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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第5章 おじさんたちの日本旅行
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二日目の午後

 昼前、俺は電気ポットでお湯を沸かしていた。


 「何してるの?」


 脇からいつものようにミラが覗き込んできた。


 「お湯沸かしてんだよ。これぐらいならあと一分ぐらいで沸く」

 「火を使ってないのにどうやってお湯ができるの?」


 ミラは真剣にポットの下を覗いている。

 当然ながらそこには何もない。


 「火は使ってないぞ。電気を使って加熱するんだ」

 「電気?」

 「そう、この世界では電気っていうエネルギーがある」


 説明している間にお湯が沸いた。

 台座からポットを取り外し、とあるカップの中にお湯を注ぐ。


 「これ何?」

 「今日の昼飯。あと三分待てばできる」

 

 そう、カップ麺だ。

 恐らくこの文明最大の発明だ。

 たまには手を抜いてもいいだろう。


 「本当に三分待つだけでできるのー?」

 「まぁ待ってなって」


 ソファーに腰掛けながらミラと二人、カップ麺が出来上がるのを待つ。


 「そういえばオズは?」

 「見てないね。どこに行ったんだろう」


 午前中はミラと一緒に文字を教わっていたはずのオズがいない。

 こんな短時間に一人でどこへ行ったんだろうか。

 そんなこんな話をしているとあっという間に三分が経った。


 割り箸を二つに分け、液体スープをカップの中に放り込んでかき混ぜた。

 醤油ベースの香りが俺の鼻のあたりまで漂ってくる。


 「ミラも食べるか?」

 「ちょっとだけ……」


 普段なら積極的に首を突っ込んでくるのになぜか今回は遠慮がちだ。

 何かあるのだろうか。


 「これってどうやって食べるの?」

 「これか?こうやって吸い込むみたいに食べるんだよ」


 俺は麺のすすり方を実演してみせた。

 ああ、久々のこの感覚、そして懐かしい味。

 一年ぐらい前まではほぼ毎日のようにカップ麺をすすってたっけか。


 ミラは麺に口をつけた。

 恐る恐る、そして少しずつそれを吸い込んでいく。


 「あんまり勢いよく吸い込むなよ。たぶん咽るから」


 たぶんどころかほぼ確定だろう。

 まだ喉が細い子供が勢いよく麺をすすろうとするとかなりの確率で咽る。


 「どうだ?」

 「しょっぱい味付けだね」


 今朝のオズもそうだったが彼女たちは塩味に敏感だ。

 日本の食事に塩分が多いことは知っていたがここまで味覚に違いが出るものなんだろうか。


 「日本の人たちっていつもこんなにしょっぱいものを食べてるの?」


 ミラの指摘が痛い。

 味噌、醤油、その他もろもろも含めて日本食は確かに塩だらけだ。


 「あー……そうだな」

 「えーっ!それじゃあ病気になっちゃうよ!?」


 塩分の過剰摂取は多くの日本人が万年抱えている深刻な問題だ。

 まさかそこに気づくとは。


 「日本人はみんな塩味が好きだからなぁ」


 『味は塩にあり』っていう言葉があるぐらい日本人は塩が大好きだ。

 とりあえず味付けに入れておけば間違いないみたいな風潮もあるし、実際俺もそうだと思っている。


 「あ、スープ飲んでみる?」

 「ちょっとだけ……ケホッ!?」


 スープを一口飲みこんだミラはむせ返ってしまった。


 「大丈夫か!?変なところに入ったか!?」

 「大丈夫、ちょっとしょっぱくてびっくりしただけだから」


 カップ麺の味はミラには少し早すぎたか。

 今度オズにも食べさせてみよう。


 昼下がり、勉強の疲れを取るためにミラはソファーの上で昼寝をしている。

 オズはまだ帰ってこないし、クロと一緒にアパートの中で何かができるわけでもないだろうから事実上俺一人だ。

