噂の真相
気が付けば俺は眠っていたらしく、目覚めたときには朝になっていた。
ミラはまだ俺にくっつくように眠っている。
いつものように涎を垂らしている、俺が傍にいて多少は気休めになっただろうか。
そういえば今日はオズがほぼ一日家を空けるんだっけ。
俺も仕事があるし、そうなると今日はミラが一人になるなぁ。
朝起きたらいきなり一人なのは今のミラには心細いだろうけど、せめて置手紙ぐらいはしておくか。
紙とペンを手に取った俺は初めてあることに気が付いた。
俺はこちらの世界の文字を読むことはできるが書いたことは一度もない。
幸いなことにもミラはかな文字を読めるから今回は日本語で置手紙をしておこう。
機会を見つけて俺もこっちの文字を書けるようにならないとな。
簡潔な書置きと昼ご飯の作り置きを残し、俺は家を出た。
「なんだタカノ、そんな浮かない顔してよ」
勤務中、アレンに心配されてしまった。
またしても心配事が顔に出ていたらしい。
「そりゃあ昨日あんな話されればなぁ」
「そんなに重く受け取るなって、あくまで噂なんだからよ」
それはわかっているんだがミラ絡みのことである以上どうしても不安が付き纏ってくる。
さらに言えば今このギルドにレオナルドさんが不在なのでどうも信憑性が高い。
もし本当だとしたら……
「まあ、お前の心配も分からなくもないぞ。親権を向こうに取られたら一年以上も付き添ってきたマーリン家の娘がお前の元からいなくなっちまうかもしれないからな」
アレンの言う通りだ。
俺はそうなってしまうことが怖くて仕方がない。
だからただの噂であってほしいし、そうなることはミラ自身も望んでいないはずだ。
「そういえば、俺はこっちに来てからずっとミラと一緒だったんだよなぁ」
「ほう、そいつは初耳だな」
俺はこっちの世界にやってきたその日からずっとミラの顔を見ながら生活をしてきた。
ミラがいたからこうしてクルセイダーという職に就くことができたし、オズとも出会えたし、今の自分があるのはミラのおかげだと言っても過言じゃないぐらいだ。
「こんな言い方をするのは大げさかもしれないけどさ、今俺がこうしていられるのもミラがいるからだと思ってんだよ」
「お前……予想以上にあの娘に依存してたんだな」
「そうかもしれねえな」
アレンに痛いところを指摘された。
そうか、俺は知らず知らずのうちにミラに依存していたのか。
「これって治さねえとダメなのかな」
「別に俺は悪くねえと思うがな。俺にはわからねえけど、たぶん親が自分の子供のために頑張るのと同じようなもんだろ」
そんなもんなのかな。
アレンに肯定してもらえてなんとなく安心した。
なるほど、『親が自分の子供のために頑張るのと同じ』ねぇ……
俺はミラに対して親心が芽生えていたのか。
「もしもだけどよ、親権を取られそうになったとしたらお前はマーリン家の娘とどう付き合っていくつもりなんだ?」
「そのときは俺はミラのそばにいる。最後までアイツの味方でいたいんだ」
「そうか。そこまで言えるならたぶん大丈夫だろう」
アレンは感心したように腕を組んで頷いていた。
まるで珍しいものを見るような反応だ。
俺、何か変なこと言っただろうか。
「おつかれー」
「おう、また明日」
なんだかんだで仕事の方はしっかりと感覚を取り戻せた。
この調子でまた頑張ろう。
「ただいまー」
「ん、おかえりー」
家の玄関を開け、帰宅を告げた。
暖炉の前のソファーで横になっていたオズが返事をしてくれた。
もうそっちも用が済んだのだろうか。
「どうだった?王国にレオナルドさんはいたのか?」
「……いたわよ。話も聞いてきた」
オズは若干躊躇ったように間を空けて報告してきた。
「それで、どうだったんだ?」
「どうやら本当にミラの親権を巡って対立してるみたいよ。近いうちに裁判も始めるって」
裁判か。
まさか俺たちの知らない水面下でそんなことになっていたとは。
「そのことはミラには伝えたのか?」
「いや、まだ」
