エピローグ 戦いの後
今回はタカノ視点の話です。
最後の戦いから二日後。
体力切れでぶっ倒れていたオズは目を覚ますと早々に外へと飛び出し、魔法使いたちに対して声明を出した。
「エルリック家の現当主であるレイジ・エルリックの戦死を以て我らオズ家の勝利とし、戦争の終結を宣言する!」
オズの声明によって魔法戦争は完全に終結した。
オズ家とエルリック家、常勝無敗同士の全面戦争は最終的にオズ家に軍配が上がる結果となった。
「我らの要求は二つ。まず一つはエルリック家の保有する双蛇の盾の所有権を我らオズ家へと譲渡すること。そしてもう一つはエルリック派を解体し、それに属する魔法使いたちを合意のもとにオズ派へと併合すること。反するものはすべて処刑よ!」
戦争の勝者となったオズは特権として双蛇の盾の譲渡とエルリック派の魔法使いたちのオズ派への併合を望んだ。
それが意味することは即ち『エルリック家の滅亡』だ。
ミラから聞いた話通りであれば、敗者となったエルリック派の魔法使いたちはオズの要求を拒否することはできない。
鞍替えするか処刑されるかを選ばなければならないとはエルリック派の魔法使いたちも気の毒だ。
ギルドはオズ派の魔法使いたちが戻ってきたことで以前の活気を取り戻しつつあった。
戦争によって失われた命も多数あるが、時間をかけて少しずつ元に戻っていくことだろう。
戦争の脅威が去ったことで久しく留守にしていた俺の家へと帰還を果たした。
幸いなことにも家の様子は離れたときと何も変わっていない。
オズもこれまで通り、俺たちと同じ生活の場へと戻ってきていた。
「お前、ここにいていいのか?」
「え?なんで?」
俺の作った飯を頬張りながらオズは平然と聞き返してきた。
あまりに堂々としていて逆に俺が変なことを聞いたんじゃないかと錯覚しそうになる。
「戦争が終わった後なんだろ?戦後の処理とかまだいろいろあるんじゃねえの?」
「確かに戦って勝ったのはアタシ。だけどその後のことは部下にやらせておけばいいの」
「そんな適当でいいのかよ……」
「いいのよ、アタシそういう事務的なこと苦手だしさ。戦争中も作戦の立案とかは部下にやってもらってたし」
なんか簡単にイメージできたわ。
長時間手紙を書き続けてたときは辛そうな表情してたし。
ある意味では適材適所を実践できているのかもしれない。
「せっかくお姉ちゃんも帰って来たし、みんなでどこかに行こうよ」
ミラが嬉しそうに提案してきた。
それはいいかもしれないな。
「アタシは賛成だけど……アンタ仕事は大丈夫なの?」
オズから案の定な懸念をされた。
この際だしさっさと打ち明けてしまおう。
「実はさ、お前の力になりたくていろいろやってたら謹慎喰らっちまってよ」
「……はぁ!?」
刹那の沈黙を破り、オズの口から特大の疑問符が飛び出してきた。
そりゃそうだよな。
「三十日の出勤停止で仕事がないからしばらくは俺も暇だ」
「三十日って……アンタ生活はどうすんの?」
「それぐらいの間なら貯金を崩せばどうってことはねえよ」
俺は一応三十日おきに最低十二万ルートは給料をもらっている。
次の給料日までの間を少し贅沢しても四万ルートで済むんだからそれぐらいなら余裕だ。
高給取りでよかったとつくづく実感する。
「まぁ……そういうことならねぇ」
「謹慎が解けるまであと二十五日もある。正直暇で仕方がない」
「お姉ちゃんの行きたいところに行こうよ。どこがいい?」
ミラは無邪気にオズに訊ねた。
オズがなんと答えるかなんとなく予想がついている。
「そうねぇ……『ニホン』ってところに行ってみたいわ」
そういうと思っていた。
以前オズに日本の話をしたらとても興味深そうに話を聞いていた。
彼女の中にある冒険家としての心が騒ぐのだろう。
「ニホン?」
ミラが不思議そうに首を傾げた。
「そう、コイツが生まれ育った国よ」
「トモユキが生まれた国!?」
