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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第6章 ミラを巡る戦い
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ギルドでの小事件

 秋の二十六日の昼前、俺たち機動隊はこのギルドに現れた盗賊の少女を追って朝から街中を駆け回っていた。


 「グレイさん!そっちの屋根に飛び移りました!」

 「わかった!俺たちがなんとか地上に誘導するから、お前はアレンと二手に分かれて地上でひっ捕らえろ!」

 「行くぞアレン!」

 「おうよ!」


 相手は数か月前から指名手配されている猫の獣人、地上から家の壁、壁から屋根へ次々に飛び移る機動力のせいで普通の人間の俺ではとても追いつけない。

 今はグレイさんが機動隊に属する脚力自慢の獣人たちを率いて屋根を飛び移る彼女を追い回している。

 地上へ降りてきたところを俺たちが追い詰め、アレンが取り押さえるという算段だ。


 「そっちの廃墟地帯に追い込む、アレンと合流してそこへ迎え!」

 「わかりました!」

 

 どうやら盗賊の少女を廃墟がいくつか並ぶ地帯へ追い込むらしい。

 廃墟ということは壊しても問題ないということ、つまりアレンが力技を余すことなく行使できる。

 俺はアレンと共に廃墟の立ち並ぶ地帯へと向かった。


 「そこをどけッ!」


 先回りして眼前に立ちはだかった俺に対して盗賊は荒い雑言を投げた。

 廃墟地帯への通路は一本道になっているのでこのままで俺の横を通って逃げることはできない。

 さらに後ろからは機動隊の獣人たちが迫ってきている。


 「泥棒にどけって言われて下がるクルセイダーがいるかよォ!」


 当然のことだ。

 治安維持が仕事である俺たちが犯罪者を前にして引き下がるわけにはいかない。


 盗賊の少女はまっすぐに俺に向かって突っ込んでくる。

 次の行動は読めている。

 万一に備えて俺は重心を落とし、盗賊を抑え込む態勢に入った。


 盗賊の少女は右足を深く踏み込み、その右足をバネのようにして至近距離から俺の頭上を飛び越えて行った。

 小柄な癖になんて跳躍力だ。

 だがここまでは想定通り、俺はすかさず彼女が着地するであろう場所を目で追った。


 「アレン!あの廃屋をぶち壊せ!」


 俺はアレンに伝達した。

 目測が正しければ盗賊の少女は廃屋の屋根に飛び移るはずだ。

 なら着地される前にそこを破壊してしまえばうまく降りられずに確実に隙を晒す。

 

