おじさん、ドラゴンと戦う
あれから俺はグレイさんとアレンさんに挟まれ、ひたすら訓練に打ち込んだ。
聞いた話ではアレンさんは俺と歳が近い上にほぼ同期なんだそうだ。
本人も堅苦しいのは嫌だとのことなのでこれからは遠慮なく呼び捨てにしよう。
一方でグレイさんは年齢もキャリアも俺より上の正真正銘本物の上司だった。
さあ、時は来た。
いよいよドラゴンを迎撃するためにクルセイダーと魔法使いが総出でギルドの外へと赴く日だ。
この日のために鍛えまくったといっても過言ではない。
……と、そこまではいいんだが。
「なんでお前がいるんだ?」
俺の隣にミラがいる理由がよくわからない。
どうやら勝手についてきたらしい。
「ミラもドラゴン見るー!」
「あのなぁ、これは仕事なんだ。テーマパークに行くわけじゃねえんだぞ」
「てーまぱーく?」
そうか、この世界にはそんなものはないのか。
「とにかく!大人でも危ねえ仕事なんだから子供のお前はもっての他だから大人しく家にいろ」
「嫌ー!ミラもドラゴン見るのー!」
あ、ゴネやがった。
こうなると続けてぐずる、癇癪を起こすというコンボを決めてくるからとにかく面倒だ。
これが男だったらぶん殴って黙らせてただろうがミラは女の子だ、それにこんなガキ相手の実力行使はあまりに大人気ない。
どうしたもんかな……
ここ数日間一緒に生活している内にミラがどんな子なのか、なんとなく理解してきた。
彼女は一度自分が興味を抱いたことには徹底的に首を突っ込まないと気が済まないんだ。
そしてその猪突猛進ぶりは俺には手に負えない。
「本当に見るだけからな。連れてってやるから絶対に安全なところから出るなよ」
「ありがとー!トモユキ大好きー!」
やりづれえ……
ガキの取り扱いというのはどうにもやりづれえ!
ミラと共に往くこと数十分。
俺は今日の仕事場へと到着した。
「遅えぞタカノォ!……そこのガキはなんだ?」
対ドラゴン戦の防衛拠点でグレイさんと合流するや否やいきなり問い詰められた。
「家で預かってるガキなんスけど、ドラゴンを見たいって言って聞かなくて」
「ほう」
「医療部隊の手伝いぐらいならさせられませんかね?簡単な治療魔法なら使えるんで」
「おお、こんなちっちぇえのに魔法が使えるのか!」
グレイさんはミラのスペックに歓喜している。
魔法使いの子供ってそんなに珍しいのか?
「よう。初めまして」
グレイさんの隣にいたアレンがミラの正面まで歩み寄ると膝を曲げ、腰を落として彼女の顔を覗き込んだ。
体高を落としてもミラとアレンの間にはかなりの身長差がある。
「初めまして!おじさんはトモユキのお友達?」
「おう、おじさんはタカノにハンマーの使い方を教えたんだ」
「ホントにー?」
初めて会った時から思っていたがミラの人見知りしなさはすごい。
こういうところは素直に尊敬できる。
そしてアレンのこういう一面を見るのも初めてだ。
もしかして子供好きなんだろうか。
そういえばグレイさんは防具はどうしたんだろう。
俺やアレンは厚手の鎧を身に着けているがグレイさんはそういう類のものを一切身に着けていない。
「そういやグレイさん、鎧とか着けないんスか?」
「そんなもんはいらん。動きづらくなる」
言いたいことはわかるがそれって危ないんじゃ……
「さて、そろそろ魔法使いどもの所に挨拶でもしに行くか」
「魔法使い?オズのお姉ちゃんもいるかな?」
「いるんじゃねえのか?こういうところにはすぐに来る奴だし」
グレイさんに率いられ、俺はミラ以外の魔法使いたちと初めて対面することになった。
果たしてどんな人が待っているのだろう。
「今回は久しぶりの大物よ!我らオズ派の魂を懸けてドラゴンを仕留めるわよッ!」
