初めての大仕事へ
クルセイダーという仕事に就いた初日。
俺は機動隊に配属され、グレイさんという狼の獣人から指導を受けることになった。
グレイさんはそれはもう見事な体育会系の人でいきなりすさまじい量の訓練をこなさせられた。
今、俺は体育会系の人間でよかったと思っている。
事務職とかの人間だったらくたばっているに違いない。
あと、この世界にはクソデカいドラゴンが存在していて、それが最近こっちに接近してきていることも知った。
前の世界で例えるなら台風のようなものらしい。
ギルドの人たちはドラゴンの襲来を前にして皆祭りのような賑わいを見せている。
賑わっているのはいいが前に出て頑張るのは俺たちクルセイダーと魔法使い、あとハンターの人たちだからな。
「今日の業務はこれぐらいだな。そろそろ夜の担当と交代するからもう上がっていいぞ」
グレイさんの言葉に普通なら覚えないはずの違和感を覚えた。
俺が、定時で、上がれる……?
前の職場とは大違いじゃないか。
「次の出勤は明日の九時だ。身体休めとけよ」
「はい。先に失礼します」
この職場は神か……
ありがてぇ……ありがてぇ……
こうして俺の初仕事は終わった。
ああ、疲れた。
これからもこうやってこの世界で仕事をしながら生きていくんだな。
退勤、すでに日が落ち始めている。
今は夏だし、これからどんどん日没は早くなりそうだ。
さて、ミラを迎えに行こう。
特に何もなければいいんだが……
「ただいま戻りましたー」
「お疲れ様です」
「ミラちゃーん、タカノさん来たよー」
「はーい!」
兄ちゃんの家の奥の方からミラの声が聞こえた。
元気そうで何よりだ。
「ん?」
よく見たらミラの服装が今朝と違う。
農作業に適したオーバーオール姿だ。
「手伝いしてもらう時に服汚しちゃうと不味いかなーって思いまして、着替えてもらったんですよ」
それは嬉しい気遣いです。
むしろ感謝します。
「どう?似合ってる?」
「よく似合ってるぞ」
「本当!?」
初めて着る服の感想をミラに求められて俺は何も考えずにとりあえず誉めた。
俺は親馬鹿が出来上がるまでのプロセスを今この身をもって体験させられている。
まだ独身なのに。
「たくさん手伝ってもらっちゃったんで、これよかったらどうぞ」
そう言われて差し出されたのは布袋いっぱいに詰められた野菜。
恐らく自家栽培したものだろう。
「いいんですか?」
「いいですよー。今年は豊作だからおすそ分けしてもまだ余りが出るぐらいです」
ご近所付き合いは大事だ。
俺は人生で初めてそう実感することができた。
夕飯時、俺はミラと二人でその日の出来事を語り合っていた。
「お手伝いしてたらねー!草の中からこーんな大きな虫がでてきてねー!」
俺にその大きさを伝えようと身振り手振りを使って表現してるのが微笑ましい。
女の子だけど虫は平気らしいな。
「ほおー、そりゃあすげえな」
「でしょー?」
「デカいと言えばな、もうすぐこの辺にドラゴンが来るんだとよ」
「えーっ!?」
「クルセイダーのおじさんから聞いたんだ。ギルドもそれで賑わってたぞ」
「あのねあのね。ドラゴンはドシーンって地面を揺らして歩くんだよ。それにね、すっごく大きな声で吼えるの。多分ここからでも聴こえるよ」
ミラは自分が持っているドラゴンの情報を俺に語ってくれた。
この世界の住民ならだいたい知っているんだろうけど俺にとっては初めて耳にすることばかりだ。
「それはそうと、他にお前にいろいろと聞きたいことがある」
「え?」
いきなり話題を切り替えたことに対してか、あるいは俺が表情を変えたからか、ミラはきょとんとした様子の声を上げた。
「魔法使いについて教えてくれ。確かお前も、お前のお父さんも魔法使いだったよな」
「えーっとね……じゃあ魔法使いについて知ってることを教えるね」
お願いします。
「もともと魔法っていうのはね、人間には使えなかったんだって」
まさかまさかの魔法使いの成り立ちから語り始めた。
もしかしてめちゃくちゃ詳しいんじゃ……
「今よりずーっと昔にミラのご先祖様たちが変な声を聞いたんだって」
「変な声?」
「うん、それが何なのかは今でもわかんないみたい。でもその声を聞いた人間たちが魔法を使えるようになったんだって」
随分と突飛な話だな。
なんともまあファンタジーみの強い。
「ずいぶんと詳しいんだな」
「お父さんは魔法使いがどうやって生まれたかを研究してるの。だからそれを少し教えてもらったんだ」
「それはまあなんとも大層なことやってんな」
つまりレオナルドさんは研究職の魔法使いか。
錬金術とか使えんのかな。
「お父さんはずーと図書館にこもってて外ではほとんど遊んでくれないけど、何でも知ってるし、ミラに魔法も教えてくれたんだよ」
なるほどね。
ん? 待てよ。
『魔法使いのトップの片割れが変な奴でな。自分が手を付けてる研究を終わらせるまでは来てくれねえんだよ』
さっきのグレイさんの一言が脳裏を過った。
もしかしてだが、レオナルドさんって魔法使いのトップの片割れなんじゃないか?
