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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第2章 オズのホームステイ
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おじさんとオズのホームステイ

今回から新章に突入します。

 三十歳の夏。

 俺、タカノトモユキは仕事中の事故で即死してしまった。

 死後の俺はよくわからない役場のようなところで身に覚えのない手続きを無意識のうちに終えていたらしく、それによって異世界へと飛ばされた。


 そこは電気もガスもなければ車も自転車もないかなり不便な世界。

 でも、そこには魔法という概念があって獣人という存在がある。

 誰もが一度は憧れるファンタジーな世界そのものと言っても過言ではないだろう。


 そんな世界で俺は家出少女のミラと出会い、彼女を養いながら生きていくことに決めた。

 そのために今までしたことなかった自炊も始めたし、クルセイダーという職業へと就職も果たした。

 新しい職場ではいい感じの人間関係も築けたし、ドラゴンの襲来からギルドを護る戦いではこの世界で大きな派閥を構成する二人の魔法使いとも人脈を築くことができた。

 案外、この世界でミラを養いながらずっと生きていくのは楽しいかもしれない。


 そしてドラゴンとの防衛戦から数日。

 俺たちは壮絶な戦いのことを忘れ、すっかり元の生活へと戻っていた。


 本当に、ただ戻っただけだったらよかったんだが……



 「なぜ俺の家にお前がいる」


 この世界の魔法使いの二大派閥の一つであるオズ派のリーダー、オズ家の当主ことクラリスがあれからなぜか俺の家に居候している。

 成り行きで転がり込んで数日、一向に出ていく気配がない。


 「だから言ったじゃん。次の旅に出るまではここに居候させてもらうって」

 「俺はそれを受け入れた覚えはないんだが」

 「そりゃアタシが勝手に決めたことだし」


 そう、オズ様は勝手に我が家に居候しているのだ。

 つまりこの女、とんでもなくワガママだ。


 「だいたいお前、魔法使いの名門出身なんだろ?ここよりよっぽど住み心地のいい屋敷とか持ってんじゃねえの?」

 「実家は住み心地はいいけど居心地が悪いんだよね。アタシの部下とかがうるさくてさ」


 持ち家がある癖にこの体たらくかよ。

 だが言い分はなんとなくわかる。

 プライベートな空間に仕事場の関係を持ち込まれるのは嫌だよな。

 だがそれとこれとは話はまったくもって別だ。


 「そんなことより今日は休みなんでしょ?何かご飯作ってよ」


 なんだこのふてぶてしさは。

 ミラはまだ小さいから俺が手を焼くのは仕方がないがコイツの場合は話は別だ。


 「ふざけんな。お前は成人してるんだから自分の飯は自分で作れ」

 「へぇー。アタシにそんな風に口利くんだぁ」


 なんだそのにやけ顔は。

 何をたくらんでいる。


 「……何をするつもりだ」

 「さあね?」


 指先から青色の炎をちらつかせているのが本当に怖い。

 青色の炎は純度が高くてより高温だとどっかで聞いたような気がする。

 なんでこういう奴に限って自分の能力の高さを自覚しているんだろうか。


 「わかったよ。作りゃいいんだろ、作りゃ」

 「わかればよろしい」


 オズ様は得意げにふんぞり返っている。

 覚えてやがれ。

 絶対に変な味付けしてやるからな


 「そういえばミラは何してるの?」

 「農家の兄ちゃんの手伝いだってさ」


 以前預けたときに体験したことがよほど楽しかったのか、この頃ミラは自主的に近所の兄ちゃんの畑仕事を手伝いに行くようになっていた。

 その間は兄ちゃんがミラの面倒を見てくれるし、たまに作物のおすそ分けとかをしてもらえるからウィンウィンの関係だ。


 「名だたるマーリン家の次期当主が農民の仕事ねぇ……」


 オズ様の言う通り、ミラはオズ派と双璧を成す派閥であるマーリン派の当主であるレオナルドさんの娘だ。

 将来的には後を継いでマーリン家の当主になるらしい。


 「いいんじゃねえの。本人は楽しそうだし」

 「レオナルドもずいぶんと変わった教育するわね」


 逆に俺はお前がどういう教育を受けたのか気になって仕方がないんだが。

 何がどうなればこんなにふてぶてしくなるんだ。


 なんだかんだで普通にオズ様の分の食事は作った。

 自分の人の好さが憎い。


 「これ味薄くない?」


 作らせといて文句言うなよ。

 っていうかわざと結構味を濃くしたつもりだったんだがコイツ味覚音痴か?


