迫るお別れ
密売人の元締めを逮捕し、月日が流れて冬が来た。
かつて横行したワレナクシの密売は完全に消滅し、新たに承認された薬売りの手によって中毒症状の治療薬も正規ルートで出回ったことで事態は収束の流れを見せていた。
気が付けば冬の七十八日、ミラが学院を卒業するまであと十二日まで迫っていた。
この十二日は彼女と俺たちが同じ場所で過ごせる残された時間でもあった。
ここのところの彼女は旅支度も済ませ、あとはその時を待つだけの日々を過ごしている。
その日の夜、ミラはぼんやりと家の屋根の上から外の景色を眺めていた。
珍しいこともあるものだ。
最近ずっとバタバタと動き回っていた反動でも来たのだろうか。
「風邪ひくぞ」
俺はただ一言そう言ってミラの肩に上着をかけた。
旅に出る直前に風邪をひいたら大変だ。
「ありがとう」
「なにか考え事か?」
俺はミラの隣に腰を下ろした。
流石に冬はケツが冷えるが立っているよりは姿勢が楽だ。
「うん。ここまでいろんなことがあったなーって」
どうやら黄昏ながら郷愁を感じていたようだ。
そういうセンチメンタルなことは考えないものだと思っていたがそうでもないらしい。
「そうだな。いろんなことに巻き込み巻き込まれてここまで来たな」
思えばこの世界に来てからほぼすべての出来事がミラを中心に起こってきた。
その都度周りと頼り頼られを繰り返してきた。
「私ね。私を拾ってくれたのがトモユキでよかったって思ってるよ」
ミラは唐突に俺に感謝を伝えてきた。
彼女と出会ってから十年近く積もり続けた思いには思わずこみ上げてくるものがあった。
「……俺も、ミラに出会えてよかったって思ってる」
ミラが俺に感謝してくれているのと同じで、俺もミラと出会えたことには感謝している。
右も左もわからないこの世界で彼女と出会えたおかげで自分が何をするべきなのかを見出すことができた。
「なんか照れくさいね」
「それはお互い様だ」
俺は照れくさくてミラの顔を直視できなかった。
ミラも同じことを考えているらしい。
普段は当たり前のように見合っているのに不思議なものだ。
「ねえトモユキ、私から最後のお願いをしてもいい?」
「最後のお願い?」
ミラからの『最後の』お願いに俺はドキリとさせられた。
これが俺がミラから受けられる最後のワガママなんだと思うと切なくてならなかった。
「そう。卒業式が終わったら、その日は私と一緒に二人でギルドのいろんなところを回ってほしいの」
二人で一緒に……か。
「他のみんなも一緒はダメなのか?」
「ダメ。トモユキと二人がいいの」
オズやアリスは一緒にいてはいけないらしい。
理由はさっぱりわからないが彼女がそういうということはなにか事情があるということなのだろう。
「……わかった。一応オズたちには話はしておくからな」
当日にいきなりそんなことをしたら間違いなくアリスが駄々をこねる。
そうなる前に話を通しておく方がよさそうだ。
「ありがとう。じゃあそろそろ部屋に戻るね」
ミラは俺との約束を取り付けると先に立ち上がり、自分の部屋へと戻っていった。
一人になった後も俺はしばらくの間無心で外の景色を眺め続けていた。
その日の星はいつもよりも光って見えた。