「獣人は魔法を使えないって聞いたんだがそれはどうしてかわかるか?」
「うーん……獣人さんには変な声は聞こえなかったんじゃないかな」
まあ、その辺はわかるわけないよな。
「あっ、でも狐の獣人さんは昔人間の魔法使いと結婚したそれから魔法が使えるようになったみたいだよ」
なるほど、魔法使いというのは親から子へと遺伝していくらしい。
じゃあ俺が魔法使いとの間に子供を作ったらその子も魔法使いになったりすんのかな。
真夜中、誰もが寝静まっているであろう頃に変な音を耳にした俺は目を覚ました。
『グオオオオオオオオ……!』
風か?
それにしては妙に重々しくて生々しい音だ。
外に見に行ってみるか。
……暗い。
冗談抜きに暗い。
光が全くない空間というのを初めて経験したが自分の手元すらわからねえ。
妙に不安を煽られるし、これでは下手に動けない。
見えないものは仕方ない、外に出るのはやっぱり寝よう。
明日は帰りに携行用のランプでも買ってくるか。
「おはよう!昨日はよく眠れたかァ!」
出勤早々にグレイさんからオーバーな挨拶を受けた。
「あんだけ身体いじめときゃぐっすりっスよ」
「ハッハッハ!だろうなぁ」
確信犯かな?
「ところで夜中に変な音を聞いたんスけどグレイさんも聞きました?」
「ああ聞いたぞ。ありゃドラゴンの咆哮だ」
マジすか。
「あれだと、ここに接近するまであと三日ぐらいだろうな」
かなり時間押してるじゃん。
というかあと移動に三日もかかるような位置から声が聞こえるってヤバくね?
「というわけだ。今日はギルドを巡回したら対ワイバーン用の戦闘訓練をするぞ」
いくらなんでも急すぎないか。
とはいっても対策はするに越したことはない。
今日もギルドをぐるっと一周。
今日も特にこれと言った事件は起こらず平和だ。
個人的に気になったのは飯屋が昼前なのに妙に賑わっていたことか。
一般人とは様子が違う服を着た集団の姿があったな。
「なーんか飯屋が賑わってましたね」
「多分、魔法使いたちが集まってるんだろうな。アイツらが集合するときはたいてい飯屋か図書館だ」
飯屋か図書館って集まる場所に差がありすぎると思うんだがそれはどうなんだろうか。
「飯屋か図書館なんて随分と空気が違うんじゃないスか?」
「飯屋に集まるのはオズ派、図書館に集まるのはマーリン派だ。それぞれやってることが違う」
オズだのマーリンだのどっかで聞いたことあるような名前してんな。
「魔法使いにも派閥とかあるんスね」
「その通り。オズ派は魔法を戦いや冒険のために使う一派だ。普段は怪物を討伐したり新天地の開拓のために世界を旅しているらしい」
冒険ファンタジーみたいなことやってんな。
「そりゃあご苦労なこった」
「オズ派が活動して怪物どもを追っ払ってるおかげで基本的に天然ものの怪物がここまで入り込んでくることはねえんだ」
それはなんともありがたい話だ。
武闘派集団だが聞く限りではいい奴らっぽいな。
「たまーにヤバいのを刺激してソイツがギルドに攻め込んで来たりするんだけどな。その時は俺たちの出番だ」
なるほど、戦力としては心強いが護衛力としては不安があるって感じか。
「対してマーリン派は魔法を文明の発展のために使う一派だ。研究職の魔法使いはそのほとんどがマーリン派だと思っていい。俺の苦手な学問に関する本もほとんどがマーリン派の人間が書いたもんだからな」
「オズ派とマーリン派って全然違うことやってるんスね」
「あと得意な魔法にも違いがあるらしいぞ。とはいっても互いにトップがあらゆる魔法を修めてるからそう大した違いでもねえけどな!」
そう言われれば確かに。
活動方針以外は大した違いはなさそうだ。
グレイさんから魔法使いの派閥についてひとしきり聞いたところで今度は対ワイバーンの講義がスタートした。