 「任せろッ!うおりゃあッ!!」


 すでに廃墟地帯でスタンバイしていたアレンは力任せにハンマーを廃屋に向かって投げつけた。

 百キロを優に超える金属の塊は空中をまっすぐ突き進み、廃屋の壁をいともたやすく貫き倒壊させた。


 「ハァ!?嘘だろォ!?」


 飛び移る予定だった足場を破壊された盗賊の少女はアレンの一瞬の力技に目を丸くした。

 彼女は動きこそ軽いが鳥ではないので空中で姿勢を制御することはできない。

 姿勢を崩した彼女はそのまま倒壊した廃屋の残骸へと落下していった。


 「落下したぞ!確保だ!」


 正直かなり痛そうだけど恨むなら自分が犯した罪を恨むんだな。

 俺たちはいっせいに倒壊した廃屋へと向かった。


 「うっ……うう……」


 盗賊の少女は足を抑えてうずくまっている。

 そりゃあ不時着すればこうなるのは当然だ、むしろ落下の勢いでショック死していないのが流石だと言いたいぐらいだ。


 「おら、これで確保だな」


 アレンは盗賊の女の首根っこを掴むとひょいと持ち上げた。

 二人の体格差が人間とイエネコのそれとほとんど同じだ。


 「うあああああああああ!!やめろ!離せェ!」


 盗賊の少女は足が宙に浮いているのが嫌だと言わんばかりにバタバタと暴れまわっている。

 反応を見る限り、激痛で悶え苦しんでいるようだ。


 「一度そこに寝かせてやらないか。なんか足を怪我してるっぽいし」

 「そんなこと言って、逃げられたら責任取れんのか?」


 アレンたちから懐疑の眼差しを向けられたが、俺には彼女が嘘を言っているようには思えなかった。


 「その時は、俺がなんとかする」

 「そこまで言うなら好きにしろ」


 一度地面に横たわらせ、俺たちは状態を見ることにした。


 「なあ、痛めたのは左足だよな?」

 「なんだよお前、ウチをケガさせておいて今更心配か?」

 

 そういわれるとこっちも辛い。

 こっちのやり方が手荒すぎたのは確かなんだが、一応気遣ってやってるんだから少しぐらい好意的に捉えてくれてもいいんじゃねえの?


 「それは悪かった。でも今はキミのケガが心配なんだ」

 「……そうかよ」


 素直じゃねえなあ。

 

 「痛むのはどの辺だ?」


 俺が盗賊の少女の左足首に触れたその時だった。


 「痛いッ!やめろッ!そこ触るなッ!!」


 盗賊の少女は血相を変えて悶えた。

 動かせないほどに痛いといえば考えられるものは一つ。

 間違いない、骨折している。


 「誰か足首が動かないように固定するもの持ってないか?」

 「縄で縛るのか?」

 「違う、彼女は左足の骨が折れてる」


 俺の一言で機動隊の連中がどよめき始めた。

 俺たちは擦り傷や切り傷に対する最低限の処置こそできるが骨折となると話は別だ。

 さらに言えばこちらの世界の医療はお世辞にも進歩しているとは言い難い。

 そうなると処置をするためには治癒魔法が使える魔法使いの力が必要になってくる。

 

 「どうすんだ?今から薬でも買いに行くのか?」

 「俺が治癒魔法を使える魔法使いを連れてきます」

 「心当たりはあんのか?」

 「あります、二人ほど」

 「そうか、なら大至急連れてこい」


 グレイさんの許可を受け、俺は一度その場を離れた。

 

 数十分ほど走り、俺がやって来たのはメルクーア魔法学院の校門前。

 昼過ぎなら初等部の授業が終わって生徒が解散する頃、きっとあの子がいるはずだ。


 「頼むミラ!お前の力が必要なんだ!」

 「大変!すぐにいかなきゃ!」


 門で待ち伏せ、通りかかったミラに事情を説明すると彼女はあっさりと了承してくれた。

 そうなれば後は彼女を一刻も早く現場に連れて行くだけだ。

 俺はミラを背負って再び廃墟地帯へと戻った。


 「ケガしてるのってあの人?」

 

 地面に足を伸ばして座っている盗賊の少女を指さしてミラは確認してきた。


 「そうだ、左足の骨が折れてて動けねえんだ」

 「わかった、すぐに治すね」


 そういうとミラは俺の背中から降りて盗賊の女の方へと歩みを進めた。

 事情を知っているグレイさんとアレン以外のクルセイダーたちはミラの姿を見て半信半疑に首を傾げている。


 「アンタがウチのケガを治せる魔法使いなのか?どう見てもまだ小娘じゃねえか」

 

 盗賊の少女は悪態をついた。

 お前だってミラとそう大して変わらないように見えるんだが。

 一方でミラは悪態を気に留める素振りすら見せない。


 「知らねえのか?そのガキはあのマーリン家の娘だ。小さくても魔法に関しては一流だぞ」

 「え゛っ!?」


 グレイさんから事実を聞いた盗賊の少女は一瞬戦慄したように表情を変えた。

 そりゃあそうだよな、ただの子供だと思えばなんと魔法使いの名家中の名家の子供なんだもんなぁ。

 

 「どこが痛いの?」


 ミラは地面に膝をつき、盗賊の女に視線の高さを合わせて訊ねた。


 「ああ……ここらへんがな……ッ!?」


 盗賊の少女は苦しそうに左足首の下部を抑えた。


 「そこだね、少し我慢してね」

 