なんだか小柄な女の子が先頭に立ち、これから前線に立つ魔法使いたちに発破をかけている。
背は低いが綺麗な赤色の長髪がよく目立つし、それに自分の背丈ほどもある長い杖を高く掲げていて存在感が出ている。
それによく見れば顔立ちも結構かわいい。
「「うおおおおおおおおおお!!」」
女の子の檄に応じ、魔法使いたちの雄叫びが周囲一帯に響き渡った。
その勢いはまるで体育会系の集団だ。
信じないぞ、アイツらが貧弱な連中だなんて俺は信じないぞ。
「あそこに背の低い女が一人いるだろ?」
グレイさんが横から耳打ちしてきた。
その表情を見るとなにやら含み笑いをしている。
なにが面白いんだろう。
「ああ、いますね」
「アレがオズ派のトップだ」
「マジっスか!?」
オズ派のトップってあの女の子だったのか。
しかもかなり年若いように見えるんだが。
それにしてもすごい格好だ。
外套纏ってとんがり帽子を被って杖持ってるっていうのは俺の知ってる魔法使いと大体同じなんだが問題は外套の奥だ。
衣服の露出度がやたら高い。
胸の谷間がはっきりと見えるしスカートもかなり短い。
というか身長の割にはかなり胸がデカいな。
おまけにあんなナリしてちょとちょろ動き回ってるから正直危険な香りが漂っている。
「!?」
こっちの話を耳にしたらしいオズ派のトップがこっちにズカズカと近づいてきた。
「そこのクルセイダーども!今アタシの話してた?」
うわあ、この一言だけですでに面倒くささを感じるぞ。
地獄耳、あるいはかなりの目立ちたがりと見た。
「お嬢ちゃんがオズ派のトップとやらなのか?」
「いかにも!アタシがオズ家第十四代目当主、クラリス・オズよ!」
ご丁寧に求めてもいない自己紹介までしてきやがった。
なんて自己主張の激しい女なんだ。
とりあえず目立ちたがりであることは間違いなかった。
「あっ!オズのお姉ちゃん!」
「おーミラじゃん!久しぶりー!」
なんだ、この二人は知り合いだったのか。
じゃあ、オズ派とマーリン家はやっぱり仲良し?
「知り合いだったのか?」
「うん、ずっと前からそうだよ」
そうかー、顔見知りの関係だったのかー。
奇妙なめぐりあわせっていうのもあるもんだな。
「レオナルドはまだ来てないの?」
「見てないよ。まだもう少し時間がかかるのかも」
「ふーん。まあいつもそんな感じだしなぁ」
ミラとオズ家の当主は親し気に会話している。
ってうか内容から察するに毎年そんななのかレオナルドさんって。
「ところでそこのオッサンは誰?」
「トモユキだよ。今一緒に暮らしてるの!」
どう考えても爆弾発言です、本当にありがとうございました。
「はぁ!?ちょっとアンタ!ミラと一緒に暮らしてるってどういうこと!?」
「どういうことも何も、言葉通りなんだが……」
当然の如く勘違いをしたオズ家の当主が俺に迫ってきた。
嘘はついてないんだが微妙に語弊がある。
「うわ……こんなちっちゃい子を拉致するとか変態じゃん……」
そんな蔑んだ目で俺を見られても反応に困る。
あと俺を変態とかいう前に自分の服装を見直してみたらどうなんだ。
胸がかなり露出してるし、下手したらパンツもセットで見えそうなぐらいスカートも短いし。
外套纏ってなかったらそっちは完璧に露出狂だからな。
「違えよ、成り行きで預かってんの!」
「やっぱり誘拐?」
「だから違うっつってんだろ!」
本当に面倒くさい女だ。
張り倒してやりたい。
「お前こそ、本当にオズ家の当主とやらなのか?」
魔法使いのトップっていうからもっと威厳のあるのをイメージしてたが想像と全然違う。
威厳なんて微塵も感じられない小娘にしか見えない。
