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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第5章 おじさんたちの日本旅行
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おじさんたちと海 後編

 「ミラちゃんもっと左だよ!」

 「惜しい!もうちょっと右!」

 「そう、そのまままっすぐ!」


 昼前のビーチではミラが初めてのスイカ割りに挑戦していた。

 ミラはオズやシンジ君の声を頼りに目隠しをしながらおぼつかない足取りでスイカを目指して進んでいく。


 「おっとっと……」


 今にも転んでしまいそうで危なっかしい。

 転んでも上は砂だからそこまで痛くはないだろうし、オズたちもついているけどそれでも不安だ。

 正直なところ見ていてかなりハラハラする。

 いいぞ、その調子だ。

 遠くから眺めているだけだがつい応援に熱が入る。


 「そこでストップ!」


 ケンタロウ君の一声でミラは足を止めた。

 棒で慎重に周囲を探り、スイカへと狙いを定める。


 「そう、そこ!」

 「いけー!」


 周囲の声援にこたえるようにミラは棒を大きく振り上げた。

 細い腕からは想像もできないほどに力強い一刀が振り下ろされる。


 「えいっ!」


 ―――棒はスイカの頂点に命中し、気持ちがいいぐらい綺麗にスイカが割れた。


 「おー!」

 「ミラちゃんすごーい!」

 「確かめてみてよミラ。すっごくきれいに割れてるから!」

 

