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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第5章 おじさんたちの日本旅行
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激情するミラ

今回はタカノ視点の話です。

 「さっきミラがすっごい怒ってたけどアンタ何したのよ」


 日本旅行七日目の昼前、俺はオズに諫められていた。

 原因は今朝のとある出来事だ。


 「この前買ってきた菓子あるじゃん?あれミラが大事にとっておいてたって知らなくて全部食べちゃってさ」

 「はぁ」


 事情を知ったオズにあきれられたように特大のため息をつかれた。

 一昨日ミラたちが映画を見に行っている間に買い出しで買ってきたスナック菓子。

 ミラが大事にキープしていたらしいんだがそれを知らずに何気なく食べてしまった。


 「アンタ謝ったの?」

 「すぐに謝ったけどさ……」


 何度も謝ったがミラはまともに口を利いてくれなかった。

 というか一年近く一緒にいてあんなに怒ったミラを見るのは初めてだったから俺もどう接すればいいのかわからなかった。


 『トモユキのバカ!なんで勝手に食べちゃったの!?』

 『楽しみに取ってたのに!信じられない!』

 『しばらくミラに話しかけないで!』


 『ごめん!俺が悪かったから!』

 『うるさい!話しかけないでって言ったでしょ!』


 謝罪は一方的に遮られてしまった。

 そして何より初めてミラに暴言を吐かれたことがショックでならない。

 つい一、二時間前のことを思い出すだけで胸がズキズキと痛む。


 「なにもあんなに怒らなくたって……」

 「わかってないわねえアンタ。食べ物の恨みって怖いのよ」


 昔から『食べ物の恨みは恐ろしい』と言われているがこの年にして身をもって知ることになろうとは思いもしなかった。


 ―――ガチャッ

 少しばかり乱暴に玄関が開く音が聞こえた。

 ―――バタンッ!

 そして間髪入れずに玄関は強く閉じられた。

 音の主は間違いなくミラだ。


 「こんな時間からどこに行くんだ?」

 「さぁ?アタシは知らない」


 特に予定も立ててないし、本当にどこへ行くつもりなんだろう。

 行きあたりでどこかをぶらつくのだろうか。


 「探さなくてもいいの?」

 「まぁ、腹が減ったら戻ってくるだろ」

 「どうかしらね。ミラはああ見えても結構自我が強いところあるし」


 気楽に構えていた俺にオズが忠告してきた。

 確かにその自我の強さをついさっき見せつけられたばかりだ。


 「いくらなんでも考えすぎじゃねえの?」

 「アンタ、ちょっと気楽すぎない」


 オズの忠告は続く。


 「いい?アンタは知らないだろうけど、ミラは本当はギルドから遠く離れた国の出身よ。レオナルドの助けがあったとはいえ、あんなに小さな子がたった一人でギルドまでたどり着いてるの。その気になれば一人でどこにだって行っちゃうかもしれないのよ」


 それを聞いて俺は思い出した。

 確かに俺と出会ったとき、ミラは一人だった。

 当時は何も不思議に思わなかったがそんな理由があったのか。


 「あっちの世界なら基本どこへ行ってもアタシの召喚魔法で呼び戻せるけどこっちじゃそうはいかないの」

 「なんでだ?」

 「だってアタシ、こっちの地理はほとんどわかんないんだもん」


 マジか。

 ていうかその理屈でいくとお前向こうの地理をほぼ全部網羅してるんだな。


 「とにかく!ミラの足ならまだそう遠くに行ってないはずだから早く探しに行かないと!」


 オズの忠告は警告へと変わった。

 その声色はかなり焦っているように感じられた。


 俺は何も言わずにアパートを飛び出した。

 ミラが行くとしたらどこだ。

 彼女はお金を持っていないはずだから電車やタクシーは利用できない。

 だとすれば移動手段は自分の足だけのはずだ。

 ミラはどこへ行った。

 それ以外何も考えずに俺はアパートの周辺を駆け回った。


 ダメだ、影すら見当たらない。

 ミラはいったいどこに行ったんだ。

 こんな時に電話の一つでもできれば苦労はしないんだろうけどなぁ。


 ……電話?