 クロを連れて散歩にでも行こうかな。

 よし、そうしよう。


 クロを肩に乗せて俺はアパートを出た。

 どこかクロを運動させられる場所に行こう。

 確かわりと近くに公園があったはずだ。


 アパートを出て十分程度、俺は公園に到着した。

 ……ちょっと待て。

 なんかめちゃくちゃ見覚えのある人がいるんだが。


 「すげー!お姉ちゃんさっきのもう一回見せてくれよ!」

 「ふふん。いいわよ」


 オズが子供たち四人組に囲まれていた。

 帰ってこないと思ってたらこんなところにいたのか。


 「ただーし!タダでは見せてあげなーい」

 「えー。じゃあ何すればいいの?」

 「何か食べ物ちょうだい、お菓子でもなんでもいいわよ」

 「じゃあこれあげる!」

 「俺も!」

 「私も!」


 子供たちが続々とオズに手持ちの菓子を貢ぎ始めた。

 本当、こういうことをするのは上手いんだよなぁ。


 「ありがとね。じゃあここの土を使ってゴーレムでも作ってあげる」


 そういうとオズは杖を取り出して地面を軽く叩いた。

 公園の土が一瞬で盛り上がり、オズと同じぐらいの背丈のゴーレムが出来上がる。


 「うおおおおすげー!本物のゴーレムだ!」


 子供たちはゴーレムに大興奮だ。

 こっちの文明を目にしたときのミラとそっくりの反応だ。


 「何してんだお前」

 「げっ!?」


 俺に声をかけられるなりオズは悪戯を見つかった時の子供のような反応をしてきた。


 「おじさん誰?」

 「お姉ちゃんの彼氏?」

 「彼氏じゃなくて、だーんーな。俺たち実は夫婦なんだ」

 「嘘!?」

 「じゃあお姉ちゃんはおじさんの人妻ってこと!?」


 近頃の子供は本当に耳年増になったもんだ。

 言っていることは事実なんだがどうにも物言いが目に付く。


 「じゃあ、おじさんも魔法使いなの?」


 一人の男の子が俺に尋ねてきた。


 「俺は違うぞ。魔法使いはあのお姉ちゃんだけ」

 「そうなんだー」

 「これは皆には内緒だぞ」

 「うん、内緒にする」

 「みんなも、お姉ちゃんが魔法使いだっていうことはお父さんお母さんや他の友達には内緒にしてくれよな」

 「はーい!」


 とりあえず子供たちに口約束を取り付けることができた。

 信頼はできないが気休め程度にはなるだろう。


 「アンタは何しに来たの」

 「クロの散歩」


 ベンチに腰掛け、ゴーレムやクロと戯れる子供たちを眺めながら菓子をつまんでいるオズと話をしていた。

 どうやら本人曰く『暇で近所をぶらついていたら公園があったから魔法で暇つぶしをしていたら子供たちに見られて食いつかれた』らしい。


 「ミラは?」

 「昼寝の真っ最中だ。しばらくは起きないだろう」

 「ふーん」

 「ところでこれ、微妙に辛くて癖になるわね。お酒のツマミにいいかも」


 オズはカルパスを加えながら俺に別の一本を渡してきた。

 確かにピリ辛なカルパスは酒のお供にはちょうどいい。


 「そういえばお前、昼飯はどうした?」

 「ん、まだ食べてないけど」


 やっぱりか。

 まさかとは思うけど菓子で腹を満たそうとしてるんじゃないだろうな。


 「よし、菓子を食べるのはそこまでにしておけ」

 「えー、これなんておいしいのに」


 言ってるそばから次のスナック菓子に手を出そうとしてんじゃねえよ。


 「とにかく没収だ。残りは家で昼飯を食ってからにしろ」

 「はぁ!?返しなさいよ!」

 「いい歳して駄々こねてんじゃねえよもう二十二だろ!」

 「もうすぐ二十三ですー!」

 「ますますダメじゃねえか!」


 ダメだこの二十二歳、俺がなんとかしねえと……


 「見ろよ夫婦漫才だ!」

 「ヒューヒュー!」


 一部始終を見ていた子供たちから冷やかしを受けた。

 本当に近頃の子供たちはこういう言葉をよく覚えているもんだ。


 「とにかく、帰るぞ!」

 