「しかもこの世界には存在していないらしいわ。どう、行ってみたくなったでしょ?」
「行きたい行きたい!!」
日本が俺の故郷であるということを聞いたミラは目を輝かせて大はしゃぎだ。
「意気込んでるところ悪いんだけどさ、日本まで行く手立てはあるの?」
「そうねー。異世界へ行くならまず役所に申請に行かないとね」
オズの何気ない一言で俺はこの世界に来る前の出来事を思い出した。
そういえば役所での手続きを経て俺はここへとやってきた、その逆もできるのか。
それはそれとして、いったい誰が俺をここに連れてくる手続きをしたのだろう。
「三週間ぐらい滞在しましょう。それだけあれば十分楽しめるはずよ」
三週間ということは滞在期間は十八日だ。
確かにそれなら余裕をもって旅行を楽しむことができるだろう。
あちらの三週間と周期がずれていることは少々心配だ。
俺とミラ、そしてオズは三人で旅行の計画を語り合った。
戦争という重荷が降りてから三人で一緒に過ごす時間はなんて楽しく、そして懐かしいんだろう。
俺が直接参加したわけではないけれども、戦争によって失われていた平和な時間が帰ってきた気がする。
その夜、俺とオズは二人で酒を酌みながら戦争中の互いの体験を語り合った。
当事者であり、指導者であり、自ら戦場へ赴いたオズの語る出来事の一つ一つはどれも壮絶で語られるたびに言葉を失いそうになる。
そんな中、オズはしんみりしながらあることを語った。
「アタシね、レイジの作った幻の中にアンタとミラの姿を見たの」
「ほう、俺たちを?」
俺は相槌を打ちながらオズに話を続けさせた。
「心も身体もボロボロにされて壊れそうになってたアタシにアンタが手を差し伸べてくれたの。『お前はこんなところでくたばるような奴じゃねえ』とか言ってさ」
「それからそれから?」
「戦いを始める前にアンタとした約束を思い出させてくれたわ。そしたらアタシも『生きて帰ってこなきゃ』って焚きつけられて立ち上がれたし、最終的にはレイジに勝つこともできた。アンタたちがどうやって幻の中に入って来たのかはしらないけど、おかげでアタシは戦い抜けたわ。ありがとう」
そんなことがあったのか。
ことも済んでるし、オズに本当のことを教えてもいいだろうか。
「実はな、お前が幻の中で俺たちを見たって言うのは仕掛けがあって」
「仕掛け?」
「そう、今からそれについて話す」
俺はあの戦いの最中に起こっていた出来事を語った。
――――――――
「オズが取り乱してる。どうしたんだ?」
「すごく苦しそう……」
オズが急に錯乱し始めて俺たちは不安に駆られた。
傍から見ればオズが一人芝居をしているようにしか見えなかった。
だが、そうではないことは明白だ。
「あれは幻術の中に囚われているのですわ」
後ろから少し前に聞いたような声がした。
俺はミラと一緒に声のする方へと振り返った。
「タマモさん!」
「イズナ君!?」
そこにはタマモさんとイズナ君、狐の魔法使い親子がいた。
よく見れば髪や瞳、耳と尻尾の色が全く同じで改めて彼女たちが親子だと気づかされる。
相変わらずの独特な装いが目を引く。
「オズはどうなっているんですか?」
「恐らく、幻術でつくられた世界の中に閉じ込められているのですわ。『最も恐れる光景』を延々と見せられる悪夢のような世界に」
なんてこった。
流石のオズもそんなのに耐えられるはずがない。
「どうすればオズを助けることができるんですか?」
「あんな怪物が作るような幻術を解けるのはマーリン家の当主様ぐらいでしょうねぇ…」
異形と化したレイジを見据えながらタマモさんは目を細めた。
今すぐにでも力を借りたいがマーリン家は直接戦争には関わらない中立の立場をとっている以上はそれは無理だろう。
「それが無理だったら?」
「オズ家の当主様が自力で抜け出すしかありませんわ」
「そんな……」
俺たちまで一緒に絶望した。
つまり俺たちにはどうすることもできない。
