当主を継ぐもの
今回は三人称視点の話です。
「お父さん、ようやく決心がついたよ」
秋の日の昼下がり、人気のない図書館の一角でミラはレオナルドとやりとりを交わしていた。
かねてより話していた『マーリン家の当主を継ぐ』ことへの決心をつけたという報告であった。
「私、マーリン家の当主の座を継ぐよ」
「……そうかい」
ミラの意思を見たレオナルドはそれを受け入れつつもどこか寂しそうな表情を浮かべた。
レオナルドの表情からそれとなく寂しさを感じ取ったミラは頭に疑問符を浮かべる。
「これでよかったんじゃないの……?」
「いいよ。いいんだけどね……」
レオナルドの中には娘の成長への喜びと同時に自分の手の届かないところへ行ってしまう予感からくる寂しさがあった。
「これまで特に父親らしいことをしてあげられなかったけど、それでも娘がどこか私の知らないところに行ってしまうのはやはり寂しいものだね」
「トモユキも前に似たようなこと言ってた。『自分の近くにいなくなるのはやっぱり寂しい』って」
ミラはタカノが近い将来訪れる別れの時を惜しんでいることを知っていた。
知りつつも、知らぬふりをしていた。
「でもそれは君を引き留める理由にはしないよ。こういう時は我が子の背を押してあげるのが親としての責務だからね」
そう言うとレオナルドは席を離れ、ゆっくりと奥へと消えていった。
そしてミラを待たせること数分、レオナルドは選定の剣を携えて戻ってきた。
「これからこの剣の所有者は私ではなく君になる。その前に誓ってほしいことが二つある」
普段の温厚な様子から打って変わって厳格なオーラを放つレオナルドの姿にミラは思わず息を飲んだ。
静かな図書館に緊迫した空気が張り詰める。
「一つは剣の力を決して自分一人のために使わないこと。もう一つは悪意のあるものを剣の持ち手と認めないこと」
レオナルドは二つ目を強調するように言った。
選定の剣はマーリン家の血を継ぐものとそれに持ち手と認められたものにしか使うことができない。
それ以外の者には鞘に触れることすら許されない代物だが逆を言えば一度持ち手と認められれば誰にでも扱えるということでもあった。
「誓います。選定の剣の持ち手として」
ミラからの宣誓を受け、レオナルドは選定の剣を彼女へと手渡した。
ミラの手に渡った選定の剣は持ち手が変わったことを認めるように仄かに青白い輝きを放つ。
「これでもう剣の所有者は君になった」
「ありがとう。でもどうして今渡したの?」
ミラには一つだけ疑問があった。
それはレオナルドが選定の剣の所有権を譲渡するのを前倒しにしたことであった。
「すぐに君がこの力を必要とするときがくる。その時にはこれがすでに君の手元にないといけない」
『力を必要とするときがくる』
レオナルドはただそうとだけ伝えた。
彼の未来視の力によってそれが先にわかっていた。
「力が必要なとき?」
「具体的には言わないよ。でもすぐにわかる」
レオナルドはあえて詳細を伏せた。
それと同時にミラは何かを予感する。
「なにかわかった気がする。お父さん、ありがとう」
選定の剣の鞘を握りしめ、ミラは図書館を駆け抜けていった。
大きくなった娘の後姿をレオナルドは何も言わずにただ見送るのであった。