 クロを右肩に乗せ、左手でオズの手を引いて俺は元の道へと引き返した。


 「というわけでごめんね!またここで会いましょう!」


 オズは俺に引っ張られながらゴーレムを一瞬で分解した。

 ゴーレムは音もなく崩れ去り、子供たちの眼前には素材だった土だけが残る。


 その夜、俺たちはテレビを見ながら夕食を摂っていた。


 「へぇー、日本には海があるのね」


 テレビを見ていたオズが口走った。

 画面には一面の海と日本語の字幕が広がっている。


 「海があるどころか日本は島国だから端から端まで全部海だぞ」

 「本当に!?」

 「本当だ」


 俺はポケットからスマホを取り出した。

 かつて俺が向こうの世界に持ち込んでいた唯一の文明の利器だ。

 向こうでは電波がなくて無用の長物だったがこっちに戻れば話は別。


 「なにそれ?」

 「携帯。いろいろできる便利アイテムだ」


 携帯を起動し、地図を開いた。


 「今写ってるのって地図?」

 「そう。んで、このちっちゃい緑色の島が日本。周りの青いところが全部海」


 地図の中の日本を指さした。

 ミラたちはまじまじと画面をのぞき込む。


 「うっそでしょ……」

 「本当に全部海だ……」


 どうやら地図の見方はあっちの世界も同じらしい。


 「じゃあここからでも海に行ける?」

 「もちろん」

 「ぜひ行きましょう!」


 そりゃあいい。

 旅行っぽい楽しみができそうだ。


 「海!海!」

 「海なんて大陸越える時以来だから楽しみね!」

 「じゃあ明日一日使って準備して、明後日に海に行こう」


 ミラたちも大はしゃぎだ。


 ――――――――

  

 アパートの浴室にて。

 オズは鼻歌交じりに身体を洗っている。

 明後日の海が楽しみで仕方がない。

 初日では驚いたシャワーにももう慣れたものだ。


 一方、一緒に入浴していたミラはある一点をじっと凝視していた。


 「どうしたミラ」

 「お姉ちゃんってさ、胸おっきいよね……」

 「えっ」


 オズは目を丸くした。

 ミラから飛んでくる言葉だとは思わなかったし、そんなことを気にしたこともなかった。


 「ミラもお姉ちゃんみたいにおっきくなるかな……」


 死んだような目で自分の胸を見ながらミラはぽつりと呟いた。


 「どうすればって言ってもねぇ……成長すればきっと大きくなるから」

 「本当に?」


 ミラがじっとオズを見ながら言葉を返した。

 いつものような元気な声ではなく、敵意のこもったような低い声だ。


 「ど、どうしたの……目が怖いわよミラ……」


 浴槽から這い出てきたミラが手を伸ばしながらゆっくりとオズへと迫ってくる。

 狭い浴室にオズの逃げ場はない。


 ――――――――


 「あああああああ!!ミラ!やめなさい!やめなさいって!!」


 風呂からオズの悲鳴じみた叫び声が聞こえてくる。

 正直気になって仕方がないが女しかいないところに男の俺が行くのは気が引ける。


 「いやあああああああ!!」


 ……マジで何やってるんだ。

 っていうかここアパートだし、隣の部屋に人がいたら苦情が来そうだからこのへんでストップかけておくか。


 「うるせえぞ!!静かにしやがれ!!」


 風呂場からの声がピタリと止んだ。

 意外と声はあげてみるもんだ。


 ……女二人で風呂で何をしていたんだろう。



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