「基本的によほどの身体能力を持った獣人でもなければ空を飛ぶワイバーンに素手で対応するのは無理だ。そこでほとんどの奴は武器を使うことになる」
まあ、そうでしょうね。
対空用の飛び道具とかあるのかな。
「武器は支給品もあるが基本的に使い勝手が悪い。ほとんどのクルセイダーが鍛冶職人のオーダーメイドを使ってるぐらいだ」
いくらなんでもそれはひどすぎないか。
もうちょっと質を上げようぜ。
「まあ、種類だけは揃ってるし、触りとしては悪くねえだろうから一度武器庫を覗いてみるといい」
「はぁ……」
そんなこんなで武器庫に連れて来られた。
確かにいろいろな武器がズラリと並んでいる。
「いろいろあるんスね」
「種類だけは豊富だからな」
短剣に長剣、槍などなど。
ゲームとか漫画でしか見たことないような武器がたくさんあるな。
「ん……?」
数ある武器の中で俺の目に留まったものが一つ。
「これ、どっかで見たことあるような……」
アレだ、玄翁をそのまんまデカくして柄を長くした奴。
ハンマーだっけか。
気が向くままに手に取ってみた。
支給品のそれは思ったより軽い。
これなら両腕を使えば存分に振り回せそうだ。
「なんだ。ハンマーが気に入ったのか」
「なんか妙にしっくり来るんスよねぇ」
柄を握っていると前の現場を思い出す。
上司の顔を思い出すと嫌な気分になるが工具そのものは手にしているとなんだか安心感を覚える。
「そうか、それならいい奴を紹介してやろう」
そう言われてまた場所を変えられた。
今日は訓練はやらないのかな?
「おい、アレン!」
グレイさんの呼び声の直後、なにか巨大な塊がが天井から降ってきた。
着地と同時に床が少し陥没し、衝撃が走って振動が発生する。
埃で塞がれていた視界が晴れると、そこには俺たちをはるかに上回る大男の姿があった。
そして彼の肩には巨大なハンマーが担がれている。
この人が『アレン』なのだろうか。
「よく来たなグレイ!」
大男はグレイさんと会うなり彼と熱い抱擁を交わした。
よく見ると大男の頭には立派な二本の角が上に向かって伸びている。
彼は牛の獣人か。
「紹介してやろう。クルセイダー機動隊の頼れる力持ちことアレン・ドールだ」
「どうも。タカノトモユキっス」
「ほう。お前が噂の新入りか」
俺って噂になってたんだ。
てかこの男、本当にデカいな。
俺は自分でも背が高い方だと思ってるけどそれでもアレンさんは見上げないと顔が見えないぐらいデカい。
「で、お前がわざわざ俺のところに来るということは何か頼み事があるってことだな?」
「ああ、コイツにハンマーの使い方のイロハってもんを教えてやって欲しい」
「よし来た!任せとけ!」
「というわけで、今日は退勤までアレンと二人でハンマーの訓練をしててくれ」
そう言い残すとグレイさんは俺を残してどこかに行ってしまった。
案外いい加減なんだな、この組織。
さて、こうして二人きりになったところで俺とアレンさんは外の広場へと場所を変え、訓練を始めた。
「ハンマーは男のロマンだ!魅力は何といっても重く硬く、そして圧倒的な破壊力!」
めっちゃわかる。
破壊力は男のロマンだ。
「というわけで今から俺がそのハンマーのイロハを叩き込んでやろう」
なんとなく察しがついた。
この人も体育会系の人だ。
もしかして機動隊にはこんな感じの人しかいないのだろうか。
「例えばここに岩があるよな」
「ありますね」
「並みの剣なら刃こぼれしちまうような硬いモンでも、ハンマーならこの通りだ!」
そういうや否やアレンさんは手にしたハンマーを勢いよく片手で振り抜いた。
すると俺の体躯ほどもあろうという岩が一撃で音を立てながら木っ端微塵に砕け散った。
「すげえ……」
「お前、自分のハンマーは持ってるか?」
「いや、今日初めて支給品の奴を触っただけっスね」
「そうか、なら今回は特別に俺のを貸してやろう」
アレンさんの視線の先には、さっきのより一回りぐらい小さい岩。