 ミラは抑えられた部分に手をかざし、治癒魔法をかけ始めた。

 猫の獣人の左足が淡い光に包まれ、痛みが取り除かれているのか盗賊の少女の表情が徐々に和らいでいく。


 「大丈夫。もう痛くないし、骨も元通りにくっついてるはずだよ」

 「マジか」


 盗賊の女は確認するように左足を動かした。

 確かに何の痛みも感じない、数時間前と同じ状態に戻っていることに驚きを隠せないようだ。


 「まだ大きく動かしちゃダメだよ。完全に元通りになるにはもう少し時間がかかるかもしれないから」

 「そうか、なら大人しくしてねえとなぁ。しかしお前も人がいいよな。ウチは盗人だぜ?そんな奴を助けるなんてどうかしてんじゃねえのか?」

 「関係ないよ。いい人でも悪い人でも怪我をしているならミラはそれを助けたいの」


 ミラの言葉を受けて盗賊の女の表情が再び変わった。

 荒んだ世界を生きた盗賊の顔ではなく、外見年齢相応の少女のそれだ。


 「なんか……ウチが今までやってきたことがバカみたいに思えてきた……」

 「じゃあ、これからはいっぱい他の人にいいことをしてあげればいいんじゃないかな」

 

 ミラの言葉に心を動かされるものを感じたのであろう盗賊の少女は目の下に涙をため込んだ。

 社会の闇を何も知らない故の純粋さは荒んだ心に突き刺さるものがあったに違いない。


 「ウチ、今度は自分のためじゃなくて誰かのために頑張ってみるよ」

 「もう悪いことはしない?」

 「しねえよ、お前と喋って気が変わったからな……」


 こうして盗賊の少女は俺たちに逮捕されることになった。

 反省もしているらしいし、更生の余地ありだ。


 「なんとか彼女に更生のチャンスを与えられないもんですかね」

 「アイツの足なら機動隊としてやっていけるかもしれねえな、ギルドマスターの爺さんにでも掛け合ってみるか」


 今まで盗賊として警察に追われていたのが今度は警察になるのか。

 なんとも不思議なめぐりあわせだな。


 「これでよかったの?」

 「ああ、お前のおかげであの子は反省もしてくれた。お手柄だぞ」

 「ありがとう」

 「助かったよお嬢ちゃん」


 ミラは機動隊の連中に口々に感謝の言葉を受けた。

  

 俺は一度ミラを人の多い通りまで送るために他の連中と別行動をとることにした。


 「じゃあ、俺はミラを送ってからそっちへ戻ります」

 「そのまま帰ったりするなよ?」

 「するわけないっスよ」

 

 「ねえ、魔法を使わずにあのケガを治すことってできたのかな?」


 送り路の途中、ミラはふと俺に尋ねてきた。

 

 「無理だろうな。骨折っていうのは普通なら治すのにかなり時間がかかるんだ」

 「どれぐらい時間がかかるの?」

 「折れた場所とかにもよるけど、少なくとも三十日以上はかかるだろうな」

 「そうなんだ。じゃあ魔法を使って治す方がいいんだね」


 ミラは医者を目指してるんだったな。

 彼女は魔法を使わなくてもできる治療法を探しているようだし、こういう経験の積み重ねが上手く実ってくれるといいなあ。


 ――――――――


 後日、あの盗賊の少女は六十日の服役を終えたら冬から機動隊に試験的に配属されることになった。

 彼女の足回りに活用の機会を見込んだグレイさんが社会復帰と貢献も兼ねて熱心にギルドマスターに交渉したらしい。

 しかも服役後はグレイさんが直々に面倒をみるとのことだ。

 グレイさんが時折見せる情の深さは本当に計り知れないものがある。


 そして、ミラの力がなければあの盗賊の少女を助けることはできなかったかもしれない。

 ありがとう。

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