「何よ?アタシのこと信用できないっていうの?」
そりゃあ、どう見たってまだ女子中学生、よくて女子高生ぐらいにしか見えないし、風格とかないし。
「もしかしてアンタ、アタシをまだ子供だと思ってる?」
「ははっ、まっさかー」
うわ、鋭いなあ。
読心術でも取得してるんだろうか。
「いいわよ。ならアタシの実力、今ここで見せてやるわ!」
実力見せるってどうやって。
……と思っていたらオズ家の当主は自分の背丈ほどもある巨大な杖を構え、勢いよく空へ突き上げた。
「戒めの鎖よ!天より召喚に応え、然るならば我に仇名す竜をこの地に繋ぎ止めよ!」
魔法の詠唱なんてアニメでしか見たことなかったわ。
まさか本物の魔法をこの目で見ることができようとは。
オズ家の当主の詠唱で魔法が発動して進攻してくるドラゴンの周囲に空から無数の光の雨が降り注ぎ、瞬く間にその巨体は光の鎖によって地上へと縛り付けられた。
ドラゴンは拘束を振りほどこうと咆哮と共に足掻きもがくが鎖はビクともしてない。
なんて頑丈さだ。
「どうよ!こんな魔法使えるのはアタシぐらいなんだから」
「こいつはすげえ」
はい、素直にすごい魔法だと思いました。
魔法使いの二大派閥の片割れ、その当主だけあって実力は本物らしい。
「お姉ちゃんすごーい!」
ミラも大はしゃぎだ。
というかまだここにいたのか。
「危ないからミラは奥の方に行ってなさい」
「俺が連れてくわ。おい行くぞ」
ドラゴンとオズ家の当主の魔法を見ることができてやたら楽しそうなミラを抱えて俺は医療部隊の方へと連れて行った。
アイツは危機感を持ってないっぽいが俺たちは命張って仕事してるんだから不用意にこういうところにはいてほしくないというのが正直なところだ。
「フン!これでわかったでしょ」
「あー、すごいっスね」
「これからはアタシのことをオズ様と呼んでくれてもいいわよ」
この女、すさまじいまでに自信過剰だ。
自分の実力を知っているが故か。
「って危ねえ!」
そんなやり取りをしている場合ではない。
もう防衛拠点にワイバーンが侵入し始めている。
すでにオズ様の背後まで迫っていたワイバーンをギリギリのところで叩き潰すことができた。
「んで、これからお前のことはオズ様って呼べばいいんだな?」
安全を確保したところで尻餅をついているオズ家の当主に確認を取ってみた。
「え?ああ、うん」
なんだコイツ、急によそよそしくなったぞ。
自信過剰な割には打たれ弱いんだな。
「オズ様は魔法使いらしくドラゴンに魔法ぶつけてろ。俺たちは脇のワイバーンを叩いてるからよ。」
「言われなくてもそうするわよ!」
なんでコイツこんなに俺に突っかかってくるんだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
今、俺がやるべきことは拠点に侵入してくるワイバーンを叩いて魔法使いたちを守ることだ。
「オラアッ!」
すげえ。
アレンがハンマーの一振りで空を飛ぶワイバーンを叩き落としている。
やっぱり身体がデカいと対応できる範囲も違うな。
それにハンマーで叩いたときの音が俺よりも数段重くて鈍い。
「グオオオオン!!」
あの……グレイさん。
獣の本能が出かかってますけど大丈夫なんですかね。
ワイバーンに飛びかかっては素手で首元を掻き切り、その息の根を確実に止めている。
おかげで腕も制服もワイバーンの返り血で見事に赤く染まってしまっている。
後で洗うの大変だろうなあ。
魔法使いたちが地上に縛り付けられたドラゴンに魔法を浴びせている間、俺たちは一心不乱にワイバーンを叩き続けた。
しかし落とせども落とせどもワイバーンは一向に数を減らす気配がない。
ゲームで例えるなら無限湧きみたいな状態だ。
