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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第5章 おじさんたちの日本旅行
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日本旅行、初日

 オズの魔法によって時空を超え、ミラたちは初めて、俺は久々に日本へと足を踏み入れた。


 「ここどこ?」

 「誰かのおうちかな?」


 俺たちの目の前に広がっているのはアパートの一室。

 内装が若干古ぼけていて、いろいろと物が置いてある。

 文明の利器がいろいろと置いてあって懐かしさを感じる。


 「おい、ちょっと待て……」


 なんだかこのアパートにはものすごく憶えがある。


 「どうしたの?」

 「ここ、前に俺が住んでたところだ……」


 間違いない、ほんの一年前ぐらいまで俺が住んでいたアパートだ。

 どういうわけか住人が死去したにも関わらず全く部屋の整理がされていない。

 ここの管理はいったいどうなっているんだ。


 「嘘!?アンタって高給取りなのにこんなに貧相なところに住んでたの!?」


 オズが目を丸くした。

 高給取りなのはあちらの世界の話であってこちらの世界の俺は低所得の貧乏人だ。


 「なんか向こうよりも狭いね……」


 ミラがなんだか残念そうにつぶやいた。

 部屋が狭いうえに天井が若干低いせいでクロの首が全然上がっていない。

 許せ、俺も向こうに来たときは家が広くて驚いたんだ。


 「それはそれとして、外へ行きましょ外へ」


 気を取り直したオズが話題を切り出した。

 それはいい、向こうとは何もかもが違う日本の街並みはミラたちにとってはいい刺激になるだろう。


 「よし、じゃあ俺がいろいろ案内してやろう」

 

 家を出る直前、俺はある事を見落としていたことに気が付いた。


 「ちょっと待て、金はあるよな?」


 金銭の問題があった。

 せっかく日本に来てもお金がなければ何もできない。


 「それなら大丈夫よ。アタシが持ってきてるから」


 オズはローテーブルの上にドンと金を積み上げた。

 向こうの世界の通貨であるルートはこっちでは使えないはずだが…


 「えっ……なにこれ」


 ミラとオズはテーブルの上に積まれたそれを見て疑問符を浮かべた。

 彼女が持ってきたであろう千ルート紙幣の山はすべて俺にとってなじみ深いあの顔が描かれたこちらの世界の紙幣に置き換わっていた。


 「あー、それはこの世界で使える通貨だ」

 「こんな変な顔の男が描かれた紙きれがこの世界の通貨なの?」


 〇吉さんを変な顔の男って言うな。

 日本の歴史における偉大な人物だぞ。


 「なんか記号が書かれてるけどこれなんて読むの?」


 そうか、オズたちはこの世界の文字が読めないのか。

 俺があっちの世界の方に来たばかりの時はなぜか文字を読むことができたが彼女たちはそうでもないらしい。


 「あー、それはこっちの世界が使ってる数字記号だ。一が一つ、ゼロが四つで一万円だ」

 「なるほどねぇ」


 改めて見直すと一万円札が一枚、二枚、三枚……

 待て、もしかしてこれ全部万札か?