 周囲からも口々に歓声が上がる。

 アイマスクを取り、結果を確認したミラもその出来栄えに驚く。


 「さすがに二つになると俺たちだけじゃ食いきれないな」


 割れたスイカを頬張りながらリョウタ君が呟いた。

 確かにスイカって妙に腹に残る上に個が大きいから食べきるのにはなかなか苦労する。


 「それもそうねー……あっ、そうだ!」

 「どうしたのお姉ちゃん?」

 「ちょっと余ったスイカをこっちにちょうだい」


 オズが子供たちから余ったスイカをかき集め始めた。

 何をするつもりなのかだいたい想像がついた。


 「んじゃ、このスイカを別の人にあげちゃおう」


 やっぱりな。

 オズの召喚魔法によって俺のもとに大量のスイカが送られてきた。

 なんか俺の方に遠くからハンドサインみたいなものまで送ってきている。


 せっかくなので俺はスイカに手を付けることにした。

 懐かしい味だ、少年時代の思い出が一瞬で湧き上がってくる。

 一口、また一口と齧るたびに思い出の一つ一つが鮮明に脳裏に蘇る。


 「種なしだ……」


 何口か食べて気が付いた。

 このスイカは種がない。

 昔は『種ありの方が美味い』だなんていわれて我が家では敬遠されてたっけ。

 全然そんなことねえじゃねえか、こっちも変わらず美味い。


 それにしてもただ甘いだけなのはなんとなく合わねえなあ。

 ちょっと塩をかけたい。

 海水に少し浸ければ……いや、馬鹿なことを考えるのはやめよう。


 気が付けばミラたちは今度はビーチバレーに興じている。

 ビーチバレーと言えば海水浴の華だ。

 ミラやシンジ君、ケンタロウ君、リョウタ君、エリカちゃんにオズまで混じって一緒になってはしゃぐ様は見ていて微笑ましい。

 ミラは自分よりも体格の大きいシンジ君たちに負けないぐらいに元気いっぱいに動き回っている。

 意外と運動もできるんだな、レオナルドさんにもこの光景を見せてあげたい。

 オズはもともと冒険を生業にしていただけあってかなりアクティブに動き回っている。

 そして跳ぶ度にパーカー越しにでもわかる上半身のアレが大きく揺れる。

 アレに動じることなく遊べるのは子供ならではだなぁ。


 「お姉ちゃんパス!」


 エリカちゃんからオズに向けてパスが回った。


 「よっしゃ任せなさい!」


 パスを受けたオズはかなり高く飛びあがった。

 彼女は勝負ごとになると相手が誰であろうと遊びであろうと一切手を抜かない。

 おいちょっと待て。

 なんかオズの右手が光ってるぞ、アイツ絶対魔法使っただろ。


 「うおおおおおッ!!」


 普通の女子からは想像もつかないような気迫のこもった声と共にオズの腕から渾身のスパイクが放たれた。

 光り輝く右腕によって繰り出された一撃は音を立てて空気を切り裂き、着弾した周囲の砂を螺旋状に巻き上げて抉る。

 シンジ君たちは常軌を遥かに逸脱したそれを目の前にして開いた口がふさがらない。


 「やべぇ……」

 「大人気ねえ……」


 シンジ君たちは口々に呟いた。

 いくら負けたくないからって普通の子供相手にあれはないだろう。

 まともにレシーブしてたら腕どころか全身吹っ飛んでるぞ今の。


 「お姉ちゃん、今魔法使ったでしょ?」

 「い、いや。そんなことないから……」


 ただ一人、ミラだけはその一撃の正体に勘づいていたようだ。

 それを指摘されたオズはミラから目を逸らしている。

 関わるようになってからずっと思っていたんだがオズは嘘をつくのが本当に下手だ。

 彼女は自分のついた嘘を指摘されたり出まかせの嘘をつくとすぐに視線を逸らす。


 「やっぱり嘘ついてる」


 オズの癖はミラも知っているようですぐにバレてしまった。


 「きったねー!」

 「正々堂々勝負しろよなー」


 口々にブーイングを浴びせられてオズはすっかり消沈してしまった。

 これで少しは平和なビーチバレーになるだろう。

 それでもオズの身体能力が周りに比べて高いことには変わりはないんだが。


 ビーチバレーをしている子供たちとオズを眺めていた俺はある異変に気が付いた。

 ミラの様子がどこかおかしい。

 足取りがどこかフラフラしているし、顔色が少しよくない、それに暑いという理由だけでは考えられないような量の汗が出ている。

 あんな状態になるのはこの夏一番恐ろしいアレの前兆に間違いない。


 「ミラ!」


 俺はすぐにミラの元へと駆け寄った。

 今すぐにでも彼女を止めないと。


 「あれ?トモユキ?」


 バテ気味な表情をしながらミラは俺のことを認識した。


 「ミラ、少し休め」

 「えー、ミラはまだ大丈夫だよ?」

 「いいから日陰で少し休め!」


 ミラの小さな体を抱きかかえ、俺は日陰へと連れて行った。

 オズや子供たちは呆然と様子を眺めている。

 もしかして気が付いていなかったのか。


 俺は様子を見ていた拠点まで戻り、そこにミラを横たわらせた。

 ここなら日陰だから直射日光を避けられる。

 ミラの額に手を当てた。

 明らかに熱い、あと一歩遅かったら倒れていたかもしれない。


 「ミラ、さっきから様子が変だったが自覚症状はあったか?」

 「別に何も…」

 「お前の命に関わることだ、正直に言ってくれ」

 「…ちょっと気分が悪かった」


 やっぱりか。


 「いいか、今お前は『熱中症』っていう病気になりかけてたんだ」 

 「ねっちゅうしょう?」


 熱中症、それは夏における最大の脅威といっても過言ではない。

 かつての職場でもこの時期になると新人が無茶して何人かがその餌食になっていた。

 発熱や眩暈、さらに症状が進めば嘔吐や意識の消失までをも引き起こす。

 最悪の場合は回復できずにそのまま死だ。


 「そうだ、あと一歩遅かったら死んでいたかもしれない」


 俺はクーラーボックスを漁り、ペットボトルの清涼飲料を取り出した。

 熱中症予防、および回復においてもっとも基本的なことは水分をしっかりと補給して身体を冷却する用意をすることだ。


 「飲め。少しは気分がよくなるはずだ」


 俺に促されるままにミラはペットボトルに口をつけ、ドリンクを少しずつ喉に通した。

 心なしか血色も少しずつよくなっているような気がする。


 「どうだ?」

 「少し楽になったかも」


 それはよかった。


 「しばらくそれを飲んで休むんだ。日陰から出ちゃダメだからな」

 「みんなに迷惑かけてないかな…」


 ミラがか細い声でぽつりと零した。

 その表情は今にも泣きそうだ。


 「心配するな。ミラはなにも悪くないから」

 「それに、ミラは自分よりも大きな子たちの運動量についてきてたんだ。自分が思ってるよりも疲れてたんだろうな」


 体力差があれば当然熱中症に対する免疫力にも直結する。

 今回はそれが原因で周りも気づけなかったんだろう。


 「どこに行くの?」

 「みんなにひと声かけてくるだけだ。『少し休め』ってな」


 俺はオズや子供たちに事情を説明した。

 ミラが熱中症になりかけていたこと、今は休ませていること、そして休憩や水分補給をこまめに取る必要があること。


 「まさかそんなことになりかけてたなんてねぇ…」


 拠点でラムネを飲みながらオズが話しかけてきた。

 子供たちも近くに用意していた別の拠点で休憩させている。


 「でも、どうしてアンタはミラの様子が変だって気が付いたの?」

 「昔の職場で同じ所見がある輩を何人か見てたからな。俺もなりかけたことがあったし」

 「へぇー」

 「また元気に遊べる?」

 「もちろん。そのためにはもうちょっと休憩しないとな」


 俺の一言でミラの表情に明るさが戻った。

 早めの対処ができれば回復にかかる時間も短い。


 休憩からおよそ三十分後。

 元気を取り戻したミラたちは再び遊び始めた。

 今度は俺も混じって夏のひと時を存分に謳歌させてもらった。


 そして夕暮れ時。

 俺たちは帰りの電車に揺られていた。

 行きの時とは違い、シンジ君たちも隣に座っている。


 「あっ、ミラちゃん寝てる」

 「本当だ」


 シンジ君たちの声で気が付いた。

 ミラはシートにもたれかかって寝息を立てている。

 よほど楽しくて遊び疲れたんだろう。

 

 「こうやってみると本当に人形みたい」

 「かわいい……」


 そうだろうそうだろう。

 俺たちはずっとこの寝顔を見てきてるんだぞ。


 そろそろ降りないとな。

 俺はミラを背負って席を立った。


 「今日はありがとう」

 「いや、こちらこそ」


 俺からの謝礼にケンタロウ君が謙遜の言葉を返した。


 「おじさんたちはいつまでここにいるんですか?」

 「あと何日滞在できたっけ?」


 リョウタ君に尋ねられ、俺はオズに確認を取った。

 俺たちがここにいられるのは期限付きだ。


 「えーっと、あと十四日」

 「というわけだ。あと二週間はこっちにいられる」


 「だってよ!よかったなケンタロウ」

 「まだしばらくは遊べるね」


 シンジ君とエリカちゃんに囃し立てられてケンタロウ君が顔を赤くしている。

 どういうわけだろうか。


 「また明日も遊んでくれますか?」

 「いいわ。またあの公園で会いましょう」

 「できればミラちゃんも一緒だといいな」

 「わかった。連れてきてあげる」


 「じゃあそろそろ帰るか」

 「うん。じゃあまたねー」


 オズに声をかけ、俺たちは改札を抜けてシンジ君たちと落ち合った。

 残りの二週間、遊び友達ができて何よりだ。


 


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