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死後につくる、新しい家族  作者: 火蛍
第4章 おじさんと魔法戦争
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最終決戦 後編

今回も三人称視点の話です。

 クラリスと完全なる異形へと変貌したレイジは近距離で睨みあう。

 レイジは周囲を足音を殺し、飛び掛かるチャンスをうかがうようにゆっくりと旋回する。


 「アアアアアッ!」


 僅かに身を引いた刹那、レイジは爪を伸ばしてクラリスへと飛び掛かった。

 クラリスは自分の正面に召喚の門を展開し、そこへ飛び込んだレイジを自分から遠く離れた場所へと転送させる。

 両者は大きく距離が離れ、互いの状況が仕切り直される。


 レイジはすさまじい速さでクラリス目がけて突っ込んでくる。

 対するクラリスは鎖を連射し、レイジを足止めする。

 直接本体を狙う鎖、回避した先を狙って撃つ鎖、そのどちらでもないフェイントの鎖を撃ち分けながら レイジの行動を絞っていく。

 地面に突き刺さった鎖はいともたやすく地表を抉り、次々と土塊を巻き上げる。

 それと同時に発生した大量の砂塵が両者の視界を奪う。


 異形となったレイジのパワーとスピードは人間のそれを遥かに超越していた。

 たとえ鎖に縛られようとものの数秒でそれを引きちぎり、再びクラリス目がけて突進してくる。

 鎖は無限に生成できるが足止めできるのは一本につきせいぜい数秒。

 理性が失われている影響で行動が直感的になっているのが唯一の救いとでも言うべきだろうか。


 (このままじゃこっちの気力が尽きる。その前に打開策を見つけないと…)


 クラリスは焦りを覚えていた。

 手数では勝っているものの有効に働いている様子はない。

 相手は異形だがこちらはあくまでも人間、戦いが長引けばこちらの体力に限界がやってくる。

 そして一度接触されれば一巻の終わりというすさまじいプレッシャーが彼女に押し寄せている。


 (…そうだ!)


 クラリスは咄嗟のひらめきで門を空中に展開し、静止していた原初の光を掴み取った。

 狙いは一つ、原初の光を停止させて双蛇の盾を再起動させること。

 相手は大量の魔力を帯びた異形、持ち手をあらゆる魔力から守る双蛇の盾を使うことができれば攻撃を防ぐことができる。


 地上を照らしていた光が消え、輝きに隠されていた曇り空が露わになった。

 薄暗い空模様がクラリスの緊張を煽る。


 「…?」


 クラリスはレイジの姿を見失ってしまった。

 周囲を見渡すがその姿はおろか、気配すらも感じられない。


 「ッ!?」


 すさまじい殺気を感じ取って振り返った刹那、クラリスの眼前には腕を振り上げたレイジが迫ってきていた。

 クラリスは咄嗟に杖を構えて攻撃に備えるが距離を詰められすぎていて魔法の発動が間に合わない。


 「きゃあッ!?」


 咄嗟に構えを取ったものの時すでに遅し。

 レイジの爪はクラリスの左肩を掠め、攻撃の余波で彼女自身をも吹き飛ばした。

 クラリスの身体は宙を舞い、受け身も取れないまま地面へと叩きつけられる。


 「ッ…!クッ…!」


 クラリスは上体を起こして左肩を見た。

 ついさっきまでそこを覆っていたローブは派手に切り裂かれ、彼女の肌が露わになっていた。


 レイジは休む間もなくクラリスへと飛び掛かるとすかさず首の根を勢いよく抑えた。

 人間のそれと大きくかけ離れた怪力が一切の容赦なしにクラリスの首を締め上げる。

 同時にクラリスの身体が片腕一つで持ち上げられ、つま先まで離れて宙吊り状態になる。


 「ガッ…!カハッ…!」


 首を絞められながらもクラリスは必死になって抵抗を見せた。

 だが人間の女と異形とではあまりにもその力に差がありすぎて足掻きにすらならない。

 次第に身体から力が抜け、意識が朦朧としてくる。

 ついには固く握られていた杖が手元から滑り落ち、地面へと落下する。


 「ウウウウウウウ…!」


 レイジはうなり声をあげた。

 ただ殺意のままに促されるような、その一方で苦しんでもいるような声だ。

 レイジの腕を見たクラリスは絶句した。

 異形との契約で得た力に肉体が耐え切れず、その腕が徐々に崩壊を始めていたのだ。


 「もう…やめなさい…」

 

