開廷
秋の十一日。
キャメロット王国の法廷にて、一つの裁判が行われようとしていた。
「起立」
裁判官たちの言葉で出廷した人間たちが一斉に立ち上がった。
原告側にはミラの母ヴィヴィアン、被告側には父レオナルドが両者ともに険しい表情をしながら睨みあう。
「では、開廷します」
「着席してください」
その場にいた全員が再び着席し、裁判が幕を開けた。
「これより、申立人ヴィヴィアン・マーリンによるレオナルド・マーリンの親権停止審判の申立について審問を始めます。まず申立人から口頭弁論を開始してください」
裁判官からの言葉を受け、ヴィヴィアンの弁護人が起立した。
「ヴィヴィアンさんはおよそ一年前に娘であるミラさんが突然失踪するという体験をしました。それに対し、被告であり夫であるレオナルドさんはミラさんの行方は知らないと説明したにも関わらず、実際はミラさんをこの国から離れたギルド国近辺に密かに匿っていました。これはヴィヴィアンさんに対する虚偽申告及び母と子を引きはがし、子を独占する卑劣な行為だと考えます。よってレオナルドさんに対し、精神的苦痛への賠償金二百万ルートの支払い、並びに親権停止を要求します。以上です」
ヴィヴィアンの弁護人は簡潔に事のあらまし、そして現状と要求を口頭で展開した。
私怨が混じってはいるものの、その内容には概ね偽りはない。
「では、レオナルドさん」
書記官がヴィヴィアン側の主張を記録したのを確認した裁判官は続いてレオナルド側に意見を要求した。
言葉を受け、レオナルド側の弁護人が立ち上がり論述を始めた。
「確かにレオナルドさんは娘であるミラさんを秘密裏に匿い、ヴィヴィアンさんの知らない場所で養育を続けていました。ですがヴィヴィアンさん、なぜミラさんが貴方の元を離れたのかその理由をご存知ですか?」
レオナルドの弁護人はヴィヴィアンに鋭く質問を突きつけた。
対してヴィヴィアンは口を固く閉じたまま開かない。
「ではご説明いたしましょう。それは『貴方の教育方針』に嫌気がさしたからです」
弁護人の言葉を受け、ヴィヴィアンは睨みつけるように目を細めた。
「ミラさんは貴方の行ってきた教育に対し、苦痛、拷問のようであったと語っています。以上の点から、このままヴィヴィアンさんのもとに戻っても以前と同じ苦痛を感じるだけであり、あなたのもとでミラさんが幸せに過ごせるとは思えません。よって申立人の要求を拒否し、それに加えてヴィヴィアンさんの親権停止、及びミラさんに対する接触禁止を要求します。以上です」
レオナルドの弁護人は
「双方とも主張に相違はありませんね?」
「ありません」
「こちらもありません」
裁判官の確認に対し、ヴィヴィアンとレオナルドは答えた。
「では、次回より証人喚問を行います。今回はこれにて閉廷」
こうして今回の裁判は終わった。
次回からいよいよ本格的に戦いが進んでいく。
閉廷後、ヴィヴィアンはレオナルドへゆっくりと詰め寄った。
「私は必ずミラを取り戻します。どうかご覚悟を」
「こちらこそ、君にミラは渡さない」
意思表明をするヴィヴィアンに対してレオナルドは冷淡に、かつ煽るように言い返した。
その表情は氷のように冷たい。
「どうだった?」
裁判所の前で待機していたクラリスがレオナルドの元を訪ねた。
マーリン派の未来が懸かった今回の裁判は世界中の魔法使いの注目を浴びている。
「今回は内容確認だけさ。次回から証人尋問が始まる」
かつてないほどに冷酷なレオナルドの表情を見たクラリスは息を飲んだ。
いつもは温厚な彼がこれほど鬼気迫っているのを見たことがない。
「こうしてはいられない。すぐにミラたちの元へ戻ろう」
「はいはい」
クラリスはレオナルドを連れ、召喚魔法でその場を後にした。
行先はタカノたちが待つ家だ。
「妻はミラとの再会を熱望していたよ」
「どう対応したんですか?」
「もちろん断固拒否しておいた」
想像を絶するほどのレオナルドの塩対応にタカノたちは絶句した。
まさかこんなに冷たい対応ができる人間だとは予想できなかった。
一方で話を聞いているミラは黙ったまま俯いている。
そんな彼女を気に掛けるようにレオナルドは彼女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、ミラが帰らなくてもいいようにお父さんたちが頑張るからね」
普段と変わらない穏やかなレオナルドの姿を見たタカノたちは安堵のため息をついた。
これこそが彼の姿だ。
「そういえばさ、レオナルドとヴィヴィアンさんはどうやって知り合ったの?」
夜、クラリスは何気ない疑問をレオナルドへ投げかけた。
タカノもそれに食いついてくる。
現在争っている二人はどういう経緯があって結ばれたのだろうという知的好奇心がクラリスとタカノを駆り立てる。
「ヴィヴィアンと知り合ったのは今からおよそ十一年前のことだ」
レオナルドは語り始めた。
「当時政治学の考察をしていた私はまだ駆け出しの教育係だった頃の彼女に接触したんだ。彼女もマーリン家の出身であった私のことを当時から知っていたようで、同じ学問に従事する者同士すぐに意気投合したんだ。そしてある時彼女からアプローチをかけられて、そのまま結婚……」
レオナルドの語る二人の出会いはありふれたものだった。
「それがどうしてこんなことに……」
「ミラの育て方に対する考え方が私とヴィヴィアンとで違っていたのが原因だね」
「私はミラが自分からやりたいと思ったことを積極的に後押ししてあげるべきだと考えている、それに対してヴィヴィアンは自分たちの知識をすべて教え込んでより優れた魔法使いに育て上げようとしていたんだろうね」
「どっちの方がいいんだろうなぁ……」
タカノは考え込んだ。
自分たちより優れた子供に育ってほしいというヴィヴィアンの考えも親の願いとしては納得できる気がしたのだ。
「ヴィヴィアンの思想は間違ってはいないだろう。でもやり方が間違っているんだ」
「まあ、名家の跡取りとなればそう考えるのも無理はないわよねぇ」
クラリスも少しばかり同情した。
彼女も名だたるオズ家の当主である、自分がヴィヴィアンの立場であったならばきっと同じことを考えていただろう。
「次から証人喚問が始まる。君たちも関係者として出廷してもらうかもしれない」
「もちろん、それは覚悟の上です」
「アタシも」
激化する戦いに備え、タカノ、クラリス、レオナルドの三名は決意を新たにした。
まだ戦いは始まったばかりなのだ。
証人喚問の日はそう遠くない。