さて、気前よく貸し出してもらったはいいが……
「重……」
重い、とにかく重い。
両腕を使って全力で踏ん張ってようやく持ち上げられるぐらいだ。
こんな代物を片腕で軽々と振り回しているアレンさんは余程の剛腕に違いない。
「ハッ、人間にしてはなかなか力のある奴だな」
それは素直に褒めてくれてるんですかね。
「ちなみにこれ、どれぐらいの重さがあるんスか?」
「ざっと百キロだ」
マジか。
「さあ、試しに岩を割ってみろ」
そう言われて俺はハンマーを構えた。
あまりに重くて動かすたびに俺の身体がよろける。
まるで俺がハンマーに振り回されてるみてえだ。
「うおりゃあ!!」
力を溜め、俺はハンマーを頭上から振り下ろして岩のど真ん中をぶん殴った。
その一撃で岩は音を立てて見事に砕け散った。
砕けたはいいが……
「ッ……!!」
反動がキツい。
腕が震えるし、痺れるような感覚すら覚える。
ずっと振ってたら間違いなく肩が抜ける。
「おお!見た目は不格好だがなかなかいい筋をしてるな!」
反動で硬直している俺に対して知ったことかと言わんばかりにアレンさんが背中を叩いてくる。
この脳筋め……
こんな調子で俺はアレンさんの監督の下、ひたすらハンマーで岩を砕きまくった。
「よし、今日の所はこんなもんだな」
昨日の訓練よりはるかにキツかった。
もう腕の感覚がないんですけど。
「最後にハンマーの振り方のコツをおさらいだ」
「高さと勢いをつけて素早く振り抜く!威力を出す時は持ち手が頭から離れているとなおいい!」
そのあたりは俺もよくわかっている。
それにしてもこの人ハンマー好きすぎないか。
「あ、そうだ。帰りにギルドの鍛冶屋に寄ってくといいぞ。クルセイダー相手なら格安で武器を作ってくれるからな」
退勤前にアレンさんが一言教えてくれた。
「格安って、どれぐらいっスかね」
給料が入るまではあまりお金に余裕がない。
額によっては断念することすら視野に入るぐらいだ。
「それなりに見積もってもざっと三千ルートぐらいだろうなあ。俺はそれぐらいで作ってもらったぞ」
よし、生活費を差し引いてもギリギリなんとかなりそうだ。
「そうそう、近々やるだろうドラゴン迎撃は給料とは別個で特別ボーナスが付くからな」
即断、作ってもらおう。
これは未来への先行投資だ。
そんなこんなで鍛冶屋に立ち寄り、明日武器を引き取る際に代金を払うという体で契約が成立した。
二千五百ルートも飛ぶことになったがこれからのための必要経費だと思えばまあ安い。
「トモユキどうしたの?腕が痛いの?」
家に帰ってからミラがやけに俺のことを心配してくる。
外目に見てもわかるもんなんだな。
「訓練でハンマー振り回してたら腕やっちまってな……」
「本当?じゃあミラが痛いの治してあげる」
そういえば治療魔法も使えるんだっけ。
あぁー、痛みが消えてめっちゃ楽になった。
「助かった。ありがとな」
ミラの頭を撫でてやった。
不器用な俺にはこれぐらいしかできないがミラもご満悦なようだからまあいいか。
「そういえばミラってオズ派とマーリン派のどっちなんだ?」
「ん?どっちって言われても、ミラはマーリン派だよ」
やっぱりそうだったか。
「というかミラはマーリン家の子だよ?」
な……なんだってエエエエエッ!?
衝撃の事実が発覚した。
彼女はとんでもない家系の子だったのだ。
それと同時にレオナルドさんが魔法使いのトップの片割れであることが確定した。
「それがどうかしたの?」
「いや、なんでもねえよ……なんでも……飯にするぞ」
俺は動揺を隠せなかった。
こんなすごい子を俺は預かっているのか。
自分でやると言ったことだが圧力がすごい。
ドラゴンが接近してくる日は近い。
時間はほとんどねえけど、俺も一人前のクルセイダーとして戦えるようにならねえとな。
ギルドの平和、俺の平和、そして何よりもミラの平和のために。