迷っていたのは
ミラが卒業するまであとおよそ八十日。
俺たちはギルドにワレナクシをばら撒いた連中の行方を追い続けていた。
相変わらず全貌ははっきりしないものの、アルを伝手にしてかき集めてきた情報から少しずつ答えを導き始めていた。
取引が目撃されたという場所はどこも統一性がないように見えて実はそこにはある共通点があった。
それは取引が行われている時間が必ず昼前だということだ。
例外も存在はするものの、取引はほぼ確実に朝の九時から十一時ぐらいの間に行われている。
きっとそこには理由があるはずだ。
「なんで昼前に取引をするんだ……?」
俺は巡回警備をしながらできる限りの推理脳を働かせた。
しかし視野の狭い俺にはどうしてもその理由がわからなかった。
「なあアル。ワレナクシの取引はどうして昼前に行われてると思う?」
俺は唐突に推理をアルに丸投げした。
「んなことウチにわかるわけねえだろ」
「だよなぁ……」
流石にアルにもわからないか。
ん、待てよ……
「なあアル、泥棒時代の癖とか勘ってまだ覚えてるか?」
「覚えてるっちゃ覚えてるけど今更それをどうするんだ?」
しめた。
解明の糸口を掴めるかもしれない。
「どんな仕事でも暇になるタイミングや忙しい時間ってあるだろ。九時から十一時ぐらいの間に暇になりやすい仕事を洗い出せば……」
「洗い出せば?」
「密売人が来やすい場所を特定できる」
密売人はできるだけ人目のつかないところで取引をしたいはずだ。
となれば九時から十一時ぐらいの間に暇になりやすいところに目星をつけておけば捕まえられる可能性が上がる。
「で、ウチの泥棒時代の癖と勘がそれにどう関係するんだよ」
「一人でそれを探し出してほしいんだよ。お前チビだから人ごみに隠れやすいし、すばしっこいし、逃げ道とかにも詳しいだろうから単独行動に一番向いてる」
「褒められてるのか貶されてるのかわかんねえな……」
こういうことはできるだけバレずにやれる方がいい。
気配を消す、雑踏に隠れる、いざとなったらちゃんと逃げられるなどのスキルを網羅しているアルはこういう偵察にはまさにうってつけだ。
「タダじゃやらねえよ。何か対価ってもんをだしてくれねえと」
「家族分のメシを好きなところで一回奢ってやる」
「乗った」
ちょろいな。
しかしまあコイツを含め三人兄弟の飯代は高く見積もった方がいいだろうな。
一通りの見回りは完了した。
頃合いもちょうどいいし、ここらで一度小休憩を挟もう。
俺はアルと一緒に小さな喫茶店に立ち寄った。
「なあアル。もしお前の弟たちが家を出て行って一人で生きていくって言い出したらどうする?」
俺からの唐突な質問にアルは一瞬目を丸くしたがすぐに正気に戻って考え始めた。
「道を踏み外さなければ好きにやれっていうぞ。ウチは両親に黙っていきなり弟たち連れて出てったわけだしな」
『はじめからそうするしかなかった』アルの言葉にはとてつもない重みがあった。
「寂しくならないか?」
「そりゃ寂しいけどさ。受け入れるしかないだろ」
そうだよな。
やっぱり受け入れるしかないよな。
「なんだ。そっちの嬢ちゃんが家出るって言ってんのか」
アルの察しは鋭い。
俺は事の経緯を語った。
「そりゃあオッサンが腹くくるしかないだろうよ。嬢ちゃんも一番長くいたオッサンと別れるのは辛いだろうけど向こうはすでに覚悟きめてるんだろ?」
言い分はごもっともだ。
ミラは実の両親よりも長く俺と一緒に過ごしている。
顔を合わせられなくなって寂しいのはきっと向こうも同じ。
でもミラはそういうのとも折り合いをつけた上でそうすると決めたんだ。
「これ以上話してもシケた空気になるだけだ。仕事に戻るぞ」
アルは珍しく自分から話を切り上げた。
どうやら迷い続けていたのはミラじゃなくて俺の方だったようだ。
決めたぞ。
俺もミラが気兼ねなく旅に出られるようにしてやろう。
そのためにも、このギルドに蔓延る違法薬物の根本を断ってやる。