 気道を抑えられながらクラリスは精一杯の声を絞り出して説得を試みた。

 このままでは共倒れになることは目に見えている。


 「ウウウ…」


 説得が届いたのか、はたまた失ったはずの理性がわずかに戻ったのか、荒ぶっていたレイジの挙動が静かになった。

 心なしか首を締め上げていた腕の力が緩くなる。


 「ハァ…ハァ…」

 「もうやめましょう…勝者のいない戦いなんてただ空しいだけじゃない…」


 激しく息を切らしながらもクラリスは説得を続けた。

 勝者と敗者が存在するのが戦いであり、勝者のいない戦いに意味はない。

 それが彼女の考える戦いという行為の在り方だった。


 「ウゥ…」


 レイジは静かな唸り声をあげた。

 猛り狂っていたその表情は徐々に冷静さを取り戻していく。


 「…ッ!アアアアアアアッ!!」


 突如としてレイジは再び雄叫びを上げた。

 抜きかけた力を入れなおし、拒絶するようにクラリスを力強く投げ飛ばす。


 「どう…して…」


 投げ飛ばされたクラリスの視界に黒い靄が広がる。

 それが何なのかは彼女自身にも理解できる。

 しかし、もはやそれに対抗する力がない。

 為すがままにクラリスの視界は完全に闇に閉ざされた。


 「ここは…?」

 「幻術の中の世界か…」


 視界が開けたとき、クラリスはさっきまでいた戦場とはまったく違う光景が広がっていた。

 彼女は今、レイジが仕掛けた幻術の中の世界にいる。

 相手の視界に幻の世界を広げ、様々なものを見せる。

 レイジが異形となる前から得意としていた魔法だ。

 自分が見ている場所がどこなのか、クラリスの記憶には残っている。

 そしてその直後、彼女は完全に理解した。

 レイジが見せようとしているものが『彼女にとって最も辛い記憶』であることを

 

 クラリスの眼前にはとても見覚えのある光景が再現されていた。

 草木一つなく、砂塵が吹き荒れる岩だらけの荒野。

 そしてそこには巨大なドラゴンと対峙する男女二人、そしてその後ろには一人の少女を筆頭に多数の魔法使いたちがいる。


 「お父様…!お母様!」


 彼女の眼前でドラゴンと対峙しているのは彼女の両親だった。

 そして少し離れたところにいるのが数年前のクラリス自身。

 クラリスは我を忘れて子供のように両親を呼んだ。

 しかし彼女の声が届くことはない。


 『ここは私たちがドラゴンを引き付ける。その間にクラリスは部下たちと共に退け!』

 『嫌よ!アタシはお父様たちと一緒に戦うわ!』


 クラリスの父の発した言葉には聞き覚えがあった。

 その後に続く昔の自分とのやり取りも彼女の記憶の中に鮮明に残されている。


 『貴方が戦っても勝てる見込みはないわ!』

 『でもこのままじゃお父様とお母様が!』

 『クラリスッ!』


 父の剣幕にクラリスは紡ごうとした言葉を押しつぶされた。

 昔の自分のみならず、それを見ている現在の自分も思わず息をのむ。


 『クラリス、お前はまだ若い。死ぬにはあまりにも早すぎる』

 『そうよ、貴方にはこのオズ家を継いでいくという役目があるの、だからここで死んじゃいけないわ』


 クラリスの父は身に着けていた帽子とローブを脱ぎ去ると、それを昔の彼女へと投げ渡した。

 母も手にしていた杖を投げ渡す。


 「あ…あぁ…」


 クラリスは悲鳴にもならない声を漏らした。

 自分にとって最も辛かった瞬間が再び眼前に訪れようとしている。


 『クラリス、後のオズ家のことは貴方に任せました』

 『行けえええええッ!!』


 「イヤアアアアアアアアッ!!」


 クラリスは目の前の景色を拒絶するように悲鳴を上げ、その向こうで彼女の両親が光に包まれドラゴンと共に姿を消した。

 これが彼女の中にある最も辛い記憶『両親の死の瞬間』だ。


 「はぁ…あぁ…」


 残酷にも、クラリスの眼前の映像が巻き戻りはじめた。

 そしてそれは両親の死の直前まで戻り、再び同じ光景を繰り広げる。

 彼女自身は何も介入できない、彼女にできることはただ目の前で過去の惨劇を繰り返されることだけだ。


  「やめて!やめてってば!!」


 完全に錯乱したクラリスは両膝をつき、誰に向けているともわからない悲痛な声を上げ続けた。

 だが、その声は当然誰にも届くことはない。


 「やめて…やめてよぉ…」


 涙と嗚咽に塗れ、クラリスの心は完全に砕かれようとしていた。

 そんなことはお構いなしに死の瞬間が何度でも彼女の目の前に再現される。


 もう何度両親の死を見せられただろうか。

 クラリスは涙すら枯れ、声も出ないほどに精神を消耗していた。

 その光景に耐性が付いたのではない、もはや彼女にはどうすることもできないのだ。


 「…ズ…オズ…」


 もはや声にもならない嗚咽を漏らしながら悲しみと絶望に打ちのめされていたクラリスの耳に聞き覚えのある声が届いた。

 それは目の前で惨劇を繰り返している両親や昔の自分の声ではない。

 クラリスは涙を拭い払い、ゆっくりと頭を上げて声のする方を見た。

 そこにいたのは今の彼女にとって何よりも大切であり、約束を交わした愛する人の姿があった。


 「アンタ…」


 クラリスの眼前には惨劇を遮るようにタカノが立っていた。

 隣にはミラの姿もある。

 タカノは片膝をつき、クラリスに手を差し伸べる。


 「立てよ、お前はこんなところでくたばるような奴じゃねえだろ」

 「でも…もうアタシにはどうすることも…」


 発破をかけるタカノに対してクラリスは幼子のような弱音を出した。

 そこには魔法使いの頂点としての威厳など微塵もない。

 