 「そうか?ちょうどいいぐらいだと思うんだが」

 「ちょっと調味料足していい?」

 「別に構わんが」


 正直言って我が家の食材や調味料は勝手に使ってほしくないが本人の希望とあらば仕方がない。

 だが、それを手渡したのが運の尽きだった。


 「おいおいおいおい!」

 

 オズ様はそれを見事にたった一食分で使い切ってしまったのだ。

 


 「あー美味かった」


 あぁ、俺とミラの二人で一週間ぐらいかけて使うぐらいの量だったのに……

 コイツは節約というものを知らないのか。


 「アタシ暇だし、休日なんだからどっか連れてってよ」


 飯作れの次はどこか連れてけかよ。

 そういう発言が許されるのは小学生までだぞ。


 「お前そんなナリして大人なんだろ?一人で好きなとこ行って来いよ」


 せっかくの仕事休みなんだからゆっくりさせてくれ。

 だいたいお前と行動してるとろくなこと無さそうだし。


 「いいよーだ。それなら一人でどこか行ってくるから」

 「はいはい、好きなとこ行ってこい」


 どうせならそのまま旅に出てもらいたいぐらいだ。

 帰ってこなくてもいいぞ。



 その夜、俺はミラと二人で夕食を取っていた。

 オズ様はまだ帰ってきていないので作り置きなんてしていないし、そもそも作るつもりもない。

 というか帰ってくるな。


 「お姉ちゃんは?」

 「昼頃から出かけてくるって言って出てったきりだな」

 「いいなー。ミラも連れてって欲しかったかも」


 やめとけ、多分ろくなことないぞ。


 「今度頼んでみたらどうだ」

 「そうしてみようかな」


 保護者としてはミラの健全な教育のためにやめてほしいけど本人が望むなら強くは止められない。


 「ただいまー!」


 あ、帰ってきやがった。

 しかもなに当然のように自宅みたいに戻ってきてるんだよ。


 「ねえ聞いてよー!さっき立ち寄った酒場なんだけどさー」


 なんか足取りがおぼかねえなコイツ。

 顔も爆発しそうなくらいに赤い。


 「酒臭え……」 


 近寄ってきてわかった。

 オズ様の口から酒の匂いがプンプンと漂っている。

 さては酒場を飲み歩いてたな、見事に出来上がってやがる。


 「お姉ちゃんおかえりー!」

 「あれぇ?ミラが二人に見えるぞぉ。いつから増えたんだぁ?」


 それは酔いでお前の視界がぶれてるだけだ。

 どんだけ飲んでたんだよ。


 「どうしたの?ミラは一人だけだよ?」

 「あのなミラ。お酒を飲んで悪い酔い方をするとものがちゃんと見えなくなるんだ」

 「そうなの?」

 「そうだ」


 悪酔いをして人や物が複数に分かれて見えるなんていうのはよくある話だ。

 俺はそこまでひどいのを経験したことはないけれども。


 「ところでさぁ、ここ暑くない?」


 へべれけなオズ様から危ない行動の前兆が飛び出してきた。

 その発言のあとにとる行動と言えばだいたい一つ。

 おい、冗談だよな、冗談だと言ってくれ……


 「あー、服が邪魔……」

 「おいやめろ馬鹿!」


 服に手をかけ、腹が見えたあたりでオズ様の次の行動を察した俺は咄嗟に彼女を取り押さえた。

 今、クルセイダーという職に就けてよかったとしみじみと思う。

 普通の状態なら魔法で反撃されるだろうが悪酔いして正常な判断ができない今なら問題なく組み伏せられる。


 「離せぇ!アタシは暑くてたまんないのよぉ!」

 「俺はここでお前に脱がれたらたまらねえんだよ!」


 幼児体系のミラの裸ぐらいならなんともないがオズ様となると話は別だ。

 なんだ、その……ちっこい癖に出るところがキッチリ出てるからここで脱がれると相当マズい。


 「ミラ、バケツに水を汲んでこい!」

 「どうして?」

 「いいから早く!」

 「う、うん!」


 俺はミラに水汲みを指示した。

 目的は一つ、オズ様の頭を冷やして酔いを醒まさせる。

 少しばかり手荒だが手っ取り早く酔いを醒ますにはたぶんこれがいいだろう。