一体一体は簡単に落とせるとはいえ、こうも数が多いとこちら側にも疲労が蓄積してくる。
もう何体落としたかも覚えていない。
肝心のドラゴンもオズ様の拘束が有効に機能しているとはいえ、有効なダメージを与えられているような形跡はまったくない。
「マーリン派のトップはまだ来ねえのか!」
「ついさっき、これからこちらへ向かうとの連絡があった!」
よかった。
レオナルドさんが来れば状況はよくなるだろう。
ここからが俺たちの正念場だ。
「ヤバいぞ!ドラゴンの拘束が解けそうだ!」
マジか。
別の機動隊員の声に耳が傾いた俺はふとドラゴンの方へと目を遣った。
「……ヤベぇ」
鎖が伸び切り、あれほどガチガチに拘束されていたはずのドラゴンの四肢が少しずつ自由を取り戻し始めている。
あれじゃあもう数分持たないぞ。
「オズ様、何か打つ手はないのか!?」
たまたま近くにいたオズ様に声をかけた。
「あわわわわわ!どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!」
ダメだ、ドラゴンを拘束した本人が一番動揺してて話にならない。
とりあえず落ち着いてほしい。
「おい!何か打つ手はないかって聞いてんだよ!」
俺はオズ様の両肩に手を置いて揺すりながら尋ねた。
単純な力ではこちらが上らしく、オズ様の首がすごい勢いで前後に揺れまくる。
「か、簡単に言わないでよ!こうもワイバーンが多いと邪魔が入ってまともに詠唱すらできないわよ!」
詰んだんじゃね?
これじゃレオナルドさんがここに到着する前に防衛拠点が突破されるぞ。
『ブチッ!』
今、非常にまずい音が聞こえた気がするんだが。
俺たちは恐る恐るドラゴンの方へ振り向いた。
ドラゴンは鎖を引きちぎり、完全に拘束から解き放たれていた。
そしてドラゴンは息を大きく吸い込む動作を見せ……
「ドラゴンが吼えるぞ!その場に伏せて耳をふさげ!」
誰かが鬼気迫る大声で警告した。
それに従い、俺たちは咄嗟に匍匐状態に移行して両手で耳をふさぐ。
『グルオオオオオオオオオオ!!』
次の瞬間、ドラゴンは大きく吸い込んだ息をまとめて吐きだすが如く凄まじい咆哮を上げた。
風圧を伴う強烈な咆哮は周囲の大地を抉り、土塊を巻き上げて吹き飛ばしていく。
「うおおおおおおおおッ!!」
以前夜に聞いたよりもはるかに大きな音だ。
轟音と同時にやってきた風圧がすごすぎて体重を乗せて地面にへばりつくのがやっとだし、目も開けられない。
そもそも間近で聞くあの轟音を手で耳を塞ぐ程度で抑えられるわけがなかった。
どれぐらいの間、目と耳をふさいでいたのだろうか。
風が治まったところで俺はゆっくりと目を開けて周囲を確認してみた。
「……」
俺は絶句してしまった。
咆哮と共にやってきた風圧のせいで拠点の防壁がかなり破損している。
おまけに爆発に近いレベルの轟音に晒されたせいで耳もよく聞こえない。
なぜか咆哮に巻き込まれて近くのワイバーンもほとんどが死滅してるのが不幸中の幸いといったぐらいか。
そうだ、オズ様はどうなった。
「……」
ダメだコイツ、目を開けたまま気絶してやがる。
一流の魔法使いとはいってもやはり人間の女の子だ。
戦場に足を運ぶにはまだ早かったんじゃないだろうか。
とにかくワイバーンが襲ってこないのは都合がいい。
息は普通にあるし、今のうちにオズ様を医療部隊の方へ運んでしまおう。
俺はオズ様を背負って足早にその場を離脱し、拠点から少し離れた医療部隊の待つ場所へと向かった。
「あっ!トモユキおかえりー!」
医療部隊の手伝いをしていたミラとばったり出くわした。
残念だがまだ仕事は終わってない。
