最終回:旅立ちの日
卒業式の翌日。
いよいよミラが一人での旅に出発する日だ。
ついにこの日がやって来た。
ミラの姿を少しでも視界に焼き付けようと昨夜はまともに眠ることはできなかった。
午前十時、ついにミラはすべての支度を終えていよいよ出発するだけになった。
昨日あれだけ互いの気持ちをぶつけ合ったんだ。
もうお別れに悔いはない。
真っ白なローブ、フードを被る際に邪魔にならないように編み上げられた銀色の髪、世界で彼女しか持ってない水晶樹の杖。
左胸につけられた一対の翼を広げた剣の紋章と腰に携えられた選定の剣。
今の彼女はどこからどうみても『一人前の魔法使い』だった。
「まずはどこを目指すんだ?」
「最初はお父さんに挨拶しに行って、それからキャメロット王国を目指すよ。自分の足で改めて故郷までの道を歩いてみたいんだ。あとのことはそれから考える」
最初の行き先はすでに決めていたようで安心した。
そこから先のことはまだ未定のようだがそれはそれでいい。
「いつ帰ってきてくれるの?」
ミラと離れることが惜しいアリスが確認を取ろうとした。
「気が向いたときかな。帰ってくるときは事前に手紙を送るね」
いろんなことに興味が向きやすいミラが言う『気が向いたとき』とはそれすなわち『もう帰ってくることはないだろう』というのに等しい。
それに彼女はオズと違って召喚魔法が使えない。
もし帰ってくるとしても相当な時間を要するだろう。
「クロ、これからしばらくは帰ってこないけど一人で探しに来たりしちゃダメだからね」
ミラはクロの頭を撫でた。
クロはどことなく寂しそうだ。
ドラゴンはドラゴンなりにそういうことを理解しているのだろうか。
「アリス、お勉強もちゃんとやって強く賢い魔法使いになるんだよ」
「アリスにもできるかな?」
「できるできる。お姉ちゃんの部屋に残ってる本は自由に読んでお勉強していいからね」
アリスにはフィジカルだけじゃなくちゃんと教養を身につけることを促した。
果たしてアリスがミラの部屋にある難解な学術書を理解できるだろうか。
むしろ学術書を理解できるぐらいに賢くなれと遠回しに言っているのかもしれない。
「お姉ちゃん。アリスが自分の部屋が欲しいって言い出したら私の部屋を使わせてあげて」
オズには自分の部屋をアリスの一人部屋として託すことを伝えた。
きっとアリスも姉の部屋をそのまま使わせても文句は言わないだろう。
「本当に行っちゃうのね」
「私が自分でそうしたいって決めたことだから……あと私に会いたくなっても召喚魔法で引っ張り出したりしないでよ?」
「しないってそんなこと」
口ではそう言うがオズの目は右往左往していた。
やるつもりだったんだな。
「トモユキ……出会ってくれてありがとう」
ミラは最後に俺にその一言だけを伝えた。
もうそれ以上の言葉は必要ない。
「もう言い残したことはないな?」
「うん。これで全部」
「じゃあ行ってこい。自分の足で巡って、自分の目で確かめて、自分の耳で聞いて、好きなことを思いっきり学んでくるといい」
俺は精一杯の言葉でミラを送り出した。
本当はもっと気の利いた言い回しをしたかったが上手く言い表せない。
「行ってきます」
ミラは踵を返して俺たちに背を向けると静かに一歩を踏み出した。
おそらくこれがミラの姿を目に焼き付ける最後のチャンスだろう。
「行ってらっしゃい!」
「元気でね!」
俺たちはミラの姿が完全に見えなくなるまでその歩みを見届けた。
完全に見えなくなった後、俺とオズはため息をついた。
「これから家が少し静かになるな」
「そうね」
これから我が家は俺、オズ、アリス、そしてクロの三人と一匹暮らしだ。
まだ親としての務めを終えたわけではない。
むしろこれからはアリスに集中して向き合っていくのだ。
こうして俺たちの日常はこれからも続いてく。
十年前に俺とミラが出会えたのは偶然、奇跡、それとも運命。
なんと形容すればいいのだろう。
いずれにせよ、俺は彼女のおかげで十年の間に多くのものを得ることができて、彼女との間には数え切れないほどの思い出が残った。
彼女はきっとこの世界の歴史に名を遺す偉大な魔法使いになるだろう。
ありがとう、銀髪青眼の少女。
ありがとう、俺の大事な家族。
そしてありがとう、ミラ・マーリン。
今回にてこの作品は完結となります。
初めての連載作品で至らぬ点もあったかと思いますがここまで読んでいただきありがとうございました。