 ふとズボンのポケットから携帯を取り出した。

 そういえばこの前あの小学生四人組の番号をオズから教えてもらったな。

 この際手段は選んでいられない。

 俺は片っ端からシンジ君たちに電話をかけた。


 『ミラちゃんがいなくなった!?』

 「そうなんだ。探すのに協力してくれないか?」

 『わかった!学校の皆にも頼んでみる!』


 『すぐに探します!』

 『俺たちが力になれるなら一緒に探すよ!』

 『警察の人たちにも知らせますね』


 いつもの四人はすぐに捜索に力を貸してくれた。

 さらには学校のみんなや警察にも協力を頼んでくれるとも言ってくれた。

 みんなありがとう。

 

 「ちょっとアンタ!ミラは見つかった?」


 オズの声がする。

 だがどこを見回しても彼女の姿は見当たらない。


 「バカ、上よ上」


 その声の通りに見上げると、そこには普段の大きさに戻っているクロとそこに乗るオズの姿があった。


 「お前何やってんだよ!?」

 「クロに協力してもらって空から探してんのよ。そっちの方が地上を走り回るより効率いいでしょ」


 こういう時のオズの頭の回転の速さには感服させられる。

 というかクロ、お前もう普通に飛べたんだな。


 「アンタも乗る?」

 「いや、俺は走って探す」

 「そう、そっちは任せたわ」


 オズは再びクロを飛ばし、高度を上げてどこかへと飛び去って行った。

 頼んだぞ、俺は俺のやり方で探してみるから。


 探し始めて何時間が経っただろうか。

 相変わらずミラは見つからないし、みんなからも見つけたという連絡はまったくない。

 聞き込みもしたが有力な手掛かりは掴めなかった。


 まさか誘拐とかされてないだろうか……

 いや、悪い方向に考えるのは止そう。

 とにかくミラが見つかることを信じるんだ。


 空模様が変わり始め、夏には似つかわしくない冷たい雨がぽつりぽつりと降り始めた。

 雨に慣れていないミラのことが心配だ。


 「ミラ!どこだ!」


 周囲の目も、雨に濡れることも、自分の喉がつぶれることも一切気にせず俺はミラを呼び続けた。

 何も帰ってこない反応と俺の身体に打ち付ける雨の冷たさが俺の心の中のむなしさを掻き立てる。

 まだだ、まだ諦めちゃいけない。

 

 雨は時間が経つに連れて激しくなっていく。

 俺の体力が次第に奪われているような気がしてならない。


 そんな時、携帯から一件の着信が入った。

 シンジ君からだ。


 「もしもし」

 『さっき図書館の方でミラちゃんっぽい女の子を見たって連絡があったよ!』


 マジかよ、アイツどうやって図書館にたどり着いたんだ。

 アパートから車を使っても優に数十分はかかるような場所だぞ。


 「ありがとう。今から図書館の方へ行く」

 『俺たちも向かいます』


 ……そうか、図書館か。

 通話を切った俺は踵を返し、筋が張った足を動かして図書館の方へ向かった。


 ここの近くの図書館の周りは車がよく通る。

 その上に信号や横断歩道がないから数年に一度ぐらいの頻度で交通事故が起こる危険地帯だ。

 そんな場所にミラがいるとすると……


 俺はひたすら走った。

 水たまりに勢いよく踏み込んでズボンを濡らし、雨露に視界を奪われようともそんなことはどうでもいい。


 「そんな急いで手がかりでも見つかった?」

 

 上からオズの声がする。

 彼女も雨具代わりの帽子とローブが雨でベタベタになっている。

 