「オズのお姉ちゃんどうしたの?」
「ドラゴンの咆哮にやられちまった。気絶してるだけだから目が覚めるまで付き添ってやってくれねえか」
「わかった!」
よかった。
二人は顔見知りの関係らしいし、後のことはミラに任せておこう。
「トモユキはケガとかしてない?」
今のところは特にこれと言ってヤバいダメージはない。
強いて言うなら疲労感が半端ない。
「ちょっと疲れてるだけだ。まだいける」
「疲れてるの?ならちゃんと休まなきゃダメだよ」
「でもそうしちゃいられねえんだ。今は落ち着いてるがいつワイバーンがまた飛んでくるかわからねえ」
こういう時にエナジードリンクでも飲めればなあ。
あれほど嫌気がさしていたはずの現代の力を今は借りたくて仕方がない。
「俺は持ち場に戻る。お前はここでみんなの手伝いをしてるんだぞ」
俺はミラにそう言い聞かせて返事を待たずにその場を後にし、再び前線へと戻っていった。
俺が前線に戻った時、ワイバーンはすでに少しずつ活動を再開していた。
「チイッ!」
「アレン!?」
「しくじった……右腕をやられた」
アレンの右腕には大きな切り傷ができてしまっていた。
かなり深いところまで切られたらしく、流血も半端ではない。
「悪い、いったん離脱する」
アレンは傷ついた右腕を抑えながら医療部隊の方へと下がっていった。
なんということだ、クルセイダー随一の腕自慢が離脱してしまうとは……
「グルルルル……」
グレイさんも唸り声を上げ、空中を飛び回るワイバーンに対して戦意を示してはいるがすでに肩で息をしている状態だ。
近いうちに体力の限界を迎えそうだ。
アレンが離脱したことで状況はますます悪化した。
ワイバーンはどんどん数を増やしていくしこちらはどんどん疲労が蓄積していく。
一人で数十体以上のワイバーンを薙ぎ払っていくアレンの不在があまりにも痛い。
そしてドラゴンはこちら側の攻撃にも怯むことなくどんどん進撃してくる。
ああ、もうダメだ。
疲れて足が動かん。
なんか俺に向かってワイバーンが飛んできてるけど対抗できねえ。
二度目の人生、もうここでリタイヤか。
早すぎるなぁ、もうちょっとミラと一緒にいたかったかも……
俺はゆっくりと目を閉じ、身体の力を抜いた。
これまでの出来事が走馬灯のように瞼の裏を駆け巡る。
ミラの笑顔、ミラのふくれっ面、ミラの寝顔。
あれ?ミラのことばっかりじゃねえか……
「……あれ?」
諦めていたがいつまでたってもワイバーンの爪と牙が迫って来る気配がない。
もしかして俺、助かったのか?
何が起きたんだろう。
俺は膝をついたまま上体を起こし、再び目を開けて周りの様子をゆっくりと見回した。
「道を開けろ!レオナルド様が到着なされたぞ!」
そうか、ついにレオナルドさんが来たのか!
これで俺たちもようやく楽ができそうかな。
「……」
俺の視線の先には無言で佇む魔法使いが一人。
間違いない、レオナルドさんだ。
全身にローブを纏って頭にはフードを被って、まさに典型的な賢者タイプの魔法使いってカンジだ。
「なるべく早く終わらせよう」
レオナルドさんは独り言のように静かに呟いた。
そして手に握りしめたものは杖……ではなく剣だった。
鞘から抜かれた刃は不思議な色の輝きを放っている。
「グオオオオオオオオオオオン!!??」
ちょっと待って、今何が起きた?
あまりにも一瞬の出来事で理解が追い付かない。
レオナルドさんが一瞬剣を振るったかと思えば巨大な火球がドラゴンへと直撃していた。
そのすさまじい火力はドラゴンに確実にダメージを与えているようで進撃を食い止めるどころか押し返してすらいる。
「まあ、小手調べならこんなものかな」
え、今のが小手調べ?