 「オズ、いったいいくら持ってきた?」

 「ざっと二百万ルートぐらいかなー」


 忘れてた、オズの実家は大富豪だった。

 まさか二百万ルートが全部〇吉さんに変わっているということは……


 「それならいい、たぶん十八日間ずっと遊んでいても問題はない」

 「当ったり前でしょ。最初からそのつもりで多めに持って来たんだし」


 金銭の問題は解決した。


 「クロも外に連れてくぞ、こんな部屋じゃ狭いだろうからな」

 「オズ、クロを少し小さくできたりしないか?」


 俺の頼みを受けてオズはクロに魔法をかけた。

 クロの身体があっという間に小さくなっていく。


 「よし、これぐらいでいいだろう」


 クロの身体が家に来たばかりのころとほとんど変わらない大きさにまで縮小した。

 これならこの部屋で一緒に過ごすことができるだろう。


 「じゃあ行きましょう」

 「トモユキー、いろんな所に連れてって!」


 クロを肩に乗せ、ミラとオズを連れて俺はアパートの部屋を出た。


 「この家ってこんなに大きかったの?」


 ミラはアパートを見上げて俺に聞いてきた。

 俺の部屋はこのアパートの一階だし、あんな狭い場所から全体を予想することもできなかったのだろう。


 「なんでこんなに大きいところに住んでるのになんであの狭いところを使ってるの?」

 「ここは『アパート』って言ってな、俺たちはここの管理人にお金を払うことで部屋を借りてそこに住んでるってわけだ」

 「へぇー、そうなんだ」


 若干難しい説明をしたかもしれないけれどミラは一回で理解できたみたいだ。


 「よし、じゃあアタシたちをどこか街まで連れて行きなさい!」

 「はいはい」


 街へ繰り出すにはちょうどいい交通手段がある。

 まずはそれを利用できる場所へ行こう。


 「地面が硬いね」


 ミラが不思議そうに地面を何度も足踏みする。


 「それはアスファルトって言ってな。車が安全に走れるように土の上に流して固めてるんだ」

 「馬車を走らせるんだったら土の上の方がいいんじゃないの?」


 オズが質問してきた。

 あっちの世界の常識で考えるなら確かにそうかもしれないな。


 「今にわかるさ」


 その直後だった。

 四つの車輪がついた黒い物体が俺たちの後ろをすごい速さで通り抜けていった。


 「な、な……」


 ミラとオズが驚愕して言葉を失っている。

 初めて目にする異世界の文明が自動車になるとは。


 「なにあれ!?なんかすごいのが走ってった!」

 「あれが日本の乗り物!?」


 俺たちの目の前で小さくなっていく車を指さしながら二人は目を見開いてすごく興奮している。

 日本文化に初めて触れる外国人を見ているようでなんだか微笑ましい。


 「あれは日本っていうかこの世界で使われてる乗り物『自動車』だ」

 「自動車?」

 「そう、機械を使ってそのエネルギーで走るんだ」

 「機械?」

 「なにそれ」


 ミラたちは揃って首を傾げた。

 まさか機械という概念すらなかったとは驚きだ。


 「あー、説明が難しいんだけどなー……」


 俺自身にも機械がなんなのかというのを説明できる自信がない。

 

