表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第5章 おじさんたちの日本旅行
57/521

二日目の朝

 「ふあぁ…」


 よく寝た。

 久々の床での雑魚寝だったが案外身体は感覚を覚えているものだ。

 心なしか姿勢が矯正されたような気もする。


 そしてなにやら右手元に違和感を感じる。

 これは明らかに床や絨毯に直に触れている感覚ではない。

 今、俺が触れているこれはなんだ。


 何も言わずに手元を確認してみた。

 そして俺の頭は一瞬で思考が停止する。


 (マジっスか…)


 俺の右手は堂々とオズの胸を掴んでいた。

 当の本人はまだ寝息を立てている。

 気づかれずに処理するなら今しかない。


 (柔らけぇ…)


 女の胸ってこんなに柔らかかったのか。

 いけないことだとはわかってはいるんだが俺の中の劣情がこの感覚をもう少し味わおうとしている。


 「んん…ふふっ…」


 オズは何か寝言を言っている。

 まだ気が付いていないらしい。


 (い、一回だけ揉んでみても…)


 俺の中の劣情が肥大化している。

 一回だけなら揉んでみてもいいんじゃないか?

 そうだ、寝ぼけていたといえばまだ誤魔化せる。


 悪いことだとはわかっているんだがこの衝動が抑えられない。

 ゆっくりと指を動かしてみた。

 『ムニッ』という擬音が聞こえるような気がする。

 すまない、オズ。


 「ふぅ…」


 オズの息遣いがなんだか色っぽい。

 ヤバい、やっぱり歯止めが効かなくなる前にやめよう。


 「わ、わわわわわ…」


 何か声が聞こえてくる。

 声のする方向を見るとソファーと布団の隙間からミラが顔を真っ赤にして俺の方を覗いていた。

 俺は早朝にして二度目の思考停止に陥った。

 

 「あ、あのなミラ…これはな…」

 「お姉ちゃんに何しようとしてたの…?」


 ミラは布団に身を隠しながら恐る恐る俺に尋ねてきた。

 もはや俺に弁明の余地はない。


 「いつから見てた?」

 「最初からずっと…」


 おしまいだ。


 「もしかして、『えっちなこと』しようとしてたの…?」

 「そういうのって夜にやるんじゃないの?」


 どこでそんなことを覚えた。

 アレか、本の中にそれっぽいことが書いてあったのを覚えたのか。


 「俺は何もしていない。そしてミラは何も見ていない。いいな?」


 俺は口の前で人差し指を立ててミラに釘を刺した。

 ミラは何も言わずに何度も首を縦に振ってそれに応じる。


 炊飯器の通知音が鳴った。

 飯が炊けた合図だ。


 「何の音?」

 「飯が炊けると機械が教えてくれるんだよ。そろそろ朝食にするからオズを起こしてくれ」

 「はーい」


 オズを起こし、三人で朝食を取った。

 今日は白米とみそ汁だけだ。

 食卓が少し寂しいがこの二つがあれば十分だろう。


 「濁ってるし、変わった味のスープだね」

 「なんかしょっぱいわね。塩が多いんじゃない?」

 「そうか?俺は普通だと思うんだけどな」


 確かにみそ汁は塩分が多い。

 いままで食べてた料理はそんなに塩気がなかったし、みそ汁の味に塩辛さを覚えるのも無理はないかもしれない。

 っていうかオズは前までかなりヤバい味のものを平気で食ってたよな。

 味覚って一年で矯正されるものなんだな。


 「そういえばなんか変な夢を見たんだよねー」

 「変な夢って?」

 「なんかねー、変な生き物がアタシの胸にくっついてくる夢」


 心臓が止まりかけた。

 もしかして本当は気づいていたのか?


 「へぇー、それで?」

「その生き物の動き方がなんかいやらしくってさ。くすぐったくて夢の中で変な声出しちゃったのまでは覚えてるんだけど」


 セーフ、まだセーフだ。


 「は、はは…」


 思わず乾いた笑いを漏れた。

 実は気づいてるっていうオチだったらどうしようか。

 今のうちに謝罪を考えておこう。


 「今日は何をしようか?」

 「ミラは文字を覚える勉強がしたいな」

 「アタシも付き合おうかな。もちろんアンタも一緒にね」


 決定だ。

 今日は俺がつきっきりになってミラに文字を教える日になった。


 「これがひらがな、んでこれがカタカナだ」

 「えっ、形は違うのに同じ文字なの?」

 「そう、読み方は全く同じ」


 日本語の基本はひらがなとカタカナの二種類を使う。

 さらにそこに漢字も合わされば一度に三種類の文字を使うかなり珍しい言語だ。

 向こうの世界は一種類の文字で文が成り立っているから一度に複数の文字を使うのが珍しいのだろう。


 「じゃあこの本に書かれてるこの文字は何?」


 ミラはすかさず質問を寄越してきた。

 着眼点が相変わらず鋭い。


 「それは漢字っていう文字だ。一文字でいろんな読み方ができる」

 「三種類も使うんだ」

 「絶対覚えられないわ…」


 ミラが関心を深める一方でオズは途方に暮れている。

 きっと適応力の高さはこういうところから違いが出ているに違いない。


 「まずはひらがなとカタカナを覚えるところからだな。漢字は後回しでもいい」


 俺はミラにひらがなとカタカナの読み書きを教えた。

 こうして教える側になっていろいろと思い出すものがあるな。

 俺もミラよりもう少し小さかった頃にこうやって親父やお袋にかな文字を教えてもらったっけ。


 「アンタどうしたの?らしくない顔してさ」


 オズが俺の顔を覗き込んできた。

 『らしくない』とはどういうことだ。


 「なんか昔のことでも思い出した?」

 「ああ、こうしてると俺が文字を習った頃を思い出してさ」

 「今になって『教わる側』から『教える側』になったってことか」


 「じゃあトモユキは『ミラのもう一人のお父さん』?」


 ミラの何気ない一言が俺の心にグサグサと突き刺さった。

 俺が…ミラの…もう一人のお父さん…


 「うれしいこと言ってくれるじゃねえかよ…」

 「何泣いてんのよ」

 「うるせえ。泣いてなんかねえよ」


 思わず涙が出そうになるのをギリギリのところで抑えている。

 また何かミラに言われたら今度こそ泣いてしまいそうだ。

 当のミラ本人は何もわかっていないようなすっとぼけた顔をしている。

 子供の無邪気さは本当に薬にもなり毒にもなる。

 今回の場合はその両方だ。


 「ちなみにアンタはこれ覚えるのにどれぐらいかかったの?」

 「具体的には覚えてねえなあ。でも結構時間をかけたことはなんとなーく覚えてる」

 「そんなに時間かかったんだ」

 「アタシたちは数時間でだいたい覚えられたのにねー」


 嫌味かお前。

 悔しいが頭の出来はお前たちの方が圧倒的にいいんだよ。


 「それは俺がバカだって言いてえのか?」

 「さあねー」

 「言ってくれるじゃねえか。お前に教えるのやめたっていいんだぞ」

 「すみませんでした」


 こうして俺は昼までミラたちに文字を教え続けた。

 短時間でひらがなとカタカナをほぼ覚えられた辺り、二人の学習能力が高いことを見せつけられる。


 日本旅行、早くも二人はこっちに適応し始めているのではなかろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