おじさんたちの百物語
旅行十日目の夜。
俺たちの生活しているアパートに珍しい来客が訪れていた。
「怪談話やるぞ!」
来客の一人であるリョウタ君が話題を切り出した。
ケンタロウ君やリョウタ君、エリカちゃんも一緒にいる。
今日はアパートに集まって夏の風物詩でもあるテレビのホラー特集を見ながら夜中まで怪談話だ。
外泊許可まで取り付けたらしい、最近の子供は進んでるなぁ。
「じゃあ始めるか」
シンジ君たちは怪談話を始めた。
俺も中学生ぐらいのころまでは幽霊や怪奇現象なんかの話で恐怖心を煽られたもんだ。
歳を重ねた今となっては平然と聞き流せるが。
「なんかありきたりな話ばっかりでイマイチ怖くないよな」
いくらか話を聞いたところでシンジ君がつまらなそうに言い放った。
確かに俺も聞いたことのあるような話ばかりだ。
「ねえ、ミラちゃんたちも何か怖い話知ってたら聞かせてくれない?」
エリカちゃんがミラたちに話を振った。
そういえばあっちの世界の怖い話って聞いたことがない。
俺も興味がある。
「怖い話かぁ。じゃあミラのお母さんの話でも……」
おいやめろミラ、俺はちょっと聞きたいと思ったけどシンジ君たちはそんな生々しさに満ちた怖い話は求めてないと思うぞ。
おまけにミラ本人の目がどことなく虚ろになっている。
トラウマの話は自分の傷を抉るだけだし、やめさせよう。
「アンタたちの言う怖い話って言うのは怪談話でいいのよね?」
オズが口を開いた。
彼女は趣旨が理解できているようだ。
「それならいくつも知ってるわ。聞きたいだけ聞かせてあげる」
過去にいろんな地を渡り歩いていたオズならその手の話は本当にいくらでも知っていそうだ。
「聞かせてくれよ」
「お姉ちゃんの話聞かせてー」
シンジ君たちが一斉にオズの元へと集ってきた。
いつもこうやってオズの周りには人が集まってくるんだろうか。
「んー……じゃあ昔行った国に伝わる『魔法使いの時計塔』の話でもしようかしら」
おっ、ずいぶんとそれっぽいじゃねえか。
「これはアタシが十八の頃に訪れた国の話なんだけどね……」
オズは語り始めた。
十八ってことは俺と出会う四年ぐらい前か。
「その国には象徴として大昔からすごく立派な時計塔があるの」
「でね、その時計塔を設計したのはある魔法使いだって言われてるわ」
ここまではファンタジーでよくある話だ。
ここからどう怪談話に発展していくんだろうか。
「でも、その魔法使いはちょっと変わった人でね。世界中の希少な時計ばかりを集めていたの」
「時計って、あんな感じの?」
リョウタ君が壁に掛けられたアナログ時計を指さした。
「そう、あんな感じのやつね。今でもその魔法使いの家が残されてるんだけど、その壁には隙間もないぐらいにたくさんの時計が掛けられてるの」
「マジか……」
「時計オタクにしても行き過ぎじゃねえの……」
いきなりめちゃくちゃ怖い話になったな。
その魔法使い、ちょっとどころじゃないぐらいに変なやつじゃねえか。
部屋中どこを見ても時計とか俺だったら発狂してるぞ。
「ある時、魔法使いは自分の生まれ育った国に巨大な時計塔を作ることにしたの」
「自分の知識や財産を活用し、腕利きの技師を世界中から集めて何年もかけて作り上げようとしたわ。でもね、その魔法使いは時計塔が完成する前に病気で死んじゃったの」
えっ。
マジかよもうこの時点で怖いんだけど。
「時計塔は魔法使いの死から四年後に完成したわ」
「そしてそれが完成したのは……」
オズは静かに息を溜めた。
俺たちは次の一言を固唾を飲んで待つ。
「その魔法使いの命日なの」
やっぱりそういうオチだと思ってたよ。
曰くつきの代物じゃねえか。
「マジかよ……」
「やばい奴じゃん」
「まだ終わりじゃないわ」
マジで、まだ続きがあるの?