 「大丈夫!お姉ちゃんにはトモユキもミラもついてるんだから」

 「そうだ。それにお前、『必ず生きて俺のもとへ帰ってくる』って約束したよな?」


 ミラとタカノの言葉によって悲しみと絶望に塗りつぶされていたクラリスの中に一筋の光明が差し込んだ。

 そうだ、自分はタカノの元へ帰ってくると約束をしたのだ。

 約束を果たすためにできることは一つしかない。


 「…ありがとう」

 「でも大丈夫。アタシはもう、一人で立てるから」


 クラリスはついに復活を遂げた。

 壊れかけた身体をゆっくりと起こし、再び両足を地につけて立ち上がる。

 召喚魔法を発動し、手元に自分の杖と双蛇の盾を呼び寄せる。

 クラリスは右手に杖、左手に盾を握り、そのまま双蛇の盾の力を起動させた。


 盾は輝きを放ち、クラリスの周囲を光で覆った。

 その光は目の前の世界を構築していた惨劇を次々と打ち消していく。


 「勝てよ」

 「頑張って」


 激励の言葉を残し、タカノとミラの姿も光の中に消えていった。


 闇が晴れ、クラリスは幻想の世界からレイジとの決戦の場へと帰還を果たした。


 「!?」


 レイジは慄いた。

 自らの作る幻術から自力で脱出した人間はこれまで一人もいなかったのだ。

 肉体は魔力の酷使によってさらに崩壊が加速し、骨とそれを覆う魔力による疑似的な筋肉だけになり果てていた。


 「レイジ、これで本当に最後にしましょう」

 「この戦い、アタシが勝ってオズ家の勝利で終結させる!!」


 クラリスは威勢よく啖呵を切った。

 杖の先を向け、魔法の狙いをレイジへと定める。


 クラリスの最後の猛攻が始まった。

 暴風が荒れ狂い、激しい落雷を伴う豪雨が叩きつけ、光の鎖が四方八方からレイジ目がけてすさまじい速さで飛んでくる。


 レイジは鎖の一本一本を弾き、自らに向いた暴風と豪雨に抗いながらクラリス目がけて闇色の弾を打ち出して反撃する。

 だが、それらはクラリス自身の起こす暴風、落雷、豪雨によってかき消されて彼女自身に届きもしない。

 

 「ウオオオオオオオ!!」


 レイジは僅かに取り戻した理性を再び捨て去り、雄叫びを上げながら最後の突進を繰り出した。

 爪と牙を剥き出し、本能のままに突き進む。

 手足に鎖が突き刺さり、唯一残されていたレイジの身体である骨が砕けようともその進撃を止めることはない。


 その足取りを鈍らせながらもレイジはついにクラリスの正面まで迫った。

 魔力でできた真っ黒いエネルギーを吹き出しながら右腕を振り上げ、彼女を引き裂こうとする。


 レイジだった異形はその右腕を勢いよくクラリス目がけて叩き下ろした。

 クラリスは左手に持っていた双蛇の盾を構え、レイジからの攻撃を受け止める。


 「!?」


 異形の崩壊が一気に加速する。

 双蛇の盾の力により、魔力で構築されたその身体が分解され始めたのだ。


 「俺のすべてを出し尽くしても…お前には敵わないのか…」


 その身体を崩壊させながらも言語能力を取り戻したレイジは、最期の言葉をクラリスへと向けた。


 「当然よ。でも、アタシとここまでやりあえたことは褒めてあげる」


 クラリスはレイジから向けられた言葉に対して自らを肯定し、それと同時に自らを極限まで追い詰めた レイジに対して賛辞の言葉を送った。

 その表情は冷徹なものではなく、敬意の込められた優しいものだった。


 「この戦いはアタシの勝ちよ。敗者は消えなさい」


 クラリスを狂気的に追いかけ、最期の最期に彼女に認められたことでレイジは安らかに笑った。

 盾の力で崩壊した彼の肉体は暴風に削り取られ、クラリスに見届けられながら完全に消滅していった。


 「…さようなら」


 自らの魔法で引き起こした嵐が止み、焦土と化した戦場にクラリスは一人立ち尽くした。

 己の限界などとうに迎えているはずなのに、倒れることもなく立ち続ける。


 こうして、四十八日に渡ったオズ家とエルリック家との戦争はついに終結を迎えた。


 


次回のエピローグを以て第四章は完結です。

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