「でも、ボクと母上なら力になれるかも」
イズナ君が恐る恐る口を開いた。
「どういうこと?」
「私とイズナであれば幻術の中に入り込むことができますわ。あわよくばオズ家の当主様が幻から抜け出す一助になるかと」
「応援するってことですか」
「そういうことになりますね」
「そこで一つ、私たちから頼みがありますの」
予想だにしなかったタマモさんからの一言に俺は思わず耳を傾けた。
「あなた方の姿を貸してほしいですわ」
「俺たちの?」
「ええ、激励は当主様の近くにおられる方から送った方が効果的ですから」
「どうするミラ?」
「お姉ちゃんを助けるのにいいも悪いもないよ!お願い!」
ミラは迷いなく姿を貸すことを決めた。
そうだ、オズを助けるのに方法を選んでなんかいられない。
「時間が惜しい、すぐにお願いします」
「承りましたわ」
静かに首を縦に振るとタマモさんは全身を青い炎で包み込んだ。
「ミラちゃん、ちょっとの間姿を借りるね」
イズナくんも同じように全身を赤い炎で包む。
ほどなくして二人は俺とミラと同じ姿へ変身した。
外見、声、どれも鏡写しにしたようにそっくりだ。
よほど不自然な振る舞いをしなければまずバレることはないだろう。
俺はあることをタマモさんに伝言した。
それはオズと交わした『約束』を思い出させることだ。
「ではイズナ、行きますわよ」
「うん」
タマモさんは懐から紙でできた長方形の札を取り出すとそれにそっと息を吹きかけた。
息を吹きかけられた札は青色に燃え上がり、彼女とイズナ君を囲むように軌道を描く。
二人は徐々に身体が透明化していき、やがてその場から完全に消えた。
――――――――
「…ってことがあってな。お前が見たのはたぶん狐の親子が化けた姿だ」
「えっ?えっ!?ええええええ……」
オズは混乱して脱力し、テーブルに突っ伏してしまった。
極限の中で見たものが実は赤の他人だったというのが信じられないのだろう。
「よく考えてもみろって。魔法使いでもない一般人の俺と高等魔法はまだ使えないミラが幻の中に入り込めると思うか?」
「うぅ……確かにそうかも……」
オズは伏したまま呻いた。
「ごめんな。お前を騙すようなことしちまってさ」
「いや、それでもいいわ」
「だって、あの狐たちに味方に付いてくれるように手をまわしてくれたんでしょ?」
一瞬で立ち直ったオズは俺に感謝してくれた。
前はあの家族のことを異常なぐらいに警戒してたけど能力そのものは認めているのだろうか。
「やっぱりアタシ、アンタと出会えてよかった」
オズはおもむろに立ち上がり、俺の手を取ると優しく笑った。
知らず知らずのうちに俺はオズの心の支えになっていたようだ。
「だからさ。このままずっと、アンタと一緒にいてもいい?」
信じられない発現が飛び出してきた。
それはオズからのプロポーズにも等しい。
あまりの大胆さに心臓が止まりかけ、理性が吹っ飛びそうになるがギリギリのところで抑えられた。
「お前……酒の勢いで変なこと言ったりしてないよな?」
「違う。これはアタシの本当の気持ち、心からの願い」
それは、その……つまりそういう風に解釈してもいいんだよな?
「その言葉に、後で後悔しないな?」
「もちろん」
俺だって後悔はさせない。
いや、させるわけにはいかない。
「俺も約束する、絶対にお前を後悔させない」
「だから、ずっと俺のそばにいてくれ『クラリス』」
俺は初めてオズの名前を呼んだ。
慣れていない故に特別感を感じるし、何より恥ずかしい。
「ありがとう、トモユキ」
オズも初めて俺のことを『アンタ』以外と呼んでくれた。
この日、俺とオズは『恋人』の垣根を超え、新たな一線へと足を踏み入れた。
今、俺の人生は二度目にして最高に輝いている。
今回を以て第四章は完結です。
次回からはこれまで通りの明るく楽しいストーリーを展開する予定ですので今後ともよろしくお願いします。