普通の怪物とかだったら一瞬で消し炭になってると思うんですが。
「っしゃあ!オズ様ふっかーつ!」
あ、オズ様が気合十分に戻ってきた。
これで魔法使いの二大トップがそろい踏みだ。
「クラリスちゃんか」
「遅かったわねレオナルド!」
「研究に没頭していたらこんなに遅れてしまったよ」
「アンタが来たならもう何も心配いらないわ。あとはアタシたちに任せなさい!」
オズ様が杖を構え、レオナルドさんが剣をかざす。
二人の装備がイメージとは真逆なのが面白い。
「戒めの鎖よ!天より召喚に応え、然るならば我に仇名す竜をこの地に繋ぎ止めよ!」
「私もそろそろ本気を出すとしようか」
オズ様によってドラゴンは再び光の鎖に繋ぎ止められ、レオナルドさんによって召喚された無数の火球がぶつけられる。
二人の加勢によってさっきまでこちらの攻撃をものともしなかったドラゴンがみるみるうちに追い詰められていく。
「俺たちも行くぞ!」
「アレン!」
アレンも戦線に復帰してきた。
よく見ると右腕の切り傷がすっかり塞がっている。
ずいぶんと早い復活だ。
「治療魔法受けて少し休めばこの通りよ。まだワイバーンは残ってるぞ、さあ立て!」
アレンは俺の手を取ると軽々と引っ張り上げた。
こちらにも反撃の時が来た。
そうだ、まだ俺たちは二人を護衛する役目がある。
まだ諦めるわけにはいかない。
「オラオラオラオラオラオラア!!」
「……」
オズ様は相変わらず騒がしい。
それに対してレオナルドさんは何もしゃべらず黙々と魔法を撃ち続けてるのが最高に面白い。
「さあ、とどめを刺すわよレオナルド!」
「わかっているとも」
二人の魔法使いは示し合わせたように頷いた。
「「我が求めに応じ」」
二人の魔法使いがまったく同じ詠唱を開始した。
「開闢の光を!」
「終焉の劫火を」
そして二人はそれぞれ異なる言葉を繰り出し……
「「我が前に示せ!」」
二人の詠唱によってドラゴンの周囲と頭上に二つの巨大な魔法陣が張り巡らされた。
下の魔法陣からは真っ青な炎の柱が吹きあがり、さらに上の魔法陣からは激しい落雷が絶え間なく降り注いぐ。
これが魔法使いの二大派閥のトップの力か……
上からは落雷の嵐、下からは超巨大な青い火柱。
もはや神々しいとしか言いようがないようなその光景を俺たちは黙って見ているほかなかった。
そして数十秒後、こちらにすさまじい被害を与え続けてきたドラゴンがついにその活動を止めた。
鎖に繋がれ、倒れ込むことこそなかったが動く気配は微塵もない。
『終わった』
俺はそう確信した。
まさかドラゴンを撃退するどころか討伐までしてしまうとは。
「ふー、いっちょ上がりー!」
「やはり外で動くと身体に来るねえ……」
オズ様とレオナルドさんも戦いを終えて一息ついている。
勝利を喜ぶオズ様とは対照的にレオナルドさんは反動が来たかのように剣を鞘に納めて腰をさすっている。
「あ、ミラを迎えに行ってくるわ」
「おうよ」
戦いが終われば前線も安全だ。
長く待たせているし、ミラを迎えに行こう。
「お疲れ様ー」
「お疲れー。そっちはどうだった?」
「ケガした人がたくさん来て大変だった!」
「そっかー、よく頑張ってくれたねー」
ミラはオズ様に頭を撫でられている。
本当にいろんな奴に可愛がられてるんだな。
「あっ、お父さん!」
ミラはレオナルドさんを見つけるとすぐに彼の方へと走っていった。
やっぱり二人は親子だったか。
「ミラ、元気にしてたかい?」
レオナルドさんは腰を落とすとミラを受け止めて抱き上げた。
改めて見比べると二人は本当にそっくりで親子の面影を感じずにはいられない。
「ミラは元気だよ。トモユキが一緒にいてくれるから」
「君には感謝しないといけないね。娘の面倒を見てもらっているようで」
