい話でもすらすらと読んでしまいそうなものだがコイツには到底無理だな。
「なあ、読めない文字が出たらどうすりゃいいんだ?」
「看守なり他の囚人なりに聞けばいいだろ、オススメは看守だ」
「わかった!」
口は悪いがなんだかんだで根は単純な奴だ。
なんでこんなのが盗賊になったんだろうか。
「お前、なんで盗賊に手を染めたんだ?」
「あー……そういえば言ってなかったっけ」
おう、聞いた事ねえぞ。
気になるから聞かせろ。
「ウチさ、親の稼ぎが安定しなくてその日の飯が食えるかどうかすら怪しいような生活してたんだ」
ほう、これは面白くなりそうだ。
「ウチには兄弟が四人いる。ウチはその二番目だ。兄貴はすでに家を出ていてアテに出来ねえし、ウチはまだ仕事ができるような歳じゃなかったんだよな。親の稼ぎはわかんねえし、でも弟と妹には飯を食わせねえといけねえ。だからウチが盗賊として飯をくすねるしかなかったんだ。仕方なかったんだよ」
なるほど。
つまりは弟や妹のためにやむなく犯罪に手を染めたってわけか。
でもその発想には大きな欠陥がある。
「やっぱりお前、バカだろ」
「は?」
「自分で仕事ができなくても農家の手伝いなり飯屋の見習いやって賄いもらうなり、いろいろあったんじゃねえのか?」
「あぁ……」
もしかしてその発想がなかったのか。
今、俺の中の疑いは確信に変わった。
コイツは天性のバカだ。
バカだから盗賊になったんだ。
「いいか、この国には商売をする人間が山ほどいる。それはわかるな?」
「そりゃ商人たちが作った国だからな、当たり前じゃねえか」
「商人たちは絶対にあることを経験してるんだ、それがなんだかわかるか?」
「んー、わかんねえな」
「それはな『文字を覚えること』だ」
「マジか?」
「マジだ。商人っていうのはいろんな知恵を持っている。それらはたいていが文字を通して覚えるんだ。文字がわからなければ知恵を得るのは難しい。知恵がなくて生きる手段を見いだせない奴が犯罪に手を染めやすいんだ」
「そうか、ウチはバカだから盗賊にならざるを得なかったのか……」
現実を突きつけられたように猫はしょぼくれている。
残念だが概ねその通りだ。
これで少しは文字を覚える気になっただろうか。
「その可能性は高いな。もっとも『詐欺師』っていう知恵の塊のような犯罪者もいるから知恵があれば犯罪者にはならないとは言えないがな。それに、文字を読めればいろいろと便利だぞ」
「そうか、じゃあここを出るまでに文字をちゃんと覚えねえとな」
コイツはバカではあるが底抜けに前向きだ。
約束はしっかり守ってくれそうだ。
「残り五十四日の服役と文字の学習、約束できるな?」
「おう!」
こうして面会室のガラス越しに俺と猫は約束を交わした。
アイツが刑期を終える日が楽しみだ。
時間が押している、今日の面会はこれで終わりだ。
気づけばもうすっかりいい時間だ、今日の晩飯はどこで食おうかな。