「そうか」
このことはちゃんとミラにも伝えておかなければならない。
また辛い思いをさせてしまうかもしれないが知らないままでいさせるのはもっと残酷だ。
「ミラ、話を聞いてくれるか」
「うん?」
夕食中、俺はミラに話を切り出した。
レオナルドさんのことを伝えるためだ。
「昨日、レオナルドさんの話をしたよな」
「してたね」
「あれ、どうやら本当らしいんだ」
ミラは言葉を失ってしまった。
まっとうな反応ゆえにこっちも辛い。
「嘘だ……」
「嘘じゃない。今日オズに確かめてきてもらったんだ」
ここから先は俺が話すよりオズに説明してもらった方がいい。
俺はオズにアイコンタクトを送った。
「アタシね、今日キャメロット王国に行って来たの」
アイコンタクトを受けたオズはミラに対して話を始めた。
「ミラのお母さんとレオナルドはミラの親権を巡って対立したのよ。レオナルド本人から聞いたから間違いないわ」
「親権?」
「どちらの親が子供を引き取るかを決める権利のことだ。つまりお父さんかお母さん、どちらがミラ引き取るかで揉めてるんだ」
「ミラはどちらか片方について行くならどっちがいい?」
「お父さんがいい」
オズの問いにミラは即答した。
母親が嫌で家出をしたんだから当然の答えだ。
「そりゃあそうだよなぁ。これで解決しないのかな」
「無理ね。ミラはまだ子供だから自分で決める権利がまだないの」
「マジかよ……」
本人が望んでもそれが権利として認められないなんてひどい話だなぁ。
それがルールなら黙って従うしかないのも無情さを引き立てる。
「もし、お父さんが負けちゃたらミラはどうなるの?」
ミラは恐る恐る俺に尋ねてきた。
もしそうなった場合、その先に待ち受けているのはミラにとって最悪の結末だ。
「恐らく、お母さんのところへ帰ることになるだろうな」
「嫌だ……帰りたくない!!」
それを聞いたミラがかつてないほどに取り乱し始めた。
どうやら過去のトラウマがフラッシュバックを起こしたらしい。
「ミラ、落ち着きなさい!」
「帰りたくない!帰りたくないよぉ!」
ダメだ、パニックでオズの声が聞こえてない。
よほど嫌で仕方がないらしい。
「大丈夫だ。そんなことにはならないし、させはしない」
「でも、どうやって?」
また痛いところを突かれた。
どうすればいいかなんて俺にはこれっぽっちも知らない。
でも、俺にははっきりと言えることがある。
「そんなことはわからねえけど……でも俺たちは絶対にミラを守る。だからミラは今まで通りにしていればいい。お前が平和に過ごせるようにどんな手でも尽くしてやる」
ミラの両肩に手を置いて強く言い聞かせた。
その隣でオズも無言で頷いている。
「本当にミラを守ってくれる?」
「約束する。絶対に守ってやる」
「そろそろ学校も再開するんだろ?そんな暗い顔してたら友達が心配するぞ」
「そうね、笑って笑って」
あと数日もすれば夏が終わって秋になる。
そうなると学校もまたこれまで通りの授業が始まる。
新学期を暗い表情で始めさせるのは嫌だろうし、せめて表情だけでも明るくあってほしい。
「はぁ……」
その晩、あまりにショッキングな出来事の連続で俺は思わずため息が出た。
レオナルドさんに関する噂が本当だとは思わなかったし、それを知ったミラもかつてないほどに取り乱していた。
「まさかこんなことになっていたなんてな……」
「アタシだって信じたくなかったわよ……」
オズも一緒にため息をついた。
きっと俺と同じことを考えているのだろう。
「アンタ、ミラを守るって約束したのよね」
「ああ、約束した」
「ならちゃんとあの子を守ってあげて。今あの子が頼れるのはアンタとアタシだけなの」
オズの言葉が重くのしかかってきた。
レオナルドさんが水面下で戦っている以上、確かにミラの心を支えられるのは俺とオズだけだ。
ミラは絶対に帰さない、いや帰すわけにはいかない。
それが彼女の望みである限り。
これは俺たちの戦いだ。