「いやあ、とんでもないっスよ。家出した子供を拾って勝手に世話してただけですし……」
もとはと言えば俺が言い出したこと、責務を果たして当然だ。
「よっしゃあ!大仕事も終わったし、今夜は飲むぞ!」
アレンたちが大いに盛り上がっている。
祝い酒か、いいな。
そして、ドラゴンを討伐したその日の夜。
俺たちはギルドの酒場をまるまるクルセイダーと魔法使いで貸し切って酒盛りを始めていた。
ミラはすでに疲れ切って俺の膝の上で寝ている。
「あの、一つ聞きたいことがあるんスけど」
「ああ、ミラの家出の動機のことかな?」
レオナルドさんは語り始めた。
いや、俺まだ何も話してないんですけど。
「ミラは私の妻から厳しい教育を受けていたんだ。それはもう私ですら目を背けたくなるほどにね」
なんてこった。
やはり家出の原因は母親だったのか。
「ミラは基本的な魔法なら一通り扱うことができるのは知っているかな?」
「はい。この前少し見せてもらいました」
「本来なら魔法の基礎がすべて固まるには軽く十年は必要なんだ。それを彼女はたった三年の叩き上げで覚えさせられている」
うわあ……
所謂、スパルタ教育って奴だな。
「私も妻の教育方針には反対していたんだが……如何せん私は妻の家から研究資金の援助を受けているものだから強く出られないんだ」
「難しい問題っスね」
「だから私はミラを家から解放してやることぐらいしかできなかったんだ。でも家に連れ戻されればまた彼女に苦しい思いをさせることになるかもしれない。できれば私はミラには外の世界でたくさんの経験をしてほしいんだ」
家庭の問題って複雑だよなぁ。
そういう事情には踏み込んだことは言えない。
「タカノ君、私からのお願いだ。これからもミラの面倒をみてやってはくれないか?本当は私がこっそりと面倒をみるつもりだったんだけど……君の元にいる方がよさそうだ」
まさか実の親から直々に頼まれるとは思いもしなかった。
「それぐらいなら、お安いご用っスよ」
「ありがとう……本当にありがとう……」
レオナルドさんの痩せこけた頬には細い涙の筋が走っていた。
彼は父としてどれほど悩み、苦しんだ末に娘を己もろとも母から遠ざける決断をしたのだろうか。
子どもを持ったことのない俺にはわからないがとてつもなく悲しい思いを背負っているのは確かだろう。
俺にできるのは彼の意志を継いでミラの面倒を見てやることだけだ。
それにしてもずいぶんと飲んだなあ。
なんかアレンやグレイさんが騒ぎまくっていたことは覚えているんだが。
「んで、レオナルドは次は何の研究をするの?」
「そうだねぇ……」
「特に考えてないならドラゴンの研究なんてどう?あんなに強大な力持ってんだから魔法に関することだって何かわかるかもしれないわよ」
「なるほど、それは考えたこともなかった」
オズ派とマーリン派、意外と仲はよさそうだ。
両者がこういう関係なら部下たちがいがみ合うこともなさそうだし。
「じゃあ決まりね」
「クラリスちゃんはどうするのかな?」
「アタシはしばらくはここに滞在するかなー。次の旅までの準備を整えたいし」
「ははっ、如何にも君らしい答えだ」
やっぱり仲いいでしょこの二人。
「トモユキくん。ミラのことは頼んだよ」
「はい。任せてください」
「何か困ったことがあったらギルドの図書館へ来るといい。私はいつでもそこにいるから」
「そういうレオナルドさんもたまには外に出ないとダメっスよ。ただでさえ痩せてるんスから体力つけないと」
「ははっ、そうかもしれないね」
こうして俺たちはいつもの日常へと帰っていった。
これからもこの調子で、これまで通り生きていくんだろう。
父親代わりとして生きていく人生っていうのも、案外悪くないかもしれない。