 「図書館だ。そっちの方でミラらしき子を見たっていう情報が入った」

 「オッケー。どっちに行けばいい?」

 「あっちだ」


 俺は図書館のある方を指さした。


 「行くわよクロ!」


 オズはクロを使って図書館の方へと向かっていった。

 俺も急がなければ。


 走った、ただひたすらに走った。

 もう他のこのなんてどうだっていい。

 ミラさえ無事でいてくれるならば。


 ……いた。

 間違いない、ミラだ。

 しょぼくれた様子で道路を歩いている。

 雨具なんて持っていないから彼女もずぶ濡れだ。


 「あぁ!?」


 その後ろを見た俺は絶句した。

 ミラの背後から自転車が猛スピードで迫ってきている。

 警告のベルを鳴らさなければ逸れようともしない、さてはイヤホンとかつけててミラに気が付いてないな。

 まずい、このままだと衝突するぞ。


 「ミラ!危ない!」


 気が付けば俺の身体は勝手に動いていた。

 その目的はただ一つ、ミラを護ることだ。


 ミラが暴走する自転車に気づくよりも早く俺はミラを抱えて脇道へと飛び込んでいた。

 自転車は俺にも気づくことなく俺たちの横をすっ飛ばしていく。


 「馬鹿野郎!どこ見て走ってんだ!」


 俺は思わず通り過ぎる自転車に後ろから罵声を浴びせかけた。

 恐らく俺の声は届いていないだろう。


 直後、自転車を漕いでいた人間が勢いよく自転車から放り出された。

 フードが取れて分かったがアイツ女だったのか。

 よく見ると自転車は車輪、ペダル、ハンドルが空から伸びた金色の鎖に縛られている。

 こんな芸当ができるのは一人しかいない。


 「オズ……」


 オズが空中からクロに乗って現れた。

 こちらも間に合っていたようだ。


 「ちょっとクロのこと頼んだわ」


 オズはそう一言残すとクロを俺のもとに預け、無言でズカズカと女の方へと近づいて行った。

 後ろから肩に手をかけ、強引に自分の方へと振り向かせる。


 「アンタ、自分が何したかわかってる?」


 オズはかなり低い声で詰問し始めた。

 女は訳が分からないというような表情でオズのことを見つめている。


 「何したかわかってんのかって聞いてんのよッ!!」


 すさまじい剣幕でオズが怒鳴りをあげた。

 あまりの勢いに雨音以外は何も聞こえなくなる。


 「何って、ウチは普通に自転車で走ってただけ……」

 「目の前に女の子がいるのにも気づかず減速もしないのにどこが普通よ」


 女の主張をオズは一蹴した。

 その通りだ、明らかに普通の走りではない。


 「いい?アイツがあの子を庇わなかったらアンタは今頃あの子を轢いてたのよ?命を奪ってたかもしれないのよ」

 「はぁ?そんなことあるわけ……」


 そう言いかけたところで女の頬を金色の鎖が掠めた。


 「無いって言いきれる?」


 オズはグイっと顔を近づけて二言を迫った。

 彼女の怒りはまだまだ収まらない。


 「今ここで誓いなさい。二度とこんなことしないって。でなければ、アンタを殺す」

 「ただの脅しでしょ?ひ、人殺しは犯罪だし?」

 「アタシ、実際にやったことあるから。その気になれば痕跡を残さずにアンタを消すことだってできるのよ」


 オズの言葉の重みがとにかくすごい。

 そして彼女なら本当にやりかねない。


 「選びなさい。今ここで悔い改めるか、それとも死ぬか」

 「……すみませんでした」

 「謝るのはアタシじゃなくてあっちでしょ!!」

 「すみませんでしたァ!」


 はじめは軽い態度を取っていた女もオズの剣幕に屈し、俺たちに謝罪の言葉を述べて逃げるように自転車に乗って去って行った。

 おそらく彼女にとっては一生のトラウマになるだろう。

 だが自業自得だ。


 「大丈夫だったかミラ。ケガはしてないか?」


 まずはミラが何かケガをしてないか確認しなければ。


 「大丈夫……」


 ミラは罰が悪そうな表情をしながら答えた。

 相変わらず俺に目を合わせてくれない。

 でもそれは怒っているからではない、申し訳ないからだ。


 「そうか。ならいいんだ。探したぞ……」


 俺はミラを強く抱きしめた。

 無事でよかった、本当によかった。


 「……ごめんな。勝手に菓子食っちまって」


 俺は改めてミラに謝った。

 許してくれとは言わないが、俺の意思ぐらいは理解してくれないだろうか。

  

 「ごめんなさい……」


 あれ?

 思ってたのとなんか違う答えが返って来たぞ。


 「ごめんなさいいいいい!!」


 感極まったミラは泣き出してしまった。

 そっと抱き寄せ、彼女の後頭部をそっと撫でる。

 雨に濡れた銀髪はサラサラではないけれど、それでも優しい手触りだ。


 「ごめんなさい…いっぱいひどいこと言ってごめんなさい……」


 一時の感情で俺に暴言を吐いてしまったことをかなり悔やんでいたようだ。

 でも、あの時は俺が悪かったし。


 「やっぱり、ミラは優しい子だ」

 「俺も悪かった」


 「いい雰囲気のところに水差してるようで悪いんだけどさ。携帯貸してくれない?」


 オズが俺たちの間に入り込んできた。

 俺は携帯を取り出し、オズに手渡した。

 以前教えたとおりに操作し、オズは誰かに電話をかけた。


 「あ、シンジ?ミラは見つかったわよ。うん、手伝ってくれてありがとう」


 オズはいつもと違う低いトーンで通話していた。

 事態が事態だっただけにいつものような軽さを見せるわけにもいかなかったのだろう。


 「これで一件落着」

 

 オズは俺に携帯を投げてよこした。

 馬鹿、手が滑ったら道路に落ちて画面が割れるじゃねえか。


 「濡れちゃったな。帰るか」

 「……うん」


 俺たち三人、傘もささずに雨の中を飛び回ってびしょ濡れだ。

 濡れっぱなしじゃ体に悪い、早く帰って温かいシャワーでも浴びよう。


 この日、俺は初めてミラが激情するのを目の当たりにした。

 普段は温厚で明るく天真爛漫な彼女があんなにも豹変し、俺相手ですら罵詈雑言を浴びせかけてきた。

 もしかして、彼女が家出をしたのもこの一面が関わっているのかもしれない。


 


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