俺はもう腹いっぱいなんだけど。
「最近ね、古くなった時計塔を改修しようと技師たちが立ち入ったの」
「でもね、改修に立ち入った技師たちはみんな謎の死を遂げたわ」
「嘘だろ……」
「本当よ、しかも死因は今でも不明」
完全に曰く付きだな。
「お姉ちゃんそんなところに行ったの?」
「行ったわよ。しかも時計塔にも入ったし」
「マジで!?」
よくそんなことわかってて行こうと思ったな。
俺だったら絶対行かねえわ。
本当に大した度胸だ。
「しかもね、アタシ聞いちゃったの。『魔法使いの声』を」
「こ、声って……?」
「どんなの……?」
ケンタロウ君たちが恐る恐る訊ねた。
まさか死人の声なんて聞こえるはずがない。
「時計塔が完成した日、すなわち魔法使いの命日はね。夜中一時になると時報と一緒に男の高笑いをするような声が聞こえてくるの。アタシも最初は疑ってたんだけどさ。なんせ自分の耳で聞いちゃったもんだから信じるしかないわよねぇ」
「時計が好きすぎる魔法使いがそのまま時計塔の霊として住み着いちゃったってわけか」
「まあそういうところよねー」
「お祓いとかできねえの?」
「過去に死霊術師たちが何人か除霊に挑戦したんだけど全員返り討ち。魔法使いとしての能力も一流だったみたいね」
怖い話だなぁ。
てか魔法使いとは別に死霊術師っていうのがいるんだな。
「どう?こんな話だったら朝までしてあげられるけど」
「ぜ、ぜひ……」
シンジ君たち完全にビビっちまってるじゃねえか。
正直俺もちょっと怖いと思ったし。
一方でテレビは恐怖体験の再現映像に力が入っていた。
「特に大したこともない幽霊なんかの映像見せておいてデカい音を付け足してビビらせようって魂胆が見え見えよねー」
「ねー」
意外にオズとミラは冷めた反応を見せている。
ついこの前までなんでもないようなテレビ番組にめちゃくちゃ驚いてたのに順応が早すぎる。
シンジ君たちもドン引きしている。
『よくあんな話をしておいて平然と見ていられるな』と言いたくて仕方がないような顔だ。
「おじさんは何か怖い話知らない?」
「えっ、えーっと……」
いきなり話を振られて一瞬思考が固まった。
生々しい話は求めてないだろうし、なにかできそうな話といえば…
「一つ知ってるぞ。怖くはないけど不思議な話がな」
「本当に?」
あった、俺しか知らないであろうものが一つ。
「これは俺がまだ君たちと同じぐらいの歳のころだったかな」
「うんうん」
俺はゆっくりと語り始めた。
こうやって子供たちの前で昔話をしているとまるで自分が本当の父親になったような気がしてくるな。
「俺、熱病がずっと長引いて全然寝られなくなったことがあったんだ。実家はここよりも田舎で不便だったけど景色がよくてさ、俺は夜更かしに一人で散歩に行ったんだ。外は寒かったし、熱出して寒気も感じてたから厚着して震えながら外を歩いてたのを今でも覚えてる」
俺は語りで皆を引き込んだ。
さて、ここから盛り上がるぞ。
「でさ、実家の近くにある堤防で川を眺めてたらさ、不思議なものを見たんだ」
「不思議なもの?」
「何を見たの?」
「それはな……」
俺が少年だったころに見たもの、それは……
「魔法使いだ」
「魔法使い?」
「そう」
魔法使いだ。
不思議な人はこれまでにも見てきたがあれは間違いなく魔法使いだったと今でも確信している。
「まっさかー。この世界に魔法使いがいるわけないじゃん」
オズ、そうやって笑ってるけどお前が言っても何の説得力もないからな。
「忘れもしない。綺麗な銀色の長髪に、水色の瞳の女の人だ」
「もしかしてそれって……」
「ミラちゃんのこと?」
ふとミラの顔を見直してみた。
いつの間にか寝ている。
そっとソファーに寝かせてタオルケットをかけた。
この調子なら朝までぐっすりだろう。
確かに彼女も銀色の長髪に空色の瞳だ。
特徴は同じだが明確に違うところがある。
「確かに似てるけど、あの時出会ったのは大人の人だったよ」
「じゃあ大人になったミラちゃん?」
「それはわからないけど、そうだったら面白いよな」
昔に大人のミラと子供の俺が出会い、今は大人の俺と子供のミラが出会ったのだろうか。
だとしたらなんとも不思議なめぐりあわせだ。
「最初見たときは幽霊だと思ってさ、俺腰ぬかしちまったよ」
「そしたらさ、それを見た魔法使いの女の人がこっちに寄って来たんだ」
「それからそれから?」
「初対面なのにやたら俺のこと気遣ってくれてさ。俺が熱出してることまで理解してくれて」
「んで、俺に魔法をかけてくれたんだ」
「そしたら?」
「ずっと下がらなかった俺の熱が一瞬で平熱に戻ったんだ」
はっきりと覚えている。
身体のだるさが完全に消えたし、関節の痛みもなくなった。
「解熱までできるなんてかなり高度な治癒魔法を使えるのねぇ。アタシ見たことないわ」
「お前もできるんじゃねえの?」
「ケガの傷を塞ぐことならできるけど病気の治療となるとアタシじゃ無理ね」
マジか。
オズにも使えない魔法ってあるんだな。
「それから、その魔法使いの人はどうしたの?」
「あの夜だけの出会いだったよ。俺の病気を治してくれてからどこかに消えちまったからな」
「怖くはなかったけど、不思議な話ですね」
「だろう?」
気が付けばもう時刻は夜の十一時を過ぎていた。
もう夜も遅い。
「さぁ、もう夜も遅いし今日は寝ようか」
「はーい」
俺は押入れから布団を取り出した。
いつもはミラとオズが使っているが今はシンジ君たちに貸し出そう。
少し狭いかもしれないけど俺がソファーを使えばなんとか全員寝られそうだ。
「じゃあ電気消すぞー」
「おやすみなさーい」
消灯し、ミラを布団の上に移してソファーに横になりながら俺は再び考えていた。
あの時に出会い、俺の病気を治してくれたあの魔法使いは結局何者なんだろう。
ミラの親族なのだろうか、それとも成長したミラ本人なのだろうか。
結局、謎は謎のままか。




