血のつながらない姉妹
今回は三人称視点の話です。
「ねえお姉ちゃん」
夜、唐突に自室に尋ねてきたアリスに対してミラはいつものように出迎えようとするが、アリスの表情を見て何かを察して真顔になった。
「どうしたの?」
「お姉ちゃんはアリスの本当のお姉ちゃんじゃないの?」
唐突に真実にたどり着こうとするアリスに対してミラは呆然とした。
彼女にとってはどうでもいいことだと思っていたがアリスにとっては重要なことであった。
「そうだよ。お姉ちゃんはアリスの本当のお姉ちゃんじゃない」
ミラは当然のように事実を打ち明けた。
二度にわたるショックでアリスは膝から崩れ落ちた。
当然の事実に対してなぜそんなに驚くのかミラには理解ができなかった。
「じゃあ『お姉ちゃんのフリをしてる』ってこと?」
目にいっぱいの涙をためながらアリスはミラに尋ねる。
『そうだ』と言えばそれまでだが、ミラは気の利いた返しをするべく思考を巡らせた。
「フリなんかじゃなくて、私はアリスのお姉ちゃんのつもりだよ」
「本当のお姉ちゃんじゃないのに?変じゃない?」
「全然、変だと思ったことなんて一度もない」
アリスの意見を否定し、ミラはまっすぐな愛情をぶつけた。
血縁がなくとも、彼女がアリスのことを本当の妹のように可愛がっているのは紛れもない事実であった。
そしてそれに対して違和感を感じたことは一度たりともなかった。
「でもどうしてアリスはそれを知ったの?」
「お母さんが今日話してたから……」
意外なところからの伝手にミラは驚いた。
彼女はクラリスがそういうことを隠し通すタイプだと思っていた。
「そっか……」
「お姉ちゃんもどうしてアリスに内緒にしてたの?」
ミラは内緒にしているつもりなど微塵もなかった。
自分との血縁関係など成長すればいずれは自然に気づくものだと思い込んでいた。
「あと、お母さんは『お姉ちゃんはお父さんとお母さんの子供じゃない』って言ってた。じゃあどうしてお姉ちゃんはここにいるの?」
『なぜミラがここにいるのか』
それはタカノ家の根本に触れる事項であった。
純粋な疑問にこたえるべく、ミラは己の過去を語ることにした。
「まだお姉ちゃんがアリスよりも小さかったころ、お姉ちゃんはお姉ちゃんのお母さんにすごく厳しくされててね」
ミラは語り始めた。
アリスはそれに聞き入るように口を閉じる。
「すごくすごくすっごく厳しくされて、嫌になったお姉ちゃんは元々住んでた家を抜け出してきたの」
『家出』
それがミラにとってのすべての始まりであった。
「それからはしばらくお姉ちゃんのお父さんの仕事場に一緒にいたんだけど、ある時一人で街をいてお腹すかせてたところにトモユキ……アリスのお父さんと会って。トモユキは初めて会ったばかりのお姉ちゃんにすごく親切にしてくれて、お姉ちゃんのお父さんとも話をつけてくれて、それからお姉ちゃんはここにいるの」
ミラが語ったことは彼女がこの家に住んでいる理由のすべてであった。
「お姉ちゃんのお母さんってどんな人だったの?」
「本当は真面目で思いやりのある人なんだけど、不器用だからついやりすぎちゃう人」
『不器用で融通が利かない』
それがミラから見たヴィヴィアン・マーリンという人物である。
「じゃあお父さんは?」
「ギルドの図書館にいる白っぽくて痩せてるおじさんは知ってる?」
「うん。ときどきお母さんと話してるのを見たことある」
「あれがお姉ちゃんのお父さん」
「ええっ!?」
時間差でさらに衝撃の事実がアリスに突き刺さる。
自分の知っている人物が敬愛する姉の実の父だとは微塵も思っていなかった。
「お姉ちゃんの髪の毛の色も目の色も、お姉ちゃんのお父さん譲りなんだよ」
ミラの銀髪と空色の瞳は父レオナルドから受け継いだものである。
むしろそれこそが普段から離れ離れになっている二人が親子であることの印であった。
「お姉ちゃんからできる話はここまで。本当のお姉ちゃんじゃなくても私はアリスのことは大事な妹だと思ってるから」
「う、うん……」
アリスは子供故に単純であった。
ミラの嘘偽りない本心からの愛情に絆され、毒気を失っていった。
その夜、アリスは家族の秘密を一つ知ったのであった。