 そしてオズ様を取り押さえ続けること数分。

 水の注がれたバケツを重そうに持ちながらミラが戻ってきた。

 ほぼ並々に注がれている、重かっただろうな。


 「持ってきたよ!」

 「サンキュー!」


 俺はミラから水が大量に入れられたバケツを受け取り、それを勢いよくオズ様の顔に叩きつけるようにぶっかけた。

 バチン!と大きな音を立て、水は床中に飛び散る。


 「……」


 冷水をかけられたオズ様は悪酔いが醒めたのかさっきまでの暴れっぷりがまるで嘘みたいに大人しくなった。

 普段からこれぐらい大人しければ俺もここまで雑に扱うこともないのに。


 「どうだ、これで少しは涼しくなったろ」

 「……はい」


 半脱ぎ状態のオズ様は信じられないほど大人しい。


 「あとで話をしようか」


 今回の件もそうだがいろいろと話をつけたいことがある。

 貴重な反撃の機会だ、存分に言いたいこと言ってやろう。

 

 「あぁ、床がびしょびしょ……」

 「気にすんな。後で俺が片付けとくから」


 オズ様も大人しくなったし、べたべたになった床を気にするミラを宥めてその場はなんとか収まった。


 ミラが寝付いた頃、俺はオズ様とテーブルを挟んで向かい合った。

 オズ様はばつ(場都合)が悪そうに俯きながら上目遣いをしてくる。

 そんなあざとく見ても今の俺は動じないからな。


 「俺の言いたいことはわかるな?」

 「さっきの愚行は反省してます」


 こんなでもちゃんと反省するということはできるんだな。

 僅かながら彼女の良心が見えた。

 

 「お前、ここに来てからろくでもないことばっかりしてるよなあ」


 オズ様は特に何も言い返してこない。

 絶好のチャンスだ、不平をありったけぶちまけてやる。

 

 「昼まで寝てるかと思えば起きて早々に酒を煽り、自分で飯を作ることもしなければ掃除も洗濯も風呂を沸かすこともしない。お前の世話を何から何まで全部俺がやってるんだよわかるか?」

 「はい、仰る通りです」

 「はっきり言えば今のお前は穀潰しも同然だ」


 いくら女と言えど、働かずにタダ飯を集るような行為は許さん。

 たとえそれが魔法使いの大権威であったとしてもだ。


 ここで一つ、気になったことを聞いておこう。


 「ところでお前、歳はいくつだ」

 「普通女の子にそれ聞く?」


 今はそういうことが問題なのではない。

 いい歳してこんな振る舞いをして当然だと思っているのが問題なのだ。

 

 「いいから答えろ」

 「……二十二です」

 「マジかよ」


 正直かなり動揺した。

 こんな童顔で二十二だったのか。

 そしてこの歳まで何一つとして家事をこなせないまま育ってきた人間が目の前にいるという現状を直視するのが辛い。

 俺ですらここに来る前から掃除ぐらいはできたのに。

 っていうか二十二で魔法使いの大権威に上り詰めたのか?

 いろいろと思考が追い付かない。


 「とにかくだ。俺が仕事に出ている間は自分の飯は自分でなんとかする。夜になるまで酒は飲まない」

 

 まずこれはオズ様に守ってもらう約束だ。

 これができなければ我が家にいる資格はない。


 「あと俺が仕事に行ってる間はミラの面倒をお前が見ろ。そこはどういうやり方でやってもらってもかまわん」

 

 これは俺からの個人的な頼みだ。

 平日にいちいち近所の兄ちゃんの手を煩わせずに済むならそうしたいというのもある。


 「我が家にいる以上はこの約束を守ってもらうぞ。いいな?」

 「もし守れなかったら?」


 なんで早々に破る気でいるんだよコイツは。


 「この家から出て行ってもらう。そしてお前を実家に強制送還だ」

 「肝に銘じておきます……」


 こうして、オズ様に家事を仕込むという俺の一大プロジェクトが始動した。

 ミラにも協力してもらおう。


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