 「機械っていうのはな、いろいろなものを組み合わせて動物を使わずに物を動かしたりするもんだ」


 正解かどうかはわからないけど俺にはこれぐらいの説明しかできない。


 「動物の力を使わないってことは……馬とか牛とか使わないの?」

 「ああ、いっさい使わない」

 「嘘でしょ……」


 やって来て早々にこちらの世界の文明力に圧倒されている。

 たぶん数分後には再び文明力の一端を見せつけられることになるだろう。


 ミラたちを連れて歩いて数分後、俺たちはとある場所へとたどり着いた。


 「何ここ?」

 「『駅』ってやつだな」


 そう、駅だ。


 「ここは何をするところなの?」

 「電車に乗るためにここを利用するんだ」


 俺は壁に掲示された時刻表を睨みながらミラたちに教えた。


 「なにこれ……うわ、変な文字がびっしり……」


 俺の隣で時刻表を見たオズが嫌そうな表情を見せた。

 ただでさえ文字がわからない状態なのにも関わらずそこに意味不明な文字が無数に羅列されていれば無理もないだろうな。


 「オズ、切符を買うから金を出してくれ」

 「ああ、はい」


 オズから受け取った金で俺は三枚の切符を買った。

 一枚は子供料金、残る二枚は大人料金だ。


 「で、その電車ってのはどれぐらい待てば来るの?」

 「まあ落ち着けよ」


 オズは不機嫌そうにふくれあがっている。

 どうやら待たされていることが気にくわないようだ。


 「ミラ、今何時だ?」

 「えっとねー、九時三十六分」

 「よし、あと二分だな」


 さっき確認した時刻表によれば次に電車が来るのは九時三十八分だ。


 「本当に二分待てば電車とやらは来るんでしょうね」

 「遅延とかがなければな」


 「この黄色いでこぼこした線なぁに?」


 ふと見るとミラが興味本位で白線を超えようとしていた。


 「そこを超えるなッ!!」


 思わず声を荒げてしまった。

 ミラはびっくりして踏みとどまる。


 「ああ、ごめんな」

 「どうして、どうしてあの線を超えちゃいけないの?」


 ミラが恐る恐る俺に聞いてきた。

 でかい声で止められたのがよほどショックだったか。


 「もうすぐ電車が来る。その時になったらわかる」


 とりあえず安心させるように優しい声でミラを宥めた。


 『まもなく、電車が参ります。白線の内側まで下がってお待ちください』


 アナウンスが構内に響いた。

 もうすぐ電車がやってくる。


 「ね、ねえ……なんかすごいデカい金属の塊がこっちに向かってきてない?」

 「あれが電車だ」

 「マジで……」


 なんでオズは電車にビビってんだよ。

 お前電車よりデカいドラゴンとか見ても全然平気だっただろ。


 駅に停車した電車のドアが開いた。


 「勝手に開いた!?」

 「すごーい!どうなってるの!?」


 自動ドアにオズはただただ驚き、ミラは未知の文明に興味を抱いている。

 その姿はなんとも対照的だ。


 「よし、乗るぞ」


 オズとミラの手を引いて俺は電車の車内へ乗り込んだ。

 時間が時間なのもあって電車の中はガラガラに空いている。


 「なにこれ……」


 車内を見回しながらオズはやたらビビっている。

 戦争を勝ち抜いたあの不敵さなど微塵も感じられない。

 一方のミラは興味深そうに吊り革を見上げている。


 『まもなく発車します。閉まるドアにご注意ください』


 そのアナウンスの直後、ドアがゆっくりと閉まった。


 「あああああ閉じ込められた!」


 日本にやってきて早々、オズの反応が面白くて仕方がない。

 平日の昼間だし、田舎なのも相まって誰にも見られていなくて幸いだ。


 ほどなくして電車は動き出した。


 「まぁ落ち着けよ、席開いてるし座ろうぜ」


 俺とミラは車内のシートに腰を下ろした。

 ミラは少しばかり足が浮いている。

 少し遅れてオズも恐る恐る俺の右隣に腰を下ろすと俺の手をかなり強く握りしめてきた。

 

 「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 「大丈夫だって、心配すんなよ」

 「ならお願いだからアタシから手ぇ離さないでよ」


 もしかしてオズって電車が苦手なのか。

 俺の右手を固く握り締めたままガチガチに固まっている。


 「あれって何に使うの?」


 ミラは吊り革を指さして俺に聞いてきた。


 「あれは吊り革って言ってな。席がいっぱいで座れないときに電車の中で立っていられるようにあれに掴まって身体を支えるんだ」

 「絞首刑にかけるための道具じゃないのね」


 オズが脇から物騒なことを言ってくる。

 というか電車の中にそんなものがあってたまるか。


 「ミラにも使える?」

 「ある程度背丈がないと使えないから今のミラじゃ使えないかもな」

 「えー……」


 ミラは残念そうな表情をしたがそれが現実だ。

 たぶん背伸びしても吊り輪を掴むこともできないだろう。


 そんなこんな話をしているうちに電車は次の駅へと到着した。

 電車のドアが開くと同時にオズの顔が一気に明るくなる。

 もしかしてコイツ降りる気満々ではなかろうか。


 「待て、まだ降りないぞ」


 それを聞いた瞬間にオズの表情がみるみる暗くなっていく。

 二転も三転も変わって今日一日表情筋が持つのか心配だ。


 「あと三駅だからそれまで大人しくしてりゃ問題ねえよ」

 「その言葉、信じるからね」


 オズは上がりかけた腰を再び下ろした。

 ミラはそんな様子を不思議そうに眺めている。


 「お姉ちゃん。もしかして電車が怖いの?」


 俺が聞かずにおこうと思っていたことをミラはあっさりと聞いてきた。

 子供の純真さってすげえ。


 「ま、まさかそんなはずないじゃない」


 オズの目が泳いでいて説得力ゼロだ。

 そしてまたドアが閉まり、電車が発車する。

 電車が動き出すとオズの背筋がピンと伸び、俺の手を強く握ってガチガチに固まる。


 「やっぱり怖いんだろ?」

 「……うん」


 珍しく恐怖心を認めたオズはすっかり消沈してしまっている。

 あと三駅だから辛抱してくれ。


 日本旅行は初日から大波乱だ。

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